第4話

ヒューゲルグでオーロラとリョクに合流し、ククールは今度はリョクに乗せてもらってサンクル山を囲む森に来ていた。

サンクル山は自然よりも岩肌が目立つ。ここは特に良質の鉱石が採れるのだとか。

それはさておきククールは言われるがまま、籠を背負ってリンゴの仲間だという果物をもぎ取って行く。時折オーロラやリョクに食べさせるとうっとりと美味そうに目を細めていた。

「なあ、どれくらい採ればいいんだ?」

「その籠にいっぱい」

「へえい」

指示を出したフィンは木にもたれて座っている。軽度とはいえ、掌の凍傷のため休めと言ったのはククールだ。そのためレイと二人で籠を埋めていく。

すると水の音が聞こえたのでそちらに行くと、さらさらと綺麗な川。その向こう側にも黄色の実が見えた。

「なあ、川の向こう側に黄色のあるけど?」

「じゃあそれも。赤いのより酸味が強くて、シェイラおばさんがジャムにしてくれると美味い」

「けど川」

「オーロラ」

フィンがオーロラを呼ぶと、オーロラはふてぶてしくもククールを背中に乗せてくれた。

立乗りはさすがに控え、オーロラとともに川の上を飛ぶ。

聞いただけで美味そうなジャムのために、黄色の実を取り始める。

辺りと籠を見比べ、そろそろいっぱいかという頃。

遠くのような、近くのような場所で…何かの動物の鳴き声が聞こえた。

「⁇」

見回しても姿は見えず。

気のせいかと思うとまた聞こえる。

オーロラにも聞こえたようで、キョロキョロと周囲を見ていた。

茂みに声の主がいるのかとちょっとのぞくと、目の前に飛び出した何か。

「きゅいっ!!」

と元気に飛ぶそれは一見すれば翼の生えた蛇。見たことのない動物。

そいつがストンとククールの腕に入ってきた。大きさも重さも成猫ほど。

翼はドラゴンのそれとは違って羽毛のようにふわりとした手触り、体は蛇のようにひんやりとしてキラキラとした薄緑の表皮だ。

見れば見るほど、正体がわからない。ここはドラゴニア、ドラゴンの一種かもしれない。

きゅいきゅい鳴くその生き物はククールの袖を噛み、どこかへ連れて行こうとする。

「おいおい、どこ行くんだよ?!」

強引に引っ張って行かれた先は、それほど高さはないが、崖。

崖下にはその動物と同じ形の、大きな大きな生き物が横たわっていた。

「え?あれって?」

ククールは崖を降り近くに寄るも、ピクリとも動かない。

「母さんなのか?」

そう言うと、ククールの腕の中でしょんぼりとしたような気がした。

何とかしてやりたくて、ククールはフィンとレイを呼ぶ。

「フィン!!フィーン!レイも!ちょっと来てくれ!!」

その声にすぐに反応してくれて、二人とリョクはやってくる。

「ククール、どうし……っ!!?!」

よほどの驚きだったのか、フィンもレイも、ドラゴンらしきその生き物を見て絶句した。

「え?どうした⁇なあ、これってドラゴン?」

ククールは不安になりそう訊く。

フィンとレイはおそるおそる小さな生き物と、その親らしき生き物を見比べていた。

そして、

「ケツァルコアトル……っ!」

二人して顔を見合わせ、そうつぶやいた。

「け⁇?なんだって?」

「ケツァルコアトル。神の眷属っていわれるくらい、珍しくて生態の分からないドラゴンだよ。」

信じられないという顔のフィンに、

「こっちは多分親なんだろうな…もう息がない」

レイはその生き物の目元を撫で、反応を探っていたが、残念そうにため息を吐く。

「そうか…」

ククールはそれ以上何も言えず、未だにすっぽりと腕に収まっているケツァルコアトルの頭を撫でてやった。

親がいないのはククールも同じ。

なんだか親近感を覚える。

「ケツァルコアトルがこの辺に棲んでたっていうのかな?結構人来るはずだけど」

なおも興味深そうに思案するレイ。

「さあな。一つの棲みかに留まらないのかもしれないし。ただ一ついえることは」

フィンも顎に手を当て、レイと視線を合わせた。そして、

「こんなに人に懐くのかってことだ」

口を揃えてそう言う二人。

「じゃ、こいつどうするんだ?」

「うーん…まず、ケツァルコアトルがここにいることは報告しないと。小さいのは人を襲うこともなさそうだし、放しておいたほうが良いかも」

ククールの問いには迷いながらも、フィンはそう判断した。

「まあ、そうか」

「ドレイク種とかだったら保護の対象なんだけどね。稀少すぎるから、人の目に触れないほうがこの子の為だよ」

レイがいうには誘拐されたり、見世物にされたり売られたり。そういう危険があるということ。

可愛いので名残惜しいが。

「じゃ、元気でな」

そう言ってフィンはケツァルコアトルを下ろした。ついでに収穫した実を分けてやり、頭を撫でて笑顔を向ける。

しかし。

「おい?」

パタパタと飛んで来たかと思うと、ケツァルコアトルはククールの頭に乗ってしまう。

「あのな、一緒には行けないんだぞ?」

ククールがそう言えば、ケツァルコアトルは頭をククールの頬に摩り寄せた。

可愛い。

連れて行きたい、そんな期待を込めてフィンを見るククール。

フィンも目を輝かせながらも眉を寄せるという複雑な表情。

「ダメだってば。稀少種を連れ歩くなんて。この子の為を思えば、心を鬼にしてくれ」

ピシャリとレイにそう言われてしまう。

もっともなことなので、もう一度ククールはケツァルコアトルを下ろす。

「ダメなの!わかったか?」

今度は敢えて冷たく、すぐに背を向けた。

ついて来ないことを確認し、ククールは安堵する。

「そろそろ行こうか。町に寄って買い物したらすぐ報告に帰らないと」

フィンの提案通りに一行はオーロラとリョクに乗って町へと向かって行った。



海の上を黒いドラゴンに乗って飛んでいるのはファルクス。

黒い表皮は時折緑に光り、毒特性のドレイク種だと分かる。

黒い鎧、面を下ろした黒い兜はドラゴンの嫌う匂いを塗り込めている。そうして肉食として育てたドラゴンに食われるリスクを減らしていた。

そしてドラゴンの口には噛みつき防止と毒霧無効化の効果を備えた口枷。

ファルクスは腰に剣と鞭を提げてカンセルギ港へ向かう。

見つかればすぐさま攻撃されるかと思いきや、港は閑散としている。ドラゴンの高度を下げても人が見当たらない。

ゲスバーディが乗っていったJ50号を探す。こちらも見当たらない。

代わりに、人の血より黒っぽい血の跡を見つけた。大量の血の割には噴き出した形跡ではなく、流れ出たという跡。その量から、J50号はもう倒されてしまったのだとファルクスは察知する。

ではゲスバーディーは捕まったか、殺されたか。例え死体でも連れて帰らねばならない。いずれにしてもまずは人を探さねば。

港を隅々までみても、やはり人はいない。

さては内陸に避難したか。

だとしたら当然の判断だろう。

しかし、ゲスバーディーを取り返すにはそうされては困る。

ファルクスは鞭でドラゴンを叩き、内陸へと飛び出した。

すると、すぐに無数の荷車、馬車が見えてくる。

ファルクスは追った。

避難する人民の中にゲスバーディーがいるかもしれない。 

速度を上げ近付くと、避難住民の護衛らしき騎兵がファルクスに気付いた。

弓を構えファルクスに向かって一矢放つ。

しかしかわすのに難はない。

やがて騎兵がファルクスの前に隊列を組んで並び、人々は悲鳴を上げて逃げていく。逃げられては困るので、ファルクスは彼らの前方に回った。

騎兵が次々と弓を構えるのが見える。ファルクスはドラゴンを止め、手のひらを翳して戦う意志のないことを示す。

「ゲスバーディー・ギュロンが失礼を働いて申し訳ない。まずは非礼を詫びさせてもらう」

腹から声を出し、まずは頭を下げる。

「ゲスバーディーの振る舞いの非道さ、重々承知している。勝手を申すのも心苦しいが、どうか身柄を引き渡していただけないか。死体でも構わない」

すると、馬車の一つから身を乗り出した金髪の男がいた。

「くぉらー!ファルクスてんめぇ!誰が非道だってんだ?!あぁ?!」

ゲスバーディーだ。残念ながら元気だ。

「黙れ、ゲスバーディー。ドラケイオスの人間が皆そうだと思われては困る。品性のない言動は慎め」

ファルクスはそう言ってゲスバーディを睨む。

「この男の罪、分からぬわけではないだろう。引き渡すことはできない」

騎兵隊の男がゲスバーディの引渡しを拒否した。そして続けられた言葉は。

「後ろから騎竜隊が来た。お前も、取り調べさせてもらう」

言われて後ろを見れば、ドラゴニアのドラゴンナイトが三騎見える。

戦いはできれば避けたかったが、仕方ない。こうなるのも想定の内。

鞭を構え、口枷と繋がった手綱を操りドラゴンを飛ばす。

「おいこらファルクスー!!さっさとたすけろやぁー!」

うるさい雑音は鞭を振って払う。突進してくるドラゴンナイトはファイアードレイクにアイスドレイク、それにポイズンドレイク一騎ずつ。

ファルクスは敵の間をぬって敵の持つ武器を狙う。

命を取るのは本意ではない。

ドラゴニアのドラゴンは体が小さく、ブレスの威力もドラケイオスのドラゴンに及ばないのだから、攻撃をかわすのは容易。

狙いを定めて、まずは炎が厄介なファイアードレイクに乗る騎士の持つ剣に鞭を打ち付ける。絡まればこちらのもの、一気に引いて武器を奪う。同時に立ち乗りしている騎士をドラゴンから落とそうと試みた。しかし、足が何かで繋がっているらしく、完全に落とすのは難しい。

それでもバランスは崩れたらしく、体勢を整えている隙に上からドラゴンごと体当たり。翼に剣で穴を空ければ一騎墜落させられる。この高さ、運が良ければ死なずに済むはずだ。

その後もファルクスの鞭の動きに翻弄させられたのか、意外にも呆気ない。

あっという間に、残りの二騎も地上に叩き落としてしまったのだった。



腕の良い武器職人が多く住む町ということで、フィンは折れた剣の代わりを購入しに行き、刀剣好きのククールもそれについて行った。ディアンに頼まれたといって鉱石を買ってきたのはレイ。

急ぐ帰途ということもあり、確かに良い武器が揃っているのにも関わらずククールも一振りの長剣を買うだけに止めた。

さて、荷物を確認し城下町までノンストップで行こうかという時。

オーロラに積んでいた籠がガタと動いた。シェイラの為に獲った果物が入っている籠だ。

蓋を開けて中を見れば。

「…さっきのケツァルコアトル?」

食い散らかした果実に混ざって、気持ち良さそうにすやすや眠るケツァルコアトルの姿。

「ついて来ちゃったのか…。参ったな」

困り顔で頭を掻くフィン。

「全然気づかなかった…どうしよう?」

入り込んでいたことに全く気づかなかったククールは申し訳なく、盛大に肩を落とす。

「ついて来るなら仕方ない。連れて行って団長に相談しよう」

レイの提案でそういうことになり、ククールがその籠を抱えた。そしてリョクに乗せてもらい、城下町に進路をとろうとする。

そこで、警報を鳴らして駆けてきた騎兵隊員がやってきた。

「ドラケイオスの悪竜、ヒューゲルグ西に出現!避難して下さい!」

それを聞いた人々はざわめき、一様に青ざめる。

騎士団員であるフィンとレイは、この警報があったら現場に行かなくてはならないらしい。

「ククール、すまないけど下りてくれ。ここの皆を守ってくれると助かる」

「分かってる。気を付けろよ」

仕方のないことだった。ドラゴンに対し、ククールは無防備すぎる。カンセルギでは運も良かった。

リョクから下りると、二人は兜を被り面を下ろして、猛スピードで去って行った。



以前とは違うドラケイオス兵の姿。黒いドラゴンに黒い鎧兜は同じ。なのに鞭を振るい、獰猛なドラゴンを自在に操っている様にゲスバーディーとの格の違いが現れている。

強敵だ。

フィンは瞬時にそう感じ取った。

買ったばかりの剣を抜いて構える。

スピードを出して向かっていくと、敵が気付いて鞭を鳴らした。

眼下には三騎のドラゴンナイトが墜落している。

まずは攻撃を控え、相手の出方を伺った。敵が鞭を振るうと、フィンの剣を掠める。反応が一瞬遅れていたら武器ごと体をもっていかれていたかもしれない。

「おおい、ファルクス!んなやつ放っておけや!」

ゲスバーディーの下品な声が木霊する。

そしてこの敵の名を知った。

ファルクス。

こいつが、ドレイク種の特性操作をしているという責任者。

ならばゲスバーディーの下衆野郎よりはよほど情報を持っているはず。

「お前がファルクスか。聞きたいことが山ほどある。あの下衆より役に立ちそうだ」

ファルクスを挟んで向こう側にレイが飛んでいる。同時にかかれば的を絞れない。

レイとはこのような演習を重ねて来ているのだから、うまくいくはずだ。

そうフィンは確信していた。

オーロラとリョクが動いたタイミングは同じ、どちらに仕掛けるか一瞬の迷いが敵に生まれる。その隙をつくのは氷竜であるオーロラとフィンだ。

レイはリョクとともに敵近くでフェイントを駆使し、攪乱する役割。

だが、敵は一直線にリョクを狙っていた。

そこに迷いはない。

「!!レイっ!!」

オーロラとフィンはまるで眼中にないように、リョクの翼に鞭を絡めて墜落させたファルクス。

そしてそのことで隙ができたのはフィンのほうだった。

ファルクスは、今度は鞘に収まったままの剣でフィンの体を叩く。

力技のそれに小柄なフィンは呆気なくバランスを崩してしまった。

まずい!

そう思ったが、すぐに体勢を整えることができた。墜落したと思っていたレイとリョクがファルクスの乗るドラゴンに攻撃してくれたからだ。

リョクがドラゴンの首に噛みつき、レイがランスを構える。

レイが一突きすればドラゴンの首は落とせるだろう。

しかし、その前にファルクスは剣でリョクの頭部を狙うものだから一度離れざるをえない。

そんな攻防に、

「ファルクス!おいこのボケナス!!なんで殺しちまわねえんだよ?!」

喚くゲスバーディ。

それにファルクスも辟易しているらしい。

「うるさい。喚くな」

そう一蹴するファルクスだが、その声を聞いてフィンは驚いた。

ククールの声によく似ていたからだ。

「……応援が来てしまったな。もうここまでだ」

振り向くと、遠くからほかのドラゴンナイトが飛んでくるのが見える。その数、およそ十騎。

「ゲスバーディ!!」

ファルクスがゲスバーディ一直線に飛ぶ。その速度、今までの戦いの比ではなく速かった。

「待てっ!!」

フィンとレイはそう叫び、それを追う。

ファルクスは地上にいるゲスバーディの髪をひっつかんだ。

「いて――っ!!てめえファルクス!!覚えてろよ!!」

案の定悲鳴を上げるゲスバーディ。

ダメだ。

ゲスバーディも連れていかれる。

そんなことはさせない。その一心でフィンはぎりぎり届くところでファルクス目掛けて剣を振るった。

しかしそれをファルクスは屈んで躱す。

「チッ!!」

剣は、勢いで外れた兜に当たった。

その下に現れた顔を見て、フィンは驚愕する。

ククールに瓜二つだった。

「……っ!!」

どういうことだと考える間もなく、ファルクスはさらに驚きの行動に出る。

剣をゲスバーディに向けたかと思うと、その首を刎ねてしまったのだ。

驚きのあまり声の出ぬフィン。

「……死体であっても構わないといったはずだ」

そう言い残して、ファルクスは去って行った。

ズキリと痛む手のひらの凍傷よりもずっと、胸の方が痛んだ。



サンクル山の麓、ククール達は騎兵隊の護衛の元、息を潜めるようにして情報を待ちわびていた。

籠の中のケツァルコアトルも目を覚ましてしまい、きゅいきゅい鳴くのを宥めるのが大変だ。

ドラケイオスのドラゴンはどうなったのだろう。フィンとレイは無事なのか。

時間の流れがやたらに遅く感じたが、陽が落ちる前にようやく、フィンとレイらしき姿を見る。

しかし、兜の面を上げた下にあるその顔は神妙で、なにかがあったことは確かだった。

なんと声をかけようかと考えていたら、地上からは騎兵隊の一団もやって来ているのに気付く。

町の人はわっと沸いてやって来た騎士団を迎え入れたが、彼らも浮かない顔。

ククールも籠を抱きながらフィンとレイの元へ行こうとした。

その時、昨日馬術指南をしたカンセルギの騎兵隊長がククールの前にやって来る。

そして信じられない言葉を告げた。

「ククール・レンカン、ドラケイオスからのスパイ容疑で拘束させてもらう」

「……えぇ!!」

まったく身に覚えのないことだった。

何故急にそんな話が出るのも不可解。

だが、無情にも手には枷が付けられてしまう。

フィンとレイに視線を向けた。

そして目で訴える。

なんでこんなことになった?

「隊長殿、待って下さい。ククールは逃げも隠れもしていません。話を聞くなら、手枷は必要ないのでは?」

そうフィンが庇ってくれているが、レイの方は冷静だ。

「フィン、一時のことだよ。本当に潔白だったら、今は言う通りにするべきだ」

「これではまるで罪人だ!」

「信じたいのは分かるけど、騎士なら客観的にこの状況を分析してごらん?ファルクスの顔を皆が見た、声を聞いた。無関係だというのには無理がある」

フィンが拳を握りしめている。

フィンとレイの会話を聞いても、話が全く見えない。

「フィン殿、レイ殿の言う通りです。それに非常に言いにくいが」

そう言いながら、騎兵隊長がククールを一睨み。

咳払いをして続ける。

「今となっては、ドラケイオスの仲間だからこそ、臆せずにドラゴンに向かっていけたのだと思っている」

「……」

良かれと思って、なんとか力になりたくて。

ドラゴンに向かっていったことが、まさかそんな思いを抱かせたとは思いもよらず。

ククールはケツァルコアトルの入った籠を置く。そして、両手を揃えて差し出した。

「ククール…?!」

心配そうなフィンの声。彼は信じてくれているのだろうか。真意は分からないが、ククールは笑顔を向ける。

「俺にはなんのことだかさっぱりなんだけど。そっちには俺をこうする理由があるんだろ?」

抵抗してもあらぬ疑いを深めるだけ。

ならば大人しく縄についた方が、フィン達の立場も危うくはならないはず。

ククールはそう判断したのだった。

「フィン、そいつのこと頼んだよ」

そいつとはケツァルコアトルのこと。

フィンは何か言いたげに、けれど結局何も言わずに頷いただけ。

ククールは何故か血にまみれた護送車に乱暴に乗せられたのだった。



護送するならドラゴンの方が速いだろうに。

と思っていたククールだったが、城の中の一室、審議室に入れられて理由が分かった。

コの字型に机と椅子が並べられ、その後ろには傍聴席。すでに部屋にはたくさんの人が集められている。

姉のインティアナもいた。ククールと同じように手枷を嵌められて中央に立たされている。ククールは姉の隣に立たされた。

姉と会話していい雰囲気もなく、あたりを見回すククール。

正面の机には騎士団長、ダグダーラムと、派手な赤橙の長い髪の男性。召し物から察するに、かなり高い地位の人ではあるまいか。

右手側の机にはフィンとレイ、カンセルギ港の騎兵隊長、そのほか数人が並んで座っている。左手側にはラッドと、それ以外に知っている顔はない。

さて、一体どうしてこんな事態になったのか。

と思ったらすぐに、ダグダーラムが口を開いた。

「それではこれより、ククール・レンカンのドラケイオススパイの容疑に関して第一回目の審議を開始する」

第一回目ということはこの先もあるのか、とげんなりしながらも促されて一礼する。

「ではまず、ククール・レンカンにインティアナ・レンカン。我々が何故、あなた方に手枷を嵌めたのか理解しているか?」

「いいえ」

護送中でも何も説明してくれず、ククールは未だに『何がなんだか』状態だ。早く説明しろと叫びたいのを、ククールはぐっとこらえる。

「私も、まだ何も聞いていません」

インティアナもそう答えた。

それを聞いて、赤橙の髪の男性が目を見開く。

「おいおい、誰もここまでなんの説明もなしか?!どうなっている⁇」

よく通る声に、室内の皆が委縮した。

「申し訳ありません、陛下。ドラケイオスの問題は慎重に進めるべく、彼らへの説明を控えておりました」

答えたのは騎兵隊長。

その発言でククールは、赤橙の髪の男性がドラゴニア王国の国王だと知る。

名は確か、パトラ=シード・ジューロイ。

あれ?ジューロイ?フィン達と同じ姓だ。では違ったか。

そんな場合ではないというのに、いやこんな時だからこそか。ほんの些細なことに気を取られてしまうククール。

集中しろと自分を叱咤するように頭を軽く振ると、国王が声を低めてダグダーラムを睨んだ。

「ふうん……じゃ、身に覚えのないことで手枷を嵌められている状態なわけね?」

国王に睨まれてもダグダーラムは眉一つ動かさない。

仕方なしと言わんばかりに国王は溜息を一つ。

「悪かったね。このダグダーラムがすぐに説明するから」

拳をこつんと団長に充て、今度はダグダーラムが口を開く。

「…我が国、ドラゴニアとドラケイオスは今敵対関係にあることは知っているか?」

インティアナとともに、ククールは頷いた。ドラグーホン大陸は閉鎖された大陸ではあるが、両国の関係悪は世界的にも有名な話である。

ダグダーラムは机の上で手を組みながら続けた。

「二人が入国した日も、ドラケイオスの凶悪なドラゴンと兵士がカンセルギ港を襲撃したのも知っての通り」

これに対しても頷くククールとインティアナ。

ダグダーラムは、今度は手元の書類をちらと見る。

「ドラケイオスは海を渡れるドラゴンを育てることに成功したらしいが、これは我が国にとっては脅威。そしてその脅威を生み出したとされる人物がファルクスという名であることが、二度目のカンセルギ港襲撃で明らかとなった」

フィンとレイが取り調べをした兵士からの情報だろう。

無意識にフィンとレイに視線を向けると、彼らは視線を伏せていた。その表情からは心裡は分からない。

「港襲撃犯の護送および、人民避難の最中にそのファルクスはドラゴニアにやって来た。そしてその顔と声を、騎士団騎兵隊員を中心に多くの人間が知ることとなったわけだが」

ダグダーラムは一呼吸、溜息のような息を吐く。

「髪色に目の色、声、顔立ち。ククール・レンカンよ、お前に瓜二つだったという」

なるほど、そういうことか。

インティアナが驚いてククールの顔を見る。

敵兵士と顔が瓜二つと言われてもククールには心当たりのない話ではあるが、そりゃ手枷も嵌めなければならないわけだと納得する。

「さて、知っていることはないか?言いたいことでも良い」

ダグダーラムの問に、先に返したのはインティアナだった。

「あの、それはファルクスという男との血の繋がりを疑われているということでしょうか?」

「そうだ。インティアナ、貴女の弟は双子だったのではないか?」

「いいえ。バクペイドでは双子のような多胎児は法律で禁止されています。一緒に育つことはできません」

姉の言葉に皆がざわつく。そんな馬鹿なという声が色々なところで聞こえた。信じてもらえていないということだろう。

ダグダーラムは続けて尋ねた。

「もし双子が生まれたらどうする?」

「売りに出されます」

「それではククールがもし双子の兄弟がいたとして、共に育つことは無理であると?」

「はい…」

「しかし双子ではない親族であるならどうだ?普通の兄弟や従兄弟でも顔が似ることはあるだろう」

「それは、私達は親戚関係が希薄で…」

従兄弟の顔も知らないということはバクペイドでは普通のことだ。血の繋がりよりも住んでいる場所での関係の方が深い。同一の一族が分散して暮らすことが多いのは、戦の多いバクペイドで血統を保持するためだと言われている。

「ダグダーラム団長、発言よろしいですか?」

そう言って挙手したのはカンセルギにいた騎兵隊長。

ダグダーラムが頷くのを待ってからククールを睨みながら話し始める。

「そもそも、彼らは本当にバクペイドの人間なのでしょうか?ドラケイオスの生まれ、育ちの可能性もあります。いや、ファルクスと顔があれだけ似ていれば、ドラケイオスで生まれた双子と言われた方がしっくりくるではないですか」

まさかそうくるか、とククールは愕然とする。どうあっても、ククールをスパイにしたいとでもいうのか。インティアナを見れば青ざめていた。

「そう言っているが?」

「違います。ドラケイオスには足を踏み入れたこともありません」

ダグダーラムが確認を取ってくるが、ククールは即座に否定する。嘘偽りのないことだ、団長の目をまっすぐ見つめた。

「それを証明できるか?」

証明とはまた無理難題だ。

そもそも何をどうすれば信じてもらえるのか。

騎兵隊長を筆頭に、ククール達を見る目が厳しい。

どうすればいいというのか。半ば諦めそうになった時。

「あの、私からも発言よろしいですか?」

今度手を挙げたのはラッドだった。

「彼らがドラケイオスのスパイだというのならバーロン・オーガンはどうなりますか?元々は彼との結婚のために来国したはずです」

彼は騎兵隊長に向かってそう言った。

騎兵隊長はラッドをも睨む。

「考えられるのは、バーロン・オーガンもスパイであったこと。それから、この二人がバーロン・オーガンの婚約者とその家族のなりすましであること」

騎兵隊長のこの発言に再び周囲はざわめく。

よくもまあそんなことが思いつくものだと、ククールは感心と諦めと複雑な気持ちになった。

「バーロンの生まれもドラケイオスであると?それこそ何をもって証明しますか?」

「入国時審査の書類を精査する」

「それになりすまし?いくらなんでも、飛躍しすぎの感がありませんか」

「こちらの思いもよらぬ作戦を遂行しているのだとしたら、飛躍だとか突飛だとか言っておられん。バーロン・オーガンが死ねば、なりすましだとばれることもない」

「まるで彼らがバーロンを殺したような言い方だ!」

「違うと言い切れるのか?!ならば証拠を出せ!」

会話を聞きながら成り行きを見守るククールだが、さすがにバーロンまでドラケイオスのスパイだとか自分たちはなりすましだとか言われれば腹も立つ。

しかしなにも言い返せる材料はない。喚けば喚くだけ、こういう場合には不利になる。それでも、悔しさからククールは拳を強く握り、奥歯をきつく噛んだ。

「この二人は、バーロン本人から聞いた婚約者とその弟の特徴そのままです。なりすましなんかじゃない!」

饒舌な弁でククール達を擁護してくれているらしいラッド。

しかし騎兵隊長も引かない。

「あらゆる可能性を考えて慎重に審議を進めるべきだと言っているだけだ。スパイではないという潔白を証明してみればよろしい」

「スパイという証拠ならあるとおっしゃいますか?」

「ファルクスの顔を見た者なら一様に、それこそが証拠だと声をあげるだろう!」

騎兵隊長が言えば、それに呼応するように歓声が上がった。

詰んだ。

そんな印象しかない。

たかが顔でここまで疑われるとはククールも思いもよらなかった。

拷問とかされるのか?なにか知っているなら喋るけど、あいにくなにも知らない。本当に知らない。自分にそっくりの男だなんて、こっちが聞きたい位だ。

すると、それまで顔を伏せていたフィンが手を挙げる。

「私がバクペイドまで行ってきます!二人が入国の際に申請した出自や職歴の記録、あれが本物かどうか調査させて下さい!バーロンさんの分も!」

そう言ってくれた。四面楚歌のこの状況、若い彼がそう声を上げるのは勇気が要るだろう。だからこそ、驚いた。皆が驚いている。

「…バクペイドへの調査が必要なのは分かる。しかし調査員はこちらで選ぶ」

ダグダーラムの返しにフィンの顔が曇った。

しかしククールにとっても助け船を出してくれたのは意外な人物。

「なんで?フィンが行くって言ったんだから行かせてやりゃいいだろ?」

パドラ=シード王である。

「陛下、事の公平性、中立性を考慮すればこその人選を」

「別に一人で行けなんて言ってない。中立っていうなら…」

パトラは審議室を見渡す。

「フィンの他に、誰か行きたい奴いる?」

それにはレイとラッドが挙手した。

しかし、

「ラッドはまだ療養中だろうが。レイも駄目。そうだな、ファルクスの顔を見てない奴で…」

レイとラッドは却下されてしまう。

国王は腕を組んで、再び審議室を見た。

しんと静まり返った室内で、あろうことか寝息が聞こえる。

その人物の周囲にいる人間は皆青ざめ、彼女を起こそうと肘で小突いたり肩を揺すったり。

ようやく目を開いた女性を、国王は指名した。

「よし、ナデシコ・ニッタ。お前行ってくれ」

「……はい。…?」 

大丈夫か、そんな決め方で。

そうは思っても、何もいう権利なんてない。

ダグダーラムも溜息を吐いている横で、国王は言った。

「最後に、ククールにインティアナ。言っておきたいことはあるか?」

その質問にインティアナは首を横に振る。

ククールは気がかりなことが一つ。

「あの、俺がフィンとレイと一緒に見つけたケツァルコアトル?はどうなりますか?」

「あぁ。そうそう」

思い出したように国王はレイの方をちらりと見た。

「悪いけど、君をまだ出せる状況にないからしばらくはフィンとレイで面倒を見るよ。だから、フィンがバクペイドに行くならレイはその子の世話をしなくちゃ」

「はい」

そう返事をしたのはレイとククールが同時。レイが世話してくれるなら大丈夫なのだろう。そもそも、ククールよりよほどドラゴンの知識に富んでいるのだから。

「他には?」

それだけ聞ければあとは何もない。

ククールがそう言うと、第一回目の審議会はお開きとなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る