第10話

ラッドはバーロンを失ったフロル山近くをショーウンと共に巡回していた。

ドラケイオスの巨雷竜が出現した辺りである。

少し離れた場所にはチューエンとナデシコもいて、ブロンズクラスの騎士はここの担当になっていない。数よりも精鋭を配置している印象。

「ライ達、戦闘始まったかな。大群が向かったのってあっちなんだろ?」

ショーウンの心配そうな声。

「どうかな」

素っ気ない返答になるのはラッドも心配の気持ちが強いから。

フィンは大丈夫だろうかと、気が散漫になりがちだ。

実際今ここは穏やかで、ドラケイオスのドラゴンの影は見えない。

そんな二人に声をかけてきたのはチューエンだ。

「ショーウン、ラッド」

チューエンはショーウンの兄。歳が十離れていることと、チューエンが最強の騎士であることで兄弟の感覚は薄いのだとか。

ショーウンの顔付きを見れば、確かに上官に対するそれである。

チューエンが言うことには。

「ここから南、アッソローの標高が一部低い所があるだろ?あの辺りで大きなドラゴンの影が見えた。今までもおそらく行き来していた所だ」

その情報に、一同の体に緊張が走る。

「まずは俺達四人でそこに向かい、討伐開始する。なにかあれば伝令を飛ばす。いいか?」

「はい!」

すぐに四騎が現場に向かった。

するとほどなく、巨大で黒いドラゴンが飛んでいるのを見つける。

そして黒い鎧兜の何者かが乗っていることも。

ラッド達はスピードを上げて追跡する。

「ハクリョウ!奴の右翼につけ!ラッドは左翼だ!翼を落とすぞ」

チューエンが叫ぶ。ハクリョウとはチューエンの愛竜の名。

敵が近づくに連れ、ラッドには気付いたことがあった。

「チューエンさん!こいつ、以前の奴よりでかい!!」

ラッドが単独で戦った巨雷竜よりさらに巨大であること。人など丸呑み出来そうな口である。

「けど止める!ナデシコとショーウン!正面には行くなよ!」

「はい!」

いよいよ敵に近付くと、乗っている兵士もこちらに気付いた様子で弓を射って来た。

巨竜がスピードを落として、ぎろりとラッド達を睨む。狙いを定めるように。

ラッドは左翼、チューエンが右翼につき、ナデシコとショーウンは縦横無尽に飛び回って気を散らせる。

ラッドが剣を振り、翼を斬りつけるも、巨大過ぎる体にはただの切り傷にしかならない。

しかも、乗っている兵士がまたも弓を射るものだから一度離れる。

チューエンに関してはさすがというか、兵士がラッドを弓で狙っている隙に翼の根元に剣を深々と突き刺していた。

そしてその弟もさすが。

いつの間にか巨竜に飛び乗っていたショーウンは、背後から兵士を戟という武器で叩き落としてしまう。伝令がそこらを飛んでいるし、下には騎兵隊がいるはず。うまく捕縛してくれるだろう。

その勢いでショーウンは戟をドラゴンにも突き立てるが、固い皮膚には大きなダメージを与えられない。

「ちっ!ダメか」

「ショーウン!無理するな!ランスーに戻れ!」

舌打ちするショーウンに、チューエンが叫ぶ。ドラゴンはチューエンが剣を突き刺したにも関わらず、大きく体勢も変えずになおもラッド達を睨んでいた。

そしてラッドは気付く。おそらく他のみんなも気付いた。

こいつはブレスを吹かない個体なのかと。

稀ではあるが、毒竜の中には確かに存在する。そして、毒を体内に蓄積するあまり体が大きくなりやすく、体内の毒、血液や唾液はより猛毒になる。現に、先ほど翼で返り血を浴びた箇所の鎧は黒く焼かれたようになっていた。剣も同様。刃が使い物にならなくなっていて、ラッドは仕方なしに予備の剣を抜く。

ということは、手数の多い攻撃は不利になるばかり。

効果的な一撃を浴びせねば、このドラゴンは止められない。

どうするか、と考えた矢先、ナデシコがドラゴンの口目掛けて突進していた。

「ナデシコ?!止まれ!」

何をするつもりか、チューエンの制止を聞かず一瞬の内にナデシコはドラゴンの口の中に自ら消えてしまった。

「……っ!」

絶句する一同であったが、そのすぐ後にドラゴンの様子が変わる。

明らかに苦しんでもがいていたかと思うと、ドラゴンの腹が突然裂けた。夥しい血があふれでるとその切れ目から飛び出したナデシコの姿。

「ツバキ!!」

ナデシコの愛竜、火竜のツバキがナデシコの声に呼応して飛び降りたナデシコをキャッチする。

巨竜は息絶え、落下していった。

「ナデシコ!大丈夫か?!」

ラッドをはじめ、ショーウンとチューエンも近寄る。

「ああ。臭いが」

ナデシコ本人はケロリとしていた。

「無茶をしてくれる。肝が冷えた…」

ショーウンが大きな溜め息、面を下ろしているので分からないが、おそらく青い顔をしているのではないか。ラッドがそうだからだ。ナデシコの体の毒を消すため、ハクリョウとランスーがブレスをナデシコに吹き掛けている。

「じい様の祖国のお伽噺に、大男に食われた男が腹で暴れて勝つ物語があるんだ。一寸…武士、だったか、侍だったか。そんなタイトルだ」

「お、おう、そうか」

「ラッドが、口の中なら斬れたとか言っていたからな。まあ、イケてよかった。ていうか寒い」

氷竜のブレスを直に浴びているのだから寒いのには違いないのだろうが、それにしてものんきなものだとラッドは思う。

「イケてなかったら死んでたぞ?!寒いのぐらい我慢しろや」

ショーウンが憤慨するのも無理からぬというもの。だがまあ、無事に一頭倒せたのでよしとするほかない。

そう思ったのは騎士団最強のチューエンも同様のようで、

「とにかく、ナデシコ、よくやった。胃液まみれじゃ気持ち悪いだろう。それに、毒が強い。早く落としに行ってこい。あとついでに、誰か氷竜部隊に落ちたドラゴンの中和をさせるように」

チューエンがナデシコにそう指示を出すと、慌てた様子の伝令の姿。

「北方西側、ハーブルノッド地点、壊滅危機!ファルクスと思われる兵士、城下町に接近中!」

その情報にラッドの心拍数が上がる。

「フィンのところだ!」

壊滅危機とは。フィンは無事なのか。心臓が嫌な跳ね方をした。

「他の地点から援軍は回しているのか?」

「幾らか回しましたが、毒竜の数が多く、苦戦しています」

それと同時に、ショーウンが叫んだ。

「また来た!でけえぞ…!」

ショーウンの指さす方を一斉に見る。確かにでかい。

援軍を出す余裕があるか。

しかしフィンは心配だ。ここはラッドだけが援軍に出ようかと申し出ようとした時、

「そうか。よし」

と言ってチューエンの心は決まったようだ。

「ここには俺とラッドだけ残る。ショーウン、残りのここの連中連れて応援に行ってくれ。ナデシコも洗い終えたらそっちの応援に行くこと」

ラッドの敵はあの巨竜ということ。みるみる内に近づいてきている。

「二人だけで平気なのか?!」

心配そうなショーウンだが、チューエンは冷静に答えた。

「プラチナクラス二人だ。やってみせる」

以前の情報では、巨大なドラゴンは三頭。ラッドが始めに戦った巨雷竜を除けば残りはあの一頭のみ。

ナデシコは地上に降り、ショーウンはほかの隊のところへと飛び去って行く。

確かにやれないことはないだろう。チューエンがいれば心強い。

「ラッド、フィンが心配だろうが、すまん。一度戦っているお前が残るのが一番いいんだ」

「大丈夫です」

気遣ってくれるチューエンに感謝しつつ、ラッドはチューエンと巨大なドラゴンを迎え討つ。



空を巡回するドラゴンナイト達を、眩しさに目を細めながらククールは見上げる。

騎兵隊に混じって馬に乗り、一ヶ所に集めたドラゴンの子ども達の警備に参加することになったわけだ。

きゅい助も近くにいるので大丈夫だとは思うし、姉やアンミールは地下街にいたはず。ディアンも地下街に行く所まで見ているのでまあ危険は少ないといえる。

ケガが治ったばかりのラッドや、ほぼ最前線のフィンが気掛かりなのだ。

「大丈夫かなあ…」

上空がざわついたのだ。

目を凝らして見れば、一騎のドラゴンと兵士、それに続いて何頭かのドラゴン。いずれも、黒い。

ドラゴニアのドラゴンナイトが応戦するが、乗っている兵士が強かった。

鞭を使い、短剣を振るってドラゴニア兵を次々と落として行くのが見える。

乗っている奴はお飾り、そんな言葉を思い出すが、敵の動きはお飾りなんかではない。

地上からでは何もできないのか、歯がゆい気持ちを増幅させるように、ククール達の近くにドラゴニア兵が落ちてくる。

落下の衝撃か、首が折れてドラゴンも乗っている男性も即死。

それを見て、考えるより先に体が動く。

ドラゴニア兵の数がかなり減ったところで、敵がすぐそこの城に向かい始めた。

馬の腹を蹴り、それを追うククール。

「ククール!騎兵じゃ無茶だ!」

騎兵隊の誰かが叫ぶも、止まるつもりはない。

スピードが乗ったところで弓を構え矢を放つ。

ギリギリ、ドラゴンの腹を掠めるも目標は遠ざかってしまう。

やはり無理なのか、と諦めそうになった時。

「きゅーいーっ!」

きゅい助が追いかけて来ていた。

「きゅい助!来たら駄目だ!」

戻るように叫ぶも、きゅい助は尾をククールの腕に絡ませそのまま飛んでしまった。

「きゅ、きゅ、きゅい助?!」 

まだ赤ん坊のはずのきゅい助の怪力に感心するより、落ちたらどうするんだという恐怖心が勝つ。

追いかけてくれるのは良いのだが、これでは戦えないということも、きゅい助は理解していないのだろう。

厄介なことに、敵がスピードと高度を落とし始めた。今狙われたら反撃できない。

予想通り、乗り手のいない敵のドラゴンが急旋回して大口を開けて喰らいつこうとしてくる。

「きゅい助!そのドラゴンに乗せてくれ!」

「きゅっ!」

言葉通り、きゅい助はドラゴンをかわしてそのままドラゴンの背にククールを落とした。

「きゅい助、俺の肩に止まってろ!」

そうしなければきゅい助が狙われる。

ククールを乗せたドラゴンは大きく体を揺らしてククールを振りほどこうとした。

「くそっ、揺れるんじゃねえよ!」

思わず叫んだ言葉だったが、その一言をきっかけにドラゴンが僅かにおとなしくなる。

「⁇なんで?」

その様子を見ていたドラケイオス兵が口を開く。

「…お前、なにもんだ?」

その声に、ククールは驚いた。

自分と同じ声だったからだ。

「お前……ファルクスか?」

心当たりと言えばそれしかない。

顔が似ているとよく言われたが、声までそっくり。

ファルクスは応えず、黙って兜を取った。

その下から現れた顔も、ククールに瓜二つ。

灰色がかった青紫の目の色まで同じ。

この男がドラケイオスの高官だとしたらそりゃスパイを疑われるのも無理はない。

「俺はファルクス・デュスター。お前は何者だと聞いている」

ファルクスが話す間も、ドラゴン達は唸り声を上げているだけ。食らいつこうとする気配は消えていた。

「ククール・レンカン…」

そう名乗ると、

「…ククールってお前か」

と何か知っている風のファルクス。

「は?」

「アモ島でお前に間違われた」

「そいつらはどうなった?」

「うちのポイズンドレイクが喰った。不法入国だ。文句を言われる筋合いはない」

淡々と答えるファルクス。

そいつらを死なせたことにククールとて文句はない。

ククールは腰に提げた剣を抜いた。

同じ顔を斬りたくはないが、仕方ない。ドラゴニアは守りたい、その一心だ。

「ファルクス、撤退してくれないか」

「駄目だ。ドラゴン達を無駄死ににはできない」

言い終えると、ファルクスは身を翻して城の方へと向かってしまった。

「待て、ファルクス!」

幸い、ククールが乗ったドラゴンも同じ方向に飛んでくれた。落下防止のベルト代わりにきゅい助が肩に留まってくれている。

すぐに城が見え、ドラゴニア兵の騎竜隊がやって来た。それを鞭で捌きながら降下すると、ファルクスの乗ったドラゴンが毒霧を噴く。

「やめろ!!」

城の門前にパトラ=シード王やケンショウ達のいる本陣が見えた。

ファルクスも気付いたはずで、スピードを上げて突進していく。

ククールは弓を構えて素早く矢を射った。

「?!」

矢はファルクスのドラゴンの翼を貫通し、彼らはバランスを失う。

ドラゴンは唸りながらなんとか低空飛行をして地上に倒れ込んだ。

事態を察知して、ファルクス達を騎兵隊が囲むも、他のドラゴンが喰らいついてしまう。

ファルクスはドラゴンを鞭で打つと、

「すぐそこだ!突っ込め!」

と叫んだ。

翔べなくとも大したダメージではなかったらしく、ドラゴンはファルクスを乗せた状態で猛ダッシュ。

「させるか!!」

ククールはファルクスを追う。ドラゴンのなど扱ったことはないのだが、思うように飛んでくれた。

ファルクスのドラゴンが大口を開けて本陣に集まる兵達を薙ぎ倒していく先には国王。

ククールは乗っているドラゴンの両の目に矢を突き刺した。

「きゅい助!!」

どっと倒れたのを確認すると、きゅい助に掴まり飛んで国王の前に立ちはだかる。

「ククール?!」

国王とケンショウの声が背後で聞こえた。

ファルクスのドラゴンが目前に迫ったかと思うと、急に立ち止まる。

賭けではあったが、思った通り。

「…ふうん。俺と同じ顔は喰わないんだな」

ファルクスはそう言いながら弓を構えた。

ククールも剣を構える。

ワラワラと騎兵隊が集まり、遂にファルクスを包囲した。

ドラゴンは唸り、ファルクスはこの状況でも眉一つ動かさない。

そんな彼に声を掛けるのはケンショウ。

「ファルクスだな?包囲しているのはこちらだ。大人しく弓を下ろしてくれないか」

「できない」

説得を試みるも、ファルクスの目は国王をじっと見据えたまま。

「分かるだろう。このままでは死ぬだけだ!」

ケンショウの声に、必死の色が混じるのを感じる。

しかしファルクスは。

「俺はいつ死んでもいい。いや」

言葉を探すように息を吐く。それでも弓を構える手には力を込めて。

「死にに来たようなもんだ」

弦をじりりと引くファルクスに、騎兵隊にも緊張が走った。

緊迫した状況でも、ファルクスは続ける。

「簡単にドラゴニアを落とせるとは思っていない。ドラゴン達を大勢死なせた。そうなると分かっていた」

そこまで話して、初めてファルクスの目に感情が見えた。

「ドラゴン達だけを死なせたままにはできない。だから俺も死ぬつもりでここにいる」

哀しみや、悔しさがその目から感じ取れる。

「…お前、もしかしてこんなことしたくなかったのか」

「……」

ククールの言葉にファルクスは応えない。

応えないが、それが肯定であることがわかった。

だからといって、国の侵攻は許されることではない。

どうしたらいいか、ククールに迷いが出る。

そこへ、ガラガラと護送車がやって来た。

「ファルクス!てめえ、何してやがる!弱っちいドラゴン押し付けやがって!」

「ゲルリオ…」

木製の格子窓を掴んで暴れんばかりの男。ゲルリオという名前らしい奴はファルクスに向かって暴言を吐き続ける。

「さっさとこの状況なんとかしやがれ役立たず!俺をこんな目に合わせやがって、帰ったら粛清してやる!」

ひどい奴、とククールは嫌悪感を覚えた。ゲスバーディとかいう奴といい、ドラケイオスにはこんなのしかいないのか。

同情の念を抱いたところで、ファルクスの纏う空気感が変わる。

「大体、てめえよ、奴隷の分際で…」

「喋らないほうがいい!」

なおも喚くゲルリオをケンショウが制止した。

が、遅かった。

ファルクスは構えた弓の向きを変え、素早く矢を放つとそれはゲルリオの眉間に命中したのだ。

ファルクスは何事もなかったように、再び弓を構えている。

「あんな奴の命が、取引のカードにでもなると思ったか」

「……まあ、少しくらいは。思った以上に険悪だったわけだ」

そうケンショウは頭を掻いた。ゲルリオを連れて来させたのはケンショウらしいが、それでも事態は動かない。

するとファルクスが一つ提案した。

「このままじゃ拉致があかない。おい、ククールという奴。お前が俺と勝負しろ」

「は?勝負?」

「俺を殺せばそれで済む。お前が負けても騎兵隊が囲んでいる。この国にとっては悪くないはずだ」

「……」

本当に死ぬ気だ。とククールは直感する。

受けてよいものか迷い、ククールはケンショウと国王を見た。

「思うようにしていい。ただ」

国王がククールに耳打ちする。

「なるべく、殺さないように」

「……そのつもりです」

ドラケイオスという国が絡んでいる以上、ファルクス一人を死なせたところで根本的な解決にはならないだろう。ククールもそれは理解している。

「ファルクス、わかった。勝負する」

ファルクスがドラゴンから降りると、騎兵隊が動揺する。

「騎兵隊は勝負が終わるまでそのまま待機」

国王の指示が飛ぶと、ファルクスは弓を投げ、背の長剣を抜いた。

「じゃ、始めるぞ」

ククールとファルクス、同時に駆け出したのだった。



氷竜の、竜毒中和効果が落ちている。

地上にいても強い竜毒に体が痺れ、視界が赤くなってきていた。このままではまずい。

上空を見れば氷竜達はふらふら。氷のブレスをまともに吹けなくなっているものも多い。

毒竜部隊が奮戦するも、その乗り手達も手に力が入らなくなっているのが明らかだった。

敵の増援はない。ならここにいる毒竜を倒せばいい。残り僅かだ。

気を奮い立たせて、フィンは高い建物に登る。兜を脱ぎ、毒竜をおびき寄せたところで、剣を口に突き立てた。そうしてかろうじて数頭倒して行くも、剣も竜毒にやられて殺傷力が落ちている。冷気ももう噴けない。

「…オーロラ!」

オーロラが懸命にブレスを吹く。他の氷竜が力尽きて落ちていく様も見えてしまう。そして落ちた氷竜はドラケイオスの毒竜に喰われるのだ。

よく頑張った。もうやめて欲しい。

けれどもう、他に抗う術もない。

「オーロラ…」

遂に、オーロラの翼が止まった。

それに気付いた毒竜がオーロラを狙った。

「やめろ!オーロラ!」

叫ぶ声も弱い。

ああ、もうだめだ。

フィンの頬に涙が伝ったその時。

「みんな!よく頑張った!!」

やってきたのはショーウン達、東側を守っている部隊。

オーロラを狙っていた毒竜はショーウンの戟を一太刀浴びて倒れていた。

「ランスー!ブレス!!」

濃い青の氷竜、ランスーが思い切りブレスを吹く。

毒に侵された体に心地よいが、心配なのはオーロラ。

上空では残りの毒竜を瞬く間に倒している増援部隊。

建物の外階段を這うように降りる。

地上に着く前にショーウンが気付いてくれた。

「フィン!大丈夫か!」

「ショーウンさん…オーロラが…」

「オーロラ?」

手を借りてランスーに乗せてもらうフィン。ショーウンは察してくれたようでオーロラの元に連れて来てくれた。

しかしもう、息を引き取っていた後。

オーロラの首に抱きつき、声を殺してフィンは泣く。

訓練生から四年間の相棒。気難しく、なかなか乗り手が決まらなかったオーロラに懐かれたのはフィンには誇りだった。

これからの昇格テストも、オーロラと共にやっていくつもりだったのに。

「…フィン、氷。ランスーので悪いけど」

ショーウンが竜毒の応急処置、氷竜の氷を口に入れてくれた。

オーロラは中和効果にも優れた氷竜であることにも思いを馳せる。

オーロラの体は冷たい、けれど氷竜だから元々冷たかった。死んでいるかどうか判らないな、などと考えながら、ショーウン達が救護活動しているのを眺めてまた泣いたのだった。



大きな体に俊敏な動き、加えて大きな雷球を吐き出す攻撃は非常にやっかいだ。

雷球かと思えば毒霧も噴く、何度か斬りつけてはみたものの表皮は大したダメージにはならなかった。

ただ、チューエンがここの騎数を減らしてくれたおかげで敵も狙いが定まらずイラついている様子が窺える。

対して、決定的なダメージがなくとも冷静なのはチューエンだ。

「ラッド、気づいたか?」

「?何をですか?」

「雷球が小さくなってる。ドレイク種には変わりないんだろう、そのうち弱るぞ」

ブレスを吐き続けると弱る、体の大きさや属性が二つであることに気を取られていたが、確かにそのはずだ。

そんな会話を交わす間にも、巨雷竜はまた口の中に雷球を作っている。注意して見れば、確かにそれは小さくなっていた。

「じゃ、弱った時が好機……」

「あぁ。だが、ほかの場所への応援行くならあまり時間をかけてもいられない。なるべくあの雷球を消費させていくぞ」

「はいっ!!」

巨雷竜の放った雷球を二手に分かれて躱すと、なるべく目の前をうろつくチューエン。毒竜に対して氷竜だから近くまで行けるが、火竜部隊であるラッドは近づきすぎるなと指示された。

毒霧を吹くと氷のブレスで応酬する、旋回しながら広範囲にブレスを散らせるのはさすがハクリョウといったところ。

などと感心している場合でもなかった。

早く弱らせるにしても、体が大きいせいでなかなか好機なんてものは訪れないのではないか。かといって体は斬れない。

となれば、おそらく有効なのは…。

「チューエンさん!」

思いつきではあるが、相談してみる価値はあるはず。そう思ってチューエンを呼ぶ。

「なんだ?」

「剣撃が効かないなら打撃はどうかと思いまして」

「打撃?まあ有効だろうが、俺もお前も打撃武器は持ってないだろ」

打撃系の武器はとにかく重い。ドラゴンナイトは複数の武器をドラゴンに積むので、負担になってしまう。また相当の腕力が必要なため扱いも難しいのだ。

しかしラッドのいう打撃攻撃は武器によるものではない。

「ここから北に落石の多い山があります。あそこ、結構大きい岩が頻繁に降ってくるんですよ。立入禁止の場所です」

「…なるほど。岩か」

面の下でチューエンが笑うのがわかった。

「んじゃ、俺がそこまで誘導する。先に行って下見していろ」

「はい!」

同時にシークが飛び出す。後ろではチューエンが巨雷竜の気を引いていた。

猛スピードで北上し、ほどなくガラガラと岩が落ちる音がした。

正面は山というより岩肌の崖が聳え、眼下は底が遠い。崖の上は雲の上。見えぬ先からまた大岩が降るのをギリギリのところでかわした。かと思えば小さめの岩が大量に落ちてくる。

うまく敵の頭部に当たれば致命傷を与えることはできそうだ。しかしその前に自分が当たってしまう危険も大きい。

「とんだ両刃だったな…」

さすがに危険すぎたかと判断し、引き返す。

ところがチューエンはもう近くまで来ていた。

「チューエンさん!あの、岩が降りすぎて危険すぎるかと…」

「だろうな。が、案自体は悪くない。これに賭けるぞ」

続行ということだ。

どうするつもりなのか不安が過るが、

「大丈夫だ。ここで仕留める」

と余裕の声のチューエン。

チューエンが作戦を説明する。

「一度で決めるぞ」

「俺もそのつもりです」

相談を終え、ラッドとチューエンはスピードを上げた。巨雷竜はなおも毒霧と雷球を飛ばして攻撃してくる。

その合間を縫って二騎は飛び交い、ラッドが敵を誘導、チューエンはその後を追い、敵を挟む形を取る。

やがて巨雷竜が口に雷球を作り出した。みるみるうちに大きくなるその雷球を、敵が吐き出す前が勝負所。

「ラッド!崖に向かえ!!」

チューエンの合図でそのままラッドは崖の手前、落石をぎりぎり避けられる位置で急降下。

敵は体が大きい分、小回りは利かない。口に雷球を含んだまま巨雷竜は崖に激突。その衝突と雷球で崖が大きく震え、数メートルから数十メートルクラスの大岩が転がり出す。

次々に大岩がぶつかり、遂に巨雷竜は崖下へ落下したかに見えた。

しかしボロボロの体でなおもフラフラ飛ぶ。

「ラッド、止めを刺す。アレをやるぞ」

チューエンはハクリョウに提げていた樽を取った。ラッドも同様。

巨雷竜が回復せぬうちに、樽の中身を敵の体に掛けまくる。可燃性のオイルだ。

「ラッド、シーク!頼んだぞ!!」

チューエンの声を合図に、ラッドは敵の尾に飛び降りた。ディアンが改造してくれた剣のトリガーを引き、炎の剣で斬りつけると尾から炎が広がる。ラッドはそのまま落下するとチューエンとハクリョウが拾ってくれた。

同時に、シークが巨雷竜の頭に炎を吹き掛けて敵を炎に包む。

大きく咆哮をあげながら、敵は今度こそ崖下に落下していった。

二騎がその後を追う。

巨雷竜は川に水落するとピクリとも動かなくなった。

「やりましたかね…」

「ああ。だが、一応」

チューエンは剣を抜くと、巨雷竜の目に突き刺す。目は脳に近い。目を脳のある角度で突き刺せばとどめをさせる。

「よし。竜毒の中和はハクリョウに任せていいから、お前は弟のところに向かってやれ」

「…いいんですか?」

チューエンは兜の面を上げてにやりと笑った。

「ああ。休ませられなくて悪いくらいだ」

「ありがとうございます!」

ラッドはチューエンに敬礼して、フィン達のいる地点に向かった。

バーロンを喰った巨竜とは違うが、ようやく仇を討てたような心持ちにラッドは目頭を熱くしたのだった。



クレイモアとは実に厄介な武器だ。とククールは金属音を響かせながら考えていた。ファルクスの持つ剣は長さが一メートル以上の両手剣、重さも相当のはず。一撃一撃が重い上に、手数が多い。いや、武器そのものだけが厄介というのではなかった。

使い手であるファルクスの腕が相当な手練れであることが剣を交えてよくわかる。ドラゴンに乗っている時は鞭を主に使っていたから、正直剣の腕がここまでとは思っていなかったのだ。ドラゴニアの命運がかかっていなければ、わくわくもしたかもしれない。

そう、負けるわけにはいかないのだ。騎兵隊が囲んでいる、確かにそうなのだが、それではファルクスの命がなくなるかもしれない。それも避けねばならぬ。

ほとんどみせない隙をどう作りだすか、それと腰に提げた細身の剣はいつ抜くか。

気も漫ろなククールに対し、ファルクスの剣は迷いがない。

それでも重いクレイモアを扱っていれば疲れも出て来るはず。

「チッ!」

案の定、ファルクスは一度後退すると肩で大きく息をしていた。

なおも下がろうとするファルクスをククールは好機とみる。両手剣を振っている限り、腰の剣は使わないとの判断からだ。

しかし、上段、下段と剣を振ってもことごとく防がれてしまう。

隙はないのか、と今度はククールが後退しようとした時だった。

ククールの疲れを見抜いたのだろう、ファルクスがクレイモアを一層大きく頭上に振りかぶる。そこに隙が生まれた。

後退しようとした足を踏み出し、クレイモアの柄を剣で押し上げる。

重みでバランスを崩すかに見えたが、それが誘いだったことはファルクスがクレイモアを離し、腰の細剣を抜いてから気付いたのだった。

ククールがファルクスの首を狙い、ファルクスは腰の剣で防ごうとした、のだとククール考えたのだが。

ククールの剣を防いだ細剣が真二つに折れる。

「?!」

何が起こったのか瞬時に理解できず、勢い余ってファルクスの上に乗るククール。

ファルクスの首を見れば赤い血の線。ギリギリ止められたようで、冷や汗がどっとでる。

そのタイミングで騎兵隊が縄でファルクスの両手を縛り上げた。

ファルクスが乗っていたドラゴンは騎兵隊の矢を浴び、さらに上空に待機していた騎竜隊から斬撃を喰らって息絶える。

その瞬間に周囲がわっと沸いた。

「ククール、見事だった」

ケンショウがそう労いの言葉をかけてくれるが、ククールには懸念事項がある。

「ケンショウさん。彼の口中調べた方がいいかも。毒薬とか」

「…わかった」

ケンショウが騎兵隊に指示を出している間、ククールは切れたファルクスの細剣を拾い上げた。

その素材はまさかの竹。折れたというよりは切れたのだろう。

切らせたんだろうな。

そうククールは直感していた。

『死ぬためにここにいる』

その言葉の通りに…

「奥歯に竜毒のカプセルを忍ばせていた。ククール、よく分かったな」

ケンショウがそう教えてくれた。

分かったという訳ではない。

「なんとなく、そんな気がしました。死ぬことに拘っていたみたいだし」

「ふうん…まあなんにせよ、お陰で捕縛できたよ。ありがとな」

ファルクスを見れば観念したのか、大人しく手枷を嵌められ、口枷までつけられていた。

あとは情報を引き出したり、ドラケイオスが脅威にならぬよう交渉のカードとして使ったりはケンショウ達文官のしごとだろう。

となると気になるのはフィン達のことだ。

伝令が伝わったのか、しばらくすると四方から続々と騎士団員が集まって来る。その中にフィンがいない。レイ、ライも姿を見せず。

かろうじて、ラッド、ショーウン、ナデシコにチューエンといった面々。

「整列!!」

ダグダーラム団長の声が飛ぶ。そして団長の口から此度の戦いの労いの言葉と、被害についての報告がなされた。

それを聞いてククールの頭のなかは白くなり、続く国王の言葉はまるで耳に入ってこないのであった。


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