第7話 規格外の選択肢
「ちょっとその場で、全力で跳んでみてくれ」
「分かりました」
ウィニングは再び《身体強化》を発動する。
本来なら全身を覆う魔力が、下半身――脚部に集中した。
直後、ウィニングは跳んだ。
コントレイル子爵家の館は、普通の民家とは比べ物にならないほど広くて大きい。だから屋根も高いのだが……それを易々と超えてみせる。
(わけわからんくらい、出力が高ぇな)
これで三級の紋章とは、信じられない。
ウィニングが着地すると、大きな音が響いた。
「じゃあ、今度は足じゃなくて腕を強化してみてくれ」
「えっ?」
ロイドは平静を装って、ウィニングに告げた。
しかし何故か、ウィニングはどこか困った様子で視線を左右する。
「えっと、やり方を教えてくれると助かります」
「……やり方? さっき足でやってただろ」
「腕の強化はしたことなくて……」
ん? とロイドは妙な違和感を覚えた。
だが、まだ違和感の正体がはっきりしていないので、一旦頭の片隅に置いておく。
「足でやる時と同じだ。とにかくやってみろ」
「む、むむむ……っ」
ウィニングは唸りながら全身に力を入れていた。
その腕に魔力が集まっていく。しかし――。
(どういうことだ? 足の強化は上手いのに、腕の強化は普通だな)
あくまで
それでも、足の時ほど規格外ではない。
手を抜いているというわけではないだろう。
ウィニングの必死の顔を見れば、そのくらい分かる。
「坊ちゃん、普通の《身体強化》を発動してくれ」
ウィニングの全身を魔力が覆う。
しかし、まだ偏りがあった。足の方に魔力が集中している。
「いや、だから普通にやってくれ。足だけの強化じゃなくて、全身の強化だ」
「え、普通にやってるつもりですけど」
ウィニングは不思議そうに言った。
そう言えば、一昨日《身体強化》を使わせた時も似たような状態だったと思い出す。
「……そういうことか」
魔力回路という言葉が存在する。
これは魔法使いたちの中でも研究肌な者たちだけが使っている、専門用語のようなものだった。
魔力回路とは、肉体に対する魔力の
この言葉を知っている者は、魔力を肉体に浸透できることを「回路が開いてる」と表現する。より魔力を通せるようになることを「回路を開く」または「回路が発達する」と表現する。
例えば足の小指まで魔力を通すことができたら、足の小指まで魔力回路が開いていると表現する。
一般的に《身体強化》の発動条件は、全身に魔力を通すことだ。だが実際、本当に全身隈なく魔力を通すことができる者は限られている。大抵は手首と足首までが限界で、指先まで魔力を通すのは難しい。
だがウィニングは、下半身のみ驚くべき精度で魔力を通していた。
即ち――。
――足の魔力回路だけ、異様に発達している。
そのせいでウィニングは、普通に《身体強化》を発動していても、足の方に魔力が寄ってしまうのだ。
(うわぁ……こいつは、マジで分かんねぇな)
本来なら正すべきことだ。このままではアンバランスに成長してしまう。
だが、この発達具合は……見たことがないくらい素晴らしかった。
もはや芸術品である。魔法使いなら誰もが目を剥いて見惚れてしまうだろう。
(このまま伸ばすべきか、それとも矯正するべきか……駄目だ。俺には判断できねぇ)
できないというより――
多分、この判断はウィニングの未来を左右する。
ウィニングのことを規格外と感じている時点で、自分にその判断を下す権利はないとロイドは考えた。
自分には荷が重い。
どちらを選ぶか……選択によっては歴史を揺るがすほどの劇的な何かが未来で起きるかもしれない。それだけのものがウィニングにはあると、ロイドは感じていた。
「……もうちょい自主練してろ。俺は坊ちゃんの父さんと話がある」
「分かりました!」
ウィニングは背筋を正して返事をした。
ロイドは家に入り、執務室の扉をノックする。「入れ」と声が掛かったので、扉を開いた。
「フィンド。坊ちゃんについて報告だ」
その言葉に、フィンドは仕事の手を止めた。
どう説明するべきか……ロイドは考えながら口を開く。
「結論から言うと、分からん」
「……分からん?」
「ウィニングの坊ちゃんは、ちぐはぐだ。とんでもない才能があるかと思いきや、まあちょっと器用だなと感じる程度のものもある。こいつは俺には判別できねぇ」
魔法使いとしての才能があるのか、それとも異なる何かなのか……。
ウィニングは、速く動くことに関しては既に大人を超えている。
だが、それ以外の分野は多少優れている程度だ。
「フィンド。コントレイル家の伝統行事……今回もやるのか?」
「ああ。私の時と同じように、ウィニングが七歳になったら始めるつもりだ」
「教師は誰を雇うつもりだ。お前の時は、今の俺みたいな魔法学園の卒業生だったろ」
「そうだな。……正直、私はお前に頼めればと思ったんだが」
ロイドは首を横に振った。
「無理だ。ウィニングの坊ちゃんは、俺の手には負えねぇ」
「……そんなにか」
「ああ。雇う教師のレベルを引き上げろ。下手な奴に指導させたら潰れるぞ」
ウィニングに宿る謎の素質か、或いはその教師か……どちらかが潰れてしまうだろうとロイドは踏んでいた。
「紹介してやるよ。こう見えて顔は広いんでな」
「……助かる」
そう言って、ロイドはフィンドの机に置いてある紙とペンを手に取った。
紹介する相手の名前と住所を書く。
「ちょっとプライドが高ぇかもしれねぇが……この女なら間違いないだろ。なにせ、一時期は
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