第5話 トリガーと料理当番
俺たちは学園の西に位置する訓練施設へと移動した。
移動中も既に友達作りを行っていた者たちは、和気あいあいと友人との会話を楽しみながら移動していた。その光景を俺は何とも言えない顔をしながら最後尾で眺めていた。
どうしよう、一生友達出来なかったら……。
「やあ、時崎君」
そんな俺を見兼ねてか、心優しい小野寺が声をかけてきた。
「おう……小野寺」
緊張からか、ぎこちない返事をしてしまった。気持ち悪がられてないだろうか。
「さっき先生が話していたクラス制度について、時崎君はどう思う?」
移動中の他愛もない会話。クラスメイトの意見を聞きに来たのか。
「まあ……どうだろうな」
「率直な感想で大丈夫だよ」
「そうだな……。生徒たちのモチベーション向上や、互いに能力を高め合うメリットを考えるといいシステムではある。しかし、その競走によって生徒同士の睨み合いや憎しみ合いといったデメリットもあるかもしれないな。だが、システム自体は悪くない。ソルジャーにとって必要な試練だと俺は考えている」
嘘偽りなく自分の考えを伝える。急に饒舌になって嫌われたりしてないよね?
「そうだね。貴重な意見をありがとう。今クラスメイト全員に聞いているところなんだけど、肯定的と否定的な意見が半々でね」
え……全員?全員って全員?
クラスメイト全員に話しかけているんですか?
「これからSクラスを目指して行くためにも、皆の意見が聞きたくてね」
「Sクラス……か」
「時崎君は興味無い?」
「いや、そんなことはないが……Sクラスまでの道のりはかなり遠いんじゃないかと思ってな」
「確かに……僕達は1番下のCクラス。険しい道のりかもしれないけど、皆で協力し合っていけば僕はいけると思うんだ」
小野寺の目には、確かな決意が現れていた。
直感、というやつだろうか。それとも異能を使ったのか。
「ねぇねぇ亮太君、こっち来てよー!」
「あ……う、うん。今行くよ。それじゃあ時崎君、また」
突然割り込んだ女子にあっさりと小野寺を取られ、再び俺は孤独になってしまった。
イケメン爽やか君は既に人気者らしい。
「さあ、ここが訓練施設だ」
なんやかんやで目的地に着いたようだ。
ちなみにこの移動中で1人ぐらいに話しかけたかったところだが、そんな機会は訪れなかった。
「大きい……」
クラスメイトの誰かがそう言った。
確かに訓練施設の規模は相当なものだった。一瞬学園と見紛うほどの広さをしていた。
中に入ると、正面にはロビーのようなものがあり、そこには受付の役員が座っていた。
「訓練施設を使用する場合はロビーで受付をしなければならない。逆を言えば、受付さえすれば学生のみでも施設の使用可能だ。プライベートな訓練や、友人との対人戦も自由に行うことが出来る」
ソルジャーを目指す者たちにとってその配慮は嬉しい限りだろう。自分を高める絶好の施設だ。
施設のさらに中へ入ると、スタジアムのような場所に辿り着いた。中心に人1人座って入れる程の大きさの機械が数台、その周りには観客席がズラリと並んでいた。
八重樫はその機械の説明を始めた。
「これは国が独自で開発した仮想空間装置、通称『
まさにソルジャーのための装置。
訓練施設という名に相応しいほどの設備の良さだ。
「この施設にはこのような場所がいくつも存在する。限りはあるが、予約制でいつでも訓練は可能だ」
国はこの学園にどれだけのお金を割いているのだろうか。この訓練施設だけでも数千万、いや……数億円。さらに学園や寮、娯楽施設を合わせると……もはや想像もしたくない金額が出そうだ。
施設や装置の凄さにクラスメイトも驚きを隠せないでいた。第1線を走っているプロソルジャーたちも、この装置を使って強くなっていったのか、と。
「次は寮の説明だ。移動するぞ」
間髪入れずに次の移動が始まった。
もう少し装置のことを知りたかったが、それは授業時に担当教師が詳しく説明してくれるだろう。
「寮ってシェアハウスなんでしょ?」
「なんか変な感じー」
「でもちょっと楽しみだよねー」
クラスメイトの会話は既に訓練施設から寮へと変わっていた。
確かに同い歳との共同生活というのは楽しみではある。それに一緒に住むとなれば自然とクラスメイトと会話が弾み、友達も出来るのではないだろうか。
そんな妄想を描いていた俺だが、現実はそう甘くないことをこの数時間で嫌という程知ってしまっている。これから先が思いやられるな……。
「ここだ」
訓練施設から南に進んで数十分。
寮は訓練施設ほどではないが、それなりに立派なものだった。
「1クラス1棟。1階は共同スペースで、食事や浴場、洗濯を行うフロアとなる。部屋は2階から1フロア男女合わせて6人ずつの6階建て。部屋は1人1部屋で、エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間だ」
「へぇー、結構良いじゃん」
「なんかテンション上がる」
想像以上の部屋の豪華さに、クラスメイトの面々は湧き上がる。
「掃除や自炊はクラスで話し合って当番分けなどしてもらって構わない。各々で協力し合って生活するように」
恐らくここでの生活の協調性なども授業の一環なのだろう。
八重樫はそんな含みのある言い方をしていた。
「ガイダンスは以上だ。今日はこれで解散とする」
そう言い渡すと、八重樫はスタスタと寮から去っていった。
きびきびした人だな。あんなに表情を硬くして疲れないのだろうか。
ガイダンスが終わり、これから自由行動となるわけだが。
「みんな、ちょっといいかな?」
早速友人と娯楽施設へ行こうなど、寮を見て回ろうなど各々の行動を始めるが、いつぞやの自己紹介のように小野寺がそれを遮るように言った。
「今のうちに料理や掃除、ゴミ出しなどの当番分けをしたいと思うんだけど、どうかな?」
「まあいいんじゃない?どうせいつかは決めなきゃいけないんだしー」
「だよねー」
女子を筆頭に賛同の声が上がる。
「ありがとう。じゃあまず、掃除当番から。主な仕事は、共同スペースや浴場の掃除、ってところかな。掃除当番をやってもいいって人は手を挙げてくれるかな?」
ぽつぽつと手が挙がる。8人ほどだろうか。
「ありがとう。とりあえずこの8人は決定にしよう。あと2人は欲しいところだけど、足りないところは僕が入るよ。次はゴミ出し当番だね。やってもいいって人は手を挙げてくれるかな?」
かなりの手が挙がる。
16人はいるか?
「ありがとう。16人は流石に多すぎるから、ゴミ出し当番は一旦保留にしよう。最後に料理当番、やってもいいって人は手を挙げてくれるかな?」
点々と手が挙がる中、俺もそれに紛れて手を挙げる。料理は別に好きでも嫌いでもない。ただ、1番クラスメイトと会話しそうだと思ったから手を挙げた。……我ながらなんて理由だ。
「ありがとう。とりあえず料理当番もこの6人は決定ということで」
小野寺がスマホのメモアプリにそれぞれの当番のメンバーをメモしていく。
どうやら俺は正式に料理当番になったようだ。
その後も話し合いの結果、ゴミ出し当番の数人は掃除当番となり、料理当番は6人で回すこととなった。そもそも、料理経験のある人が少数であり、1番大変な当番だからだろう。
小野寺も料理当番組には申し訳なさそうな顔をしていた。
「それじゃあ、後は当番ごとに話し合いをして、どうやって回していくかを決めていこう」
俺たちは小野寺の言う通りに当番ごとに分かれ、話し合いを始めた。
料理当番は俺含め男女3人ずつとなった。
「よし、料理当番集まったか!」
開口一番に声を上げたのは、何かと声のでかい男子だった。
「教室でもやったけど、改めて自己紹介しようぜ」
声は大きいが、こうやって率先して進めてくれる人材はありがたい。
朝と同じように俺たちは自己紹介を始めた。
暑苦しく声がやたらとでかい
この6人が料理当番となった。また、偶然なことに、俺たち6人は同じ3階のフロアの住人だった。
「まさかフロアが全員同じだなんてな」
怖い偶然だと如月は笑ってそう言った。
「学園側が仕組んだりしてねー」
「そんなわけないだろ」
橋本の身も蓋もない憶測に俺はツッコミを入れる。
「でも、本当に凄いよね。こんな偶然……」
「そうね。凄い確率だわ」
椿と卯月も驚きを隠せないようだ。
「男2人に女4人だなんて……!」
「ぼ、僕は男だよ!」
「えへへ、冗談だよ冗談」
「もう……」
先程から橋本は朧の女弄りを執拗にしていた。する度に朧の反応を見てはニヤけている。
この数分で俺たちはかなり打ち解けた雰囲気になっていた。俺もかろうじて会話に入れている。
「まなちゃんは可愛いなぁ」
「だからまなちゃんは止めてよっ。女の子みたいじゃん……」
「えーいいじゃん可愛くて」
「だから僕は男なんだってっ」
橋本は朧を弟のように弄んでいた。まあ確かに、朧は小動物みたいで反応も可愛いからな。
「まあそのくらいにしてやれ」
「ぶー」
「ありがとう時崎君」
「あ、ああ」
朧に面と向かってお礼を言われた。
……今のは女の子っぽかったぞ。視線や表情はまさに女子そのものだった。橋本の気持ちが分からないでもなかった。
その後、俺たちは他愛もない会話を続けた後ようやく当番決めを始め、その結果2人ずつのペアとなって1週間の交代制と決まった。
ペアはくじ引きで俺と椿、如月と卯月、橋本と朧という感じになった。
朧が俺に助けを求めるような目で見つけてきたが、公平なくじ引きで決めたため、助けることは出来なかった。すまない朧。
「じゃあ今週は時崎と椿さんペアでよろしくな」
「了解した」
「が、頑張ります……!」
早速俺の腕を振るう時が来たか。友人関係を好調に築くためにも、まずは胃袋から掴んでいこう。
「これからどうする?一緒に娯楽施設でも回るか?」
「お、いいね」
「僕も見てみたい」
「まあいいわ」
如月の提案に一同が賛同した。
「よっしゃあ、行こうぜー」
これが、友人……というやつなのだろうか。
料理当番の面子を最後尾で眺めながら、俺はそんなことを思っていた。
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