第10話実技試験
愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。
娘にバレないように、学園では静かに目立たないように過ごす計画。
だが勇者の適性検査でEランクを出してしまい、逆に目立ってしまった。
くっ……次の実技検査で、なんとか普通の結果を出さないと。
「では次の実技検査の説明をします!」
隣の会場に移動して、教師から説明が始まる。
「検査と言っても、難しくありません。この“的”に向かって、攻撃をしてもらうだけです!」
実技会場の中央には、三本の大きな的が立っていた。
素材は特殊な金属であろうか。かなり頑丈そうだ。
「この的は“女神の的”といって、特殊なものです。攻撃をすると、このように数値によって表示されます」
試しに試験官が、火の魔法を詠唱発動。
初級魔法【火炎弾】で的を攻撃する。
拳大の炎の弾丸の攻撃を受けて、“女神の的”に数値が表示された。
「「「おお!」」」
候補生たちから歓声があがる。
【火炎弾】は初級魔法だが、使い手によってかなり威力がある。
先ほどの教師の高い攻撃力でも、“女神の的”は傷一つついていない。
まさに神具ともいえる“女神の的”の耐久力に、誰もが驚いているのだ。
「このように“女神の的”は“絶対に”に傷つくことはありません。だから目いっぱいに攻撃しても大丈夫です。なお攻撃は各々が得意な魔法や武器で、構いません。では早速、先頭の人から初めてください!」
担当教師から細かい説明があり、実技検査がスタートとなる。
列の前の候補生から、“女神の的”に向かって攻撃をしかけていく。
オレは他の候補生は最後尾から観察する。
「いくぞ! …………【火炎弾】!」
「いくわよ、……【氷針弾】!」
候補生たちは呪文を詠唱して、魔法で攻撃をしかける者。
「おらぁあ、いけえ!」
「うぉおおお!」
剣や斧、槍などの武器で攻撃を仕掛ける者。
大きく分けて、この二つに分かれていた。
(なるほど。後衛タイプ、前衛タイプ……この辺の適性の分類は変わらずか……)
勇者候補生は大きく二パターンに別れる。
【前衛タイプ】と【後衛タイプ】。
【前衛タイプ】はその名の通り、戦いの前線を得意とする肉体派。
体内の魔力で、自分の身体能力や防御力を強化。
剣や槍など接近戦での戦いを得意とする連中だ。
一方で【後衛タイプ】は逆の戦い方。
前衛が敵を抑えている間に、時間のかかる魔法を詠唱。
高威力の魔法で、一気に敵を倒すことを得意とする。
二つ以外にも、身体能力を強化して、弓などの武器で戦う【長距離支援タイプ】。
探知を強化して罠などを解除する【支援タイプ】。
など細分化すれば他もある。
だが結局のところ大きく分けると、前衛と後衛の二パターンなるのだ。
(ふむ……今のところ前衛タイプと後衛タイプは、半々くらいかな……)
この学園に候補生は、バランスよく集まっていた。
悪くない感じだ。
(前衛と後衛か分け……まぁ、源である“魔力”は同じだから、あとは“適性”と“努力”しだいなんだよな……)
基本的に人は誰でも体内に魔力を有している。
だから前衛タイプも努力次第では魔法も使える。
逆に後衛タイプも接近戦を強化していける。
ちなみに大賢者と呼ばれていたオレは、もちろん後衛タイプ。
だが若かりし頃のオレは、接近戦も嫌いではなかった。
(というか“真の勇者”になるには、後衛タイプもある程度の接近戦の技術は必須だったからな……)
何しろ当時の魔王の配下、特に上級魔族は尋常ではない強さではなかった。
だから後衛タイプだったオレも、接近技は“そこそこ”なのだ。
(まぁ、“そこそこ”といっても、アイツ等……“真の勇者“の前衛には及ばないけどな……)
“真の勇者”の前衛タイプは尋常ではない連中ばかり。
何しろ、アイツ等はなんの補助魔法もなく、剣一本だけで巨大なドラゴンに斬りかかっていくのだ。
更に山のような大地竜(ベヒモス)の突進を、盾一つで受け止める人外なタフさ。
アイツ等に比べたら、オレの使える剣術も、素人に毛が生えた程度のレベルだ。
(まぁ、それでも、この候補生たちよりは何倍もマシだけどな……)
実技検査を眺めながら、昔のことを思い出していた。
検査は順調に進んでいる。
「「「おおー⁉ 動いたぞ!」」」
そんな時、候補生から歓声があがる。
誰かの攻撃が“女神の的”をグラつかせたのだ。
「さすがエーちゃん!」
「やるねー♪」
「いやいや、こんなの大したことないっしょ♪」
注目を浴びていたのは、チャラそうな貴族子息たち。
先ほどの適性検査で、全員ランクBだった三人組だ。
(ふーん、あいつらは全員、前衛タイプか……)
こっそり三人の能力を魔法で【鑑定】。
もちろん無詠唱で隠遁魔法も重ねがけしてある。
(ふむふむ……まぁ、どこにでもいる典型的な力自慢な脳筋バカだな……)
生まれ持って身体能力が高かったのであろう。
しかし魔力の練り上げ方や、技の練度が低すぎる。
たしかに力任せの攻撃は、動かない的には有効だ。
だが実戦では相手は待ってはくれない。
特に魔王の直属である“魔族”の連中は、普通ではない。
ちゃんと鍛錬を積んでいかなければ、あのままでは三人とも実戦では死んでしまうであろう。
(というか……アイツ等以外も……全体的に、他の候補生たちも、なんかイマイチな攻撃ばかりだな?)
候補生の攻撃を観察して気がつく。
全体的に勇者としての素質は悪くはない。
だが多くの者が実戦的な攻撃をしていない。
(まぁ、これも仕方がないか。きっと平和な世界で生きてきたんだろうな……)
ここ十年ほどは平和な時代が続いていた。
基本的に魔王が復活しなければ魔族や魔獣、魔物は活性化しない。
つまり、ここにいる十代の若者たちは、“本物の実戦”を経験していないのだ。
実戦の経験があったとしても、せいぜいは雑魚程度の魔物狩り。
あとは対人の訓練を繰り返してきただけ。
“本物の実戦”……絶望的に強大な魔物や魔獣との戦いを、候補生たちは経験していないのだ。
「次の人、どうぞ」
「はい! サラです。よろしくお願いいたします!」
そんなことを考えていたら、いつの間にかサラの番が巡っている。
オレはこっそり最前列まで進み、愛娘の様子を見守ることにした。
「では、サラさん。的に攻撃を」
「はい。えーと……」
担当官に促されても、サラは攻撃を仕掛けなった。
恥ずかしそうに、気まずそうにしている。
「どうしましたか、サラさん?」
「す、すみません。実は私……攻撃魔法や剣術を、何も使えないです……」
サラは攻撃できない理由を、正直に口にする。
今まで攻撃方法を習っていないから、どうすればいいか分からないと。
その答えに他の候補生がザワつきはじめる。
「えっ……攻撃魔法も剣術も使えない、ですって……」
「あの子、さっきランクB“有能生”だったわよね……」
「たしかあの子、庶民出らしいよ……」
「庶民出か……それじゃ、いくら潜在的な才能が、あっても、“使えない”確定だな……」
勇者候補に選ばれる者は、確率的に武家や騎士、魔術師の家に生まれる者が多い。
遺伝的に戦える才能が有した者が、選定されるからだ。
だから、この場にいるほとんど候補生は、ある程度の戦う技術を有している。
幼い時から教養として、親に叩きこまれてきた。
だから全く攻撃能力が持たない、サラは珍しい存在なのだ。
「ご、ごめんなさい……」
嘲笑を浴びて、サラはよほど恥ずかしかったのであろう。
顔を真っ赤にしていた。
(サラ……しまった……これはオレの責任だ!)
そんな娘を見ながら、胸が破裂しそうだった。
何故ならサラが一切の攻撃的な手段を身につけていないのは、父親であるオレの責任なのだ。
(くっ……大事に育て過ぎたことが、ここで裏目に……)
サラには今まで一度も、攻撃的な術を一切教えてこなかった。
父親としてのエゴで、娘を荒事から常に遠ざけてきたのだ。
(くそっ……こんなことなら、ちゃんとした攻撃魔法を教えてやればよかった……)
公衆の面前で、娘に恥ずかしい思いをさせてしまった。
父親としてこれ以上の後悔はない。
サラ……本当にすまない。
「先生、私は攻撃魔法を使えません……でも……」
そんな時、赤面していたサラが口を開く。
「でも、【生活魔法】なら使えます! パパに……お父さんに、小さい時から、ちゃんと教わってきました!」
サラは顔を上げて、声を高める。
その姿は立派だった。
勇気を振り絞り、自分の出来ることを宣言したのだ。
「ぷっぷっぷ……生活魔法だって……」
だが他の候補生たちの反応は残酷だった。
「生活魔法だけしか使えないってウケる……」
「あの庶民での子も、ここで終わりね……」
「だね。さっきの無能生といい、変な子ばかりね……」
候補生たちはザワつき、苦笑している。
何しろ【生活魔法】は名の通り、普段の生活で使うものばかり。
魔力がある者なら、普通の市民で使えるのだ。
もちろん戦闘では威力が低すぎて、何の役に立たないのだ。
「皆さん、お静かに! 分かりました、サラさん。では、実技検査は、サラさんは後日でいいわ。授業で初級魔法を教えてあげるから、それからチャレンジしてみましょう」
「はい! よろしくお願いいたします!」
担当官の計らいで、サラの実技検査はパスとなった。
なかなか気の効く試験官だ。
遠目で見ていたオレは、胸をなで下ろす。
「では、次の人……えーと、キミはハリト君だったかしら?」
「はい、ハリトです」
サラの試験がパスされ、最前列で見ていたオレに順番が回ってきた。
だが会場の変な空気は、先ほどと変わらずにいる。
「おい、あいつ、さっきのランクEの……」
「ああ、無能生の奴だぞ……」
「あいつ剣も無しで、魔法を使うつもりなのか?」
「いや、無理だろう。あいつもさっきの庶民出と同じで、生活魔法が手一杯だろうさ……」
原因はオレが無能生だったから。
あと前のサラが生活魔法しか使えなかったからだ。
「おい、あの無能生が何点だすか、こっそり賭けようぜ……」
「そんなも0点に決まっているだろう……」
「ぷっぷぷ……ウケる。これは見ものだね」
周りの候補生たちの雰囲気は、冷ややかな感じだった。
まるで見世物のように冷笑しながら、オレのことを見つめてくる。
そして、既に終わっているサラにも、冷たい視線が向けられていた。
「えーと、ハリト君。もしも自信がなかったら、あなたも授業を受けた後日でもいいわよ」
担当官が小声でアドバイスしてきた。
おそらく気を利かせて、助け舟を出したつもりなのであろう。
「いえ、大丈夫です! 自信はあります!」
担当官の助言を断る。
何故ならオレは“少し”怒っていたからだ。
「オレも魔法は……今は生活魔法しか使えません! だから生活魔法の【着火】で今から攻撃します!」
怒っていた原因は一生懸命なサラを、冷笑した心なき候補生たちに対して。
そして一番の怒りの原因は“自分自身”に対して。
愛娘に恥をかかせてしまった自分が、どうしても許せなかったのだ。
「おい、マジか⁉ あいつも生活魔法しか使えないってよ……」
「やっぱり無能生だな……」
「しかも【着火】で攻撃するって、どんなアホなんだ、あいつは……」
だから全員の冷笑の先を、あえて自分に向けさせたのだ。
これでサラへの冷笑が消えた。
オレ自身がワザとピエロになることで、サラへの贖罪(しょくざい)をするのだ。
「さて、いくぞ……笑いたいなら、笑うがいい、お前たち!」
恥をかくことを覚悟に、生活魔法の術式を展開する。
――――◆――――
右手に魔力を集中
“火”の属性
“高集約”の型
威力“極大値”
《術式完成》
――――◆――――
「いくぞ…………【着火】!」
他人の目があるので、今回はちゃんと詠唱発動だ。
ヒュゴウン!
【着火】の魔法は無事に発動した。
「ふう……」
術を放出して、息を吐き出す。
少し大人げなかったが、これでスッキリした。
「えっ……?」
「ん……?」
周りの様子が変だった。
波を打ったような静寂に、会場は支配されている。
誰もがオレの目の前を凝視していたのだ。
ん?
いったいどうしたんだ?
「えっ……今のは⁉」
最初に口を開いたのは、担当官。
目を丸くして、オレの目の前方を凝視している。
「“女神の的”が……消えた……?」
試験官の視線の先にあったのは、先ほどまであった的の空間。
つい先ほどまであった“女神の的”が、今は跡形もなく消えていたのだ。
(あっー! し、しまった……つい怒りで焼却してしまった!)
“女神の的”を消し去った犯人はオレだった。
先ほどは怒りのあまり、威力を“極大値”にしてしまっていたのだ。
大賢者であるオレの魔法の威力“極大値”は普通ではない。
それは生活魔法でも同様。
目に見えないほどの高出力の【着火】が、右手から一気に放出。
最大級に威力を高めた【着火】によって、的は跡形もなく消滅してしまったのだ。
「お、おい、“女神の的”が無くなったぞ……」
「なんか、眩しい光が光ったと思ったから、次の瞬間には消えていたわよね……」
「まさか、あの無能生が……?」
「いや、まさか。もしかしたら女神様の悪戯とかでしょ……?」
他の候補生たちも一気にザワつき始める。
誰も何が起きたか、理解できていないのだ。
「えーと、ハリト君……」
「いやー、さすが女神様は、気まぐれですね、先生! はっはっは……」
「そ、そうね……それじゃ、今日の実技検査はここまで。候補生の皆さんは、講堂に移動して、入学式の参加してください」
大事な神具が消失してしまったのだから、もはや実技検査どころではない。
教師たちは大慌てで動き出す。
消えてしまった“女神の的”を探しているのだ。
(これはマズイことになったな……でも、大丈夫そうだな?)
検査は想定外のことばかりだったが、今のところは問題ない。
次の入学式も大人しくしておこう。
こうしてオレの学園生活は順調に進んでいくのであった。
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