第9話

大きな闘技場はバクペイドにもあった。

だが、本物の殺し合いをさせるバクペイドと違って、なんとも楽し気なイベントではないか、とククールは感心しきり。

闘技場は観客席が四階席まであり、アリーナ部は長径百九十メートル、短径百六十メートルと、バクペイドよりも大きい楕円形。

観客席をぐるりと見まわしたが、広くてフィン達の姿が見つからない。

結局どこにいるのか分からないままククールは真ん中に誘導され、第一試合の対戦相手と握手をする。

ライ・フィナレイルランド、二十三歳でレイの兄だそうだ。穏やかな好青年風のレイとは対照的に、どちらかというとワイルドな風貌。

「レイと仲良くしてくれているようだが、忖度はなしだ」

そうライがにやりと笑う。

「望むところです」

ククールも心底ワクワクしていた。

二人の脇には赤と白の手旗をもった若い男性。彼は一礼して、

「審判のショーウン・リンです。過度な暴力行為は反則。相手が参ったというか、俺が勝負ありと判断し、旗を上げたら終了。制限時間は十五分。それまでに決着がつかない場合は判定。旗は勝者の武器に付けたリボンの色を上げます。ライが白、ククールが赤。よろしいですか?」

そう説明を入れる。

ククールが頷くと、

「では、位置について」

赤くマークされた場所を示すショーウン。

相手との距離は十五メートルといったところ。

柄に赤いリボンをつけた愛剣のカダラを構える。

ライの武器はランス。全体が円錐の形状をしていて、拳をガードするような傘型のバンプレートがついているのが特徴の長柄の武器だ。

長いリーチと、突進力に要注意。それに武器でありながら防御力もある。

さて、どう戦おうかと熟考する間はなく試合は始まった。

「始め!!」

ショーウンの合図で、いきなりライが突進してくる。

速い。

あっという間に距離を縮めてきたかと思うと、長いランスを突いてくる。ランスの攻撃としては標準。よって、避けるのもわけない。大きく横に体を滑らせてかわした。

ククールが避けるのは想定の内だろうが、相手が体勢を整える前に、今度はククールがそのままライに向かう。

突きを繰り出そうとしているランスの動きを剣で押さえて封じ、一気に駆けて距離を詰めたところで剣を翻し、ライの喉元を狙った。

「っこの!」

ライの叫びと同時に、ランスがククールの足を払う。

「嘘だろ?!」

ランスの使い方としてはトリッキーで、ククールは危うく転倒しそうになる。咄嗟に受け身を取って、一旦距離を空けた。

ランスは片手武器のなかでは最重量。まさかあのスピードで足を払われるとは思いもしない。とんでもない腕力だ。

しかし、ランスの攻撃はほぼ突きに限定されるはず。

突きを繰り出した瞬間の隙で勝負をかける。

ライが突きの構えを取った。ククールは動きを止めて防御の姿勢。

間髪入れず、ライの突きが襲ってきたが、先ほどよりもスピードが格段に上。

どうやら最初の一撃は様子見だったらしい。

スピードが上がれば威力も増す。

またしても避けるしかない。かなりギリギリで躱す。けれどただでは避けない。繰り出す瞬間、直前直後のクセ、隙をじっくりと観察する。

おそらくライはパワー系のランス使い。それも踏まえる。

「チッ」

ライの舌打ち。

離れていては勝負がつかないとでもいいたげな表情。

それはククールも同じ。

ライは次で勝負を決めようとするだろう。

そう考えていたら、ライが構えも取らずにククールに向かってくる。

まさか突き以外の攻撃があるのか、考える間はない。

走りながら、あの速い突きを繰り出したライ。と思いきや、突いた先はククールの二、三歩前の地面。地面が抉られ、砂利が目くらましになり、視界からライを見失うククール。

考えるより先にククールは姿勢を低くしてライのいるはずの方向に向かった。頭上をランスが掠めるのが分かる。

その時目に飛び込んできたのはランスのバンプレート。

何か思いついたのとは違う。ただそうすればいいような気がして、ククールは剣の柄をバンプレートの中に突っ込み、腕を思い切り引き下げた。

「っ?!」

ククールの剣に引き寄せられるライ。ククールは剣を、ライの喉元の寸前で押し止める。

ピタリと両者微動だにしない時間があったかと思うとショーウンの声が終了を告げた。

「それまで!勝者、ククール!」

彼の方を向けば、赤い手旗を挙げている。

「おい、審判!俺は参ったって言ってねえぞ!」

ライはそう抗議するが、

「審判は絶対」

と言われて当然却下されるわけだが。

改めて勝利を告げられると、観客からは大きな歓声と拍手。

そしてライから差し出された手。

「…年下に負けんのなんか初めてだぜ。バンプレートに柄なんか突っ込む奴もな」

「それしか方法が思い付きませんでした」

差し出された手を握るククール。

「次はナデシコだろ?気を付けろよ。かなりトリッキーに動くからな」

「ライさんもだいぶトリッキーでした」

笑いながらアリーナを後にするライと、入れ代わりにやってきた女性。

審議会で居眠りしていた彼女。

そしてフィンと一緒にバクペイドへ行っていた人物、ということしか知らない。

腰に下げているのも打刀という珍しい武器らしいが、どういう戦い方をするのか未知数だ。

確か、特殊な加工なしにドラゴンを斬れるのだとか。

そして打刀のような、しかしそれよりは短いものがもう一本。

「ククール、休憩いれるか?」

「いえ、大丈夫です」

ショーウンが気遣いをしてくれるが、ククールはこの未知の剣士と早く戦いたくてうずうずしている。

ところが、

「そう言わず、茶でも飲んで来い。その間ショーウンがおもしろい小噺でもやっておいてくれる」

ショーウンは明らかに不本意な顔をしているが、ナデシコにそう押されて渋々ククールは控室に下がったのだった。



「まさかライに勝つとはなあ」

そう感心するのはフィンの隣に座っている兄のラッド。

「フィン、ちゃんと観てた?」

ラッドとは逆隣に座っているディアンには図星を指摘される。

ディアンはククールを連れて散々飲み食いしてきた挙句、手に持っているのはビール。

羨ましいやら呆れるやら。しかし、フィンはひとまず安堵の溜息を吐く。

一勝できたことで肩の力が抜けたのだ。

「ライに勝ったら、なんだっけ?なんかあったよな」

ディアンが言っているのは、チューエンに勝ったら即騎士団入団が許可されるというものに関連して、ナデシコに勝ったら通常二十歳で入団試験を受ける決まりのものが試験を免除。そしてライに勝ったら。

「士官学校の学費免除」

とフィンは短く答える。

士官学校とは騎士団や憲兵といった武官の他、国王の近くで政務を行ったり、地方の長官のような文官になるための学校である。必ずしも必須ではないが、卒業していると昇格しやすい。

ククールにとってそれが魅力的な事案なのかは不明だが、ククールは始終生き生きしている。

「もっといいもんやりゃぁいいのに」

口を曲げてビールを流し込むディアンに、

「充分だと思うよ。二年間分免除ならまぁまぁの額になるし。ククールが勝ってくれたおかげで、ライにはいい薬になったよね。あいつ、すぐ天狗になるから」

フライドポテトをディアンに手渡してそう感想を述べるレイ。

ライには辛辣なくせに、どうにもディアンを甘やかす癖がある。

やめろという理由もないので放置してあるが。

「けど、次はもっと厳しいぞ。ナデシコは相当手強い」

アリーナから目を離さずに語るのはラッドだ。

「…ククールは勝てんのかな」

「さあな。…ククールの勝敗には案外、ケンショウさん達は拘ってなさそうだけど」

「そうなのか?!」

「ほら、見てみろよ。陛下もケンショウさんも、団長さえ酒盛りしてる」

ラッドの指差す一階席には確かに酒を片手に談笑している上層部。

「なっ。だから、そんな身構えてるこたねえさ。気楽に楽しめよ」

心配するのも心底バカらしくなったところで、そろそろナデシコとの試合が始まる。

気軽に楽しめと言われても心臓のばくばくは収まらない。

こんなことなら『観ていられない』と言って家に残ったアンミールとインティアナ達と家にいれば良かった。

しかしここに座る以上、きちんと見届けねばと気を引き締めるフィンなのであった。



会場の歓声が大きい。ライに勝ったことでブーイングでも起こるかと思いきや、そうでもないようだ。

アリーナに戻って来たククールを割れんばかりの拍手が迎え、逆にククールは動揺するくらいだ。

「準備はいいか?」

とショーウンが双方に尋ねる。

「はい。いつでも」

ククールはそう頷き、ナデシコは黙って手を差し出した。

「私は手加減というものを知らない。全力でいくからな」

「もちろんです」

言い合いって握手すると、二人は背を向けて位置につき武器を構える。が、剣を鞘から抜いているククールに対してナデシコは鞘に収めたまま。いつでも抜ける、そんな姿勢ではあるが、こちらから見れば間合いの詰め方が分かりにくい。

「始め!」

ショーウンの合図で駆け出し、ククールに向かうナデシコと反対にククールは構えたまま動かず。

ナデシコの手元だけに集中し、抜く瞬間をじっと待った。

しかしククールが動かぬからか、抜く前にナデシコも足を止める。

瞬時にククールは足を踏み出し、剣を振り上げた。そのまま振り下ろすと見せかけ、ナデシコの右手側から体を滑らせて、剣を上げたまま背中を狙う。ククールが振り下ろす瞬間にナデシコは鞘のままククールの剣を受け止めた。

「それでフェイントのつもりか」

いたってクールなナデシコは眉ひとつ動かさず、遂に刀を抜いてククールの腰を狙った。

かわすのは不可能。

ククールは剣の刀身に左手を当てて、刀を受ける。

それでも間一髪、判断が一瞬遅れたら勝負はついていただろう。

考える間を与えてはくれずナデシコは後ろに跳んで、今度は次々と斬撃を浴びせてくる。ククールは防ぐのがやっとの防戦一方。

高い金属音が絶え間なく響いて、会場は静まり返った。

ジリジリと後退するククール、反撃の糸口を掴めぬまま一体何分経ったか分からぬが、このままでは判定負けは必至。

何かを仕掛けるしかない。

そう考えた矢先、ナデシコがもう一振りの刀を使っていないことにククールは気付く。

「五分前!」

ショーウンの声が告げた。

「このままだと負けるぞ、どうする?」

斬撃の手は一切緩めず、ナデシコは挑発するように口角を上げる。

もちろん負けるつもりはない。

後退し過ぎてそろそろ壁に当たるころ。だがまだ遠い。それをちらりと確認する。

十歩、九歩…壁が近づくにつれ、そこまでの歩数を見極めるククール。

「二分前!」

そう告げられた瞬間に、ククールは後ろに跳んだ。

地面に左手を付き、壁を蹴ってナデシコに突進。剣で突く。のは刀で受けられると容易に想像できるので、狙いは別のところにあった。

まだナデシコの腰に提げられている刀だ。壁を蹴った勢いのまま、剣で突く振りをして左手で腰の刀を抜き盗る。そのまま体を反転してナデシコの背中に突きつけた。

「…参った」

荒い息で、ナデシコがポツリ。

審判のショーウンが呆気にとられている。

会場も静まり返ったまま。

ククールは汗が滴り、袖で拭いながら刀をナデシコに返す。

「これも打刀ですか?もしかして武器を奪うのは反則?」

「これは脇差という。安心しろ、反則でもない」

二人の会話で我に返ったのか、ショーウンがようやくククールの勝利を告げた。

「勝者、ククール!」

するとたちまち、会場も揺れんばかりの拍手喝采。一部でブーイングも聞こえるが、基本的には下剋上が好きな国民なのだろう。

とりあえず二勝目。ククールがナデシコと握手を終えると、

「ククール、次は三時にする。休憩してこい。水分補給しっかりしとけよ」

ショーウンがそう言いながらククールの肩に手を置く。

しかし、まだ時間は早いはずだ。

「まだ二時半にもなってませんけど。」

「いいんだよ。次はラスボス、チューエン・リン。万全で挑め。そして勝ってしまえ」

ニタリと笑うショーウン。

「そうだ、勝て。いい加減、あいつが最強でいるのは飽きた」

「健闘します…」

チューエン・リンはドラゴニア最強の騎士。どこまで戦えるかはやってみないと分からないが、この状況が楽しいことに変わりはなかった。

チューエンとの試合まで三十分ほど。そうアナウンスされると観客はばらばらと席を立ち、彼らも休憩に入る。

ククールも控え室に戻ると、そこにはフィンを始めとしてラッド、レイがいて、それにライとナデシコもやって来た。

そして口々に言うことには。

「一撃が相当に重いらしいぞ。しかも手数が多い」

「武器はほとんどなんでも使えるからね。槍だったら近づけさせてももらえないって」

そう伝聞を伝えるのはライとレイのフィナレイルランド兄弟。

「頭空っぽの無策で行け。動きを読ませるなよ」

なかなかの無理難題を吹っ掛けるのはナデシコ。

「兄さん、よく手合わせするんだろ?なにかない?」

フィンがそうラッドに尋ねると、

「勝ったことねえけどな。ナデシコの言う通り、あのお方は動きを読むのが上手いんだ。頭空っぽにすんのが結局一番よさそうだけど」

とラッドが唸る。

「難しいよな」

そう付け足して。

難しいのは百も承知。だからワクワクもする。

「みんなありがとう。だけど、勝ち負けとか考えずにただ楽しみたいんだ」

これは本心。

せっかくお膳立てしてくれた舞台。

楽しめればそれで悔いはない。そんな気がする。



ファルクスは自室の机に向かってゲルリオから渡された名簿を見ていた。

そしてドラグーホン大陸の地図を広げる。

ドラゴニア騎士団の駐屯地に印を付け、兵士の数とランクからおおよその戦力をメモしていく。

ドラゴニアの沿岸付近にドラゴンナイトはいない。しかしゲスバーディがカンセルギ港にちょっかいだした影響はあるはず。

沿岸の民間人は内陸部に避難済み。

巨雷竜にゲルリオを乗せる約定は違えられない。

それらを考慮して、戦略を練る。

戦略といっても、兵士はほぼポイズンドレイク。どこの場所で彼らを放つか。それに集約される。

名簿が本物なら、それなりに功を奏するだろう。

そう考えていた最中、部屋のドアがノックされた。

ファルクスの応答なしに、ズカズカと入室してきたのはゲルリオ。

「よう、ファルクス。調子はどうだ?あれ、役に立つだろ?」

相変わらずの下卑た調子で話すゲルリオにファルクスは内心辟易する。

「これ、本物なんだろうな?」

「本物だよ。親父が飼ってるネズミからの献上品だとよ」

「ネズミ?スパイでも放ってるのか?」

「俺はどこのどいつか知らねえけど」

スパイという言葉にファルクスは眉を寄せた。

戦いにおいて、スパイの働きの重要性はもちろん理解しているが、『裏切り』を前提した策謀はあまり好いてはいなかった。

凶暴に育てたドラゴンにドラゴニア人を喰わそうとしているファルクスに人道を説く資格はない。矛盾しているのも自分で分かっている。だからといって感情まではそうそう誤魔化せないのだ。

好かないものは好かない。

「でよ、もう一個そのネズミから新情報」

「新情報?」

「一番効果的に侵攻したいだろ?それができそうな日だよ」

「なんだ、祭りの日とかか」

「そうそう。最近ドラゴニアに入った奴の御前試合だか公開手合わせだかでよ。祭りになるみたいだぜ。警備は薄くなるだろうし、何より天国から地獄だ。愉快じゃねえか」

「それがいつだって?」

ゲルリオはニヤリと笑った。



もうまもなく三時というころ、俄に騒がしさを感じたのはククールだけではなかったようだ。

「…誰か走って来るな」

「ククール!あ、みんなもいたか」

やって来たのはショーウンだった。

その様子に騎士である面々の顔付きが変わる。

「緊急通報!ドラケイオスのドラゴンが大群で確認された!場所はアッソロー山脈南端のアグロ村!」

「大群だと?!」

「あぁ、まだ被害はないらしいが、大陸に沿って東に大移動している。試合は中止!総員、緊急時の配置につくように」

バラバラと、騎士である皆が控室を出ていく。

非番であるはずの彼らだが、こういう事態を想定して鎧兜にインナースーツといった装備は持ち運んでいた。

今日にあっては、ククールが使っている控室の隣室にそれらを置いてあるため、バタバタと着替えを始めている気配がする。

「ククール、君は一度城下の方に避難してくれという指示だ。必要があれば、騎兵隊と一緒に子ドラゴン達の警備に加わって欲しいと」

避難用の馬車がコロッセオの外に待機中との情報をククールに伝えると、ショーウンも着替えに行ってしまった。

こうなってしまっては指示に従うしかない。

荷物を取って控室を出る。

ディアンはどうしたかとまずは探してみようとしたが、幸い控室に向かって歩くディアンをすぐに見つけることができた。

「ククール!城下町方面は南側の馬車だってよ」

「おう、じゃ急ぐか」

「俺、走れないからゆっくり行くよ」

走ったり跳ねたりするとディアンは膝の関節が外れるらしい。

しかしゆっくりなどどう考えてもしていられない。

「ほら」

ククールは荷物をディアンに預けると、荷物ごとディアンを背負った。

「おい?!ククール!」

「これなら早いだろ」

トレーニングを兼ねて駆け出すククールと、後方からは鎧を纏った騎士達。

外に出ればドラゴンナイト達が持ち場に向かって飛んでいく。

「ククール、馬車あれだ」

城下町と書かれたプレートの馬車に人々が次々と乗り込む。

ククール達が乗ったのは三台目の馬車だ。

「全部で馬車何台?用意がいいんだな」

「何台あるかは知らないけど、コロッセオの近くは地下街がないからな。ドラゴンの襲撃に弱いのは昔からだから、避難用の馬車は何台もあるんだよ」

「フィン達、大丈夫かな」

「そうだなー。大丈夫なように、武器も鎧もバージョンアップしてきたけど…。後は祈るだけしか出来ねえよ」

そう言うディアンの指先が微かに震えているのにククールは気付いた。

それは恐怖か、不安か。両方か。



体にピタリとフィットするインナースーツを着こみ、重厚感のある鎧を着ける。

見た目ほど重くはないが、それでも全身で五キロほどがプラスされた。

フィンは最後に兜を被って、面を上げる。

「フィン。」

声をかけたのは先に準備を終えたラッドだった。

「フィン、気をつけろよ」

「…兄さんも」

それだけ会話を交わすと、ラッドはナデシコと去っていった。

兄とは持ち場が違う。ラッドやナデシコ、ショーウンはドラゴニアの東側。フィンは反対の西側だ。

「フィン、準備はいい?」

レイの言葉に頷き、共にオーロラの待つ外へ。フィンと西方向に向かうのはレイとライ。

ドラゴン達の顔も緊迫しているのが分かる。彼らもまた、ナイトなのだと実感する。

フィンはオーロラの背に乗り、足のジョイントを付けると勢いよく飛び出した。

「フィン!オーロラのブレスの使いすぎに気をつけろよ」

並翔するライが叫ぶ。ドラゴンは短時間に大量のブレスを噴くことで命を落とすことがある。血液と同じようなものなのだ。

「分かってる!」

オーロラは常に乗り手のフィンを気遣って飛んでくれる。

フィンも同様。オーロラの負担になるような戦いは極力避けたい。その為の、冷気の剣でもある。

「そうならないように、毒竜部隊は全力を尽くすよ!」

ライに続きレイも叫ぶ。

毒竜は火竜や氷竜よりも体が大きく力が強い。毒霧を吐く戦いかたは凶暴に育った毒竜の特徴で、人に慣らして育てた毒竜はブレスはほとんど使わない。それが人に有害だと知っているかのように。

ブレスの代わりに武器になるのが強靭な顎と爪。ブレスを吹かずとも、牙や爪に毒成分は含まれる。

毒竜の乗り手は武器に竜毒を塗り込み、彼等を手助けするのだ。

ドラケイオスの毒竜はおそらく毒霧を撒き散らすだろう。氷竜部隊がそれを中和、氷竜達が力尽きる前に、火竜と毒竜の部隊は敵を殲滅しなくてはならない。

全力で翔んでいると、持ち場であるハーブルノッドが近づいて来た。

ヒューゲルグと同様、竜-馬中継ぎ地点である。眼下には騎兵隊の先導で避難する人々が見え、空を見れば他方向からもドラゴンナイトが集まってきているのが分かる。

そこへ一騎近づいてくる騎竜隊の一人。乗り手の黄色のマントは伝令の印。戦わず、情報の収集と伝達に奔走する兵士だ。

「伝令!ドラケイオスのものと思われるドラゴンの大群がハーブルノッドに向かって移動中!攻撃に備えてください!」

そう叫ぶ伝令がフィン達の元へ来ると、

「所属を教えてください!」

と尋ねてくる。兵力の把握のためだ。

フィン、レイ、ライが所属の部隊を伝えると、伝令は情報をもう一つ。

「ドラゴンは推定二百頭、毒属性が大半を占めています。乗り手が確認されたのは一騎のみ」

「ハーブルノッドが一点集中で狙われているということか?他の部隊との合流は?」

伝令にそう尋ねるライ。

ハーブルノッドは人口の少ない村。もっと大都市を狙うのではないかと思われていたのだ。

「今の所はハーブルノッドに集中しておりますが、第二陣の目撃情報もあり、今後の狙いは不明。隣の地点からの応援を要請しています」

「ありがとう」

伝令は敬礼してフィン達の元から離れる。

なぜ田舎のハーブルノッドが狙われているのか、考える間などない。

ほどなく、

「来た!」

と誰かが叫んだ。

黒い点々がいくつも見え、その周りは黒い霧。

「オーロラ、行くぞ!」

フィンとオーロラを始め、一斉に前進するドラゴンナイト達。

左右に散開しながら毒竜達に向かっていく。

ドラケイオスの毒竜の特徴そのままに、体は大きく黒々とした鱗と表皮。

牙を剥き、毒霧を撒き散らす相手、まずは毒竜部隊と火竜部隊が戦いやすいように、氷竜部隊は氷のブレスを吹きながら旋回して飛び回った。

数は圧倒的に敵が有利。空気を中和しながら倒せる敵は倒していかないといけない。

双剣を構え、氷のブレスを噴くトリガーに指を掛ける。

すれ違い様に一頭、敵の大きく開けた口をオーロラがかわして、フィンがトリガーを引きながら二振りの剣を平行にして斬りつけた。

切り口が凍るので毒の返り血を浴びなくて済む。斬ったドラゴンは地上へと落下していった。

周囲を見れば、となりの持ち場からの援軍も到着し、次々とドラケイオスの毒竜が落下していく。

もう一頭を斬り倒したところで残りの敵はかなり減っていた。

しかし。

「伝令!ドラゴンの大群が接近中!推定三百!」

叫ぶ伝令の声。

不安を感じる者はいなかった。その瞬間までは。

やがて到着した毒竜達にフィン達は息を飲む。

デカい。

先のドラゴン達より一回り、いや二回りはあろうか。

そして奴らが毒を噴くと、前陣にいた火竜が落下し始める。

「…なんだ?」

瞬時に氷竜がブレスで中和を図るが、火竜の落下が収まらない。

火竜は確かに毒竜とは相性が悪い。が、それにしてもここまでとは思えない。

その理由は敵の毒の猛毒性に依るものだと、すぐ後に気付いた。

竜毒のダメージを軽減できるはずのマスクをつけても体に痺れが走るのだ。

「これは…まずい!オーロラ!」

氷竜のブレスでもどのくらい中和できるか分からない。分からないが、やるしかない。

氷竜達のブレスで、空中の気温が下がり寒気を感じる。

火竜はあっという間に全滅状態に陥る。

形勢は、不利に転じていた。

体の痺れが強くなり、一層大きな体の毒竜を斬りつけても致命傷にはならない。

そんな中を一騎、颯爽と飛び去っていくドラケイオスの兵士。その後を二頭の毒竜がピタリとついて行く。

その方角は、城下。

「ファルクス!待て!」

ファルクスの名を呼ぶと、その兵士が振り向いた。黒い面の為顔は分からないが、ファルクスで間違いないようだ。

フィンはオーロラと共にファルクスに向かう。

フィン以外にも、ライとレイがファルクスを追った。すると、ファルクスについていた毒竜二頭がブワリと毒霧を吐く。

ライの乗っている毒竜、スイはそれをかわして一頭の尾の付け根に噛みついた。大きく体をうねらせてスイを離そうとしても、そう簡単にはスイも離さない。

ライはそんなスイの上で足のジョイントを外し、毒竜に飛び移った。

大きく揺れる体の上で絶妙なバランスを取り頭目掛けて走る。角をつかんで、頭部をランスで一突き。

毒竜が落ちるのを見届けて、ライは再びスイに移った。

一方のレイ。口を大きく開けて毒霧を吹きまくる毒竜に対し、毒霧を浴びながら口の中をランスで突いていた。

レイは竜毒のダメージは大丈夫だろうか、と人の心配をしている場合ではないフィン。

ファルクスを追うが、その距離がぐんぐん離される。大きなドラゴンはより高く、速く翔べる上に、オーロラはブレスを吹いて疲労が出ている。

追い続けるべきか迷うが、

「フィン!深追いしなくていい!」

そう叫ぶライの声が聞こえた。

「城下にも騎竜隊がいるはずだ。任せよう」

レイも近付いてきてそう言った。

すると三騎の横を、ファルクスを追うように数頭の毒竜が猛スピードで過ぎ去って行く。

レイの言う通り、ここは他の部隊に任せるとして、フィン達は元の地点まで戻った。

味方であるドラゴンナイトはますます減っているが、ドラケイオスの後続が来ていないようなのが幸いではある。

しかし辺りは毒霧に包まれ、氷竜のブレスでも中和が追い付いていない状況。これでは氷竜はおろか、ドラゴニアの毒竜部隊にも影響が出てしまう。

「オーロラ…」

氷竜のブレスを途絶えさせるわけにはいかない。しかし、氷竜達がブレスを吐き続ければ命が危うくなる。

そんなフィンの葛藤をよそに、オーロラが急降下を始めた。

「…どうしたんだ?どこか痛めた?!」

地上に降り、フィンはそうオーロラを心配するが、オーロラはフィンと繋いでいるベルトを口先で外してしまった。

「オーロラ?!」

オーロラが少し体を捩ると、フィンはオーロラから落下してしまう。

元にもどす前に、オーロラがブレスを吹きながら上昇、フィンは地上に取り残された。

「オーロラ!おい、オーロラ!」

それを見た他の氷竜達も、続々と地上に降りて来る。そして乗り手を振り払うと、また飛んで行ってしまうのだ。

彼らのその狙いを察して、フィンは血の気が引く。

死ぬ気なのだ。

ブレスを吐き続けていれば、いずれ弱って死んでしまう。

その時、乗り手を巻き添えにしないように強引に降ろしてしまったということ。

「駄目だ!オーロラ!戻って来い!」

フィンの声は届かない。

オーロラは懸命に戦っている。

フィンの目には涙が込み上げた。

しかしフィンは頭を振って気を奮い立たせる。

何か、地上でも出来ることはないか。

幸い、地上の竜毒濃度はそれほど濃くはない。

「みんな!」

地上にいる他の氷竜部隊のメンバーが集まる。

出来ることをやる。大切な相棒を死なせない為に。


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