第4話 異端胎動


 一年後。

 六歳になったウィニングは、庭で母と向かい合っていた。 


「ウィニング。約束通り、魔法を教えるわ」


「やったーーーーーーーー!!」


 ウィニングは飛び上がって歓喜した。

 遂に――魔法の授業が始まる。


 座学はもう十分である。あらゆる本を読み尽くし、必要な知識は身に付けたと自負している。

 ここから先は待ちに待った実践だ。


「まずは《身体強化》から覚えましょうか」


「俺が一番覚えたかった魔法です!!」


「そう、ちゃんと勉強しているのね。ちなみに他には何が覚えたかったのかしら?」


「《脚部強化》と《疾風脚》と《爆炎脚》です!」


「そう。…………え、随分偏ってるわね」


 ウィニングの頭には、覚えるべき魔法のリストがズラリと並んでいた。

 走るために必要な魔法は全て覚えるつもりである。


「ウィニング、体内の魔力は感じる?」


「はい」


「じゃあ、まずその魔力をぐるぐる回してちょうだい。こう、渦を巻く感じで」


 メティの言葉に従い、ウィニングは体内にある魔力で渦を描く。

 魔力の操作を続けてきてよかった。ウィニングは一瞬で魔力を渦巻かせることに成功する。


「できました」


「え、もう? ……それじゃあ次は、その渦巻いている魔力を全身に広げてちょうだい。指の端っこまでね」


「はい」


 ウィニングは全身に力を入れた。

 渦を作ることなく、普通に全身へ魔力を広げていったらどうなるんだろう? と思ったが、恐らく渦を巻いた方が魔力にが生まれるのだ。この流れを利用すると、全身へ魔力を広げやすくなるし、出力もきっと向上する。


「全身に魔力を行き渡らせたら、一気に身体の外へ出してみて。一箇所ずつじゃなくて、ちゃんと全身から同時にね」


「む、むむ、む……っ」


 少し難しいことを要求された。

 ウィニングは唸りながら、魔力をコントロールする。

 必死の形相をするウィニングに、メティは微笑んだ。


「すぐにできなくても大丈夫よ。身体強化は無属性の中でも一番簡単な魔法だけど、それでも習得には一週間か二週間くらい――」


「――できました!」


 ウィニングの全身を、魔力の鎧が覆っていた。

 全身に力が漲ってくるこの感覚は……間違いない、生後一ヶ月の頃に経験したものだ。


「…………え?」


 そんなウィニングを見て、メティは目を見開いた。

 まるで、信じられないものを目の当たりにしたかのように。 


「そ、そう。凄い、わね……本当に」


 メティは妙に動揺した様子で言う。

 やがてメティは深く呼吸して、落ち着きを取り戻した。


「でも、その状態で動けるかしら?」


「え? ……あっ!?」


 試しに身体を動かそうとしたら、一瞬で《身体強化》が解除されてしまった。


「難しいでしょう? 魔法は発動だけでなく、その後の制御も難しいのよ」


 魔法の発動と、身体を動かすという動作は全く異なる。まるでピアノのように、或いはドラムのように、一度に二種類の動作をするに等しい行為だ。


 悔しい。

 正直、この一年間ずっと魔力の操作を練習し続けてきたので、《身体強化》くらいなら簡単に使いこなせると思っていた。しかし発動と維持で別々のテクニックが要求されるとは……完全に想定外である。


 折角、この状態で思いっきり走りたかったのに……まだそれは実現できないようだ。


 全ては己の未熟。

 だったら――努力するしかない。


「《身体強化》は一番簡単な魔法であると同時に、発動も制御も学ぶことができる初心者用の魔法なの。だからまずは、この魔法をしっかり使いこなせるようになってね」


「分かりました」


「それと……ウィニング。魔法の四大要素はちゃんと覚えているかしら?」


「はい。属性、容量、発現量、発現効率です」


「正解よ」


 メティは満足げに頷く。


 属性は単純に、習得できる魔法の属性を示している。例えばメティは水だ。メティは水属性の魔法を覚えることはできるが、それ以外の属性の魔法は覚えることができない。

 ただし、無属性だけは誰でも習得できる。《身体強化》はその一つだ。


 次に容量は、魔法の燃料となる魔力を、どれだけ体内に蓄えられるかをを示している。魔法を発動すると体内の魔力を消耗し、最終的にはガス欠……魔法を一切使えない状態になる。

 容量が大きければ大きいほどガス欠にはなりにくい。更に魔法の中には大量の魔力を消耗しないと発動できないものが存在する。いわゆる大魔法・・・と呼ばれるものだ。大魔法は、莫大な容量を持つ人間にしか発動できない。


 発現量は、一度に消費できる魔力の上限を示している。最大火力と言い換えてもいいだろう。たとえ容量がどれだけ大きくても、発現量が小さければ大きな魔法は使えない。


 そして発現効率は、いわゆる燃費である。これが高ければ高いほど、少ない魔力の消耗で、より大きな魔法を発動できる。


「このうちの属性と容量は、生まれつき決まるものだから努力しても伸びない。……ウィニングの紋章は、火と風の二属性持ちという珍しいものだけど、三級だから容量が少ないの。だから無茶しないでね。魔力が底をつくと最悪、気を失ってしまうから」


「分かりました」


 メティの説明にウィニングは頷いた。

 紋章の等級は容量を示している。


 四つある要素の中で、たった一つしか示していないのに、それで魔法使いとしての才能が調べられるのか……と疑問に思うかもしれないが、要はそれだけ容量が大事なのだ。

 魔法使いにとって最も大事なステータスは容量である。


(ゲームでも、魔法が強いキャラは大抵MPも多かったし、そういうものかなぁ)


 ゲームに慣れたプレイヤーは、MPの量によってそのキャラが魔法系かどうか判断する。

 ウィニングのMPは残念ながら魔法系のキャラらしくはなかった。

 しかし、ないならないでやりようはある。


(属性魔法を使いこなすには容量が必要になるらしい。父上が俺の紋章で頭を悩ませていたのはそれが原因だろう。……なら俺は、無属性の魔法を学ぶべきだ)


 果たしてこの方針が長期的なものになるかどうかは分からない。

 いずれは属性魔法にも手を出したいが、先の話は基礎を身に付けてから考えよう。


(まずはこの《身体強化》を極めよう……それこそ、眠っている間でも発動できるくらい)


 ウィニングは早速、《身体強化》の練習を始めた。




 ◇




 静かに――子供とは思えないほど深く集中するウィニングを見て、メティは足音を立てずにそっと家に戻った。


 家に入ると同時に、必死に堪えていた興奮を解き放つ。


「あなた!」


 メティは夫の姿を探した。

 執務室の方へ向かうと、資料を探しに部屋を出たばかりのフィンドを見つける。

 メティはフィンドに向かって抱きついた。


「あなたあなたあなた!!」


「ん……おぉ? わっはっはっは! どうしたんだメティ。今日は随分と情熱的ではないか!」


 久々に妻に抱き締められ、フィンドは大いに喜んだ。

 ここ最近、仕事で忙しかったのだ。

 しかしメティは、別にフィンドとの愛を確かめ合うために抱きついたわけではない。


「ウィニングは天才よ!」


「……またその話か」


 フィンドの笑顔が消える。

 フィンドは興奮しているメティに、諭すように語った。


「メティ。子供は個人差が出やすいんだ。たとえ今は優れていても、大きくなるにつれて少しずつ普通になっていく」


「《身体強化》をすぐに発動できたのよ!」


「……なに?」


 流石にその言葉には、フィンドも反応せざるを得なかった。

 無属性の魔法《身体強化》は、初心者向けの魔法として有名だ。しかし初めて魔法を習得する子供の場合、通常なら一週間から二週間を費やして習得する。


 それをウィニングは、たった一日で習得してみせたらしい。

 いくらなんでも規格外だ。


「……私の知り合いに、魔法学園の卒業生がいる」


 フィンドは顎に指を添えながら言った。

 王立魔法学園。そこは魔法を極めるための学び舎と言っても過言ではない。入学試験は勿論、卒業試験も難しく、才気溢れる若者ですら心が折れて中退することも珍しくなかった。そのため王立魔法学園は、卒業するだけでも輝かしい実績になるが、入学するだけでも十分誇れる教育機関である。


 その学園の卒業生となれば、間違いなく優秀な魔法使いである。


「折角だ。一度、息子のことを見てもらうか」


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