第45話 孤憤 4

凡法術之難行也,不獨萬乘,千乘亦然。人主之左右不必智也,人主于人有所智而聽之,因與左右論其言,是與愚人論智也;人主之左右不必賢也,人主於人有所賢而禮之,因與左右論其行,是與不肖論賢也。智者決策于愚人,賢士程行於不肖,則賢智之士羞而人主之論悖矣。

 法家たちの冷遇問題は大国に限らず、小国でも起きている。人主の側仕えたちは往々にして頭がよろしくない。知者の話を聞いたあとに、その頭のよろしくない人たちと相談して決める、と言うのだからもうぞっとする。誰か賢いひとを招いたところで、その人をどう評価するかをその頭のよろしくない人とするのだからぞっとする。知者賢人の発言、発案を愚者に検討させるのだ。知者賢人にしてみれば愚弄されたとしか思わないだろう。まして、本来の目的である人主の判断ときたら?



人臣之欲得官者,其修士且以精潔固身,其智士且以治辯進業。其修士不能以貨賂事人,恃其精潔而更不能以枉法為治,則修智之士不事左右、不聽請謁矣。人主之左右,行非伯夷也,求索不得,貨賂不至,則精辯之功息,而毀誣之言起矣。

 官職を得て国を支えたいと思うものは清廉さで身を固める。その知謀で国を支えたいと思うものはその知謀を活かして業績を上げることに励む。どちらにしてもまいないで官位を買うなどできない。ところが君主のそばにいる者たちが君主にたかって甘い汁をすする者ばかりだと、清廉知謀の士たちの言葉は彼らの耳に逆らうし、またまいないも上がってこないわけで、彼らの言葉や功績を君主にあげようだなどとは決して思うまい。むしろ彼らに対する讒言ばかりが君主の耳に届くだろう。



治辯之功制于近習,精潔之行決於毀譽,則修智之吏廢,則人主之明塞矣。不以功伐決智行,不以參伍審罪過,而聽左右近習之言,則無能之士在廷,而愚汙之吏處官矣。

 知謀の士らの成果が側仕えたちの胸三寸で決まり、清廉の士の評価が側仕えたちの舌先三寸で決まってしまうのだ。こんなことをされたら知謀清廉の士のやる気は失せるに決まっているし、君主の判断だって曇らされるに決まっている。臣下の知恵や行動を実際の功績に基づいて決めず、臣下の罪科を実際の調査に基づかず、側近や側仕えの言葉にのみ従っていれば、無能愚物ばかりが宮廷に溢れかえってしまうだろう。



 人主之左右,行非伯夷也って言葉にかかる皮肉がやばい。伯夷叔斉って奴らは「まれに見る清廉潔白の士」になるわけで、つまり普通に考えれば「ほとんどの人間がそれに当てはまらない」。韓非さんの側仕えたちに対する不信、凄まじいものがありますね。

 現代に生きている自分からしたら、そこまで徹底的に敵対的姿勢を示せばそりゃ刎ねられて殺されるわ、としか思えんのだけれども。ただこの辺って、いま我々は「日本国憲法」の庇護下にあるわけで、法の外の世界を生きねばならないとしたら、と考えると、話は違ってくるような気もしなくはない。韓非の言葉たちを前にすると、どうしても現代バイアスが強烈な敵として立ち塞がるなぁ。

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