第6話 災害の片鱗
「坊ちゃん。《身体強化》の発動はできても、制御に手こずっているみたいだな」
「はい。動くと、どうしても途切れてしまって」
「なるほどなぁ。そいつは知識だけじゃどうにもならねぇ。習うより慣れよの領域だ。……効果的な訓練法を教えてやるよ」
フィンドによると、ウィニングは《身体強化》をたった一日で習得したとのこと。
だが発動だけならともかく、制御には少し手こずっているようだ。
まあ実際、《身体強化》は発動よりも制御が難しい魔法である。
通常なら発動するだけで一週間から二週間、完全な制御には二週間から三週間かかる。
(ウィニングの坊ちゃんなら、三日で完全に制御してしまうかもなぁ……)
そんなことをロイドは内心で思いながら、ウィニングに指導した。
――甘かった。
◇
「やっふーーーーーーーーっ!!」
ウィニングは《身体強化》を完全に習得できていた。
「……嘘だろ」
子供とは思えない速度で庭を駆け回るウィニングを見て、ロイドは戦慄する。
――成長が早い。
というより、早すぎる。
手の甲で目元を拭った。しかし目の前の光景は変わらない。
ウィニングは元気いっぱいだ。
「ロイドさん! 見てください! 階段を一気に跳び越えられます!」
「お、おお、凄いな」
家の中に入ったロイドは、何度も階段を駆け上っていた。
偶々通りがかった使用人が驚いて花瓶を落としそうになったので、風の魔法で浮かせてやる。
(まさか俺に教師の才能があるとはなぁ……なんつって)
ロイドは一人、乾いた笑みを浮かべた。
自分は特別なことを教えていない。これはウィニングの努力の賜物だ。
一を聞いて十を知るとはこのことか。
目の前の光景にはただただ驚くばかりだが、いつまでも固まっているわけにはいかない。
再び外に出て庭を走るウィニングを、ロイドは冷静に観察した。
(妙に練度が高ぇ……こいつ、制御こそできていなかったが、多分《身体強化》をひたすら発動し続けていたな。魔法の扱いに慣れてやがる)
存外、ストイックな性格をしている。
これは才能の一言で片付けていいものではない。この少年の技術には、努力の跡が見え隠れしている。
その努力の結果、ウィニングは《身体強化》の発動が恐ろしくスムーズだった。
多分、息をするかのように《身体強化》の発動と停止を行っている。まるで一流の魔法使いだ。
「坊ちゃん。次は出力を調整してみろ」
駆け回るウィニングに、ロイドは言う。
「地面を蹴る時、一瞬だけ出力を上げるんだ。そうすりゃもっと速く動けるぜ」
「魔法の出力が乱れるのは悪いことじゃないんですか?」
「意図的ならいいんだよ」
「なるほど!」
早速、ウィニングは出力の調整を試みた。
まるで乾いたスポンジのようだ。どこまでも無限に知識を吸収してみせる。
そして、更に次の日――。
◇
「ロイドさん! 見てください! ジャンプしたら屋根まで届きました!」
屋根の上から、ウィニングの楽しそうな声が降ってくる。
「…………は?」
ロイドの顔が引き攣った。
流石に動揺を隠しきれない。
――いくらなんでも成長が早すぎる。
驚愕のあまり、その場に座り込んでしまいたい気分に駆られたが、大人のプライドで辛うじて堪えてみせた。
屋根から飛び降りたウィニングは、昨日と同じように庭を走り回る。
跳躍するのが楽しいのだろう。時折ウィニングは飛び跳ねていた。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て! 坊ちゃん! ちょっと――」
「いやっふーーーーー!!」
「待て! 待てって言ってんだろ! この、クソガ――――待てぇぇッ!!」
全く声が届いていないので、ロイドは追いかけて物理的に止めることにした。
ロイドも《身体強化》を使って走り出す。
だが、おかしい。
有り得ない現実が、目の前に広がっている。
(速ぇ! こいつ、マジで速ぇ……ッ!!)
距離が縮まらない。
昨日ロイドが教えた、瞬間的な出力の調整――それを実用しているのだ。
あと一歩で背中に手が届くと思えば、次の瞬間には遥か先にいる。
子供の追いかけっことはまるで次元が違う。
ロイドは、魔物相手に本気で狩りをしている時のような気分になった。
「――《
ロイドの全身を、より強い魔力が覆う。
刹那、ロイドはウィニングと距離を詰め、その腕を掴んだ。
「止ま――うおぉっ!?」
ウィニングはそこで初めて追いかけるロイドの存在に気づいたのか、急ブレーキをかける。
だがその勢いをすぐに殺すことはできず、ウィニングの腕を掴んでいたロイドは十セコル(十メートル)ほど引き摺られる形になった。
屈強な馬に引き摺られたかのようだ。靴底と、庭の地面が悲鳴を上げている。
しかしこれで止まってくれた。
ようやく話ができると思ったが――。
「なんですか今の!」
「あぁ!?」
「なんですか今の! 一瞬で凄く速くなりましたよね!? 教えてください! 俺もそれ使いたいです!」
「分かった! 分かったから先に俺の質問に答えろ!」
嵐のような子供だとロイドは思った。
言葉も、振る舞いも。
「坊ちゃん。さっき、何の魔法を使って走った」
「え? 《身体強化》ですけど」
「本当にただの《身体強化》か?」
「正確には足だけ強化しています。こうすることで普通の《身体強化》よりも出力が高くなるんです」
それは一部の魔法使いにしか実現できない高等テクニックだ。
聞けば今までフィンドたちは、ウィニングに初心者向けの魔法の本しか渡していなかったらしい。この年齢の子供に対する判断としては間違いない。が、そのせいでウィニングは高等テクニックを駆使していることを自覚していない。
「ど、どうやって、それを覚えた?」
「自分で考えて身に付けました。もっと速く走るためには、発現量を増やす必要があると思いまして。……他の魔法を覚えてもよかったんですけど、できれば使い慣れた《身体強化》を工夫して実現したかったんです」
――独学。
なんてことだ。
王立魔法学園の生徒ですら、それを習得するには時間がかかるというのに。
しかも、この子供は――そんな高等テクニックを駆使しながら、昨日教わったばかりである出力の調整も行っていたのか。
イカれてる――という言葉をロイドは辛うじて飲み込んだ。
友人の子供に掛けていい言葉ではない。
だが、天才という言葉よりはよほどしっくりくる。
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