第31話 エピローグ「ウィンニング・ラン」
三つの試験を経て、ウィニングは無事に自由を許された。
本来なら客も招いて盛大に祝いたいところだが、残念ながらそれは難しい。貴族の長男が、責任を放棄して自由になったことを祝えば、この国の文化を否定しているとも見て取られる。
よって、ウィニングが自由を手に入れたことは、身内だけで祝うことになった。
「では、ウィニングの自由に――乾杯」
試験を行った森にて。
フィンドがグラスを片手に合図すると、大人たちが一斉に酒を飲んだ。
ウィニング、ロウレン、シャリィなどの子供組は果実のジュースを飲む。
参加者は、ウィニングの試験に立ち会った者と、そこに数名の使用人や信頼できる者を加えた程度だった。当初は慎ましく行う予定だったが、シェイラの夫やライルズの妻などが加わったことで、思ったよりも大所帯となってしまった。
なので、宴会も盛り上がった。
「ウィニング様は、私が育てたんです!」
「その通りです!」
早々に酔っ払ったマリベルが、天に向かって叫ぶ。
その隣でウィニングは調子を合わせていた。
「ウィニング様は、いつかこの世界に名を轟かせるでしょう! ですが、そのウィニング様を育てたのは私! つまり――私が一番だということです!」
「その通りです! 先生!」
ウィニングが拍手すると、マリベルは「ふふーん」とドヤ顔をした。
「兄上!」
「兄様!」
ウィニングよりも小さな子供たちが、小走りで近づいてくる。
「レイン、ホルン……」
「僕、感動しました! きっと将来は兄さんみたいな魔法使いになってみせます!!」
「私も! いつか兄さんに追いつけるよう、頑張ります!!」
弟と妹に、輝く目を向けられる。
しかしウィニングは、ほんのりと罪悪感を覚えていた。
「レイン、俺のことを恨んでない? 領主の仕事を押しつけちゃったし……」
「微塵も恨んでいません!」
ウィニングの不安を他所に、レインは即答した。
「今まで言えませんでしたが、僕は領主になりたかったんです。だから兄上の提案は僕にとっても魅力的でした。領主の仕事は……コントレイル子爵領のことは、僕に任せてください」
「……そっか。じゃあ任せようかな」
「はい! どうやったら兄上から領主の座を奪えるか、ずっと計画を練っていましたが、おかげで実行しなくても済みました!」
「えっ」
レインはキラキラと目を輝かせながら、物騒な発言をした。
ひょっとすると、自分は毒を盛られる寸前だったのだろうか?
これからは、もう少し兄妹ともコミュニケーションを取ろう……ウィニングはそう決めた。
「……さて」
宴会も十分盛り上がっている。
肌寒い夜風を浴びていると、軽く身体を動かしたくなってきた。
「ウィニング、何処かへ行くのか?」
ウズウズしているウィニングに、フィンドが声を掛ける。
伊達に父親ではない。見るだけでウィニングの気持ちが分かったようだ。
「ちょっと適当に走ってこようかと」
「……試験で散々動いただろう。今日くらいは休んだらどうだ?」
「いえ、今日はまだいつもより走っていませんし、領内をあと二十周くらいしたいです!!」
ウィニングが答えると、フィンドは「そ、そうか……」と若干引く。
フィンドは咳払いし、話題を切り替えた。
「ウィニング。実はお前に、渡したいものがある」
「渡したいものですか?」
「ああ。……この森を、正式にウィニングのものにしよう」
「えっ!?」
想像以上に規模の大きなプレゼントに、ウィニングは驚愕した。
「元々この森は、社交界の際に狩りを楽しむための場所だったんだ。ところが十年前、ジャスタウェイ男爵領の方により立地のいい森があると分かってな、狩りはそちらで行われるようになった。……この森は今も手入れだけはしているが、使い道はない。だから、ウィニングが存分に走り回ってもいい場所にしよう」
「ありがとうございます!! 凄く嬉しいです!!」
そう言えば聞いたことがある。この森に生える木は加工も難しく、かといって野放しにするとどんどん広がってしまうため手入れが面倒だったとか。
「今までは借り物だったので色々考えていましたが、これからは地面の状態とかも気にしなくていいってことですよね!?」
「あ、ああ。ウィニングの判断に任せる。でも音だけは気をつけてくれ。近所に迷惑だからな」
「分かりましたっ!!」
フィンドの顔が若干引き攣った。
既に嫌な予感がしているのだろう。
――その予感は当たっていた。
マリベルの訓練によってみるみる成長したウィニングだが、環境に配慮した結果、速度に制限をかけて走ることが多かった。ウィニングが速くなればなるほど、より制限も強くしなくてはならなかった。
早い話、手加減していたのだ……今までは。
だが、この森に関してはもう加減しなくてもいいらしい。
だからウィニングは、思いっきり――全力で走ることにした。
「――行ってきます!!」
ドン! と大きな音と共に、地面に巨大なクレーターが生まれる。
その瞬間、ウィニングは姿を消し――地面を激しく抉りながら走り出した。
「お、おぉ……凄まじい、な……」
「……まるで、走る災害ね」
フィンドとメティが、顔を引き攣らせる。
騒音対策のため《
この日を境に、コントレイル子爵領の森には不思議な光景が見られるようになる。
木々を薙ぎ倒し、地面を抉りながら進む嵐。それは確かに走る災害と言っても過言ではなかった。
ある日。
ウィニングが走ることによって生じるその嵐を見て、誰かが言った。
――ウィニング・ラン。
走る災害――ウィニング・ラン。
その名はやがて、世界中に轟くことになる。
◆
(いい風だ……こういう時に走ると、最高に気持ちいい!)
外を走りながら、ウィニングは清々しい気分に浸っていた。
しかし、その時――。
「……ん?」
ふと、違和感を覚える。
ウィニングは足を止めて意識を集中させた。
(なんだろう、これ? ……俺以外にも強化魔法を使ってる?)
練り上げられた魔力を感じる。
恐らくこれは《身体強化》。しかも凄まじい練度だ。
ウィニングはこと下半身の《身体強化》ならかなりの練度だが――今感じているものは、ウィニングのそれを遥かに凌駕していた。
(共鳴、できるかも……)
以前、マリベルが試していたことを思い出す。
他者と同一の魔法を重ねることで、双方の魔法を強化する技術……それが共鳴だ。
どういうわけか、ウィニングは今感じている《身体強化》の気配が、とても身近なものだと感じていた。この距離なら、きっと共鳴できる。
ウィニングは更に集中して、共鳴を試みた。
自分の《身体強化》を、どこかから感じる別の《身体強化》に重ね、双方向の繋がりを作ろうとする。
刹那――。
「――――あ」
ウィニングはすぐに共鳴を解いた。
驚きのあまり、地面に尻餅をつく。
「………………これ、駄目なやつか」
結論から言うと、共鳴はできた。
だがその瞬間、凄まじい力が逆流してきた。
恐ろしい感覚だ。
これは今の自分には制御しきれない。あと少しでも共鳴を維持していたら、身体が内側から破裂するところだった。
「うーん、でも今の出力の上がりよう……捨てるには勿体なさ過ぎる」
練習したら制御できるようになるだろうか。
共鳴で上昇する出力は、精々一.五倍から二倍くらいのはずだが、今回の共鳴は下手したら十倍近く上昇しそうだった。
何が起きているか分からない。
だが制御できるなら、自分の走りはより劇的に進化するはずだ。
それにしても――気になる。
「…………俺は今、
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一章終わりです。
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