第43話 孤憤 2

凡當塗者之於人主也,希不信愛也,又且習故。若夫即主心,同乎好惡,因其所自進也。官爵貴重,朋黨又眾,而一國為之訟。

 重人はそもそも君主から信頼されているし、古馴染みだし、君主の気持ちを拾ってきたからこそ出世できたようなもの。だから官位は重いし、取り巻きも多い。国民からも仰ぎ見られている。



則法術之士欲幹上者,非有所信愛之親,習故之澤也,又將以法術之言矯人主阿辟之心,是與人主相反也。處勢卑賤,無黨孤特。

 対して法家は別に君主と信頼関係はないし、縁故があるわけでもない。しかもいちいち厳しい言葉で君主の緩んだ心を締め上げようというのだ。とことん君主と利害が対立している。地位も官職も低いし、仲間もいないので孤独だ。



夫以疏遠與近愛信爭,其數不勝也;以新旅與習故爭,其數不勝也;以反主意與同好惡爭,其數不勝也;以輕賤與貴重爭,其數不勝也;以一口與一國爭,其數不勝也。法術之士操五不勝之勢,以歲數而又不得見;當塗之人乘五勝之資,而旦暮獨說於前。

 君主と疎遠なものが君主と親しいものと戦っても、まぁ勝てるはずがない。新参者が古馴染みと戦っても、やはり無理。君主の意向に背くものが……少数派、と言うよりたった一人が……あー、もう!

 こういった五つの不利条件に置かれている法家は、そもそも君主に見えるのが難しい。逆を言えば、重人は五つの有利条件に守られ、独自研究を知った顔で垂れ流す。



故法術之士奚道得進,而人主奚時得悟乎?故資必不勝而勢不兩存,法術之士焉得不危?其可以罪過誣者,以公法而誅之;其不可被以罪過者,以私劍而窮之。是明法術而逆主上者,不戮於吏誅,必死於私劍矣。

 どうすれば法家は君主を導き得るのか? どうすれば君主は正しき政を成し遂げられるのか? 間に重人がのさばる以上、法家は常に身の危険と背中合わせでおらねばならないのだ。罪をでっち上げることができるときには無実の罪をなすりつけられて、無理なときには暗殺者の剣によって、法家は命を落としてしまいかねないのだ。



朋黨比周以弊主,言曲以使私者,必信於重人矣。故其可以攻伐借者,以官爵貴之;其不可藉以美名者,以外權重之之。是以弊主上而趨於私門者,不顯於官爵,必重于外權矣。

 一方で重人は多数なのをいいことに君主の目をくらませ、まずからの利権にとって都合のいいものを取り込んでいく。取り立てられる口実があればどんどん高位につけるし、口実がなければまずは評判をでっち上げる。こういった連中に囲まれた君主のもとに人は集まらず、重人におべっかを使う者ばかりとなる。



今人主不合參驗而行誅,不待見功而爵祿,故法術之士安能蒙死亡而進其說?奸邪之臣安肯乘利而退其身?故主上愈卑,私門益尊。

 そうなったらもう、君主が言行一致の原則に照らし合わせて賞を下したり、罰を下したりはできなくなる。あやふやな基準で人が殺されるわ、よくわからない理由で栄達する人間がでたりする。そこに法家が命がけで挑んでみても、どうして受け入れられる余地があるだろうか。奸臣佞臣がこれまですすっていた甘い蜜をいきなり諦められるだろうか。こうして君主の権勢が衰え、重人の権勢ばかりが増す。



 いいですねー、なんというか、モラトリアム全開。このへんの言葉ってネット上でもよく聞くよね。「正論言ったらブロックされたwww」的に。いやお前誰にそれを言うべきか考えもせずに突き進んだの? 的な。

 いやー、わからないでもない内容ではあるんですが、「何おまえそうまで他罰志向なの?」とは思わずにおれません。まぁ、生まれ故郷を守りたい、みたいなセンチメンタルな理由を元に重人の権勢と戦い続けてるんなら、こいつを言ってもいいとは思いますがね。

 ともあれ、韓非さんの思いがけず人間臭い面をみたなーと思いました。

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