第5話 才能調査
数日後。
ウィニングの前に、一人の男が現れた。
「ロイドだ。今日から三日間、ウィニング坊ちゃんの教師となる」
「ウィニングです。よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げるウィニングを、ロイドはじっと見つめた。
フィンドの息子らしい、聡明そうな子供だ。
ロイドは先週、手紙でフィンドに「息子の魔法を見てやってほしい」と頼まれた。
ロイドにとってフィンドは、このコントレイル子爵領で共に育った古くからの友人である。自分は領民で、向こうは領主。立場こそ違うが、若い頃から気が合って、大人になってからも助け合うことが多かった。
これでも王立魔法学園を卒業した身。働き口に困ることはないし、金は十分ある。
だが、旧友は金では買えない。歳を取るにつれてその大切さに気づくことがある。
それに――今まで忙しかったせいで、ロイドはまだフィンドの子供と会ったことがなかった。
だから、手紙の件を引き受けることにしたのだ。
「質問です!」
「おう、なんだ」
ウィニングは元気よく挙手した。
ちゃんと母メティの快活さも受け継いでいるようだ。
「父上は正直、俺が魔法を学ぶことに反対だと思うんですが、何故ロイドさんを呼んでくれたのでしょうか?」
「……中々鋭いじゃねぇか」
感心した。
周りをよく見ている子供だ。
フィンドから「ウィニングと話していると、偶に相手が子供であることを忘れそうになる」という話は聞いていたが、早速、その片鱗を目の当たりにする。
「まあざっくり言うと、坊ちゃんをどう育てるか悩んでるんだと思うぜ」
「どう育てるか、ですか……?」
「坊ちゃん、中々頭が回るみたいだが、貴族の長男ってのがどんなもんか理解してるか? 家督を継ぐために、幼い頃から色んな準備をしなくちゃいけないんだ」
例えば人脈を築くことだ。ウィニングがもう少し大きくなれば、色んな社交界に顔を出すことになるだろう。
勉強も平民の子供と比べれば沢山しなければならない。領地を経営するための術を学ぶ……というのもあるが、社交界で他の貴族たちに実力をアピールするためというのもある。
王族や公爵ならともかく、子爵であるコントレイル家は、そこまで権謀術数に巻き込まれることはない。しかしそれでも貴族は体裁が大事なのだ。自分が見下されるということは、領地が……領民が見下されるということ。当主の失敗は、下手したら領民を危険に晒すかもしれない。
「しかし坊ちゃんはどうも魔法が得意みたいだ」
「そうなんですか?」
「自覚ねぇのかよ」
やりくいな、とロイドは内心で愚痴った。
この年齢の子供は良くも悪くも純粋だ。下手に褒めて高慢な性格になられるとフィンドに怒られる。
「正確には、得意かもしれないってところだな。……場合によっては、魔法も本格的に伸ばした方がいいかもしれねぇ。それを確かめるために俺は来たんだ」
まだお前に才能があるのかどうかは分からないぞ、と暗に伝える。
ウィニングは「ふむふむ」と頷いた。
言外の意味は、果たして伝わっているのだろうか。
「もう一つ質問があります!」
「なんだ?」
「左腕はどうしたんですか?」
「……魔物に噛み千切られたんだ。義手をつけるか迷ったが、重たいし鬱陶しいからこのままにしている」
ロイドには左腕が存在しなかった。
いわゆる隻腕である。
「そういうデリケートな質問は、あまり安易にするもんじゃねぇぞ」
「あ……すみません」
前世では似たようなものだったので、つい気軽に訊いてしまった。
ウィニングは反省する。
「坊ちゃん。好きな魔法はなんだ?」
「《身体強化》です!」
「子供っぽくねぇな。もっと派手な魔法もあるだろ? 火属性なら《炎獄》とか、風属性だと《魔嵐》とか」
「俺の紋章だと、そんな大魔法は覚えられませんよ」
「まあな」
自分の才能には無頓着でも、自分の欠点には詳しいらしい。
それなら少なくとも高慢な性格には育たないだろう。
「じゃあ、《身体強化》を発動しろ」
「はい!」
ウィニングは一瞬で《身体強化》を発動した。
――速い。
普通はもう少し時間をかけなければ発動できない。
勿論、ロイドなら同じかそれ以上の速度で発動できるが、王立魔法学園の卒業生と六歳の子供を比較するのはあまりにも異常である。
「そのまま維持していろ」
集中の邪魔にはなりたくないので、少し離れた位置へ移動する。
しばらくすると、背後から足音が聞こえた。
「調子はどうだ?」
「フィンドか」
仕事が一区切りついたのだろうか。
休憩がてら息子の様子を見に来たフィンドに、ロイドは説明する。
「取り敢えず、《身体強化》を使わせている」
「……使わせるだけか?」
「一番簡単な魔法である《身体強化》も、時間が経つと個人によって色んな変化が起きるんだぜ? 容量が少ねぇ奴は単純に出力が下がるし、発現効率の悪い奴は出力が乱れる」
説明しながら、ロイドはウィニングの様子を観察した。
ウィニングの《身体強化》は……今述べたどちらの変化にも当て嵌まっていない。
「……なるほど、優秀だな。静止している状態とはいえ、時間が経っても出力が全く乱れていない。三級なのが惜しいぜ」
魔力のコントロールが上手いのだろう。
これは将来有望だ。三級でなければ。
しかし――。
(なーんか……足の方に
どうも魔力が、上半身ではなく下半身に寄っている気がする。
それで出力が安定しているということは、本人にとってはこれが自然体なのだろう。或いはこの状態に慣れているのか。
「ロイド。私は別に、ウィニングには才能なんてなくてもいいと思ってる」
ふと、フィンドは言った。
「たとえ才能がなかったとしても、親である私たちが正しく教え、導いてやればいい。……私が不安なのは、ありもしない才能に翻弄されてしまわないかという点だ」
「……なるほどねぇ」
フィンドの考えを聞いて、ロイドは相槌を打つ。
「フィンド。お前の個人的な願望はどうなんだ? 息子をどうしたい?」
そんなロイドの問いに、フィンドは少し考えてから答えた。
「できれば領主にしたい。ウィニングは賢いからな」
「ああ、それは間違いねぇな」
ウィニングは賢い。
それはロイドも一瞬で察した事実だった。
「加えて言うと……やはり紋章が不安だ」
「……ま、お前さんのこれまでの人生を考えると、そうだろうな」
ロイドは納得した素振りを見せる。
フィンド=コントレイルの紋章は、ウィニングと同じ三級だった。
だから分かる。三級はある意味、四級よりも厄介なのだ。
なまじ一番下の四級ではないから、中途半端な可能性を夢見てしまう。フィンドもかつてはその可能性に翻弄されて、分不相応にも王立魔法学園の門を叩こうとした。
だが、当然のように入学試験で落ちた。
そして、自分と一緒に試験を受けていたロイドは合格した。
苦い記憶だ。
貴族の長男として育てられたフィンドには、貴族としてのプライドがあった。だがあの日、そのプライドをズタズタに引き裂かれてしまったのだ。
結局、その後のロイドの活躍を聞くと、フィンドは己の力不足を認めざるを得なかった。
努力を怠ったつもりではない。しかし魔法の世界は残酷だ。
三級と二級の間には、超えられない壁がある。
その壁を痛感したフィンドだからこそ、ウィニングが魔法の道へ進むことには抵抗があった。
「手紙にも書いたが、俺は他にも仕事があるから長期的な教師にはなれねぇ」
後ろ髪をがしがしと掻きながら、ロイドは言う。
「しかし、この三日くらいならちゃんと面倒を見てやるよ」
「……ああ。よろしく頼む」
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