第6話

ククールとインティアナが生まれ育ったのは、入国審査書類によればバクペイドの首都、アルセだ。都市全体が高い城壁に囲まれ、城門を抜けると町に入れるという構造。

碁盤目上のように区画された町でAからK地区までがある。

町の至るところで武装した兵士がいて、なんだか物々しく物騒に見える。さながら町全体が監獄のようだ。

似たような風景に迷いそうになりながら、フィン達はククール達の生家だというC地区の一軒家にやって来た。

両親は既に亡くなっているので空き家になっている。

では近隣の人に話を聞こうかと思ったところへ、

「ククール達ならもういないよ」

と声をかけてきた若い男性。ひょろりと背が高く、両手に様々な食材を抱えていた。

「いつまで住んでいましたか?」

ククールの名前にすぐさま反応したフィンはそう尋ねる。

「ん?三週間くらい前かな。あれもっとかな?ドラゴニアに行っちまったよ」

ドラゴニアにやって来た時期と一致したことで、フィンはやっと少し安心した。

続けて男性に尋ねる。

「ククール達と親交はありましたか?」

「ああ。うち、すぐそこで飯屋やってんだけど、よく食いに来てくれたし、俺ククールと同い年だから。あんたら、ククールの知り合い?」

飯屋と聞いた途端、目の色が変わったのはナデシコ。

「よし、食いに行けばいい」

問答無用と言わんばかりのナデシコに男性は顔を赤らめる。

「ああ。そうしてくれよ。しっかしあんたら目立つなあ」

長身の美女に小男の従者のような一行。うち一人は金髪。まあ目立つよな、と特に誰も否定せず、男性についていくフィン達。

男性に案内され、ククールの家から五軒ほど隣の飲食店へと入る。

奥の厨房では中年男性が鍋を振るい、中年女性が野菜を切っていた。

「父ちゃん、母ちゃん!買い出し行ってきたよ。あと客!」

「はいよ!」

家族で切り盛りしているらしく、男性は着いたらすぐ食材を運びだす。

店内には若者のグループが既に食事をしていた。

フィン達を見て、みな手をとめてにわかに色めき立つ。

「すっげ!金髪の美少女じゃん!」

「おい、ベン!どこで引っ掛けて来たんだよ?!」

客のざわめきがやけにうるさい。名前も知っているようだし、親しい間柄なのだろう。

「うるせえよ!引っ掛けてねえわ!」

店に連れて来てくれた男はベンというらしい。

いや、それよりも。

美少女?

金髪といえる髪色はこのメンバーではフィンだけ。

最近は女に間違われることも少なくなっていたのだが、やはりいい気のするものではない。

ケンショウが笑いを堪えている。

「帰ったら角刈りにする」

そうぼやくフィン。

「やめておきなさい似合わないよ」

すぐさま却下したのはケンショウ。

ナデシコは勝手に座っていた。フィンとケンショウも後に続く。

「で、あんたらドラゴニアから来たの?」

水とお手拭きを出してくれながら、ベンから尋ねてきた。

「ええ、ククール達のことで調べていることがあって」

フィンがそう言うと、

「え?あいつなんかした?それともドラゴン討伐がまずかった?」

ベンが驚きの声を上げる。

周りの若者も、再びざわつき出した。

「ドラゴン討伐?」

あれのことだろうかと、フィンは途中の焼け野原を思い出す。

ベンが詳しく説明した。

「ここに来る途中焼け野原あっただろ?ドラゴン繁殖の跡地。繁殖っつっても五頭だったっていうけど。それをククールは親父さんと二人で退治したわけ。この国じゃあ、ククール達はドラゴン討伐の英雄だよ」

「……」

初めて聞く話に、フィンは言葉が出ない。

ドラゴニアにあっては言いにくいことだったのかもしれないが、またフィンの心に不安が込み上げた。

「やっぱさあ、ドラゴニアの人にとっちゃドラゴン殺すのは御法度なの?あのドラゴンたちには何百人って殺されたし、町二つ潰れてさ、毒のせいで土壌までダメになっちまった。ホントにほんとーに、みんな困ってたんだよ。なあ、許してやってくれよ!」

ベンが手を合わせて懇願する。

他の客も口々に、

「そうだよ!退治してくれたおかげで、随分助かったんだ!」

「大目にみてくれよ!親父さん、その時のドラゴンの毒がもとで死んじまったしさ!」

そう頭を下げる者さえいた。

却って恐縮しながら、フィンは違うのだと伝える。

「すみません、そのことでやって来たわけではないんです。それ、初耳でしたし不問です」

「あ、そうなの?」

若者達が顔を見合わせた。

そうでなければ心当たりがないといった様子。

「ククールに双子がいるのではと思いまして。その裏取りに」

フィンがそう言っても、やはり首を傾げる若者達。

「ククールに双子?聞いたことねえな。ていうか、双子は生んじゃいけねえからよ」

「やはりそういう法律なんですね。姉弟はインティアナだけで間違いないですか?」

「そう」

信じられない法律ではあるが、バクペイドには実際にある。この国に生まれなくてよかったと、心からフィンは思った。

「母ちゃんならしってっかな。母ちゃん!ククールが双子だったか知らねえ?!」

ベンが母親に向かって叫ぶ。

彼女は厨房からひょっこり顔を覗かせた。

「ククールかい?双子だって?」

記憶を辿るように、彼女は唸る。

「そういえば、ククールがお腹にいるときはね、結構早くから生まれるまで、切迫早産で入院だったね。だからお腹が特別大きかったとかは知らないよ」

「切迫早産?」

「早産しかかってる状態だよ。程度によっちゃあ絶対安静だから、外に出られないのさ。でも双子だったんじゃないかって聞かれたら、もしかしたらそうだったかもしれないね」

双子の可能性はある。フィンの心臓がどきりと鳴った。

ベンの母親は続けて話す。

「双子だったとしても、周りにそうと言っちゃいけないからさ。本当のことは病院でも記録してないと思うよ」

「生まれた病院の先生は?」

「もう亡くなっちまったよ」

「そうですか」

結局、可能性があるとしか分からず、ではどうしたものかとフィンは考え込んだ。

そして黙って聞いていたケンショウが口を開く。

「フィン、フィン。その件はもう大丈夫なんだよ」

「大丈夫?」

なんのことかわからずに訊き返すフィン。

基本的に明るいケンショウが少し神妙な表情をしているのが気になった。

「ファルクスがククールと一緒に育ったんじゃない。それと、間違いなくバクペイドで生まれ育った。それが分かればもうこの話は終わり。ドラケイオスのスパイっていう疑いは晴れる」

そういうことになるのか。と納得するフィンだが、だとすると何が問題なのかがわからない。

フィンはケンショウの言葉を待った。

「問題は、だね」

一呼吸置くケンショウ。言葉を選んでいるように見えるが、そこに続いた言葉を、フィンはすぐには理解できなかった。

「これだけの軍事国家、一人でも強い兵士が必要でもあるに関わらず、ドラゴン討伐の英雄の異国移住がなぜ認められたか。インティアナはともかくとして」

ベン達には分かる話だったらしく、再び盛り上がる。

「そうそう!俺たちも話したことあるぜ!よく許可でたなってよ」

「ククール本人はなんて?」

フィンに代わり、ケンショウがそう話を聞きだした。

「へらへら笑って『大丈夫だってよ』とだけ言っていたな」

若者達は口々にそう言い合う。

なおもフィンは分からずに尋ねた。

「あの、そんなに特別なことなんですか?移住の許可が下りたことが」

フィンの問いにはケンショウは即答せず、ベン達若者を見た。

「君たちはどう思った?」

「うん?なんでかなー?とは思ったけどな」

「つまり、許可が下りるとはみんな思ってなかったわけだね?」

ケンショウの確認するような問いにみな一様に頷く。

「なら、調べなきゃいけないね。ククールがドラゴニアに来た目的。っていうよりも、バクペイドがククールをドラゴニアに来させたっていうほうが正しいのかな」

たちまち、店内は不穏な空気に変わった。

フィンの頭は混乱している。

「ケンショウさん……」

呼んではみたものの、後に続ける言葉が分からず、代わりに瞳には涙が浮いた。

せめて流れぬよう、唇をきつく噛む。

それでもケンショウは、畳みかける。

「彼、あえて言わなかったでしょ。ドラゴン討伐の話。カンセルギでドラゴンに立ち向かっておきながら。それをフィンにすら話していないことが、ちょっと不自然。移住の許可が下りたことを、仲間達も不思議に感じている」

優しいけれど、毅然としたケンショウの言葉。

ククールを信じようと、海を越えてバクペイドまでやって来たフィンの気持ちが足元から崩れそうだ。

ケンショウの言葉は続く。聞くのが辛くとも、騎士であるなら受け止めねばならない。

「俺は中立で公正でいなくちゃいけない。もし、ククールが、バクペイドが、ドラゴニアにとってよからぬ企みを持っているんだとしたら、俺はそれを暴かなくちゃいけないんだよ」

「……はい。わかっています」

絞り出したフィンの声が自分でも驚くくらいに弱々しい。

「おい、おっさんが美少女を泣かすな」

いつの間にか隣のテーブルに移動していたナデシコがようやく口を開くが、冗談めいたことを大真面目な顔で宣う。

「誰がおっさんだ!」

ケンショウの異議ももっとも。

「泣いてません。美少女でもありません!」

抗議するフィンだが、おかげで涙は引っ込んだ。

ナデシコはしれっと涼しい顔のまま続ける。

「フィンよ。おっさんのいうことなんぞで気を落とすことはない。可能性の話をしているだけだ。ククールを信じたいなら信じていていい。お前はそういう役割でここまで来たんだろ?」

「しかし…」

ケンショウがそう疑っているのなら、本当に何かあるのかもしれない。

まだ信じたい気持ちと、騎士としてそれではいけない気持ちがフィンの中で葛藤する。

「おっさんは国を背負って来てる。お前はククールの友として来てる。その違いだ。お前まで疑ってかかることはない」

マイペースなナデシコは人の気持ちを汲み取るようなことはしない。けれどフィンの気持ちに寄り添う言葉はとても優しく感じた。

「騎士も人間。友を信じて何が悪い。胸を張ってそう言えばいい。ククールが完全に潔白だったらこのおっさんに土下座でもしてもらえ。ハゲカラスは一発殴って良し」

ナデシコの言葉でフィンの気持ちはようやく軽くなる。

「そういうこと。ナデシコは俺をおっさん呼ばわりするのはやめて」

ケンショウも今は口角を上げている。

「あのさ、ククールなんだけど。あいつ、本当にいいやつなんだよ。なんか…国に言われたこととかあんのかもしんないけど。それでもし本当にそっちで悪いこと企んでたとしてもさ、ククールの本心じゃないから!」

ベン達が必死に擁護するのも、フィンを安心させた。

そこへ、

「ちょっと、ベン!いつまでおしゃべりしてんだい!これ運んで!」

そう叫ぶベンの母親の声。

ベンが慌てて大量の料理を運ぶが、その先はナデシコ。

「ナデシコさん、いつのまに…」

「お前達も食え」

ケンショウがこっそり財布を覗いているのを見て気の毒になるフィンであった。



『バーロン・オーガン?インティアナさんの旦那だろ?出身はG地区だから、そっち行けば分かると思うよ』

『塾の講師だって聞いた』

『これだけ地区が離れてるのに結婚するのも、まあまあ珍しいよな。なくはないけど』

『このメンバーの誰が落とすかって話しててさ、抜け駆け禁止だったのによ』

昨日のベンの店で、バーロンについて聞いた際に返ってきたのがこれらの答えだった。最後のは聞き流したが。

彼の死を告げると、皆ククールとインティアナを慮っていた。

その後はすぐにG地区に移動。途中定期便の馬車がなくなって宿泊し、現在徒歩でG地区内のバーロンの実家に向かっている。

どうにも武装した兵士が多く、彼らは道行く人々を睨みつけ穏やかとは言えない。

当然目立つ風貌のフィン達にも彼らの視線が刺さった。

そしてG地区には、ほぼ真ん中に大きな建物がある。四角の箱のようで全体が白い。窓がないのが不気味に感じる。

やがてバーロンの入国書類に記された家に着くと、どうやら留守の様子。郵便受けらしき箱に手紙や新聞らしきものが溜まっていた。薄暗い刻限なのに明かりもない。

「…バーロンさん、ご両親はいるはずなんだけど」

バーロンはよく両親の話をしていた。手紙のやり取りも頻繁にしていたようだし、たまたま留守なのか、何かあったのか、フィンは胸騒ぎを覚える。

「実家宛に訃報は届けたはずだよ」

そうケンショウが言うので、ならばショックで寝込んでいるか。

いずれとも、このままでは分からないのでまた近所の住民に話を聞こうかと辺りを見回す。しかし、みな目を逸らしてそそくさと去ってしまった。

話を聞けないと判断して、

「仕方ない。勤務先だった塾に行ってみよう」

と提案したのはケンショウ。

幸いその住所も書類に記載があったので、近くにその塾を見つけることができた。

すでに日が落ちて辺りは暗いが、室内には明かりが付いている。誰かいるようだ。

ケンショウが扉をノックする。

「すみません。お聞きしたいことがあって参りました」

「はいはい」

そう言って出てきたのは初老の男性。

「どちら様ですか?」

顔立ちも声も優し気な紳士といった雰囲気。

話が聞けることを期待するフィン、話を切り出すのはケンショウだ。

「ドラゴニア王国から参りました。リクと申します。バーロン・オーガンさんをご存じですか?」

「ええ。二年前までここでバイトしてましたから」

良かった、話してくれた。

それはいいのだが、バイトという言葉がどうも気になる。

ケンショウも同様だったようで、

「バイト?本職ではない?」

そう尋ねた。

「本業は国の研究機関の研究員でした。ほら、大きな箱形の建物があるでしょ?あそこです」

これは書類にはない事実。

意図的に隠したのだろう。だとすればフィンの心に不安がのし掛かる。

けれどここはケンショウに任せてフィンは黙って会話を聞いた。

「研究の内容はご存知ですか?」

「いいえ。詳細はわかりません。しかしあそこは軍の兵器開発部門のはずですから、まあそのようなものだったと思っております」

「そうですか……。では、ドラゴニアに渡った理由は聞いておりませんか?」

「ドラゴンの研究がしたいと言っておりましたね。当時は。急に言い出したもんで、私も驚いたのを覚えていますよ」

ケンショウがメモ帳にペンを走らせる。その手が止まるのを確認してから今度は、男性がケンショウに尋ねた。

「私からもよろしいですか?」

「はい」

「バーロン君の実家に彼の訃報が届いたようです。彼の死因はなんでしたか?」

「……ドラゴンに殺されました」

「そうですか…。真面目な好青年だったのに、残念です」

「バーロンさんのご両親は?家はこの近くのはず」

「ええ。兵士に連れて行かれました。彼の訃報が届いた翌日に」

「連れて行かれた?!」

さすがにケンショウも驚いたようだ。

あまりいい意味で連れて行かれたわけではないことにフィンの心臓も早鐘をうち始める。

「ですからね、私はドラゴンの研究というのは方便で、本当は国から何かを命じられたのではないかと思っております。そうでなければご両親が連れて行かれる理由がありませんから」

「…連れて行かれたとするなら、それは収監、罪人扱いですか?」

ケンショウはハッキリと問う。そうであってほしくないが、男性はゆっくりと頷いた。

「そうですね…。そういうことだと思います。バーロン君が密命を受けていたとすれば、その途中で死ぬことは職務放棄とみなされることもあります。職務放棄は重罪。家族も、何か罪に問われましょう」

大きく溜め息を吐く男性。

フィンは思わず、

「そんな横暴な…」

と呟く。息子を亡くしたばかりか、犯罪者扱いだなんて納得できない。

「えぇ、横暴です。ですからあなた方も兵士に目をつけられぬよう、くれぐれもご注意ください」

これ以上は分からないと言って、男性は深々と一礼した後扉を閉めてしまった。

ケンショウ達は宿を探しに歩き出す。

話してくれたことに感謝しつつも、フィンの頭は混乱していた。

「ケンショウさん。これはどう考えればいいのでしょうか」

バーロンとククールが密命を受けていた、その可能性が高い。

ではどんな密命だったのか。何故ドラゴニアだったのか。

フィンはケンショウの見解が聞きたかったのだ。

「考えられる仮説はあるけど…それを説明している時間はないかな」

「え?」

見れば、兵士が何人もフィン達に向かってやって来ている。

「あれは?!」

「入国手続きしたでしょ?あれが上に届いて、ドラゴニアからの入国者を連れてこいとかなんとか…なんでかは捕まってみればわかるよ」

ケンショウは至って冷静。

対してナデシコは、

「何を言う。叩き斬ってしまえばいいだろうに」

と、本当に武器を抜きそうな目をしている。

「犯罪者になりたいの」

「正当防衛だ」

「とにかく、武器を離しなさい」

ナデシコの大きな舌打ちが聞こえたところで、兵士に囲まれてしまうフィン達であった。



「手枷でもかけられるかと思いました…」

バクペイド兵士はフィン達の前に来るや、早口でなにかを捲し立てる。

その後でフィン達は遅れてやって来た豪奢な馬車に押し込められたのだ。

そして今。

これまた町の様子からはかけ離れた、金銀の散りばめられた豪奢な城の一室に通されている。金のティーカップに茶が淹れられるとそのまま待つよう指示されたのだが、豪奢すぎて趣味が悪い。じゃなくて落ち着かない。

「そうだね。しかもここ、国王が国賓と謁見する部屋じゃないかな。違うかな。違うとしたら金かけすぎ」

「謁見?!」

兵士の向かってくる剣幕から、てっきり捕縛しに来たのだと思った。

「なに驚いてるの。本来フィンが他国を訪問するっていったら国賓でおかしくないんだよ」

実は、パトラ=シード王はフィンの母親の弟に当たる。そして兄のラッドは次の国王候補。フィンとディアンも候補に名前が上がる、れっきとした王族なのだが、しかしフィンには全くもってその自覚が薄い。

王族といえども、一般良民と感覚を共有しなければ国政はできぬという、伝統だかなんだか知らぬが、生活水準はいたって普通。給金だって妥当。王族だからといって手当はない。

もっとも、今はそれどころではなく、フィンは豪華すぎる部屋をキョロキョロと眺めた。

ケンショウもナデシコも落ち着き払っていて、優雅に茶を飲んでいる。

「ま、向こうから連れて来てくれてよかったよ。俺も、あちらさんに話が出来たわけだし」

「?」

さてどういう意味かとフィンが問う前に、部屋に男たちが二人入ってきた。

お召し物も大層悪趣味・・・ではなく豪華、一人は王冠を戴いているところから見ると本当に国王かもしれない。もう一人も豪華な装飾やらをこれ見よがしに付けるハゲた中年の男だ。

ケンショウのアイコンタクトで起立し、フィンは丁寧に頭を下げる。

「さて、ドラゴニアから来たみなさん。バクペイドへようこそ。私は大臣のハジューム・ゲルス。こちらは国王陛下のヌトロス王でございます」

ハジュームとゲルスでやはりハゲかとどうでもよいことを考えるフィン。フィンの考えていることが分かったのか、ケンショウは口元を押さえてどうやら笑いをこらえている様子。

そんなドラゴニア一行の心裡は露知らず、ゲルス大臣に着席を促される。

座ると咳払いを一つして、ケンショウが切り出した。

「問答無用のご招待、痛みいいります。ご用件がおありとお見受けしましたが?」

皮肉を込めたケンショウの挨拶。これに答えるのもゲルス大臣。

「そうです、そうです。先日亡くなられたバーロン・オーガンのことですが。死因はドラゴンに襲われたことだと」

「はい」

バーロンの名前が出たことで、彼の両親が連れて行かれたという話をフィンは思い出した。追及したいところであるが、バクペイドの国がどういうつもりでこんなことを訊いて来るのかわからない。ケンショウとの会話を、フィンはまず見守ってみる。

「それは毒を吐くドラゴンでしたか?」

「そのようです」

「どのような状況で?」

「休日に訪れた山で突如襲われたと考えています。当時彼は一人でした。襲ったのはドラゴニアのドラゴンではなくドラケイオス帝国のドラゴンです」

「そうですか」

何故、国外に移住したバーロンの死因をここまで気にするのか。

それはきっとバーロンの両親の処遇に関わるような気がして、フィンはひそかにゲルス大臣を睨んだ。

ケンショウは相変わらず落ち着いている。

「本題はそれではないですよね?」

時間が惜しい、そんな含みを持たせて、ケンショウは先を促した。

ゲルス大臣はヌトロス王と一瞬顔を見合わせると、体をわずかに乗り出して話し出しす。

「ご存知かもしれませんが、我が国は何年にも渡り諸外国と戦を続けております。ここ数年は落ち着いているものの、いつなにがきっかけで大きな戦に発展するか分からぬ。そこで、なにか強大な兵器が必要なわけですな」

ここでゲルス大臣は切る。ケンショウの出方をうかがっているようではあるが、ケンショウはただ腕を組んで聞いているだけ。

ゲルス大臣は続けた。

「そこで我々が目をつけたのがドラゴンの毒。大きな体から吐く毒は量もさることながら、かなり猛毒を持つドラゴンもいるとか。これを軍事利用できれば大量殺戮兵器を持つことができる」

「バーロン・オーガンはその研究をしていた訳ですね?」

勤務先の塾の男性が言っていたことと一致することが、ようやくフィンにも分かった。

「そうです。しかし実際にドラゴンに触れて見なければと、ドラゴニア行きを指示した次第です」

「ククール・レンカンも同じですか?」

そう言いながら、ケンショウの目が光る。

「はい」

「研究と仰いますか?」

どういう意味か。ケンショウの言いたいことが、また分からなくなった。

「研究ですよ。バーロンを手伝いなさいというね」

「本当は、毒竜の密猟を指示したのではないですか?」

ゲルス大臣よりも、驚いたのはフィンである。心臓がバクバクと鼓動を早めた。

ヌトロス王も冷や汗をかいているようだが、冷静なのはゲルス大臣である。

「…まさかそんな命令出したりしませんよ。それとも、本人がそう言いましたか?」

「いいえ。ですが、彼の適性を考えればそちらのほうがしっくりくる。なんせドラゴン討伐の英雄ですから。二年前のドラゴン討伐から、殺戮兵器を考えたのですね」

「……」

ゲルス大臣が口をつぐむ。

図星なのだとフィンは理解した。しかしそうだとして、ケンショウはどうするつもりなのだろうか。

ドラゴンの密猟は重罪。それを企てていたとしたら、ククールを無罪放免という訳にはいかなくなる。

頭の整理がつかぬまま、フィンはケンショウの言葉を聞く。

「困りますよ。ドラゴンは国民と同じく国の宝。密猟は犯罪行為です。重罪ですよ」

「ならば、正式に貴国と取引をしたい。今日はそのお話をしようと招待させていただきました。ドラゴンをくれとは言いません。ドラゴンの毒だけあればいい」

「殺戮兵器の為と知って竜毒を渡すことはできません。ドラゴンは人間に寄り添える心がある。モノじゃない。あなた方には理解できないでしょうけども」

「わかっておられないようですが、応じなければ国には帰れませんよ?」

不穏な言葉。

大臣が扉を開けると、武装した兵士が何十人も待機していた。

「どうですか?取引していただけますか?」

「いいえ」

ケンショウは眉一つ動かさず、きっぱりと拒否した。

「それでは気が変わりましたら、誰かに声をかけて下さいね」

ゲルス大臣とヌトロス王は兵士の間を掻き分け消えて行ってしまった。

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