第2話

ドラグーホンという大陸は世界地図でいえば北西に位置する。

ドラゴンの生息数が世界にも類を見ないほど多く、それが外の人間達からすれば畏怖であり、脅威であった。つまり悪所、異端として見られているのである。

そんなドラグーホン大陸には南北に走るアッソロー山脈を国境として、西にドラゴニア王国、東にドラケイオス帝国が存在する。ドラゴンを育て、共生するという共通事項はあれど、その性質は正反対。

ドラケイオスはドラゴンの残忍、凶暴という性質を利用し、兵器としてドラゴニア侵略のための道具として扱っていた。

対してドラゴニアは、ドラゴンは育て方によって人間のよき友となれることを古くから知り、ドラゴンと人が一体になったドラゴニア騎士団騎竜隊を結成。通称、ドラゴン騎士団。隣国ドラケイオスの侵略に備えるとともに、戦力以外でもドラゴンの可能性を探り良好な関係を築いていた。

ドラケイオスの脅威は年々高まるなか、遂にドラケイオスが最新兵器を生み出したのである……。



白い花が種類多く飾られた立派な祭壇。入れ替わり手を合わせに訪れる人々、すすり泣く声。ちらりとインティアナを見れば、時折涙を拭っているものの、しっかりとその様子を見ていた。目に焼き付けるように。

バーロン・オーガンはいろんな人に愛されていた、それを物語っている光景といえよう。

だからこそ考えてしまう。何故、逝ってしまったかと。

ククール達が聞かされたのは、ラッド・ジューロイが瀕死の状態でバーロンの首を抱えて帰ってきたということ。

何があったのか、ラッドだけが知っているということになる。

そのラッドも、いまだ意識が戻らずバーロンの葬儀にも参列していない。

聞いたところでバーロンが生き返るわけでもないが、それでも首しか残らぬという悲惨さはなぜ起きたのか、ククールは知りたいと思っている。

やがて一通りの儀を終え、皆一様に泣きながらそれぞれの帰途へと向かっていった。ククール達はシェイラの世話になっているわけだが、早いところ身の振り方も考えねばならない。

今後はどうしようか、そう姉に相談しようとした時、周囲が急にざわついた。

インティアナと顔を見合わせる。

シェイラが何事かとそちらに向かうと、誰かの声がした。

「ラッド!!」

叫んだのは騎士団長ダグダーラム。ラッドという名前にククールも駆けつける。

「お兄ちゃん!」

アンミールの声、それにフィンともう一人銀髪の少年、ラッドと呼ばれた男の元へ駆けつけた。

長身で眩いほどの金髪、苦し気に歪められた瞳は赤橙。彼は冷や汗を流し、よろよろと歩いてきたかと思うと遂には膝を地につけてしまう。

「ラッド、意識が戻ったのか」

ダグダーラムはラッドに優しく声を掛けた。

ラッドは腹を押さえ、全身を震わせながら涙を流す。

「バーロンっ……」

精一杯絞り出した声でラッドはバーロンの名を呼んだ。ダグダーラムがラッドの肩を優しく叩く。

「ラッド、バーロンの体を持ち帰ってくれたのだろう。おかげで、ちゃんと式が行えた」

ダグダーラムの声が届いているのかいないのか、ラッドは祭壇をまっすぐに見据えていた。

「俺が…っもっと…早く駆けつけ……ていればっ…っ!」

唇をきつく噛み、絞り出すような泣き声に周囲にいる者も一層涙を流す。

「すまないっ…バーロン……」

体の震えが収まらないラッドに、アンミールが心配そうに声をかけた。

「お兄ちゃん…。病院に戻らないと…」

見ると腹に巻かれた包帯には血が滲んでいる。それでも祭壇に向かって歩こうとするラッドを、ダグダーラムが止めた。

「ラッド、お前はまずケガを治すことを考えるんだ。それがバーロンのためでもある」

ようやくダグダーラムと顔を合わせたラッド。フィン達が肩を貸してよろよろと立ち上がる。

それをただ眺めていたククール。聞きたいことはもちろんあった。

しかし、今それを尋ねるのは酷だろう。おそらく意識が戻ったばかり。ダグダーラムのいう通り、治療に専念させねばならない。

分かってはいる。呼び止めたい気持ちをぐっと堪え、ククールはその姿を見送ったのだった。



住むところを変えることになった。

いつまでもシェイラの家に世話になるわけにもいかないので部屋を紹介してほしいと彼女に頼んだところ、バーロンが住んでいたところとは別のシェイラの長屋を紹介してくれた。空きが出来たのだと言う。ちなみに彼女が経営する長屋はあと三つあるらしい。

となると、次に考えねばならないのは仕事。

インティアナはすぐに飲食店の給仕の仕事を見つけてきたが、問題はククールだった。

騎兵隊だったククールは馬術と武芸以外に特技と言えるものがない。それ以外のことはやったことがなく自分が何をできるのか未知数なのだ。ちなみに学といったものはからきし。

ということをシェイラの家に突撃し、相談していた。

「騎兵だったんならさ、うちの騎士団も騎兵隊はあるけどね。主に海に近いところで」

シェイラは茶を淹れながらそう話す。

「そうなんですか?」

「ドラゴンは海を嫌うから。ドラゴンナイトは内陸側にしかいないよ。そのかわりのドラゴニア騎士団騎兵隊だよ」

しかしそれでは姉と離れることになる。バーロンが亡くなってまだ日が浅い。一人にさせたくはない。

シェイラもそんなククールの気持ちには感づいているようで、

「そうそう、城下の憲兵ならどうだい?」

そんな風に城下での仕事を勧めてくれる。

だが城下の憲兵はすでにククールも考えていた。

雇ってほしいと懇願した結果は…

「憲兵は門前払いでした。二十歳以上じゃないとダメだったようで」

溜息交じりに茶を啜り、そう愚痴めいた声を出すククール。

「ああ、ククールは十八だったか。ここらの仕事は二十歳以上が多いからね。……あっ!」

シェイラも茶を啜ったかと思うと、何かを思い出したような声を出す。

「アンミールとフィンの弟でさ、ディアンていう子がいるんだけど。ほら、葬儀でフィンと一緒にいた銀髪の男の子。武器職人なのさ。そのディアンがね、対ドラゴン用の武器を作るのに協力してくれる剣士がいたらいいのにってよく言っているよ」

「協力?」

「試し打ちとか試し斬りとかだってさ。ドラゴンナイトのフィンやラッド達は公務があるからなかなか頼めないようだよ」

「へえ…」

対ドラゴンの武器、というのにククールは興味を引かれた。当然普通のとは違うのだろうが、ククールには想像もつかないことで少しワクワクする。武芸好きのククールは刀剣好きでもあった。

「一度ディアンに話を通しておこうか?」

「はい、是非」

「じゃ、今夜はうちでご飯食べなよ。アンちゃんもフィンも誘ってさ。姉さんにもそう言っておいておくれ」

そういうことになり、ひとまずなんとかなるかもしれない安堵からククールはお茶請けとして出されていたガトーショコラを大口で頬張ったのだった。



一体誰が言い出したのだったか。

シェイラの家に集まったククール、インティアナの姉弟とアンミール、フィンにディアンを加えた姉弟。

気が付けば本題もそこそこに、始まったのはカードゲーム大会。

「違う違う、そのカードより出すならこっち」

初めて見るカード、初めて知るルール。当然のことながらククールは苦戦を強いられ、横にはディアンが付きっ切りで指導してくれている。

「え?なんでだっけ?」

眼を丸くしてディアンに問えば、

「相手の役が揃うのも妨害しねえと。ほら、強い役じゃないけどさっきフィンが取ったカードと、それでもうリーチになっちまう」

と言って実に懇切丁寧だ。

ごくごく近い距離で、緑っぽい銀髪が照明に当たりキラキラ煌めく。金髪のラッド、アンミール、フィンとは違う色合いだが、時折緑味が強くなるとフィンの髪と近くなるようだ。目の色も、ラッドは赤橙、アンミールはピンクよりの紫、フィンは群青でディアンは金色。見事にバラバラ。複雑な家庭環境かと思いもしたが、フィンとディアンの顔立ちはそっくり。

しかしククールの対戦相手のフィンとは性格が違うらしく、寡黙であまり表情が変わらないフィンに対してディアンはよく喋るしよく感情が顔に出る。

なんて考えていると、隣からインティアナと対戦しているアンミールの高い声。

「また負けたー!ねえ、インティアナってホントに初めて?」

「初めて。でも私、カード運強いの」

にこりと笑ってインティアナはカードを揃える。

その様子にククールの頬も緩んだ。

良かった。

カードに興じて姉が笑えるようになったのがククールはうれしい。アンミール達のおかげなのは間違いない。

などと女性陣に気を取られていると、ディアンが肘で小突いてきた。

「ほらほら、ククール。山から一枚引く……チッ……揃わねえ。お前はカード運ねえな」

「……」

そんなこと言われても所詮は遊びのカードゲーム、プロのギャンブラーでもないのだから舌打ちされる筋合いはない。

ないのだが、一応手取り足取り教えてもらっているので黙るククール。

するとフィンがカードを取り、役が揃った。

「もらい、四光」

「あ――!!」

悔し気な声を上げるディアン。ククールはといえば、なにが揃えば四光だっけと頭を酷使して少々疲れ気味。

「よしフィン、次は俺と勝負しろ!」

ディアンはそう息巻くが、ここでシェイラのストップがかかる。

「はいはい、これでおしまいにして!アップルパイ焼けたからデザートにしましょ」

同時に漂う甘い良い香り。

アンミールの顔が輝く。

「やったー!シェイラおばさんのアップルパイ大好き!!」

シェイラがアップルパイを切り分け、アンミールがみんなに配る。インティアナとフィンはお茶の用意に立ち上がった。

まだ湯気の立ち上るアップルパイは見るだけで分かる、美味しい奴だと。

知らず、ククールの顔も綻ぶ。

「インティアナもククールも、みんなと馴染んできたね。よかったよ」

そう言ってシェイラは涙を滲ませた。

心配してくれていたということと、今日の食事会もみんなと仲良くなるための一席だったのだと知る。

確かに年が近いであろうジューロイ姉弟は人柄が良い。

カードゲームのどさくさでみんな呼び捨て、タメ口に変わっていたが、果たして大丈夫だっただろうかと今更ククールは心配になった。

「ククール?どうしたの?アップルパイは嫌いだったかい?」

シェイラの言葉にククールは首を振ってアップルパイを口に入れる。

甘い。それでいてちゃんとリンゴの味もして、バターの香りとのバランスが絶妙だ。

「美味しいでしょ?!」

アップルパイを頬張りながらアンミールはどうだと言わんばかりの顔。

口を開かずにククールは首を今度は縦に振った。

他のみんなの顔をみれば幸せそうに、言葉少なにアップルパイを味わっている。姉も例外ではない。

「そういやあさ、ディアン。ククールのことお願いできるんだっけ?」

シェイラも自分の分を口にしながら、そうディアンに確認をする。

「一度お試しで」

話よりもアップルパイ。ディアンの顔にそう書いてある。

「そうだ、ククール。前に言ってた港の調査、明日の午後になりそうなんだ。行けそうか?」

アップルパイだけでなくお茶もちゃんと味わっているのはフィンだ。そういえばそういう約束もしていたとククールは思い出す。竜毒はもう完治したのでそれは問題ない。

問題あるとすれば、さっそく決まるかもしれない就職の方。

「ええと、ディアン…のところへは?」

「俺んとこは明後日からで大丈夫」

あっという間にアップルパイを平らげ、茶を飲むディアンはそう微笑む。

その返事を受けて、フィンからは、

「じゃ、十三時に迎えに来るから、家にいてくれよ」

そう指示された。

「は……い」

なんとなくさきほどの心配を思い出して、歯切れの悪い返しをしてしまうククールだが、目聡いのはアンミール。

「ククール、はいなんて言わなくていいよ。みんな兄弟兄弟!」

「いやでも、年齢」

求職を始めてからというもの、この国での仕事は二十歳以上の求人が多いことに気づいた。十八のククールにとって、働いている相手ならば年上の可能性が高い。なので、なんとなくタメ口を利くのは憚られた。

「アンちゃんとフィンとディアンは二十二歳だよ。ククールは十八でインティアナは二十三だろ?そう変わらないさ」

そうシェイラは語るが、いや、変わる。変わるのだが、指摘したいのはそこではなく。

「三人とも二十二?!」

「ちょっと、いくつにみえてたの?」

驚いたククールの反応に誤解したらしいアンミールの不満げな声。

「違う違う。てことはええと…」

「三つ子」

ぽつりと短い単語だけ発したのはフィン。

声もなく、顔を見合わせるはククールとインティアナ。

「そこまで驚く?珍しいといえば珍しいけど」

アンミールも逆に二人の反応に驚いている。

インティアナがその理由を話した。

「バクペイドでは双子とか三つ子とかの多胎児は許されない法律だったから」

「なにそれぇ?!」

怒りともとれる声音でアンミールは叫ぶ。

「許されないって、生まれたらどうするんだ?いや、生まれる前から分かるだろ」

困惑しているのはフィンと、

「まさか殺すのか?!」

とこちらも怒りの表情のディアン。

皆の問いにククールは短く答えた。

「売る」

「ど、どこに?」

そして三人のこの唱和である。

今度はインティアナが説明した。

「いろいろよ。軍隊とか、一般家庭とか、奴隷商人とか。人体実験施設とかも」

「おいおい、随分物騒だな……」

生まれる国が違えばそういう道をたどっていたのかもしれないジューロイ姉弟。ディアンは眉を潜めて苦々しく呟いた。

「今にして思えば確かに理不尽だよな…」

それに対して疑問を持ったことなどなかったが、どういう理由でそんな法律があったのかは定かではない。けれどそんな理不尽の中にずっと身を置いていたのだと思うと、ここに来られたのは僥倖といえよう。

ククールは残りのアップルパイを味わい、茶を飲んでやたらと見目麗しいジューロイ姉弟のカード対戦を静かに見守った。



ドラゴニアで生活するには地下街だけで用が足りるため、地上に出たのは実に五日ぶりだろうか。

本物の太陽光のまぶしさに目を潜め、あたりを見渡せば多くのドラゴンが空を飛んだり昼寝したりしている様が見える。

地上への出口から一本道でつながった先にはお城。そのほか建物も数棟建っている。

「ククール、こっち」

助けてくれた時のように鎧兜を着込んだフィンに促されて後を付いて行くと、着いたのは青系のドラゴンの群れ。

陽の光でキラキラ煌めく表皮や鱗がとても美しい。

その中からフィンのそばに飛んできた一頭のドラゴン、一見白っぽい体の色は角度を変えると薄い水色に変化する。眼は黒曜石のように真っ黒で穏やか。あの日フィンとともに助けてくれたのはこのドラゴンに違いない。名はオーロラ。

フィンと一緒にいるククールのことをじっと見つめたかと思うと、長い舌を出して頬を一舐め。

「冷たっ!!」

氷が触れたような冷たさにククールが驚く、とフィンは違う理由で驚いていた。

「珍しい…」

「え?」

「オーロラって結構ドラゴンの中でも気難しくてさ。俺以外の頬なんて舐めないんだよ」

「へぇ…死にそうだったから……可哀想とでも思ってくれてんのかな」

「さあ」

理由はさておき、オーロラはククールの回復を喜んでいるのかもう一舐めした。

「ひんやりして気持ちいいな、これ」

「氷竜だからな。火竜は逆に熱いよ。ほら、もう行くぞ」

クスリと笑いながらフィンはククールがドラゴンに乗るのを手伝ってくれる。

馬鞍のような巨大な鞍にククールが跨ると腰をベルトで固定された。フィンはその前に立ち、足になにやらのジョイントを固定して立乗りする。

「オーロラ、ヒューゲルグまで頼むよ」

フィンの言葉でオーロラは翼を羽ばたかせ、宙に飛ぶ。そのまま風を切って進み出した。

すごい勢いで流れていく地面を眺め、ククールは疑問を口にする。

「ヒューゲルグ?ってどこだっけ?港はカンセルギ?だよな」

いまいち地名が頭に入っておらず、記憶を辿るも思い出せないククールにフィンは丁寧に説明してくれた。

「港はカンセルギ港。ヒューゲルグはその手前。ドラゴンは海の近くにいけないから、ヒューゲルグから先は馬で向かう。国内にはそういう竜―馬中継ぎ地点がいくつかあって、それをつなぐと竜―馬中継ぎ線になる。その線から先へはドラゴンは行けない」

「ふうん。なんでドラゴンは海を嫌うんだ?」

何度かその話は聞いた。港にはドラゴンがいない。そのはずだったのだから。けれどその理由は考えたことなく、ククールは続けてフィンに尋ねる。

「色々あるけどな。海のにおいがダメとか、天敵の海竜がいるからとか。それに人が乗る船は海竜避けの薬撒きながら進むだろ?あれをドレイク種も嫌うって話もある。無理やり連れて行くと体調不良を起こすんだ」

「ドレイク種って?」

「この大陸の最多種。ドラゴン騎士団のドラゴンは大体ドレイクだ。四本足で翼をもつのが特徴。氷竜、火竜、毒竜のいずれか、もしくは希少種雷竜に分けられる。氷竜をアイスドレイク、火竜をファイアードレイク、毒竜はポイズンドレイクともいうよ」

「俺たちを襲ったドラゴンは?」

「ドラケイオスのか?あれもドレイク」

「いや、全然違うけど?!」

思い出せば、少し緑っぽいとはいえ禍々しい黒さのドラゴンだった。眼は爛々と金に光り、獲物を狙ってよだれを垂らすさまはこのオーロラと同種とは到底思えない。

「でもそうなんだよ。育て方の違い」

「育て方?」

「赤ん坊のころに、動物性たんぱく質を極力減らして、果物中心に育てるとドラゴニアのドラゴンみたいに体は小さいけれど穏やかな性格になる。反対に血肉を与えていると、どんどん血肉を求めて凶暴になり、動物や人を襲うようになるんだ。色も黒っぽくなる。ドレイク種に限らず、ドラゴンはそういう傾向がある」

「じゃあ、世界各地でたまーに出現するドラゴンは…」

「多分野生動物を捕食して育つから、人の敵として討伐対象になるんだろうな」

それが、ドラゴンが畏怖される理由。ドラグーホン大陸以外にはドラゴンの生息は稀。ドラゴンに関する知識に乏しい大陸外の人間はただ恐れ、忌み嫌う。ククールもそうであった。しかし今ならドラゴンの魅力も分かる。

ククールはフィンとオーロラを見比べた。

そして気づく。

「なあ、いつも立ち乗りなのか?ドラケイオス?だっけ?の奴は跨って乗ってただろ?」

「あぁ。戦い方の違いだ。奴らにとってはドラゴンは武器そのもの、乗ってるやつはただのお飾り。俺たちにとっては足であり翼であり剣。ドラゴンと一体になって戦うには立っているほうが都合がいい」

お飾りという表現に、なるほどとククールは納得する。確かに乗っていた男は武器一つ持たずに、黒竜のしたいようにさせていた印象だ。

同じくドラゴンと共生しているようであっても、まるで違う。ドラゴンに対する考えも扱いも。

面白いものだ。とククールはドラゴンだけでなく、ドラグーホンという大陸に興味が湧いてきた。

そこへ、

「フィン!」

と呼ぶ青年の声。

「レイ」

フィンも青年の名前を呼ぶ。

レイは美しい新緑のようなドラゴンに乗っていた。レイは今度は兜の面を上げてククールへ挨拶する。

「ククールって言ったっけ?僕はレイ・フィナレイルランド。フィンと同じ騎竜隊、ブロンズクラスだよ。今日は僕も同行するからよろしく。ちなみに相棒の名前はリョク」

にこやかに細い青紫の両眼をさらに細めたレイ。

「よろしくお願いします…」

頭をペコリと会釈したククールにフィンが口を出した。

「ククール、タメ口でいい。俺と同い年だ」

じゃあ年上じゃんか、と思いはしたが、フィン達にそうならレイにもそうでいいのだろう。というよりも年功序列には寛容な国柄なのかもしれない。ククールの生まれ育ったバクペイドは、たとえ一年であっても敬いの気持ちから敬語が基本だったから不思議な感覚だ。

ともあれ、レイと合流してしばらく飛ぶと町が見えてきた。遠くからでも分かるのは、ドラゴンも多いが馬の数も多いということ。

「あれがヒューゲルグ。ドラゴンと馬の中継ぎ地点」

フィンがそう言うとオーロラとリョクが高度を下げる。

誘導員の指示に従って地上に降りると、馬とドラゴンが仲良さそうに草や果物を食べていた。なかなか和む光景だ。

オーロラとリョクにしばしの別れを告げて、一行は馬を借りる。

「一人一頭でいいか?」

そうフィンは言うが、それは係の人に止められてしまった。

「すまんね。今カンセルギ港の復興で馬が必要でさ。三人なら二頭までにしてくれねえかな」

港との往復で休ませてやらねばならない馬も多いのだとか。

そう言われては国の正規の騎士としては従うしかなく、二頭だけを借りることにする。

となれば、ククールにも出番はあった。

「俺、馬なら乗れるから、今度はフィンかレイが俺の後ろに乗ればいいよ」

そう提案したククールの後ろにはフィンが乗ることに。

きちんと訓練した軍馬に近いらしく、たくましい筋肉のついた栗鹿毛。馴染みのある乗り心地にククールは無性にうれしくなった。

「じゃ、カンセルギ港までこれで行くぞ」

そう言ってレイがまず走り出すと、

「おう。フィン、ちゃんと掴まってろよ」

と返して馬を駆らせるククール。走りも申し分のない脚。気性も穏やか。

しかし、

「おい、ククール!速くないか?!」

後ろのフィンが声を上げる。

「いや、こんなもんだろ?」

そうとだけ答えて、ドラゴンに乗るのとは違う風の切り方を楽しんでいると、いつの間にかレイが遠く後ろにいるのに気付いた。

「ククール!!!待て待て待て!!」

なおもそう叫ぶフィン。

何事かと馬を止まらせるククールにフィンが吠えた。

「速えよ!」

「は?速い?」

そんなばかな。この体型の馬ならば鎧兜のフィンを乗せているとはいえもっとスピードは出るはず。つまり、ククールとて抑えて走らせていたのだ。

それを速いと文句を言われようとは心外。

そしてフィンはなおも予想もしない言葉を叫ぶ。

「速い!怖い!」

「怖い?!なんで?!」

ドラゴンに立ち乗りしている奴が何を言っているのか。

「地面が近い」

「地面?」

確かにドラゴンよりは近いだろう。しかしククールとしては、だから?という心境だ。

「振り落とされたら地面に叩き付けられるじゃねえか」

「ああ、まあ。けどドラゴンの方が高いだろ?」

「落ちたってドラゴンが拾ってくれる」

そうか、なるほど。

納得している間にレイもククールに追いついた。

「ククール速いな。僕たちは馬には不慣れなんだ。お手柔らかに頼むよ」

と苦笑い。

勇壮なドラゴンに立って乗る彼らの出で立ちに、ククールは完全無欠なヒーローを重ねていたのかもしれない。

ドラゴンナイトの意外な一面と弱点に、ククールの顔は綻んだ。



カンセルギは港とは行ってもさほど交易が盛んな所ではない。理由はドラゴニアが国として国交を結んでいる相手が少ないことにある。世界の中ほんの一部の商会が商いや仕入れにやってくる以外にはわずかな観光客しかいない。

港としては漁業の方の割合がずっと多い。そんな場所である。

そこに馬でたどり着いたククール達。

「俺とレイは仕事があるから一度別行動でいいか?ククール、なくした荷物なら船着き場の建屋で誰かに聞いてみるといい」

そういうことになり、馬の手綱を引きながら船着き場を目指した。

崩れた建物はざっとみて十ほど。行きかう馬車には瓦礫が積まれ、まだまだ片付けが済んでいない様子が見て取れる。

船着き場は幸い被害が少なく、近くの建屋に入ると中にいる男性に尋ねた。

「すみません。五日ほど前に荷物をなくしてしまったのですが」

「はいよ。名前は?」

「ククール・レンカンと姉のインティアナ・レンカンです。フトロモア港から乗っていました」

「ちょいと待ってな」

そう言って男性は奥の部屋へと消える。

乗船の際に荷物と番号札を紐付けてあり、客は番号札を持っていて下船時にそれと荷物を交換する形になっていた。武器も同様で、乗船中のトラブル回避の為に必ず預けなければならない。

しばらくすると男性が戻ってきた。

「これでいいかい?」

出されたのはククールとインティアナの荷物で間違いない。しかし、本当の目的である父の形見の剣。それがなかった。

「これだけですか?剣があったはずです」

「どんなタイプだい?」

「カダラという片手剣です。刀身の中央に彫りが入っていて、鞘にも装飾がされていました」

それを聞くと、男性は腕を組んで唸る。

「うーん……それだともう盗まれちまったかもしれねえな…」

「えぇ?!」

「五日前っていったらよ、ドラケイオスのドラゴンが襲撃した時だろ?あの時のどさくさでさ、強盗が頻発しちまったんだよ。騎士団の騎兵隊も憲兵も、ドラゴンがまた来ねえかパトロールすんのと、復興で忙しいからな」

「そんな……」

形見がないのは困る。呆然とするククールに男性は優しく声をかけた。

「兄ちゃん…大丈夫かい?武器ならそこに武器屋があるからよ、元気出しな?」

ただの武器ではダメなのだが、この男性が悪いわけではなく、仕方なしにふらふらと紹介された武器屋に入る。

せめて何か武器でも持っておこうかと思い、店内を見てみるが、軍事国家であったバクペイドに比べると品揃えは心許ない。

なかなか心を決まられずにいると、外から悲鳴が上がった。

何かの咆哮と、建物が崩れる音。外に出ればあの時に似た黒竜が遠くに見えた。

武器屋の店主もそれを見ると悲鳴を上げて逃げ出してしまう。

「ククール!」

声をかけてきたのはレイだ。今は面が下ろされている。

「ここは危ない!早く内陸のほうへ逃げて!」

「レイ達は?!」

「ドラゴンの相手はドラゴンナイトの役目」

「リョクもオーロラもいないんだろ?どうやって戦うんだ⁇」

「……それでも、何とか食い止めなきゃ」

つまり戦い方は決まっていないということ。

いくらドラゴンナイトといえども、ここでは分が悪すぎるのではないか。

ククールは考えた。馬術、そして武器さえあればククールは大抵のものには負けない自信がある。たとえドラゴンであっても。

ククールは武器屋の店内から弓と矢を取る。

「ククール、無理だ!ドラゴンナイトの持つ剣じゃないと、ドラゴンの皮膚は貫通できない!」

「狙うのは皮膚じゃない。目なら?」

「目?しかしあの体に対して目なんて狙えないだろう?」

「大丈夫、できる。レイ達はそうだな……港の出口の方で待機していて。俺がそこまで誘導してから、ドラゴンの動きを止める。そしたらレイとフィンで止めを刺せばいい」

「そんなのうまくいくか!」

「俺を信じてくれよ!ほら、急がねえとまだまだ破壊するぜ、あいつ」

「……わかった!」

レイが港の出口の方に向かうのを見届けると、自身の荷物から鐙を取り出し素早く馬に装着した。ククールは黒竜に向かって馬を走らせる。

黒竜の近くには騎兵隊が群がっているが、敵の吐き出す毒霧や、馬がドラゴンに脅えることでまるで攻撃もできない状況。

そこでククールはまず一矢。敵の鼻先を狙って打つ。

黒竜がぎろりと、ククールを捉えた。乗っている男は高らかに笑い、

「おい、あそこに餌がいるぜ!前のムカつく顔の奴だ!喰ってやれ!」

と叫ぶ。

黒竜が追いかけてくるのを目で捉えると、すぐさま馬で逃げの姿勢を取った。

馬の腹を蹴り、速度を増す。

黒竜はみるみる内に距離を詰めてきたため、馬も必死だ。

充分スピードが乗ったところで尻を浮かせ、揺れや衝撃は膝でコントロールする。これで上半身は安定させ、弓と矢を構えた。

黒竜はほぼ真後ろ。

前方を見れば左の櫓にフィンと、右にレイ。

二人に最も近くなる位置で、放つタイミングを見計らって。

上半身を捻り、黒竜の目を狙って放った矢は見事に命中。

黒竜は夥しい霧を吐き出しながら天を仰いで咆哮を上げた。

「な、なんだぁ??!」

乗っている男が上げるのは焦った声。

ビリビリと空気が震えるそのなかで、ククールは急旋回して再び矢を放つ。今度は上空。

矢は吸い込まれるように黒竜の喉へ。すると吐き出していた霧が弱まり、咆哮は苦し気な呻き声へと変わる。

その時を見計らったようにフィンとレイが飛び出した。

レイがランスで乗っていた男を叩き落とし、フィンが双剣を振るう。その瞬間、フィンの双剣から白い煙が出たかと思ったら、黒竜の首は落ちていた。

その切り口はカチコチに凍っているのだった。

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