第82話 再読 逍遙游2

堯讓天下於許由,曰:「日月出矣,而爝火不息;其於光也,不亦難乎?時雨降矣,而猶浸灌;其於澤也,不亦勞乎?夫子立而天下治,而我猶尸之,吾自視缺然。請致天下。」

 堯の許由に天下を讓りて曰く:「日月出でれど、而して爝火は息まず。其の光れるにてや、亦た難しからざらんか? 時に雨降りて、而して猶お浸灌さる。其の澤せるにてや、亦た勞せざらんか? 夫子の立ちて天下の治むるに、而して我れ猶お之を尸せるは、吾れ自ら缺然として視ん。天下を致さんと請う」と。


 堯は許由に天下を譲りたいと思って言う。

 ワシがやっているのは日月の光がありながら敢えてたき火で世を照らそうとするようなこと、むちゃくちゃではないか。あるいは雨がしっかりと降って、既に田畑が十分に潤っておるのに、なお柄杓で水をかけようとするようなこと、なんとも無駄ではないか。ただ許由先生が天下にお立ち下さればそれで万事解決するであろうに、なおもこの身で治めようとするのは、何とも歯がゆき限り。どうかこの天下をお受け頂けますまいものか。



許由曰:「子治天下,天下既已治也。而我猶代子,吾將為名乎?名者,實之賓也,吾將為賓乎?鷦鷯巢於深林,不過一枝;偃鼠飲河,不過滿腹。歸休乎君,予無所用天下為!庖人雖不治庖,尸祝不越樽俎而代之矣。」

 許由は曰く:「子の天下を治むるに、天下は既に已に治まりたるなり。而して我れ猶お子に代りて、吾れ將た名を為さんか? 名は實の賓なり、吾れ將た賓為らんか? 鷦鷯は深林に巢づくるも、一枝に過ぎず。偃鼠の河を飲むに、過たずして腹は滿つ。歸りて休みたりしや、君。予に天下に用うる所の為したる無し! 庖人の庖を治めずと雖ど、尸祝は樽俎を越え而して之に代らざるなり」と。


 許由は答える。

 あなたが天下を治め、それで実際に治まっているのだ。そんなところに私がしゃしゃり出て、なんになるのかね。天子としての名誉か? そんなものは私という実質のオマケに過ぎまいに。ならばその実質を求めての何かとでも言うのか? しかしミソサザイは巣作りに一本の枝しか求めぬし、モグラが黄河の水を求めるにしても、自らの腹を満たすに足る分しか求めぬ。

 帝よ、帰って休まれよ。

 私に天下をもたらされたところで、私には使い道がない。だいいち料理人が料理を作らないからと言って、そこに神官を呼び寄せてどうするというのかね?



 人間の世を治める伝説の聖王でも統治に疲れることがあるんですねーへー! しらんがな、人間の統治なんざこっちに回すな!


 これね、確かにその通りだとは思う、思うのですけどね。一方で、以前書いた「余剰な思考の成果物に乗り上げといて、知らんがなと言い切る」ことの不誠実さ、無責任さはどうしても尾を引いてしまうのです。もちろん、何をしたところで自由ではあると思うし、では「誠実さ」であるとか「責任」はどうやって果たせるのか、みたいなことを考えると無限の闇にハマる感覚があるのですけどね。まぁただそこの部分って、結局斉物論で出てくるような「いや証明しきれんところにあれこれ思い致してても意味ないっしょ?」で終了ではあるのですよね。


 考えることによって無限回廊にハマるのが楽しいのは否めない。


 それにしても許由さんの「お前疲れてんだよ、寝とけ」が優しい。

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