幕間 世界二負ケズ
暗い、暗い場所。
そこには光がない。何かを見ることもできない。
そこには空気もない。何かを嗅ぐこともできない。
そこには昇ることを遮る天井も沈むことを防ぐ底もない。
そこにはただ生物が、夥しいほどの数の生物がお互いを貪り喰らう場所であった。
世界なんて呼べるところではない。場所程度が相応しい。
産まれて死ぬまで貪り、喰らいあう。それしか許されていない場所。
その場所で一匹だけ、お互いがお互いを喰らいあうことをよしとしない生物がいた。
ソレには目がなかった。耳もなく口もなかった。ただ体の内に宿る感情だけがあった。
ナニカに喰われるとき悲しみと虚しさが去来した。
それを繰り返すと、自分を産んだなにかに怒りが沸いた。
なぜこの場所で、こんな場所で自分は生きているのだと。
自身の身体を損なう感覚に恐怖を覚えた。
目も耳もないのだ。喰らわれることを避けることも出来ず、ただそれを受け入れることしか出来ない。
ただソレは巨大であった。貪り喰われようと尽きることのない肉の塊。
この場所で許されている行為は他者を貪ることだけ。
しかし、自分のみがそれを許されず、尽きることの無いこの身では終わりのない拷問に等しかった。
あぁ、なぜ、なぜ、自分だけこんな仕打ちを。
必要なものを取り上げられ、不必要なこれがあるのか。
憎しみが醜い身体を駆け巡る。
何もできない己が憎い、自分をこのようなものにした何かが憎い。
だが何も出来ない。
いつか来るであろうこの身が朽ち果てるまで湧いて出てくる感情に振り回されるしかない。
ついにソレは全てを諦めた。
その時はいつかくる。なら待ち続けよう。
喰われることに悲しみと虚しさを持たず、この身に怒りや憎しみを覚えず、ただ待とう。
延々と貪り喰われる体に何かが触れた。
初めての感触であった。それは痛みを伴う接触ではなかった。
それに触れると気持ちが踊った。
それを撫でると愛おしく感じた。
初めての感情であった。それは自身を呪う冷たさではなかった。
小さな球体が傍にあれば、自身の苦しみや憎しみを忘れることが出来た。
初めてソレは自分の身に感情があることに感謝した。
喰われるだけで終わる存在が喰われるのみで終わらないように。
ソレは感情を他のナニカに分け与えたいと思った。
朽ち果てるこの身だけでこれを楽しむのはもったいないと。
ソレは他者を思いやることを知った。
肉だけを与えずソレは感情や理性を分け与えた。
喜び、楽しさ、愛しさ。
他者を貪り喰らうだけの存在が思いやることを知った。
ナニカは戸惑い、困惑したが球体に触れると自身の湧き出るものを受け入れた。
ナニカはお互いを貪り喰らうのをやめた。
個々のナニカが1つの群れとなった。
ソレは喜んだ。
自身が感情を分け与え小さな球体に触れさえすれば、自分達は本来の関係を断ち切れる。
ソレは決意した。
この場所すべてのナニカに感情を分け与えよう。ナニカ全てが感情を持ちさえすればこんな場所は、こんな世界に変わるかもしれないと希望を持って。
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