第6話 カレー
娯楽施設は想像以上に賑やかな場所だった。
娯楽施設全体が『エオンモール』というエリアに一括りされており、その中にはショッピングモールをはじめ、映画館やカラオケ、ゲームセンターにボウリング場など、多種多様な娯楽施設が備わっていた。
学園への外出禁止を告げられた際は大丈夫かと心配になったが、これだけの施設が学園内にあるのなら、生徒はストレスを抱えずに学園生活が送れそうだ。
「それじゃあ先に帰ってるぞ」
「ああ。晩御飯楽しみにしとくなっ」
一通り娯楽施設を回っていた料理当番一行だが、そろそろ夕飯の支度しなければならないため、今週の当番である俺と椿は先に寮に戻ることとなった。
「うう……緊張します」
「いつも通りにやってくれればいいって」
学園での初めての料理に椿は少しテンパっているようだ。
「私も少し歩き疲れたから戻ることにするわ」
料理当番とは関係なく卯月は寮に戻ることになり、残りの如月、橋本、朧の3人はまだ娯楽施設を回るようだ。
「じゃあまた寮でねー」
「ああ」
娯楽施設に向かう3人と、1人寮に向かう卯月を見送り、残ったのは俺と椿のみとなる。
「……とりあえず今日の献立を決めて、それからスーパーで買い出しするか」
「そ、そうだね……」
かなり人見知りなのか椿は話しずらそうにしている。まあ、今日初めて知り合ったのだから仕方ないが、一緒の当番になったからには献立を決めるために話さないとな。
「椿は得意な料理とかあるか?」
「え、えーと……カレーとか?」
カレーか。無難だが良い。
「よし、今日はカレーにする」
「え、ええ!?いいの?そんなあっさり決めちゃって……」
「別にいいんじゃないか。カレーを嫌いな人なんていないと思うし、作りやすいからな。それに、椿は料理当番を少し重く見すぎな気がする」
「だって……みんなに美味しくないって思われたりしたら嫌だし……」
「それは誰だってそうだ。しかし、俺たちは一流のコックでもシェフでもない。ただの高校生だ。そんな俺たちの料理を過剰に期待する人もいないと思うぞ」
「そ、そうなのかな……?」
「ああ、だからいつも通りにやればいいんだ。それに、カレーは失敗しにくい」
「そ、そうだね。じゃあ今日はカレーにしようかっ」
「なら、まずは買い出しだな」
「……ありがとうね、時崎君」
「何がだ?」
「いや……私に、変な気を遣わせちゃって」
「なんの事だか」
俺は深く捉えすぎている椿の考えを解しただけだ。別に大したことはしていない。
その後、2人でエオンモール内にあるスーパーに向かい、買い出しをして寮に戻る。
ちなみに買い出しのお金はガイダンスで配布された端末を使うことで無料となる。プライベートで使うものにはしっかりと自身の貯金を使うが、炊事に使うものは全て学園側が負担してくれる。
「あら、今日はカレーなのね」
寮に戻るなり、共同スペースのリビングで読書していた卯月が俺の持っていたレジ袋の中身を見ながらそう言った。
「無難なやつにしてみた」
「そうね。カレーを嫌いな人なんて居ないものね。……それにしても、本格的なのね」
「何がだ?」
「スパイスを使うなんて」
カレーってスパイス料理じゃないのか?そんなに変か?
「私もびっくりしちゃった。固形のルウじゃなくて1から作るって時崎君が」
「あら時崎君、あなた見た目と違って結構料理できる方なのね」
「いや、これが普通だと思っていた。価値観の相違だ。……あと見た目は余計だ」
「ごめんなさいね」
卯月は可笑しそうにふふっと笑った。
何が面白いんだ、おい。
「せっかくだから見させてもらうわね」
俺と椿は夕食の支度を始めるが、卯月が執拗に俺の方を見てくるような気がした。
そんなにスパイスを使うのは珍しいのか?
「わぁ。凄い良い香り」
「スパイスを使うだけでこんなにも変わるものなのね」
本格的なのは初めてのなのか、2人して鍋の匂いを堪能していた。
「お、今日はカレーか!」
「やったー!私の大好物!」
「良い匂いー」
いつの間にか帰宅していた如月、橋本、朧の3人もカレーの匂いに釘付けのようだ。
やはりカレーは正解だったな。
「はあーお腹空いたー」
「もしかしてスパイスから作ったのか!?」
「ああ」
「ほんとだ!」
「時崎なかなかやるなぁ」
「なにがだ」
「女子のポイント稼ぎ」
「そんなことはやっていない」
「嘘つけよぉ」
その後も如月にだる絡みをされるが、別に嫌な気持ちはしなかった。初めてできた友人、初めてできたグループ、俺はその喜びを噛み締めていた。波乱の始まりとなった俺の学園生活だったが、このグループがあるなら楽しく過ごせそうだ。
夜18時を回ったところで、Cクラス全員が食卓に集合し、俺と椿の作ったカレーを食べ始めた。自分の部屋へ持ち込むことも自由なので、各々部屋で1人で食べるなり、グループで食べるなりしていた。もちろん俺は料理当番のメンバーで食卓を囲んでいた。
「美味しい……!こんな美味しいカレー初めてだわ」
「それな!ちょっとおかわりしてくるわ俺」
「私もー」
「ぼ、僕も負けないぞっ」
「朧、無理はするな」
「し、してないよ!」
「ふふっ」
ワイワイとした食卓。
この学園に来てよかったと、早くも思ってしまった。そのくらい、俺にとって特別な時間だった。
カレー食べ終えた俺らは、自分で自分の皿を洗い、男子は男子、女子は女子の裸の付き合いをした所でそれぞれ自分の部屋に帰った。といっても、フロアは同じだが。
歯を磨き、布団に入ったところで今日1日を振り返る。
初めはどうなるかと思ったが、共に笑いあえる大切な友人ができ、これからもこいつらと仲良くつるんでいこうとそう心に決めた。
俺の学園生活はまだ始まったばかりだ。
この先何が起こるのか、それは神のみぞ知る。
どうか俺の残り少ない人生に、幸あらんことを。
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