第29話 成果を示せ④


「ルールは、気絶した方が負けにしましょう」


「……気絶?」


「ええ。より実戦に近い形です」


 マリベルは淡々と告げた。

 その杖には、既に魔力が収束している。

 いつでも試験を始められるといった様子だ。


「さて……ウィニング様。完全に習得できたのは、防の型アルマ技の型テクトの二つだけと言っていましたね」


 最初の試験が始まる前の会話について、マリベルは語った。


「お分かりかと思いますが……私を倒すには、最後の型を使うしかありませんよ?」


 マリベルが不敵に笑う。

 その全身から膨大な魔力が溢れ出て、ウィニングの肌が粟立った。


 一級の紋章を持つ者は、その体内に凄まじい魔力を貯蓄している。

 対峙するだけで、格の違いを感じる。


「試験――開始」


 フィンドが合図をした。

 瞬間、ウィニングは魔法を発動する。


「《発火・技イグニッション・テクト》」


 ウィニングとマリベルは、普段から模擬戦をしている。

 だからウィニングは理解していた。

 小手調べは――不要。


 一瞬で姿を消したウィニングは、次の瞬間、音もなくマリベルの背後に立った。

 だが同時に、ウィニングの全身が水に包まれる。


(水の、結界……!?)


 マリベルは自分ごと巨大な水に包まれていた。

 まんまとその内側に入ってしまったウィニングは、身動きが取れない。


技の型テクトでは、瞬発力が落ちますね」


 マリベルの杖から、水の刀身が伸びた。

 この間合いは――。


(やばい――ッ!!)


 ウィニングは咄嗟に《発火・防イグニッション・アルマ》を発動する。


「聖王流剣術――《甲破乱こうはらん》」


 それは、刃ではなく刀身の腹で相手を叩き付ける技だった。

 模擬戦の時に何度か見たことがある。マリベルはその技で、この森にあった大木を薙ぎ倒していた。


 ウィニングは脛当てを盾にして、マリベルの剣を防ぐ。

 刹那、刀身に集っていた魔力が破裂し、ウィニングは大量の水と共に弾き飛ばされた。


「ぐ――っ!?」


「――《雨天槍々ランシズレイン》」


 息をつく暇すらなく、マリベルは追撃する。

 遥か上空に、巨大な水塊が現れた。

 その水塊から無数の水が雨のように降り注ぐ。


 だが、その雨粒はよく見れば一つ一つが槍の形をしていた。

 ウィニングは急いでその場を離脱する。


 数え切れない槍が、広大な森に降り注いだ。

 これは――大魔法だ。


 膨大な容量と発現量がなければ成立しない、特別大きな魔法である。

 一級の紋章を持つマリベルならではの力だ。


「む、むぅ……これは……っ!?」


「あ、皆様はご安心を。障壁で守っていますので」


 驚愕するフィンドの声を聞いて、マリベルは観客たちに告げた。

 見ればフィンドたちの周りには水の膜が展開されている。


 ちゃんと観客たちの安全にも気を配っていたらしい。

 その上で――大魔法を使っている。


(これを避けるのは、大変だ……ッ!!)


 ウィニングは再び《発火・技イグニッション・テクト》を発動した。

 急停止と急加速、そして滑らかな旋回によって槍の一つ一つを回避する。通常時の大雑把な走りでは多分避けきれなかった。


 槍が地面を穿ち続け、四方八方から激しい音が響いた。

 絶えることのない地響きと水飛沫に、ウィニングが体勢を崩す。


 その時。

 槍の雨に紛れて――マリベルが近づいた。


「《溶解液ディソリューション》」


 マリベルの杖から飛沫が放たれた。

 間一髪で接近しているマリベルに気づいたウィニングは、急加速してその飛沫を回避する。


 放たれた飛沫は、ウィニングの背後にあった樹木にあたり――ジュウ! と肉の焼けるような音と共にその幹を溶かした。


「っ!?」


 モノを溶かす水。

 これは、あたると致命傷になりそうだ。


「《霧化ミスト》」


 マリベルは更に魔法を発動した。

 霧を生み出す魔法だ。……視界を防ぐつもりだろうか?


 その場でマリベルを観察していたウィニングは、違和感に気づく。

 霧の展開された場所から順に……足元の草木が爛れていた。


(ただの霧じゃない……さっきの溶かす液体を霧にしたのか!?)


 ウィニングはすぐにその場を離れた。

 霧はマリベルを覆っている。このままでは、近づくことすらままならない。


「どうしました? 防戦一方ですね」


 マリベルは余裕綽々といった様子で告げる。

 実際、余裕なのだろう。現にウィニングはまだ、マリベルに指一本触れられていない。


「……これが、マリベル先生の本気なんですね」


「ええ。……今まではウィニング様に怪我を負わせないよう、配慮していましたから」


 そう言ってマリベルは、杖をウィニングに向けた。


「これは、防の型アルマでも防げませんよ」


 杖に収束する魔力の量に気づき、ウィニングは目を見開いた。

 大魔法が来る。それも、先程よりも強力な――。


「――《水轟咆哮ウォルタ・ウォーム》」


 全てを蹴散らす水の砲撃が放たれた。

 地面を抉り、風圧だけで木々を薙ぎ倒し、余波だけで消し飛んでしまいそうな威力の魔法だ。


 これは確かに防げそうにない。

 だからウィニングは、回避に徹することにした。


「――《発火・速イグニッション・アジリス》ッ!!」


 それは、素早い走り・・・・・

 ウィニングにとって原点の走りでもある。


 脚部の《身体強化》に加えて《吸着ソープション》の反発する力、更に《弾性バウン》でも反発する力を発生させる。音もするし、細かな方向転換もきかないが、これによってウィニングは圧倒的な速さを実現できた。


 足に力を入れるだけで地面にクレーターができる。

 ウィニングは、まばたきをする間にマリベルの魔法の範囲外まで逃げた。


「流石に、それを使われると追いつけませんね」


 水浸しになった森の中心で、マリベルが呟く。


「どうします? ウィニング様の実力で私を気絶させるなら……刺し違えるくらいの覚悟がいりますよ」 


 マリベルは一切隙のない佇まいでウィニングに告げた。

 その言葉を聞いて、ウィニングは少し考える。


(……無理だなぁ)


 マリベルはをついている。

 ウィニングの実力では、刺し違える覚悟を持ったところでマリベルを気絶させることはできない。


 マリベルは、最後の型を使わないとウィニングには勝ち目がないと言っていた。

 だが、よくよく考えればそれもおかしい。


 だって、最後の型はそもそも……戦わないための型だ。

 相手を倒すための力ではない。


「あの、我儘を言っていいですか?」


「……何を言いたいのか大体分かりますが、一先ず聞きましょう」


「俺ではマリベル先生を倒せません。試験の内容を変えてもらえませんか?」


 降参する前に交渉する。

 少なくとも、安易に降参を選べるほど、ウィニングの走りたいという気持ちは弱くなかった。


 マリベルはフィンドの顔を見る。

 フィンドは首を横に振った。


「駄目です。ルールは変更しません」


 流石に都合がよすぎたか、とウィニングは溜息を吐く。

 しかし、どうしてマリベルはこのような試験にしたのだろうか。


(マリベル先生は……最初から俺に、合格させないつもりなんだろうか?)


 いや――そんなことはないはずだ。

 それならわざわざ試験を三つに分けなくても、最初の試験でコレをやればよかったのだ。


 だが、この試験でウィニングが勝つことは不可能であることも、きっとマリベルは理解しているだろう。


「《水剣ウェルス》」


 マリベルが水の剣を大量に放った。

 それらをウィニングは、走って避ける。


「――ウィニング」


 勝負を観戦していたフィンドが、口を開いた。


「お前は、そうやって逃げ続けるのか?」


 フィンドは鋭い眼差しをウィニングに注いだ。


「確かにこれは厳しい試験ではある。だが、分かってくれ。私はお前の生き方を縛りたいわけではない。……安心したいだけなのだ」


 貴族としての責務。

 その中に、微かに親心が隠されている言葉だった。


「父上は、どうしたら安心してくれますか?」


「……お前が、私の目の届かないところにいても、無事でいてくれる保証が欲しい」


 決して、子離れができていないわけではない。

 ウィニングは貴族の長男だ。たとえ家督を継がなくても、例えば人質にでも取られたらコントレイル家は窮地に追い込まれる。


 だが、フィンドの本音を知ったウィニングは思った。

 その目的は、他の方法で果たせるかもしれない。


「そのためにも、お前は強くなくては――」


「――それは戦わなくちゃいけませんか?」


 父の言葉を遮るように、ウィニングは問いかけた。

 予期していない問いだったのか、フィンドは目を丸くする。


 その時、視界の片隅で。

 マリベルが――微かに微笑んだ気がした。


「俺は、戦って勝つことはできないかもしれません。……ですが、父上を安心させることなら、きっとできます」


 そう言って、ウィニングは正面に佇むマリエルを見た。


「マリベル先生、ルールは変更しないんですよね?」


「ええ」


「なら――」


 ウィニングの両足に魔力が集う。


「――マリベル先生は、俺に勝てませんよ?」


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