第8話

曇天とはいえ、殊更嬉しそうにきゅい助が舞う。

他のドラゴンよりも声を上げ、下降と上昇を繰り返したかと思うと旋回を始めたりくるくるとよく動く。

ククールはそんなきゅい助の様子を目を細めて眺めた。

国が管理している、子ドラゴンを集めた場所らしいが、きゅい助はその中でも体が小さい。それでもケンカになったりせず、仲良さげに飛ぶ姿を見てククールは安心した。

「きゅい助、嬉しそうだな」

そう話すのは、ここまで連れて来てくれたフィンだ。風に揺れる金の髪を目の端に写しながら、ククールは頷く。

きゅい助という名前、笑われるかと思いきや、意外にもあっさりとした反応だった。

色から名前を付けることが多いというのは後になってから聞いた話で、なら教えてくれとレイを恨んだりしたことも、もうどうでもよくなったこと。

フィンは笑わずにいてくれたが、ちなみにディアンは爆笑でアンミールは失笑というところ。姉に至っては呆れ顔だった。

きゅい助は飛ぶのに疲れたのか、一直線にククールの元へ降りてくるとそのまま腕にすっぽりと収まる。

「随分でかくなったよなあ」

猫ほどだったきゅい助は、ククールが収容所にいる間に急激に成長。

いまでは大型犬ほど、一人が腕だけで抱えるのは無理があり、フィンが手を貸した。

きゅい助はククールとフィンの頬を交互に舐め、ご機嫌そのもの。

くすぐったくてククールは声を上げて笑った。

「…ククールってさ。動物に好かれやすい?」

急にフィンがそんなことを言い出す。

どうだったか、と記憶を掘り起こしても特別そうだったとは思えない。

「…別に、普通だったと思うけど」

なんでそんなことを聞くのか。

あぁ、きゅい助の懐き方がやはり普通ではないのか。

いろいろ考えるが、その理由をフィンはすぐに教えてくれた。

「オーロラがさ。結構気難しくて」

フィンが相棒の氷竜のことを話し出す。

美しい表皮と鱗を持ったドラゴンは今日もフィンと一緒に乗せてくれた。

気難しいとは思っていなかったが、そういえばオーロラに頬を舐められた時フィンは珍しいと言っていたか。

「俺以外にほっぺ舐めてるとこ、見たことなかったんだよ。ホントに」

「そんなんだ?」

「ドラゴンに好かれやすいとか?」

「知らない」

「だよな」

そんな会話をしながらきゅい助の顎を撫でていたら、いつの間にか眠っているケツァルコアトル。

動いたら起こしてしまうだろうか。

フィンの顔を窺うと、緊張した面持ちの彼と目が合う。

フィンもきゅい助を支えてくれてはいるが、やはり重い。眠っているとなると、余計に重量を感じるものだ。

きゅい助を起こさぬよう、慎重に腰を下ろす二人。わずかにきゅい助がみじろいだが、背中を撫でてやるとまたすぴすぴと寝息を立てる。

ククールはなんとなく気にはなっていたが、聞けていなかったことを訊いてみた。

「なぁ。フィンはなんで俺のこと、ドラケイオスのスパイじゃないってすぐに信じてくれたんだ?」

至近距離でファルクスの顔を見たのはフィンだという。

普通なら真っ先に疑ってもおかしくはない。

「うーん。なんだろ。オーロラとかきゅい助が妙に懐いてるから。ていうのはあると思うけど」

冷静で理論的だと思っていたが、意外にも彼は感情先行することもあるようだ。

「顔が似すぎてるのに、それ以外の雰囲気は全然違うし」

「顔、そんなに似てんのか?」

「似てる。目の色も同じだ」

実は双子でしたなんて言われてもどう反応すればいいのか分からないが、ククールもファルクスという男に興味が沸く。

目の色も同じと言われたことで、ククールは疑問を口にした。

「フィン達はさ、兄弟みんな髪も目もちょっとずつ違う色だよな?」

金髪のラッド、それに緑が混ざったようなフィン、オレンジならアンミール、ディアンは緑っぽいが、銀髪。

みごとにバラバラ。

「この国では、赤ん坊のうちにドラゴンの毒に耐性をつけるワクチンを打つんだけど、そのせいじゃないかっていわれてる。目の色も」

「…それって、それでいいのか?」

「なんで?」

「いや、薬で髪と目の色変わっちゃうって、問題じゃねえの?」

「問題か?」

「…問題視されることもあると思っただけ」

「一時期さ、毒性の強い種が大繁殖しちゃって。それでワクチンが開発されたんだけど。そうか。問題視されることもあるのか」

気にするかしないかはお国柄なのだろうが、それにしてもおおらか過ぎではないだろうか。しかし本人達がいいのなら良いのだろうと思い直す。

「気にしないならいいんだろ。バクペイドじゃ大騒ぎになりそうだ」

「ピリピリしてたな、兵士とか」

「そうなんだよ。バーロンさんがいた地区は特にひどかったんじゃないか?」

「確かに。ベン…だっけ、良い奴だな」

「だろ?ベンの店の飯食った?」

「うん。美味かった」

ベンとは幼馴染みのククール、彼と彼の店を褒められると純粋に嬉しい。

温かい雰囲気の店を懐かしむククールに、フィンが言いにくそうに口を開いた。

「なぁ、ククール。バクペイドに帰るかどうかって話。実はもう決めてたりするのか?」

「…いや」

決められないでいる。それが本音。

戻りたい気持ちもある。生まれ育った町、そんなに良いところでもないけれど、気の良い友人達がいる。

けれどドラゴニアは居心地がよい。シェイラの食事も美味いし、きゅい助は可愛い。

フィンやレイも、ベンに負けず良い奴なのも分かる。

「…もしさ、ククールが帰らなかったら。ベン達が危なくなるのか?」

「それもある。だから、帰らなくちゃいけないんだけど」

決心がつかない。

そう呟くククール。

「そうか」

フィンもまた、消え入りそうな声で小さく呟く。

空には晴れ間ができ、日が少し傾いて来た。季節は進み、夕方でも生温い風がフィンの髪を揺らし、キラキラ光る粒がククールの目に写る。

帰国命令の期限は二ヶ月。

期限ギリギリまで心は決まらないだろう。

けれど延ばせば延ばすほど、きっと離れがたくもなる。

どうしたものか、と溜め息を吐いたら、フィンも同じタイミングで溜め息を吐いていた。

顔を見合せて、クスクスと二人は笑い合ったのだった。



「これやる。」

そうゲルリオに渡された紙の束。

眉を寄せてファルクスはそれを受け取った。

「…名簿?」

「ドラゴニア騎士団のだぜ?レアだろ?」

「何故そんなものを持っている?」

軍事情報はどこの国にとっても機密事項のはず。ドラゴニアだって例外ではない。

「親父が持ってたんだよ。なんでかは俺も知らねえけど、お前に渡せって言うからよ」

ありがたく思えよな、と言って去るゲルリオ。

この名簿は果たして本物か。

ファルクスを貶める為の偽物の可能性を考える。

騎兵隊、駐屯場所毎、階級別、役職…。

騎竜隊も同じように纏まっていた。

偽物だと断定できる根拠はない。偽物だとしたらかなり上手く作られている。

ならば本物か。

ファルクスはある場所へと向かった。

ドラケイオス兵士の訓練場だ。

ファルクスはドラゴンの飼育や訓練係が本務であり、兵士としては兼務である。

しかし今訓練場に来たのは訓練の為ではない。

「兵士長。少しお時間よろしいですか」

ファルクスがそう声を掛けた相手はドラケイオス兵を束ねる兵士長のピグロ。

訓練場では多くの兵士が剣を手に訓練しているが、どうにも真剣さが足りぬようにファルクスの目には写った。

ファルクスの管理するドラゴンを兵器として戦に使うという方針が出されてから、兵士の士気が落ちている。ただドラゴンをドラゴニアに放てばよいのだ、勝手にドラゴニア人と戦ってくれる、そんな風に捉えているらしい。

そんな光景にファルクスは眉を寄せ、ピグロもファルクスを睨んでくる。

「ファルクス殿、手短にお願いしますよ。あなたと懇意だと噂が立っては困ります」

「この名簿、本物と捉えてよろしいでしょうか」

彼の言葉はスルーして、ファルクスは用件だけを告げた。ピグロは名簿を見るとすぐに、

「まあ、偽物だとしたらよく考えたものです。本物なんじゃないですか?」

「そうですか、ありがとうございました。それと」

「なんでしょう?」

「ドラゴニアに向かう際、ドラゴンに乗ってくれる兵士を募っていただきたいというお願いをしておりましたが」

「おりませんでした」

「一人も?」

「はい、一人も」

それだけ言うとピグロは去ってしまった。本当にこの国は敵ばかりだ。

一介の兵士にとって、ドラゴンに乗って出兵したとしても報奨は見込めない。なんとか報奨をだしてやって欲しいとファルクスも大臣ら権力者に掛け合ったが、相手にされずに終い。

こんな体たらくでドラゴニアを落とせとは無茶振りにもほどがある。

孤軍奮闘。けれどやるしかない。

何かが少しでも変わる可能性があるのなら。



ドラゴニア城の一室に、ククールはフィンと共に呼び出された。呼び出した相手はケンショウ・リク。

フィンと共にバクペイドに行き、ククールの疑いを晴らしてくれた人だ。

長いテーブルに茶が出され、緊張してククールはケンショウを待った。

チラリと横を見れば、フィンはリラックスした面持ちで茶を啜っている。

何か話して気を紛らわそうか、と迷っていると、部屋のドアが開いた。

フィンが立ち上がったのでククールもそれに倣う。

部屋に入って来たのはケンショウともう一人。ククールには分からない人物だが、

「チューエン様っ!」

そうフィンが呼んだ。その顔は耳まで赤くなっている。

「おう。悪いな、ケンショウが呼び出して。『用があるならそっちが来い』くらいのことは言って良かったんだぞ」

「いえ、そんなっ!」

チューエンという人物は長身で切れ長の目をした、美丈夫という言葉がしっくりくる男性だ。白い軍服に青い軍帽とマント、フィンと同じ氷竜の乗り手なのかもしれない。

「おい、チューエン。俺、一応国の高官なんだけど」

ケンショウがそうチューエンに苦言を呈するあたり、二人の親しさが窺える。

ケンショウはフィンに向き合うと、細長い封筒二つと白い紙を差し出した。

「ええと、フィンにはこれ。バクペイドで借りたぶんのお金と、出張費ね。サインよろしく」

「あの、出張費とか欲しいわけでは……」

「だめ。国の決まりなんだから、ちゃんと受けとること」

「……はい」

そう言われてはという顔をしたまま、フィンは渋々サインをして封筒を受け取る。

するとケンショウは、今度はククールに向かって口を開いた。

「で、ククールはどう?帰国命令、どうするか決めた?」

第二回の審議から丁度一週間。

ククールはまだ決められないと、首を横に振った。

「そうみたいだね。だから、俺たちで背中を押してあげようと思って」

にこりと笑顔を向けてくれるケンショウだが、一体どういうことか。

まさかドラゴニアを追い出されるとか。

そう考えたら背中を冷たい汗が伝う。

フィンを見れば、ククールと同じことを考えたのか、こちらも血の気の引いた顔色。

「違う違う!出ていけって言いたいんじゃないよ!」

慌ててケンショウは言い繕っている。だが、それ以外に思い浮かばないではないか。

「あのね、パトラ=シード王とかダグダーラム団長、俺の直属の上司の国内政務長官、そのほか諸々と話し合ったわけなんだけどね、ドラゴン討伐の英雄をみすみす帰すのは惜しいんじゃないか、と」

「惜しい?」

「ドラケイオスのドラゴンに怯むことなく立ち向かって行ったそうじゃない?大したもんだよ、うん。うちの騎竜隊員だってそうはいかないかもしれない」

「……はあ…」

つまり、どういうことだ?逆に帰国命令を無視しろというお達しなわけか?

「察しはついた?帰国命令なんてくそくらえってこと」

「は…はぃ?!」

ケンショウの言葉の選び方にも問題はあるのだろうが、ククールは素っ頓狂な声を上げた。

確かに帰るのをためらってはいたが、自分で決めるべき問題だと思っていたので面食らうククール。

何か言おうにも、口は金魚のようにパクパクとしか動かせない。

代わりに言葉を発してくれたのはフィンだった。

「ケンショウさん!しかし、命令に背いたらバクペイドにいるククールの友人達が危ういです。」

「大丈夫。それも考えてあるよ」

いたずらめいたケンショウの笑み。

「ククールが帰りたくても帰れない体を装えば良い。毒竜を無断で狩ったことがバレて、国から訴訟を起こされている・・・とかなんとか。密猟は重罪だと、ちゃんと言ってきてもいるからね」

訴訟という言葉にククールの体が強張る。もちろん方便だよ、と付け加えてケンショウは続けた。

「そうすればバクペイドの矛先はククールやベン達から逸れるだろ?」

「あの、それじゃドラゴニアが恨まれることになるのでは?」

そう心配を口にするフィン。なんだか申し訳ない気持ちになってくる。

「そうだとしても、物理的な距離も結構あるし、うちと戦までするメリットは向こうにもないからね。数年単位の時間は稼げるよ」

そういうもんなのか、とククールは感心した。ベン達の身の安全が確保されるのなら、魅力的な提案だ。しかし、来たばかりのククールに国がそこまでするものなのかとも思う。

その疑問は次のケンショウの言葉で解消することになった。

「ただし、ククールを帰せないってことを国同士の正式な書状として王が署名することになる。そこまでのことをする価値がククールにあるかどうかにも関わってくるんだ」

なるほど、ただではなさそうな雰囲気にククールは身構える。

フィンが口を開きかけるが、それはケンショウが手で制した。

「そこで、ククールの武芸の腕前を御前試合というか、公開手合わせという形で見極めたい。どうだろう?そこまでせずとも帰る、と思っていればそれで構わないが」

どうだろう?と問われれば、純粋に楽しそうと思った。ドラゴニアに来てから武術の訓練をまともに出来ていない。

その機会を、どんな思惑であれもらえるなら受けて立ちたい。

「ケンショウさん、ククールのその手合わせ相手は決まっているんですか?」

フィンがそう聞いているのも、あまり頭に入ってこない。

「ライ・フィナレイルランド、ショーウン・リン、ナデシコ・ニッタの中から二人を検討中、それにここにいるチューエン・リン、このあたりを考えているんだけど」

「チューエン様も?!」

声を上げたフィンの顔つきが変わる。

「チューエンに勝ったら、騎士団員としてこれ以上もない大歓迎だ。年齢も特例として免除、それにゴールドクラスを与えてもいい」

ケンショウはなおも笑顔でそう話した。きっとすごいことなんだろうと漠然と考えていると、

「勝てたらだからな」

と、チューエンもニタリと笑う。

その顔から同じ武芸好きの匂いを嗅ぎとってククールも不敵に笑った。

ただ一人、鬼のような形相なのはフィン。

「おい、ククール!ことのすごさが分かってないだろ?!」

「え?…えぇ⁇」

ククールの胸ぐらを掴んだフィンはいつもと別人に見えた。

「チューエン様に手合わせしてもらえるのなんかゴールドクラス以上じゃないとできないんだぞ!!」

「そ、そうなんだ?!ごめん!」

ククールに非がある訳ではないのだが、フィンの気迫につい謝罪の言葉が口をついて出てしまう。

「すまん、そういう規則でな。ククールは団員ではないしってことで」

チューエンがそう言えば、

「いいえ!チューエン様が謝ることではございません!」

真っ赤な顔のままククールの胸ぐらを離してくれた。

ケンショウは天然の笑い上戸なのかずっと笑っていた。



「じゃあ当日は祭りだな」

御前試合だか公開手合わせだか、その経緯をディアンに話すとこう返ってきた。

「祭り?」

「そ。露店出たりどっかで躍りの輪ができたり。いつも俺が食ってるかき氷、めちゃ美味いんだ。教えてやるよ」

御前試合まで二週間。ククールは無職を避けるべく、当初の予定通りディアンの手伝いをさせてもらうことにした。

その仕事場、剣の試し打ちができる屋外の広場で、ディアンは興味深そうにククールの剣を調べながら続ける。

「まぁ、ククールは当事者だからそんなにふらふら出来ないかもしれないけど。にしても対戦相手がシルバーにゴールドにプラチナってさ。ブロンズのフィンやレイはお呼びじゃないのウケるな」

本当にケラケラ笑いながらディアンは実に楽しそうだ。

「ボロボロに負けたら恥ずかしいんだけど」

「いや、若手のホープを揃えたメンバーだよ。負けても恥ずかしくはねえって」

「帰国が決まるけどな」

「そうだった」

ケンショウが背中を押すといった意味は、一度でも負けたら帰国、という条件だった。

フィンはこれに怒っていたが、ククールとしては覚悟が決まってかえって良いと思っている。

「ま、やるだけやってみるよ」

負けたら素直に帰る。それだけだ。

「そう決めてんならいいんだけどさ」

ディアンは複雑そうな顔を見せて、調べていた剣を掲げた。

「なあ、この剣て鋼だけじゃねえよな?」

剣はククールの父親の形見のもの。カンセルギで盗難に遭ったというそれが、収容所に入っている間に見つかったらしい。プロの窃盗団ではなく、単なるこそ泥だったというのが幸いしたと聞いた。

ドラゴンを斬った剣、といったらディアンが貸してくれというので見てもらっていた。

「鋼だけじゃない?なんだろう。聞いたことねえや」

「ドラゴニア産の剣ならドラゴンのツノを削った粉末を混ぜるんだ。そうじゃないとドラゴンの鱗とか表皮は斬れないから」

「そうなのか」

「唯一、それをしなくてもドラゴンを斬れるのはナデシコさんの持ってる打刀くらいのもんなんだけど、それとは明らかに違うし」

触ったり、光に翳したり。

それでも分からないようで、ディアンは剣を返した。

「なんだろうなあ。ドラゴンを斬れる剣がそうそうあるとは思えないんだけど。倒したドラゴンの表皮が弱かったのかなあ。そんなバカな」

ディアンは尚もぶつぶつ呟くが、まさか普通の剣ではなさそうとはククールも思いもよらなかったこと。

「まあ、確認のしようもないからな。とりあえず、こっちの剣。振ってみてくれるか」

「おう」

渡された剣は刀身が長め。ずっしりと腕に負荷がかかり、両手で構えるが。

「それ、片手剣」

「嘘だろ?!」

「やっぱり重い?」

「俺腕力はそこそこあるけど、これ片手じゃキツイ」

「そーっかぁ…。うすうすそうかなとは思ったんだけど」

「これ、なにか細工してあるのか?」

カンセルギで、フィンが冷気を噴く剣を持っていたのをククールは思い出した。

「手元にトリガーがあるだろ?それ引くと火を噴く」

「あぶねえな!」

早く言ってくれと文句を言いつつ、仕組みはどうなっているのか興味は沸く。

「鍔のところの小さいタンクに火竜のブレスを結晶化したものを入れてるんだ。トリガーを引いて衝撃を与えることで再度炎になる。んで、刀身に塗ったオイルで刀身に火が回って炎の剣になるんだけど」

「……ふーん」

熱く語ってはくれるが、あまりよくは分からない。ドラゴンのブレスを結晶化ってなんだ、聞いたことない。

聞いたことないが、炎の剣とはカッコいいではないかということは分かる。

「トリガー引いてみていい?」

炎の剣。それを見たくてお伺いを立てるククール。

「どうぞ。あ、俺から離れてやってくれよ」

ディアンから許しが出たので、十分に距離をとってからトリガーを引いた。カチッと鳴ったかと思うと鍔から火が噴き出し、瞬時に燃える剣となる。

「ククールー!そのまま一振り二振りしてみてくれよー!」

ディアンがそう叫ぶので、右から左に一払いと下から上に振り上げてみる。

燃え出したら剣の重さが気にならなくはなったが、熱さのせいで腕を伸ばした状態じゃないと振るえない。

そしてなにより、火の止めかたが分からない。

「ディアン!どうやって止めるんだ?!」

そう叫ぶと、ディアンはククールの左手方向を指している。

そこには小型のプール。

「……原始的」

剣を水に浸してじゅっと音が出る。

それを見たディアンが歩いて近づきつつ、

「どうだった?」

と聞いてきた。

「熱い」

と、率直に感想を言えば、

「だろうけど!」

と言って憤慨するディアン。しかし、あの短い時間でも腕や顔を中心に汗ばんでいるのだから熱いと言っても差し支えないはずだ。

とはいえ、これが現在でのククールの飯のタネなのだから真面目に答える。

「腕伸ばさないと振れないな」

「火力弱める?殺傷力考えたらこのくらいはキープしたいんだけど」

「火が点いたら重さは気にならなくなったな。そういう風に造った?」

「?それ、火事場の馬鹿力だろ」

「火だけに?ダメじゃん」

とりあえずはまだ実戦向きではないことを確認して、もう一度剣を握ってみる。そして両手で一振り二振り。両手ならまあ少しは楽に振れるかというところではあるが、これが炎を纏えば扱いはさらに難しくなりそうだった。

「軽くするのが最優先じゃねえかな。あとは点火と消火が自由に出来たらいいと思うけど。これって誰用?」

「ラッド兄さん。だけどいずれは海岸近くの騎兵隊に配備したいって」

「ラッドさんて乗ってるのって火竜?」

「そ」

「じゃあさ、炎ならドラゴンが噴けるだろ?炎の剣にしなくてもよくないか?」

火竜なら乗り手は冷気とか毒霧を撒いた方が良いのではないか。ククールは単純にそう考えたのだが、ディアンはそれはできないのだという。

「ドラゴンの方がさ、自分と違う属性を嫌うんだよ。それに、ドラゴンの属性に合わせて鎧も氷竜の乗り手には冷気に強いように、火竜の乗り手なら炎に強いように作ってある。だからフィンには冷気で兄さんには炎」

「そうなのか。鎧も特別仕様なんだな」

「鎧の下にはインナースーツを着込んでいて、熱にも冷気にも強くできてるし、マスクは毒を通しにくい設計だ」

どうだと言わんばかりのディアンにククールはただ感心するばかり。

そして面白いものだとも思う。国が違い、敵が違えば武器も防具も変わる。

ククールはもう一度剣をまじまじと眺めた。こうして武器を作る職人あってこその戦士。ドラゴニアに来たばかりの頃、武器がなくてただ逃げることしかできなかった日を思い出す。

ちょっと礼でも言っておこうかとディアンの顔を見ると、眉を寄せて険しい顔をしていた。

「……今ので思い出した。火竜のブレスを使ったらまずいのかも」

「?なんで?」

「うちの騎士団の、特に騎竜隊は野生化した凶悪なドラゴン討伐とか、ドラケイオスのドラゴンに対抗できるように組織されてる。つまり敵はドラゴンだ。ドラケイオスのドラゴンは毒竜が主流だから、騎兵隊にも氷竜のブレスを持たせるのはいいんだけど」

毒竜の毒は氷竜のブレスが中和できるというあれのようだ。

「火竜のブレスが毒竜を興奮させてしまわないかなあ。普通の火のほうが、敵意を削ぐ効果は期待できるかも」

ぶつぶつと一人言を呟くディアン。そして勢いよくククールの方に向くと、

「ククール!軽量化と点火消火、どうにかなるかも!!」

そう目を輝かせるディアンに、ククールは礼を言いそびれたのだった。



あっという間に過ぎた二週間。

城下町の北側にある、コロッセオのような円形の闘技場にフィンはディアンとククールとともに来ていた。

闘技場の周辺は露店が並び、頭上には色とりどりの旗が掲げられている。所どころで楽の音も聞こえ始めた。

現在午前十時。ククールの御前試合は午後二時から始まる。

「すげえ。ドラゴニアの祭りってこんなんなんだ」

「これは御前試合だからな。大漁祈願とか豊作祈願の祭りになるとまた雰囲気が違うぞ」

「祭りってさ、礼拝堂に集められて王様のありがたくないメッセージをおっさんが読み上げるもんだと思ってたよ」

「…なんの修行だ、そりゃ。それ、祭りっていうのか?」

四時間後には闘技場の真ん中で試合しなければならないというのに、ククールはリラックスモード。

フィンがあたふたしても仕方がないのだが、状況を分かっているのかと不安になる。

『チューエンに勝ったらぜひ騎士団に入団していただきたい。しかもゴールドクラス』

それはいいとして、

『一度でも負けたら、バクペイドに帰ってもらおうかな』

という約束をケンショウと交わしているのだ。

バクペイドからの帰路、船でケンショウはこうも言った。

『ククールが帰りたくないと言えば、国は全力で彼を守るよ』

帰りたくない、とはククールは一言も言っていないのだから守るも守らないもないのだが、こんな見世物じみたイベントを開いてまで何がしたいのか。ケンショウの狙いや思惑はなんなのかよく分からない。

悪い人ではないのは確かだし、信じていればよいのかもしれないが、もやもやは簡単には晴れるものではない。

そんなフィンの心裡などククールはどこ吹く風。

「おお、美味い。これなに?」

「たこ焼き。見たことねえ?」

「ない。前言ってたかき氷って?」

「この先行ったとこ。かき氷って知ってんのか?」

「知らない」

「マジか。そこからか。時間足らねえわ」

当の本人がこの状況を満喫しているのだから、心配しているのがバカバカしくなる。

ディアンもディアンだ、連れまわしすぎじゃないのか。

無意識に二人を睨むフィンに、ククールが気づく。

「?フィン、どうした?なんか怒ってる?」

怒っている訳ではないのだ。言葉にするとしたら。

「そんなに遊んで大丈夫なのか…?」

ということ。

これにはククール本人が答えず、ディアンが笑う。

「大丈夫だって。フィンと一緒にするなよな」

「一緒ってなんだ?」

ディアンが悪い顔をしている。

こんな顔をするとこいつはろくなことを言わない。

「御前試合って定期的にやってて、騎士団員の中からランダムで出場者は決められるんだよ。フィンも選ばれたことがあるんだけどさ」

「おい、ディアン!!」

何を言うつもりか察しがついて、フィンはディアンを制止するが、ディアンのおしゃべりは止まらない。

「フィンてば上がり症なもんだからずっと青い顔しててな、試合終わるまで何も食えなくなっちまってたんだよな」

「へえ」

バラすんじゃねえよ!と怒鳴りつけたいが、ここは公衆の面前。騎士であるフィンがそんなことはできず、後で覚えていろと心の中で毒づく。

大きな溜め息とともに、

「大丈夫ならよかったよ。俺は食う気しないから、二人で回ってろよ」

そう吐き捨てた。

我ながらガキか、と思うが今はこのイライラもやもやを振り払いたくて、フィンは二人に背を向けて歩き出す。

ところが。

「フィン」

と呼ばれてククールに腕を掴まれる。

「心配してくれたんだな、ありがと。けど、本当に大丈夫だし、この状況が楽しいんだ。バクペイドになかったから」

「……そうか」

「だからさ、一緒に回ろうよ」

楽しんでくれるならそれでいいか。

と、唐突に閃く。

もしやこのイベントはククールに帰りたくないと思わせる為のものではないかと。

ケンショウならやりそうだが真偽は確認しようもない。

しようもないが、ククールが楽しいならもうそれでいい。

そう開き直ったら空腹を覚えたフィンであった。


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