第29話固定概念
愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。
色々あって娘サラとエルザ姫を、パーティーを組みことに。
正体はバレてなく、今のところ学園生活は順調に進んでいた。
「ハリト君、昼休み時間だよ。三人で食堂にいこうよ!」
「そうですわ、ハリト様!」
パーティーを結成して以来。
サラとエルザは何かと、オレと一緒に行動したがる。
昼休み時間にも、声をかけてきた。
「いや、でも、オレは今まで昼飯は、寮の自室で食べていたから……」
入学当初から、オレは一人(ぼっち)活動をメインにしていた。
昼休み時間は、敷地内の男子寮に一旦戻る。
一人で昼食をとっていたのだ。
「それならハリト君、せっかく同じパーティーなんだから、今日から一緒にランチしようよ!」
「いや、でも、今からいっても食堂は混んでるから……」
「大丈夫ですわ、ハリト様。私が三人席の用意をしておりますわ」
「ナイス、エルザちゃん! ハリト君、さぁ、いこう!」
「あっ……うん、それなら……」
ここまでされたら観念するしかない。
昼ご飯は三人で食べることになっていた。
たぶん、これから毎日三人で。
(ふう……仕方がないな……)
オレは基本的に人混みが苦手。
伊達に辺境に引き籠っていなかった。
だが大事な娘サラの願いなら、頑張るしかない。
三人で食堂に向かう。
エルザが取っておいてくれた席に、各々の料理を持ってくる。
「それじゃ、ハリト君。挨拶を」
「あっ、うん。えーと、いただきます」
「「いただきます!」」
挨拶をして三人で、今日のランチに口をつけていく。
勇者学園の食堂のランチは、基本的に日替わり。
結構ボリュームがあり、栄養価も高い。
戦う者の資本である身体を、成長させてくれるのだ。
「あっ、そういえば、エルザちゃん」
「どうしました、サラ?」
食事中、サラとエルザは楽しそうに女子トーク。
何気ない会話に話を咲かせている。
オレは聞き専門。
急いで食べ終えて、静かに裏庭にでも行きたい気分だ。
(ん? これは……)
そんな時だった。
周囲からの視線に気が付く。
そして小さなザワつきも。
(これは、もしかして……【聴覚・強化】)
無詠唱で五感を強化する魔法を発動。
ザワついている元……食堂内の他の候補生たちに、聴覚の先を向ける。
さて、どんなことを話しているのか。
念のために聞いておく。
「……あいつ、“無能生”のクセに、エルザ様と同じテーブルに……」
「……サラって子はエルザ様の友人だから仕方がないけど、あの無能生は何なの……」
「……あの無能生、模擬戦で、いつもマグレばかりで、なんかムカつくんだよな……」
ふむふむ、なるほど。
視線の向けられていた先は、やっぱりオレだった。
何しろエルザ姫は、ウラヌス学園のカーストの頂点。
そのトップが、いきなりカースト最底辺の無能生と、同じテーブルにいるのだ。
嫉妬、憎悪、嘲笑……
他の候補生たちに、そうした負の感情が生まれるのも、仕方がいであろう。
プライドの高い子息令嬢連中は、とにかく下らないことが大好きなのだ。
(でも、サラに向けられている“負の感情”は少ないかな?)
月曜の朝のエルザの『サラは大事な友だち宣言』の件は、学園中に知れ渡っているのであろう。
お蔭で食堂でも、サラに対して悪態を向けてくる者はほとんどいない。
代わりにオレに対する負の視線は、かなり多い。
(次はオレが“人柱”という訳か……)
人は集団になると、少数の弱者を攻撃して、多数の者は自分の身を守ろうとする。
特に勇者学園ではプライドが高い若者が多く、身分や適性が低い者を“人柱”としてイジメてしまうのであろう。
(まぁ、この程度なら、放っておくか)
大事な娘がイジメのターゲットになってしまったのなら、オレはすぐさま対策を講じる。
だが、自分一人に対してなら問題ない。
どうせ連中は、大したことをしてこない。
もし強硬な手段を取ってきたら、返り討ちにしてやるまで。
だから候補生たちの負の視線は、放置しておくことにした。
「ねぇ、ハリト君。日曜の三人での初特訓のことなんだけど……」
「へっ? あっ、うん?」
いきなりサラに話をふられたので、変な声が出てしまう。
やばい、ちゃんと話を聞かないとな。
「特訓は、また、あの魔の森でやるの?」
「うん、そうだね。次からはエルザを含めて、三人で行う」
「いよいよ、ですわね。ハリト様、よろしくお願いします」
二人とも食事を終えていた。
お茶を飲むながら、今後のスケジュールについて話し合っていく。
もちろん周りに聞かれないように、小声で作戦会議だ。
「エルザが準備する物は、サラから教えておいてちょうだい」
「うん、わかった、ハリト君」
「よろしくですわ、サラ」
「一緒にがんばろうね、エルザちゃん!」
「そうですわね!」
二人の少女は目を輝かせていた。
今から特訓が待ち遠しいのであろう。
(さて、特訓か……)
こうして平日は平穏な学園生活をしながら、日曜日を迎えるのであった。
◇
日曜日の朝になる。
前と同じように寮の広場に、三人で待ち合わせ。
ウラヌスの街を出発して、三人で街道を疾走。
魔の森の入り口に到着する。
「ふう……さすがエルザちゃん、駆けるもの速かったね!」
「ありがとうですわ、サラ」
【身体能力・強化】を発動したサラと、素のエルザの脚力は同じくらいだった。
後衛タイプのサラに比べて、エルザは身体能力も高い万能タイプ。
元々の才能も有り、王都学園でも鍛錬していたのであろう。
「そういえば、サラ。何であんなに速かったのですか? 身体能力強化を使っても、後衛は、そこまで速くないはずなのに?」
「えっへへ……実は前、ハリト君にコツを教えてもらったんだ」
コツとは【魔力線・解放】のこと。
サラには言っていないので、あくまで魔力高めるコツだと思っているのだ。
「コツ……ということは、“火大蛇”を攻撃した氷魔法が、あんなに強力だったのも?」
「うん、そうだよ。コツのお蔭だよ!」
先週、こっそりかけた【魔力線・解放】の影響で、今のサラの魔力放出量は格段に向上。
単純な攻撃魔法の威力だけなら、エルザよりも高い。
だが魔法の精度に関しては、まだエルザの方が優れている。
どちらかといえばサラの魔法は『一撃ドッカーン!型』だろう。
細かい魔法精度で戦うのではなく、強力な一撃で仕留めるタイプだ。
「コツで、あそこまで強く……ハリト様、私にも教えてください! サラと同じように!」
話を聞いて、エルザは目を輝かせていた。
エルザは強さに対して、異常な執着心がある。
王都学園にいるライバルに勝ちたいのだ。
「まぁ、まぁ、落ち着いて、エルザ。瞬間的な魔力放出量を高めるコツは、今度教えるから心配しないで。でも今日は“もっと大事なこと”を二人に教えるから」
本格的な特訓に移る前に、オレはどうしても二人に教えたいことがあった。
「えっ……“もっと大事なこと”を……ですか、ハリト様?」
「なんだろう?」
エルザとサラは首を傾げて考える。
既に聞く耳をこちらに向けていた。
この二人の良いところは、こうした好奇心旺盛(こうきしんおうせい)なこと。
オレの意図する事を聞いてくれるのだ。
「それじゃ、これから実戦で大事なことを教えるよ。それは『実戦では魔法と剣闘技を使う時は、“無詠唱”で発動させる』ことだ」
「えっ、無詠唱? ん?」
「無詠唱ですって⁉ それは理想かもしれませんが、無理ですわハリト様……」
二人が言葉を失うのも無理はない。
世界では『魔法と剣闘技は詠唱によって発動する』ことは常識。
勇者学園でも最初の授業で教えられたのは、『魔法と剣闘技を発動させるために、正確に詠唱すること大切さ』だったのだ。
その常識を、オレはいきなり否定してしまった。
だから好奇心旺盛な二人ですら、首を傾げながら混乱している。
「うーん、いきなりじゃ混乱するか。それじゃ、オレが今から見本を見せるから」
世の中には『百聞は一見に如かず』という便利な言葉がある。
森の入り口の巨木に向かって、オレは剣を抜く。
「まずは剣闘技の無詠唱からいくよ……ふう……」
混沌剣を腰だめに構えて、精神を集中。
剣闘技の源である魔力を、全身の隅々まで行き渡せる。
「……いくよ、剣闘技、【二連斬り】!」
巨木に向かって一気に踏み込む。
無詠唱で片手剣の剣技を発動。
鋭い斬撃を繰り出す。
バターン!
強烈な連撃を受けて、巨木は倒れていく。
「えっ⁉ い、今、ハリト様……無詠唱で剣闘技を⁉」
「す、すごい、ハリト君!」
まさかの光景に、二人は目を丸くしていた。
何しろオレが本当に無詠唱で、剣闘技を発動。
威力も通常通りだったのだ。
「それじゃ、次は魔法でやってみるよ」
隣の巨木に向かって、オレは手を向ける。
魔力を集中。
あっ……でも、魔力の強さは超極小にしておく。
何しろ今のオレは剣士ということにしてある。
本職が大賢者だとバレないように、魔法はあまり得意ではないことにしてあるのだ。
「さて、いくよ……【火炎弾】!」
初級炎系の攻撃魔法を発動。
オレの手から、拳大の火弾丸が発射される。
ド、ドゴォーーーン!
命中直後、巨木の根元が爆ぜる。
根元が吹き飛び、大きな音を立てて巨木は倒れていく。
「ま、また無詠唱で⁉ しかも魔法を⁉」
「す、すごいよ! 凄すぎるよ、ハリト君!」
目の前の光景に、二人は先ほど以上に目を見開く。
口をあんぐり開けて、呆然としていた。
「ふう。これで分かったかな? 今見たように、剣闘技と魔法は、頑張れば無詠唱でいけるんだ」
「なるほどですわ。でもハリト様、どうして世界中の剣士や魔法使いは……教師陣や腕利きの方々も、詠唱をしているんですの?」
「いい、疑問だね、エルザ。それは今までの長い歴史、そこで根付いた“固定概念”が原因なんだ」
「固定概念ですか?」
「そう、人類が魔法と剣闘技を発見されてから、数百年が経つ。これまでの長い年月の間で、知識と共に固定概念が染みついてしまっていたんだ」
魔法と剣闘技を発見してから、数百年の歴史がある。
魔力を強力な“力”に換算する革命によって、人類は大きな力を得て大躍進。
そして、この数百年間、誰も疑問を持たず、ずっと詠唱をして発動してきた。
だが今から三十数年前。
“ある一人の少年”が無詠唱の理論を発見する。
のちに大賢者と呼ばれる男――――そう、オレだ。
オレが無詠唱の理論を発見したのは、偶然ではない。
幼い時から『相手が詠唱している隙に、こっちがもっと早く詠唱すれば勝てるんじゃね? いや、そもそも詠唱無しで発動させたら、最強じゃねぇ?』
――――そんな感じの考えで、オレは寝る間を惜しんで、無詠唱を研究。
十歳を前にして、遂に無詠唱の初級理論を完成。
魔族や魔物をバタバタと倒していったのだ。
もちろん、この開発秘話は誰にも内緒。
当時の仲間でも知っているのは一握り。
オレだけの究極の実戦理論なのだ。
「えーと、とにかく無詠唱は存在する。そして実戦でも有効なんだ」
とにかく今の見本で二人に伝えたのは、無詠唱は本当に存在すること。
邪魔をしているのは、数百年間にわたる固定概念だったいうことだ。
「固定概念が原因だった……なるほどですわ」
「よく分からないけど、何となく分かるかも?」
実際の発動を目にして、二人の表情が変わってきた。
今までの固定概念が吹き飛んだのであろう
よし。
これで無詠詠唱のため第一段階を突破。
次は第二段階へと移行する。
「それなら次は無詠唱を発動のために、一番大事なことを教えるね」
「一番大事なこと……ごくり」
「いよいよだね、ドキドキ」
数百年間、誰も無しえなかった無詠唱の方法が明らかになる。
二人は目を輝かせている。
よし、良い目だ。
この様子なら二人なら、何とかなるかもしれない。
「無詠唱発動で一番大事なことは『イメージする』ことだ」
「えっ、『イメージする』……ですか?」
「イメージ……?」
「そう、イメージだ。発動する前に、頭の中でイメージするんだ。発動した剣闘技と魔法の形を。それから体内の魔力を練り上げていきながら、実際に頭の中でイメージを具現化していくんだ!」
これはオレが編み出した【イメージ理論】という考え。
辿りく前、当時のオレには一つの疑問があった。
『そもそも剣闘技と魔法とは何なのか?』という疑問だ。
その答えの一つが『剣闘技と魔法は、あくまでも強さのイメージの具現化なのでは?』という仮説。
その後にたどり着いたのが、この【イメージ理論】なのだ。
難しいことは省くが『詠唱とは人の強さをイメージ化して、発動させるための手段』でしかないのだ。
つまりイメージの形さえしっかりしていれば、詠唱は不要なのだ。
オレの研究によると『人の頭のイメージするスピードは、稲妻より早い』ことが判明。
つまり口で呪文を詠唱するより、イメージする方が何倍も早い。
確かなイメージが瞬時に出来るのなら、時間そのものが不要になるのだ。
「とりあえず難しいことは省くから、あとは実戦。じゃぁ、さっそく練習してみようか」
「はい、分かりました!」
「うん!」
二人とも真っ直ぐな瞳で応じてくれた。
こうしてサラとエルザは無詠唱の練習に、果敢に挑戦していくのであった。
◇
「こ、これはなかなか難儀ですわ……」
「そうだね、エルザちゃん……」
無詠唱の訓練は険しい道であった。
何しろ今までの数百年の固定概念を。
彼女たちの中にあった壁を、壊す必要があるのだ。
「うーん、これも違いますわね……」
「そうだね……」
固定概念を壊すことは、本当に難しい。
例えるならば『あなたは本当は逆立ちて、後ろ向きに走った方が、実は早いんです!』という理論を、自分の身で実践するようもの。
今までの常識と、全く逆に挑まなくてはいけないのだ。
オレという見本があっても、二人の修行は楽なものでなかった。
「エルザちゃん、今日の放課後も、どう?」
「もちろんですわ!」
だが二人とも諦めなかった。
日曜の特訓に以外にも、平日の特訓を追加。
出口の見えない努力を、一生件に続けていった。
「サラ、頑張りましょう……」
「そうだね。絶対に成功させようね……」
オレの指導を受け、二人で励まし合いながら。
◇
そして無詠唱を教えてから、一ヶ月が経つ。
今日は日曜。
魔の森に三人でやってきた。
「それじゃ、いくよ。ハリト君!…………【氷結弾】! ……【二連突き】!」
「私も、いきますわ、ハリト様…………【三連斬り】! ……【火炎弾】!」
二人とも無詠唱で発動。
剣闘技と魔法の無詠唱の習得。
森の巨木を倒すことに成功したのだ。
「やったー! できたよ、ハリト君!」
「やりましたわ! ハリト様ぁあ!」
成功して二人は、オレに抱きついてくる。
ここまでの苦難を乗り越えて、努力が実った。
本当に嬉しかったのであろう。
「ちょ、ちょっと……二人とも、そろそろ、離れてくれた助かるんけど……」
二人とも年頃の少女なので、ハグのサンドイッチ状態は恥ずかしい。
でも、せっかくの感動に水を差すことも出来ない。
オレは諦めるしかなかった。
(ふう……でも、ようやく成功してくれたか……本当に良かった……)
無詠唱の精度はまだ低いけど、成功したことはオレも嬉しい。
(ハリト団か……悪くなないかもな、こういう感動も……)
こうしてオレたちは三人で更に団結を強めていくのであった。
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