第30話 成果を示せ⑤


「《水轟咆哮ウォルタ・ウォーム》」


 マリベルは再び大魔法を繰り出した。

 だが、ウィニングが焦ることはない。


 圧倒的な大魔法だ。

 きっとどんな魔物でも、この魔法をくらえばただでは済まない。たとえ難攻不落を謳う要塞も、この魔法を受ければ跡形もなく消し飛ぶだろう。

 だが――。


「――《発火・速イグニッション・アジリス》」


 ウィニングは加速する。

 ただそれだけで、マリベルの大魔法を凌ぐ。


「《水流波ウォルジェ》」


 マリベルの杖から、大量の水が噴射された。

 さながら大地を飲み込む津波の如く、波が押し寄せる。


 これで機動力を削ぐつもりだろう。

 しかし何も問題はなかった。


 ウィニングは一瞬で百セコルほど移動する。

 その魔法は、ここまで届かない。


「《激流砲ウォレイラ》ッ!!」


 マリベルが水の砲撃を放つ。

 ウィニングの脳天に狙いが定められた、恐ろしく精密な狙撃だった。


 しかしウィニングは、砲撃よりも速く動く。

 当たらない。……当たるわけがなかった。


 ――お前は、そうやって逃げ続けるのか。


 ウィニングの脳裏を、父から告げられた言葉が過ぎる。

 その通り、自分はこれからも逃げ続けるだろう。

 何故なら――逃げ続けられるのだから。


「いくらマリベル先生でも、そろそろ魔力が尽きてきたんじゃないですか?」


「……ふふっ、教え子に心配されるとは、私もまだまだですね」


 マリベルが小さく笑む。

 だが、ウィニングの指摘は正しいだろう。いくら一級の紋章であるマリベルでも、大魔法を連発すれば疲労くらいする。


「私が持つ、最も強力な魔法を使います」


 これで決着をつけると言わんばかりに、マリベルは宣言する。

 ウィニングの頭上に、渦巻く水が現れた。

 その渦は徐々に広がり、ドーム状になってウィニングを囲う。


「――《渦潮の天蓋ヴォーテクス・ドーム》」


 巨大な渦潮が、少しずつウィニングに迫った。

 渦潮は木々を薙ぎ倒し、地面をガリガリと削りながら中心に絞られていた。渦に飲み込まれた岩が砂のように細かく砕かれ、天に昇る。その残酷な渦潮に隙間はなく、四方八方、上空にすら逃げ場はなかった。


 しかし、それでもマリベルは知っているはずだ。

 この程度の魔法で、ウィニングの足は止まらない。



「――《発火・覇イグニッション・オーバーロード》」



 それは、妨げられない走り・・・・・・・・

 通常の《身体強化》に加え、《吸着ソープション》と《弾性バウン》、《甲冑アーマー》、更にロウレンやライルズが愛用する《加速アクセル》を駆使した技だった。


 早い話、他四つの型を全て同時に発動した上で、更に速度を上げているのだ。今のウィニングは、一歩踏み出すだけで絶大な衝撃波を放ち、障害物を蹴散らす。


 魔力のコントロールが得意なウィニングでも、これだけ多くの魔法を併用するのは至難の業である。だから、今の技術では僅か五秒しか維持できない。


 それでも、五秒あれば問題なかった。

 五秒もあれば――何処へでもいける。


「せーーーーのッ!!」


 ウィニングは跳んだ。

 次の瞬間、破壊の限りを尽くしていた渦潮に――大きな穴が空いた。




 ◆




 渦の天蓋がウィニングによって突き破られる。

 それはまるで、一筋の流星のように空へ昇った。ウィニングの足から溢れ出す魔力が青空に軌跡を描く。あっという間に、マリベルの射程から離れてしまった。


(最後……手加減されましたね)


 ウィニングの速さがあれば、そもそも《渦潮の天蓋ヴォーテクス・ドーム》が完成する前に逃げられたはずだ。


 敢えて逃げなかったのは、この結果を父親に見せたかったからだろう。

 フィンドは、マリベルの絶大な魔法から逃げ延びてみせたウィニングを見て、絶句するほど驚いていた。


「フィンド様。強さとは、何だと思いますか?」


 マリベルは、フィンドに尋ねる。

 呆気にとられていたフィンドは我に返って考えた。


 強さにも様々な種類がある。だが今回の試験の趣旨は、ウィニングがどのような相手に襲われても無事でいられるかどうかを確かめるためのものだ。

 それを踏まえた、強さとは――。


「……戦いに、勝つための力だ」


「私も、以前まではそう思っていました」


 マリベルは穏やか声音で言った。


「ですが、世の中には戦わない強さというのもあるみたいです。……正確には、戦う必要のない強さ・・・・・・・・・が」


 それを、マリベルは見せたかった。

 こんな強さが存在するなんて、マリベル自身も己の目で確かめるまでは知らなかった。だからこればかりは、言葉ではなくその目で確かめてもらう必要があった。


 本当は、試験の内容なんて何でもよかったのだ。

 この光景を見れば――それで納得してくれるに違いないのだから。


「保証しましょう。ウィニング様なら、どんな災いに巻き込まれてもその足で逃げられます。ウィニング様が倒せない相手は沢山いますが……ウィニング様を倒せる人は、世界中、どれだけ探しても見つかりません」


 マリベルは、フィンドの目を見て言った。


「ですから、どうか認めていただけませんか? ウィニング様の強さを」


 師である身として、マリベルはウィニングのために頭を下げた。

 そんなマリベルの言葉を受けて……フィンドは、小さく呼気を吐き出す。


「……そうか。ウィニングは、マリベル殿ですら倒せない男になったか」


 空に描かれた魔力の軌跡を、フィンドはぼんやりと眺めた。

 フィンドはウィニングと同じく、三級の紋章だった。

 だが、ウィニングの真似はとてもできそうにない。



「本当に、強くなったなぁ」


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