学園と王女殿下

第32話 プロローグ「王都へ」


 ウィニングが自由を得てから、更に一年と少しが経過した頃。

 ある日。十歳になったウィニングに、マリベルが唐突な連絡をした。


「ウィニング様。来週、王都へ行ってきます」


「王都へ、ですか?」


 朝の訓練を終わらせた後、マリベルが唐突に告げたその内容にウィニングは首を傾げた。


 主従訓練は終わったが、マリベルは今もフィンドに雇われている。

 ウィニングは貴族の義務から解放されて自由の身となったが、フィンドは親としての責任を放棄しなかった。ウィニングが引き続きマリベルに師事したいと申し出たところ、フィンドはウィニングのために残していた養育費でマリベルの雇用を継続することにしたのだ。


「王都へ何をしに行くんですか?」


「ロウレンさんとシャリィさんが、王立魔法学園の入学試験を受けに行きますので、同伴する予定なんです」


「入学試験? 二人は以前、十二歳になってから学園に通うと言ってましたけど……」


「飛び級を狙います。正確には飛び入学ですが」


 初耳だった。

 驚くウィニングに、マリベルは続ける。


「まあ正直、不可能だと思いますけどね。ロウレンさんもシャリィさんも、同世代と比べれば優秀ですが、それでも王立魔法学園は狭き門です。私は他国の魔法学園に通っていましたが、ルドルフ王国の魔法学園も中々本格的だと聞いています」


 マリベルは難しい顔で言った。

 それでも、挑戦する価値はあるという判断なのだろう。飛び級はできたら重畳、できなかったとしてもいい経験にはなる。


「どうして二人とも、そんな急に飛び級を狙ったんでしょう?」


「…………誰かさんに触発されたんじゃないですか?」


 マリベルはウィニングのことをじっと見つめながら言った。

 しかしウィニングはその視線の意味を理解できず、首を傾げる。


「王都かぁ……」


 そう言えば自分はまだ王都に行ったことがないな、とウィニングは思う。


「俺も行ってみようかなぁ」


「えっ、来てくれるんですか!?」


 マリベルはとても嬉しそうに目を輝かせた。

 しかし、すぐに我に返る。


「コホン。……まあ、王都は色んな施設が充実していますし、ウィニング様も楽しいかもしれませんね」


「ですよね」


 顔を赤くして恥じらうマリベルのことを、ウィニングは複雑な面持ちで見た。


(マリベル先生……なんか最近ショタコンっぽいなぁ)


 ウィニングは知らない。

 元々ウィニングに少なからず好意を抱いていたマリベルが、ウィニングが成長する度に少しずつその気持ちを膨らませていることを……。


「ちょっと父上に許可を取ってきます!」


 そう言ってウィニングはすぐに父フィンドのもとへ向かった。

 執務室の扉をノックし、「入れ」と返事がしてから扉を開ける。


「父上! マリベル先生が王都に行くみたいなんですが、俺もついて行っていいですか!?」


 書類仕事をしているフィンドに、ウィニングは訊いた。

 フィンドは唐突な質問に目を丸くする。


「……それはいいが、何故だ?」


「面白そうだからです!!」


 ウィニングは正直に答えた。


「構わん、行ってこい。怪我には気をつけるんだぞ」


「はい! ありがとうございます!」


 ウィニングは執務室を出て、マリベルのもとへ戻る。

 ウィニングに自由を許してから、フィンドはだいぶ寛大になった。というより、ウィニングのことを信頼するようになった。


 無理もない。ウィニングはあのマリベルに「倒せない」とまで言わしめたのだ。ウィニングと同じ三級の紋章を持つフィンドは、ウィニングが既に常人とは程遠い境地にいることを正しく認識している。


「マリベル先生。俺も王都に行きます!」


「分かりました。では、出発は三日後の予定ですので、ウィニング様も今のうちに準備をお願いします」


「あ、いえ、俺は今から行くつもりです」


「はい?」


 軽く身体を解しながら、ウィニングは言った。


「俺は今から、走って王都に行きます」


 もう一度、マリベルが「はい?」と首を傾げた。

 瞬間、ウィニングの姿が消える。

 走り出してしまったウィニングを、止められる者はいない。


 後にフィンドは頭を抱えた。

 それは許可していない。




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