第30話個人レッスン

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 色々あって娘サラとエルザ姫を、パーティーを組みことに。

 それでも娘との距離も、正体がバレないように適切にしている。


 今のところ学園生活は順調に進んでいた。


 月曜日から金曜日までの平日は、朝から夕方まで学園の授業。

 放課後は自分の研究や、サラとエルザの自主練に付き合い。


 授業が無い日曜日は丸一、ハリト団として魔の森での実戦稽古。

 そんな感じで一週間は、スケジュールが毎日びっしり埋まっていた。


 ◇


 そして残る曜日は土曜日。


 土曜日は毎週のように、例の魔の森の最深部に来ていた。

 自分の剣技の特訓のためだ。


 そして土曜日の特訓を、オレは毎週楽しみにしていた。


「では、今日の個人レッスンを始めるぞ、ハリト!」


「よろしくお願いします、レイチェル先生」


 何故なら特訓の相手は赤髪の女剣士。

 二代目“真の勇者“の一人、レイチェル・エイザント。


 今のオレが本気を出せる数少ない相手。

 剣士としては一切の遠慮がいらない、最強の相手なのだ。


「今日のルールは、どうする、ハリト?」


「うーん、いつもの『有り・有り』でいいよ、先生」


 最近では特訓に、いくつかのルールを設けていた。


 その中で『有り・有り』は『剣闘技は有り・他のも何でも有り』という意味。

 “他のも”の中には、強化魔法なども含まれる。


 ちなみ剣技の特訓なので、攻撃魔法だけは禁止。

 それ以外は全てOK。

 つまり今日は、ほぼ実戦と同じ感覚で戦うのだ。


「それじゃ、いくよ、先生」


「ああ、いつでもいいぞ!」


 実戦形式なので開始の合図などない。

 既に勝負は始まっているのだ。


 さて、今日のオレは調子がいい。

 こちらから先制させてもらうよ。


「ふぅうう……」


 無詠唱で【身体能力・強化】や【五感・強化】など、近接戦闘用の強化魔法を一斉に発動。


「いくよ、先生!」


 強化した全身で、一気に間合いを詰める。

 大剣を構える先生の懐に入り込む。


「貫け! 剣技【二連突き】!」


 同時に剣技も発動。

 無防備な先生の胴体に、高速の突きを繰り出す。


 我ながらナイスな踏み込み。

 これなら腕利きの剣士でも回避不可能な、絶妙なタイミングだ。


「やるな、ハリト! はぁああああ……落ちし斬れ、剣闘技【斬首斬り】!」


 だがレイチェルは普通ではなかった。

 なんと回避を捨て、そのまま反撃してくる。


 大剣系の剣技で、オレの無防備な頭上を狙ってきたのだ。


 剣帝であるレイチェルの攻撃は早い。

 このままでは両者、相打ちになってしまう。


(いや……オレが不利だな⁉)


 瞬時に判断する。

 防御力に優れた先生に比べて、今のオレは身体の小さな少年。

 相打ちになっても、オレの方がダメージは大きいのだ。


「それなら……剣闘技、【流水受け】!」


 即座に【二連突き】の発動を強制キャンセル。

 受け流しの剣闘技【流水受け】を発動する。


 これなら先生の攻撃を受け流しつつ、相手の体勢を崩せるはずだ。


「甘いぞ、ハリト! 【斬首斬り】ぃいい!」


「うぐっぐぐ!」


 だが先生は強引に攻撃をしてきた。

 凄まじい剣圧。上手く受け流せない。

 オレは歯をくいしばり、必死で大剣を受け止める。


 だが剣帝レイチェルの怪力は、尋常ではない。

 魔法で身体能力を強化してもなお、少年なオレの力では完璧に受け流せない。


(このままでは、まずい……)


 受け流しの体勢のままのオレの頭上に、大剣の刃先がジリジリと迫ってくる。


 こうなった受け流しは難しい。

 技を切り替えて、逆に反撃するしかない。


「ふぅうう……舞い切れ!……剣闘技、【ツバメ斬り】!」


 受け流しながら、カウンター系の剣闘技発動。

 先生の怪力を逆に利用させてもらう作戦だ。


「なっ⁉」


 まかさの反撃を喰らい、先生が体勢を崩す。


 よし、いける。

 このまま先生の胴体に、強烈な斬撃を喰らわせられる。


「ぐぬぬ……気合! 全開! 剣闘技、【鉄壁・全開】!」


 たまらず先生は防御系の剣闘技を発動。

 鋼鉄のように強固になった先生の腹筋に、オレの斬撃は弾かれてしまう。


「げっ⁉ なに、この硬さ!」


 オレの手がジーンと痺(しび)れている。

 まるで巨大な鉄の塊を叩いたような、ヤバイ手応えだった。


「くっ……」


 先生の予想以上の防御力に、オレは一旦後方に下がり、距離をとる。

 これで戦況はリセットされた状態になった。


「ちょっと、先生! その【鉄壁・全開】は反則じゃない? オレの剣闘技じゃ、それ貫通できないよ!」


 本剣帝レイチェルの防御力は、素の状態でも普通ではない。

 それに加えて特殊な剣闘技【鉄壁・全開】で、更に数倍に強化。

 人とは思えない防御を生み出していたのだ。


「先生、流石に大人げないよ、それは?」


 オレがここまで言うのも理由がある。

 前に聞いた話では、この防御態勢は先生の奥の手。

 剣帝レイチェルが勇者時代に、真魔王の攻撃にすら耐え切った防御技なのだ。


「あっはっはっは……何を言っているのだ、ハリト。『有り・有り』でいいって言ったのはお前だぞ? だから先生は何も悪くないぞ!」


 先生は開き直っている。

 ここまで先生が大人げないのは、アレが原因かもしれない。


 最近の特訓では、オレが勝ちこしている。

 だから、先生もムキになっているのであろう。


 どんな手段を使っても、今日は勝ち越す気でいるのだ。


「ふう……まったく。それじゃ、先生がそんな大人げないならなら、オレも使っちゃうから!」


「ん? おい、ハリトまさか⁉ 魔剣技を使うつもりなのか⁉ 流石にそれは大人げ……」


「『有り・有り』だから、何でもいいんでしょ、先生!」


 聞く耳はもたない。

 それに攻撃魔法無しで、今のオレの剣闘技は先生には効かない。


 だったら剣士として最強火力の【魔剣技】しかない。


「いくぞ……ふう……」


 オレは腰だめに剣を構え、意識を集中。

 魔力を高めていく。


 相手は大陸最強の防御力を誇る“剣帝”。

 手加減は不要。

 最大の魔力値でいく。


 ――――◆――――


 《術式展開》


 魔力を剣に集中


 “風”の属性


 “拡散”の型


 《術式完成》


 ――――◆――――


「いくぞ! 幻よ、惑わせ斬れ……【幻風斬(ゲン・フウ・ザン)】!」


 風属性の魔剣技を発動。

 直後、オレの身体が八つに増える。


「な、なんだ、これは⁉ ハリトが八人に分身だと⁉」


 初見の技の効果に、先生は目を丸くする。


「隙あり!」


 その隙を見逃さない。

 八人のオレは風をまとった剣で、先生に斬りかかっていく。


「どれが本物だ⁉ それなら……全てを吹き飛ばせ斬れ……剣闘技【竜巻斬り】!」


 先生は大剣系の剣闘技を発動。

 八人のオレに向かって、全体攻撃でカウンター攻撃してくる。


 初見の魔剣技に、ここまで的確に対応してくるとは、さすがは剣帝レイチェルだ。


「これで最後だ、ハリトォオ!」


 先生の攻撃は烈火のごとく。

 ついには八人目のオレまで斬り裂く。


「先生、引っかかったね! 行くよ、剣闘技、【幻風斬(ゲン・フウ・ザン)・発(ハツ)】!」


【幻風斬(ゲン・フウ・ザン)】を本格発動。

 “九人目のオレ”が、先生の背後に現れる。


「なっ⁉ まさか、さっきのは全部、幻影だったのか⁉」


「正解っ!」


 唖然とする先生の背中に、そのまま風の斬撃を食らわす


「えっ! うぎゃぁあああ!」


 まとにも攻撃を喰らって、先生は吹き飛んでいく。

【鉄壁】を発動していたとはいえ、魔剣技の威力は普通ではないのだ。


「ん? あっ、先生⁉ ヤバイ! やり過ぎちゃったか!」


 吹き飛んだ先生が、ピクピクしている。

 予想以上のダメージだったのかもしれない。

 倒れている先生の元に、急いで駆けていく。


「大丈夫、先生? 今、回復魔法をかけるから!」


 動けなくなっていた先生に、回復魔法をかける。

 瀕死の状態からでも全快する強力な術だ。


「うっ……死んだお婆ちゃんの夢を見てた……」


 よかった。

 先生が意識を取り戻した。


 かなりダメージを負っていたが、剣帝の肉体は普通ではない。

 その後も回復魔法を続け、あっとう間に全快する。


 一本目が終わったので、二人で内容の振り返り“感想戦”をする。


「ふう……それにしても、ハリトの最後の技、アレは……」


「魔剣技の一つで【幻風斬(ゲン・フウ・ザン)】だよ、先生」


「【幻風斬(ゲン・フウ・ザン)】……だと?」


「そう。風の魔法を同時発動させることで、相手に幻を見せならがら、同時に斬撃を繰り出す技さ」


【幻風斬(ゲン・フウ・ザン)】は最近会得した魔剣技。

 威力は【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】や【豪炎斬(ゴウ・エン・ザン)】には敵わない。


 だが【幻風斬(ゲン・フウ・ザン)】は、ただの分身技ではない。

 その本質は、術者に風のスピードを加えること。

 八体の分身に気を取られている隙に、オレは風のように先生の背後を取っていたのだ。


「『幻を見せながら同時に斬り込む技』か。その発想……相変わらず凄まじいな……」


 負けたことが悔しいのかもしれない。

 先生は珍しく、何やら神妙な顔だ。


「このまま剣士として急成長していけば、アタイなんって、あっという間に追い越されてしまうな、ハリトには」


「いやいや、さすがにそれは無いでしょ。だって、先生は【神力解放】を発動してないんでしょ?」


【神力解放】――――それは女神に選ばれた、勇者候補たちにだけ与えられる特殊能力。

 未熟な内は発動できないが、ある程度まで成長すると会得可能。


【神力解放】を発動すると、その者の得意とする分野の戦闘能力が、短時間だが飛躍的に向上する。


 ――――《【神力解放】について》――――


 ・聖刻印が発現した勇者候補だけが会得可能。なお一回会得すれば、聖刻印が消えた後も発動は可能。


 ・後衛タイプなら、魔力放出量が限界突破して、更に上位の魔法を発動。


 ・前衛タイプなら身体能力が数倍に向上。更に攻撃力と防御が一気にアップ。


 ・デメリットとして体力と精神力、魔力の消費が大きいので、長時間の発動は不可能。


 ・【神力解放】は【初式】→【弐式】→【終式】と三つの段階が存在。【終式】になると、瞬間的に極大的な力を発動できるが、誰でも【終式】に至れる訳ではない。


 ――――◇――――


 こんな感じで、自分の得意な分野を、短時間だけブースト向上させる特殊能力だ。


 もちろん“真の勇者”の六人になるためには、【神力解放・終式】まで会得することが最低条件。


 つまりレイチェル先生も【神力解放】を発動可能。

 今よりもかなり戦闘力を向上させることが可能なのだ。


 だが、オレとの個人レッスンでは先生は、一度も【神力解放】を発動していない。


「そりゃ、アタイは今でも使えるさ。でも、さすがに鍛錬に使う訳にはいかないからね。ハリトも分かっているだろ、【神力解放】の危険さは?」


「そういえば、そっか……先生クラスの【神力解放】はヤバイからね……」


 レイチェルが使わない理由を思い出す。

 何しろ“真の勇者”クラスが【神力解放】を発動させると、人外の力が解放される。

 その破壊力は尋常ではなく、周囲への影響も甚大。


 オレの仲間だった剣鬼レイザード(レイチェルの父親)は、【神力解放・終式】で、うっかり島を一つ吹き飛ばしてしまった。


 同等レベルのレイチェル先生が本気で【神力解放】してしまったら、この魔の森なら一発で消滅してしまうのだ。


(先生クラスの【神力解放】と、今のオレの魔剣技の対決か……ちょっと、試してみたいけどな……)


 おそらく今のオレの地の剣技では、【神力解放】した先生に推し負けてしまう可能性が大きい。


 本当は研究者として試したい気持はあるが、今は止めておこう。


 魔の森を壊しちゃいけない。

 興味本位だけで環境破壊しちゃダメ、絶対に。


「それにハリトも……マハリトおじ様としても、【神力解放】してないだろう?」


「うん、そうだね。オレの大賢者としての【神力解放】は、あったけど……」


 全盛期のオレも【神力解放】は最終段階まで会得していた。

 当時は後衛タイプだったので、効果は魔力系に極大ブースト。

 あと特殊な【終局魔法】も発動可能になるのだ。


「でも、オレの“アレ”は危険すぎるから、今は封印中してるよ」


 オレが【神力解放・終式】を発動して、終局魔法を発射したのは一度だけ。

 最後の戦い――――対魔王戦でしか使ってない。


 だがアレは本当に危険な魔法だった。

 世界を救うために魔王を倒すはずが、逆に世界を破壊しちゃいそうになった黒歴史な魔法。


 だからオレは大賢者としての【神力解放】は封印しているのだ。


「やっぱり、そうか。大賢者であるオジ様が本気を出したら、アタイなんて、一瞬で消し炭だからね。だから、アタイもこの特別レッスンでも【神力解放】は使わない」


「そうか。そうだね」


 レイチェル先生の話を聞いて納得。

 ともかく今後も特別レッスンでは、互いに【神力解放】は使わないことに決めておく。


(というか、今の状態のオレは【神力解放】は使えるのか?)


 そんな疑問が浮かんできた。

 今のオレは十歳に逆行転生した悪影響で、能力が大きく低下している。

 もしかしたら前と同じ【神力解放】は使えない可能性が高い。


(まっ、別にいっか。使う予定もないし)


 今のオレの目的は、勇者学園で愛娘サラの見守ること。

 別に三代目の“真の勇者”選ばれることや、次に復活する魔王を倒すことではない。


 魔剣技を研究して、剣技を磨いているのは探求心を満たすため。

 あと学園生活が暇だからだ。


「さて、休憩も終わったけど、再戦する、先生?」


「ああ、もちろんだ! 次こそは勝たせてもらうぞ、ハリト!」


 休憩時間も終わり。

 本気の特訓の第二ラウンド開始。


 さて、次はどんな戦法でいこうかな。

 心が踊る。


「いくぞ、ハリト!」


「さぁ、こい!」


 土曜日の実りある個別レッスンは、こうして毎週続いていくのであった。

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