第7話 筋トレを始めた理由
何歳までいたか覚えていないが、物心ついたくらいまでは俺には父がいた。
俺は父が好きだった。
母と違って優しくて、ワガママを言っても甘えさせてくれた。
そんな父が突然「優ごめんな…」と言い残していなくなった。
離婚したらしい。
俺は母に引き取られたが、そこからが地獄だった。
『お前なんて産まなければよかった!』
『お前のせいで私はあの人に捨てられたんだ!』
『お前さえいなければ夫婦円満だったのに…法律さえ無ければ○してやりたいよ』
離婚した後、母親に毎日こんな言葉をかけられて育った。
俺はゴミだけどご飯を食べさせてくれる母に感謝しなければならない。
ゴミだから怒っている母に殴られるのは当たり前。
ゴミでも小学校に行けるのは幸せなのだ。
そう教えられて育てられた11歳のある日、知らない大人達が来て母親を逮捕した。
後から聞いた話だと、毎日響く母親の怒鳴り声と俺の泣き声で近所に通報してくれた人がいたらしい。
こんな母親の子供を引き取りたいやつがいるはずも無く、もうどこにも身寄りの無い俺は施設に預けられた。
そこで初めて、《土下座をしなくてもご飯が食べれる》事を思い出し、《殴られる必要が無い》事を知った。
施設で面倒を見てくれた京子さんは「もうそんな事をしなくてもいいんだよ。みんなと遊んでおいで。」と教えてくれたんだ。
京子さんは温かかった。
物を落としてもぶたないし、工作に失敗しても怒鳴らないし、お手伝いをしたら笑顔で褒めてくれる。
俺に本当の当たり前を教えてくれた。
…涙が止まらなかった。本当の母親がこうだったら良かったのに。
施設の生活に少し慣れた頃、俺に初めて友達が出来た。
捨てられたからなのか名字は言いたがらなかったけど、名前は朝日って教えてくれた。
朝日は俺と同じで親に捨てられた子なのに、いつも笑顔だった。
「キミの名前なんて言うの?」
「ボクは佐藤優って言います…」
「ユウくんか、いい名前だね!これからよろしくね!」
------
何気ない毎日が本当に楽しかった。でも…
「ユウー!今日はカレーだって京子さん言ってたよ!!」
「マジかよ!朝日が朝からニコニコしてたのそれが理由かよ!食い意地張ってるなあ…」
「うるさいなぁ…別にいいじゃん。」
ヤメテクダサイ…オヒキトリヲ…
「ん?なんか正門の方騒がしくない?…って朝日どうした!?なんで震えてるんだ?体調悪いのか!?」
「イヤ…イヤ…イヤ…」
「朝日本当にどうした!?」
突然その男は現れた。
「よう、朝日ィ…久しぶりやなァ…」
「イヤアアア!!ユウ助けて!」
「すいません、どちら様でしょうか?朝日が嫌がってるので離してください。」
「俺はこいつの父親やから引き取りに来ただけやで?仲良うしてくれてありがとうな!」
「ふざけんな!朝日が嫌がってんだろ!離せよ!」
「邪魔じゃクソガキ!どかんかい!」
朝日が連れて行かれると思ったら、身体が勝手に動いてた。ボコボコに殴られても抵抗していた。当たり前だけど大人に勝てるわけもない。
気付いたら病院のベッドの上で朝日が泣きながら手を握っていた。
「ユウ気がついた!?…グスッ…ゴメンね…ゴメンね…骨も折れてて危なかったって…」
「朝日…もう泣くなよ。でも連れて行かれなくて良かった…朝日が居てくれないと俺が困るんだよ。」
「フフッ何それ告白?ゴメンね?臭すぎて無理かな…」
「は!?ざっけんな!!」
「フフッ…じゃあユウも元気になったし帰るね?お大事に〜!」
これが俺が朝日と最後に交わした言葉になった。
退院して施設に戻ると、朝日の姿は無かった。
朝日は入院している間に引き取ってくれた人がいたらしい。
朝日が幸せならそれでいいと思う、ただ最後の挨拶だけはしたかった。
出来なかったのは俺が弱いからだ…あんなやつにボコボコにされて入院なんてしなければ俺は別れの挨拶が出来たんだ。
ずっと好きだったって言いたかった。でも弱い俺にそんな資格は無かったんだと思い知らされた。
「もっと強くならなきゃ…大切な人を守れるように…」
強い=筋肉は我ながら単純だとは思ったけど、腕っぷしが強くて困ることはない。
こうして筋トレ漬けの毎日が始まって…真昼に出会う事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます