第11話入学式

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 娘にバレないように、学園では静かに目立たないつもり。

 適性と実技の検査で色々あったが、何とか普通のフリをすることに成功した。



「ふう、次は入学式か……」


 実技検査の後は、大きな講堂で入学式を行った。

 入学式といっても大したことは行っていない。


 まずは国の偉いさんの長い挨拶。

 次は学園長のこれまた長い話が。

 あと候補生の中で代表者が、これからの志(こころざし)を壇上で話したり。


 とにかく退屈な時間の連続だった。


 だが、そんな中でもサラは一生懸命に、話に耳を傾けていた。

 真剣な表情で時おりメモをとっていたのだ。


(なんという立派な姿だ、サラ……)


 オレの入学式の記憶といえば、そんな愛娘の姿を見て感動してこと。

 お蔭で入学式もあっという間に終わっていた。


「それではこれで入学式を終了いたします。候補生の皆さんは、明日から本格的な授業と訓練が始まります。気を引き締めていきましょう!」


 司会の教師から閉会の宣言があり、入学式も解散。

 候補生は自由時間となる。


「さてと、戻ってゆっくりするか……ん?」


 自室に戻ろうとして、講堂前の様子に気が付く。

 多くの候補生たちは、まだ講堂の前の広場に残っているのだ。


「はじめまして! キミ、さっきの実技検査で凄かったね!」


「こんにちは。あなた水の魔法が得意なの?」


「えー、キミの家はあの名家なの⁉ 凄いね!」


 何やら自己紹介をかねて、互いに交流を深めている様子。

 一体何が目的なのであろうか?


「よかったら、今度あるという班分けで、同じ班になろうよ!」


「ちょうど後衛タイプの子が必要だったんだ!」


「あなたのさっきの剣さばき、うちらと絶対に相性がいいわよ!」


 なるほど。皆の目的は、班分けの“先物買い”のようだ。


 候補生たちの会話を聞いていると、学園生活では班分けがある。

 なんでも学園生活は、数人一組の“班(パーティー)”で行動することが多いという。


 班分けは各自で自由に決めていいらしい。

 そのため成績が良い者は、多くの班に誘われている。


(つまり、さっきの検査の結果で、ここで使われるんだな)


 適性と実技検査で、各々の現時点での能力が知れ渡った。

 パーティー編成や相性を考えながら、勧誘活動を行っているのだ。


(みんな一生懸命だな。ああ、この感じは懐かしいな……)


 オレが十歳で養成所に入った時も、こんな感じの雰囲気があった。

 と言っても当時は、班分けなんて可愛いものではない。


 当時あったのは一言で説明するなら“軍団作り”。

 強そうな候補者を見かけたら、所構わずケンカをふっかける。

 負けた方は、勝った奴の手下に入る。


 また頭のいい奴は、数に物を言わせて集団戦を仕掛ける。

 そうして気がつくと候補者の中では、いくつものグループ“軍団”が形成されていたのだ。


 もちろん大賢者と呼ばれることになるオレは、後者の頭のいい方……の予定だった。


 だが、若かりし頃のオレは“少しばかり”喧嘩っ早かった。

 結果とし前者の“所構わずケンカをふっかける”ことを繰り返していたのだ。


 当時は本当にケンカばかりしていた。

 まぁ……お蔭で同じグループになった連中とは、ガチンコな仲間になれた。


 拳と拳、魔法と剣、互いに命をかけあった、本当の仲間の選定方法だったのだ


(当時に比べたら今のは、何というか、緩いというか、甘いというか……)


 今目の前で行われているのは、表面上の仲間探しに見える。

 悪くいえばナンパ行為。

 何というか、時代も変わってしまってしまったのか。


 だが、こんなことを家に口にしたら『パパの悪いクセだよ! 時代は変わっていくのよ!』って、サラに怒られてしまう。


(ん……サラ?)


 そういえばサラはどこにいる?

 ふと娘の身が心配になる。


 もしかしたら、このチャライ雰囲気の中で……⁉


 いた!


 広場の端っこに銀髪の小柄な少女、サラを発見。

 だが、既に手遅れだった。


「ねぇ、キミ、サラちゃんって名前なんでしょ?」


「たしか“有能生”の子だよね?」


「でも、不安っしょ? それならオレたちと同じ班になろうぜ!」


 サラは三人の男たちに囲まれていた。

 先ほどの適性検査で全員ランクBだった、貴族子息のチャラ男軍団だ。


「えーと、お誘いはありがたいのですが……」


 かなり強引でチャライ勧誘に、サラは困っていた。


「悩む必要なんてないから、とりあえず同じ班になろうぜ!」


「そうそう、オレたちは家柄も爵位あるし、実力もあるからオススメだぜ!」


「それにサラちゃんも可愛い、絶対に仲良くなれるって!」


「でも、私は……」


 サラは上手く断ることも出来ない。

 このままでは状況に流されてしまいそうだ。


(くそっ! アイツら、いつの大事な娘をナンパなんてしやがって!)


 そんな光景に、怒りの沸点が一気に振り切る。

 サラを守るために真っ直ぐに突き進んでいく。


「おい、お前たち、この子が困っているだろう!」


 サラの目の前に立ち、チャラ男軍団から遮る。


 安心しろ、サラ。

 パパが守ってやるからな!


「ん? なに、このおチビちゃんは?」


「あー、こいつ、さっきの無能生君じゃないか?」


「ああ、そうだ。“無能生ハリト”だったよな、たしか! うける!」


 背が小さいのはまだ十歳だから。

 それに無能生にしたのは目立たないため。


 反論したいが、正体がバレてしまうから、グッとこらえる。

 感情を抑えて、冷静にナンパを止めるしかない。


「その子が困っているだろう。止めたら?」


「何言ってんの、オチビちゃん? 今はオレたちがサラちゃんと交渉していたんだぜ!」


「ああ、割り込みは良くないんぜ! あれ、もしかして庶民の出か? それなら教育もされてないか、無能君は!」


「というか、横から割り込んできて、何の権限があるんだ、無能君は⁉」


 何の権限だと……そりゃ決まっているだろう!


 オレがサラの父親だからさ!

 大事な娘を守るために、理由なんてない!


「それはオレが……」


 “父親だから!”と言いだしそうになって、言葉と止める。


 ――――危なかった。


 一瞬で自分の正体を、後の更にバラしてしまうところだった。

 一年間の学園生活どころから、初日で作戦が失敗してしまうところだ。


(これは困ったぞ……)


 今のオレはサラに対して、何の保護権利もない。

 どうやってチャラ男軍団から守ればいいんだ?


 とりあえず理論的に説得しておこう。


「ほら、この子もいきなりで困っているし。キミたちの勧誘も急だし。班分けは別に指示された訳じゃないから、もう少し時間をかけて、他の候補生とも交流をしていって、それからでも班決めはいいじゃないかな……と思ったのさ、オレは」


 本当はこんな弱そうなチャラ男軍団など、実力行使なら秒殺で黙らせることが出来る。

 だが校則によれば、候補生同士のケンカは違反。


 下手したら一発で退学処分を喰らってしまう。

 そうなったら大事なサラを見守ることは難しくなってしまう。


 だから理論的に穏便に、チャラ男を引きさがらせることにしたのだ。


「おい、このオチビちゃん、なんか偉そうでムカつかない?」


「ああ、だな。才能も実力もないくせに、しゃしゃり出てきやがって、説教してきちゃったよ、オレたちに!」


「おい、無能君。よく聞きな。オレたちは子爵家の御曹司なんだぜ! 同じ候補生でもお前みたいな庶民とは、別世界の人種なの? 言っている意味分かる、おチビさんよ?」


 理論的な説得は無駄だった。


 何故ならチャラ男軍団は最初から、他人を見下しているのだ。

 生まれた時の身分でしか、会話が成立できないのだ。


(いやー、こいつら予想以上に、頭の悪い連中だな。それに“子爵”の息子とか、貴族の中じゃかなり身分が低い方じゃん)


 学園に入学したということは、三男以降の継承権のない連中なのであろう。

 実質的には名ばかりの貴族の連中。

 それなのにここまで偉そうにしているのだ。


(悪いけど、こっちは“魔道爵”なんだぜ)


 三十年前に世界を救った時に、“魔道爵”という爵位を国王からもらっていた。

 爵位の中ではかなり高位で、子爵なんて比べ物にならない。


 まぁ、地位や名誉になんて興味はないから、爵位をかざしたことは一度もないが。


「おい、何か言えよ、おチビちゃん!」


「おい、そろそろ面倒だから、講堂の裏で、こいつをボコっちゃおうぜ!」


「サンセー! 校則違反なんて、後から親父にもみ消してもらえばいいしな!」


 チャラ男軍団は段々とエスカレート。

 無謀にもオレに対して実力行使をしようしてきた。


(こいつ、本当にバカだな。やっぱり魔法で吹き飛ばしてやるか? でも……サラの目があるからな……)


 すぐ後ろに娘がいる。

 サラに正体がバレないように、どうにかこの場を解決して立ち去りたい。


 しかも校則違反にならないように迅速に。


(あっ、そうだ! 無詠唱……【幻影】!)


 相手に幻覚を見せる魔法を発動させる。

 対象者はチャラ男三人に。

 幻覚の内容は、『こいつらの三人の記憶の中、お偉いさん出現させる』だ。


幻影の術は即座に効果を現す。


「ん? おい、あそこを見ろよ!」


「ああ、あの方は⁉ 何でこんな所に⁉」


「訳わかんないけど、とりあえず追いかけようぜ!」


「ああ、ちゃんと挨拶しておかないと、親父に叱られちゃうからな!」


 チャラ男軍団は実在しない人物の幻影を、猛ダッシュで追いかけていく。

 

おそらく上級貴族の幻影でも見ているのであろう。

 ゴマをスルために必死だ。


 もはやサラに構っている場合ではない。


(ふう……これでもう、サラは大丈夫だろう……)


 解決してひと息つく。

 さて、面倒なことになる前に、オレも早くこの場を立ち去るとするか。


「あのー、ありがとうございます」


 だが、時すでに遅し。

 銀髪の少女……愛娘サラに呼び止められてしまう。


「えっ? うわっ⁉」


 思わず声を漏らしてしまう。

 まさかオレの正体が……サラにバレてしまったのか⁉


「助けてもらって、ありがとうございます。とても助かりました!」


 サラは頭を深く下げて感謝してきた。


 なるほど、バレてしまった訳ではないのか。

 強引な勧誘に助け舟を出してくれたことを、感謝しているのだ。


「ま、まぁ、あれくらい気にしないでよ! 勇者候補といって、色んな連中がいるし。キミも落ち込むことはいよ!」


 超緊張しながら、よく分からない会話をする。

 口調も安定しない。

 何しろ目の前に娘がいるのだ。


 サラとまともに会話するのは、喧嘩別れしたあの日以来。

 どんな口調で何を話せばいいのか……いまいち思考が安定しないのだ。


「そうですね。たしかに色んな方がいますね。私も勉強不足で、ちょっと戸惑ってしまいました」


 サラは申し訳なさそうにしている。

 さっきのは明らかに相手が悪い。

 だが純粋なサラは自分の対話能力の不甲斐なさを、嘆いているのだ。


 これはマズイ……娘を元気づけてやらないと。


「ほ、ほら、あんまり気を落とすなって。“人生は常にチャレンジ”なんだよ!」


「“人生は常にチャレンジ”……ですか?」


「ああ、そう。色んな失敗や経験をしても、それを前向きに受け止めた奴の勝ち……ってことさ!」


 これはオレの自論。

 何しろ世の中は理不尽なことが多い。


 生まれ持っての身分の差に、変えられない不遇な環境。

 それに平和に暮らしていても、いきなり大きな戦に巻き込まれてしまう可能性もある。


 だからこそ人は前を向いて、たくましく生きていかなければいけないのだ。


「そっか……なるほどですね。そう考えると、なんか元気がでました! ありがとうございます!」


 サラは顔を上げて、明るい顔になる。

 あまりの眩しさに、オレは思わず目を細めてしまう輝きだ。


「お蔭で元気が出ました! ありがとうございます! あっ、遅れましたが、私の名はサラといいます!」


「あっ、えーと、オレの名は“ハリト”」


「ハリト君、って、これから呼んでもいいですか?」


「ああ、もちろん! いつでも気軽に呼んでちょうだい! あと、同じ候補生だから、敬語もいらないからさ!」


「ありがとう、ハリト君。よかったら友達になってくれるかな?」


「ああ、もちろんさ! また何かあったら、このオレに相談してよ! 友だちであるオレに!」


「うん、ありがとう、ハリト君。これからよろしくね」


 そう言い残して、サラは笑顔で立ち去っていく。

 去り際も清々しいほどの輝きを放っていた。


(サラ……サラ……よかった……またサラと会話が出来た……)


 一方のオレは見送りながら、呆然と立ち尽くしていた。

 何故なら喧嘩別れをしていた娘と、普通に会話が出来たのだ。


 これ以上の幸せなことは、世の中には存在しない。

 嬉しさのあまり舞い上がり、天にも昇りそうな思いだ。


(……ん?)


 そんな時であった。

 “あること”を思い出す。


 先ほどの会話の内容を思い出し、ふとに我に返る。


「友だち……学友……サラと友だちになっちゃった、オレは⁉」


 まさかの事件。

 正体がバレてはいけない娘と、友だちに契りを結んでしまった。


「これは……マズイぞ……オレは……」


 こうして平穏なはずの学園生活は、はやくも波乱な予感がしてきたのであった。

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