第52話 タケルの覚悟
タケルはふと思う。ほんの数時間前までは、音楽ステージに立っていたはずだと。過去のトラウマとか、大賞がどうのと言っていたのだと。
それが今はどうだろうか。間断なく鳴り響く銃声に怒号。あまりにも激しすぎる環境の変化が、タケルに金切り声を強制した。
「どうしてこんな事になってんのぉーー!」
ここはT字路の別れ道。警備員による襲撃があり、咄嗟に銃撃をかわしたのは良いが、タケルはノボル達と反対側に飛んでしまった。合流しようにも、両者の間は猛烈な射撃の嵐で隔たれている。突破はどう見ても不可能であった。
「そもそもここは日本じゃないか。どうして小銃なんか持ってんの!」
壁を背にして身を隠す間も、射撃は全く途切れない。突き当りの壁では、破裂音がひっきりなしに鳴り続ける。
「安心したまえ、これは実弾ではない。空気銃だ。もっとも、当たれば卒倒しかねない程に痛い。くれぐれも気をつけるように」
「安心できないよ! つうか、どうして笑ってんの。何がそんなに楽しいだよ!」
「やはり抵抗とは愉悦であるな! 傲慢なる強者と鍔迫り合いを演じるのはなぁ!」
「あぁ、発想がやばい人だ……。こんな事なら手を組むんじゃなかったよ……」
そう話す間にも、状況は刻一刻と悪化。警備員達はジリジリと距離を詰め、タケル達を捕縛せんと目論む。
この頃になると、ノボルも薄笑いをやめ、真剣な顔つきになった。
「少々厄介だな。二手に別れて進んだとしても、飯場君1人では迷子になりかねん。この場を制圧して、合流するが吉か」
「ノボル様。私が蹴散らして参りましょうか?」
「それには及ばないよグロリア。確かこの辺に……」
ノボルは警備員たちが来る方へ、壁伝いに手を這わせた。それから指先に触れる物を感じると、ニヤリとほくそ笑み、今度は拳を叩きつけた。
硬いプレートの割れる音。続けざまに響く絶叫。すると辺りは、耳を疑うほどの静けさを取り戻した。タケルは半信半疑ながら、うつろな視線を左右に向けた。
「なんで、どうして……?」
「飯場君。追手は処理した。だから安心してこちらへ来たまえ」
「処理っていうけど一体……ッ!?」
タケルは合流しようとした瞬間、衝撃的な光景を目の当たりにした。
ついさっきやって来た通路、そして警備員が押しかけてきた道は、全ての床が消失していたのだ。まるでゴミでも排出するかのように、足場や掴むものの無い完全な空洞がそこにあった。
「もしかして、さっきの人たちは皆?」
「無論だ。そうでなければ、ここまで静かになるまいよ」
「何なんですかコレ。落とし穴なんて作る意味ありますか」
「これはスマホ達の脱走を防ぐ為だ。マジリアルの身体能力は、人間のそれを遥かに上回る。我ら非力な人類が制御するには、相応の対策が必要となるのだよ」
「脱走? 対策?」
「ともかく先を急ごう。想定よりも警備が厳重だ」
タケルは走りながら思う。もしかするとニーナ達は虐げられているのではと。力で押さえつけねばならない関係性が、まともである訳がない。
そう考えれば、通路に刻まれた傷も何らかの凶事の痕に見えてくる。灰色一色の光景からは、無味乾燥どころか寒々しさまで感じられた。
早く助けてあげなきゃ。タケルは心を新たにするが、想いに反して歩みは遅かった。
「クッ、先回りされたか。数は2人……」
「ノボル様、お任せください」
グロリアは低姿勢になり、銃撃をかいくぐりながら疾駆した。そして敵の懐に潜り込み、腹に重たい肘を食らわす。その一撃だけで、男から意識を奪い去った。
残る1人は警棒を振りかざした。同時に先端から鳴り響くのはけたたましい炸裂音。高圧電流が完備された武器は、触れるだけで行動不能に陥るほどに強力な代物だった。タケルのような人間はもとより、強靭なるスマホ少女といえども昏倒は避けられない。
「侵入者め、大人しくしろ!」
「脇が甘いです」
グロリアは振りかざされた腕を掻い潜り、相手の腕を勢いよく捻った。
すると警備員の体はキレイな弧を描き、そのまま背中を強く打ち付けた。昏倒したのは警備員の方だった。白目を剥いて意識を手放している。
「ノボル様、脅威を無力化しました」
「よろしい。先を急ぐぞ!」
それから駆け出したタケル達だが、研究所は広大だ。目的地である『コンソールルーム』は遠く、更には要所を警備員が固めているので、容易に辿り着けなかった。
時には通気ダクトを這って通り、あるいは陽動を仕掛けて警備を分断しながら進むため、労力の割に侵攻は遅かった。
やがてタケルが息を切らせて立ち止まる。体力の底をついたのだ。
「あの、ちょっと休ませて……」
息も絶え絶えの言葉だ。ノボル達は仕方ないと言い、近場の備品室に隠れる事にした。
「思いの外に手こずっているな。以降は強行突破も検討しよう」
以降どころか、のっけから強行突破だったじゃないか。タケルは腹で指摘(ツッコミ)ながらも、口からは別の言葉が飛び出した。
「そもそもですよ、こんな危険を冒す意味ってあるんですか? ニーナを取り返すだけなんだ。警察とか弁護士に相談して、ちゃんと合法的にやっても良いでしょうが」
「果たして公権力を味方に出来るかはさておき、それでは到底間に合わんぞ」
「間に合わないって、何に?」
「264号、つまりはニーナがこの世から消滅させられる。早ければ今日のうちにな」
タケルは自身の耳を疑った。そして脳裏で先程の言葉を繰り返す。ニーナが消されてしまう。にわかに信じがたい言葉だが、腹に強く突き刺さり、その痛みが信憑性をもたらした。
「どうして。契約者の僕に断りもなく、よくも勝手に!」
その憤りは、ノボルに感情までは伝わらなかった。相手は説明する片手間に、棚の備品をいじくり回している。世間話の延長、くらいの温度感だった。
「研究所としては、速やかに不良品を回収し、正規品に差し替えたというスタンスだ。世間一般から見ても正論である。それに、不良品をどう扱うかが生産元に委ねられるのも、至極真っ当な事だ」
「僕の意思に反しても、ですか?」
「君の気持ちはわかる。しかし連中が急ぐ理由もあるのだ。マジリアルシリーズは、人類を優に凌ぐ存在だ。それについて説明の必要はあるまい?」
「まぁ、グロリアさんとか、知り合いのセワスキンとか人間離れしてました。ニーナは割と普通だったけど」
「そんな驚異的存在を運用するには、人間、もとい契約者や研究所に絶対服従するシステムが必須だ。そうでなくては、仮に反乱など企てられた場合に甚大なる悲劇を被りかねない」
「まぁ、分かる気はしますが」
「ゆえに示さなくてはならない。いかなる理由があれど、ささやかな反抗であっても、決して研究所を裏切ってはならない事を。ニーナが消去処分となるのは、見せしめの意味が強い」
「だからって、そんな……!」
「そうならない為にも急ぐのだ。多少は手荒な方法を用いてでも」
ニーナがこの世から消える。いや、殺される。どんな時でも隣でほほえみ、苦楽を共にした彼女が、今この瞬間にも消滅の危機に晒されているのだ。
いつしか見た、ニーナが立ち去る夢。あれはこの事態を予見したものなのか。しかし見限られたのであれば、タケルに非がある分、諦めもつく。しかし何者かの都合で無理やり引き裂かれるのは、全くもって納得がいかない。そう強く感じるだけの絆は完成しているのだ。
改めて痛感する緊迫、そしてタケルの本心。転換点となった会話は耳目を集めたのだが、それが災いもした。音もなく忍び寄る脅威に気づけなかったのだ。
「グロリア、後ろだ!」
ノボルが叫んだ瞬間には、既に接近を許していた。通気口から侵入した警備員が、禍々しく煌めく警棒を振り上げる。
その光景を間近で捉えたタケルは、胸の中で何かが弾けた。グロリアに向けられた害意が、ニーナを滅しようとする悪意に重なったのだ。
「やめろぉーーッ!」
反射的に駆け出すタケル。警備員の真横から体当たりを仕掛け、ものの見事に命中した。
予期せぬ反撃によろけた警備員は、棚に倒れ込んだ。彼にとって不運であるのは、警棒の電撃まで浴びてしまった事だ。甲高い絶叫の後にその体は動かなくなった。今となっては静かに白煙を昇らせるばかりだ。
「危うい所をありがとうございます。大変助かりました」
「見事だぞ飯場君。君もようやく覚悟を決めたのだな」
「あの、これ、死んでませんよね?」
「死にはせんよ、鍛え方が違うからな。まぁしばらくの間は医者通いだろうが」
「それはそうとノボル様。先を急ぐべきかと。位置が知られたようですし」
「そうすべきだろう」
それから、部屋の出入り口付近に固まる警備を突破し、一行は駆けに駆けた。
その最中でもタケルの活躍は目覚ましく、時には配電室に単身潜り込み、一帯を混乱させた。またある時は両手を挙げて油断を誘い、グロリアの攻勢を助けるという囮までこなしてみせた。
手数が増えれば効率性も上がる。一気に歩を進めた彼らは、ついに目的地であるコンソールルーム付近に到達した。
「グロリア、飯場君。最後の仕上げだ。しくじるなよ」
ノボルは指紋と角膜による認証を受けながら、改めて注意を促した。
「ノボルさん。この先にニーナが?」
「そのはずだ。連中はともかく処刑を急ぎたいらしい。こんな時ばかり仕事が早いのだから、笑えんよ」
重々しい音がするなり、大扉が中心から左右に分かれて開いた。その先は渡り廊下が見えるも、大部分は空洞で、吹き抜けの構造となっている。
並々ならぬ殺気に、地獄の淵のように見えたタケルだが、ゆっくりとそちらの方へ眼を向けた すると2フロア分ほど下の方に巨大な設備が有り。人だかりが出来ている事も知った。
そして、その数十人の集団の中にニーナの姿をも発見した。
「あそこだ! あそこにニーナが……!」
通路の柵に飛びついて叫ぶのだが、すかさずノボルが取り付くことで、壁際まで引きずられた。
「何するんですか、離してくださいよ!」
「迂闊だぞ飯場君。我らの動きを、むざむざ知らせる様なものではないか」
「でもニーナが、やばそうな機械に縛り付けられてる。早く助けないと!」
「残念だが、そう簡単にはいきそうにない」
ノボルは通路の柵の隙間から階下を盗み見た。メインコンソールに接続されたニーナ、向き合うように整列する200系のスマホ少女たち。そして白衣の男と、周囲を固める青年型のマジリアルが10機程。
その青年たちはどれも、セワスキンに酷似していた。違いがあるとすれば頭髪の色くらいのものだ。
「まさか戦闘特化型をここまで引き連れていようとは。グロリア、勝算は見込めるか?」
「申し訳ありません、ノボル様。私1人では時間稼ぎすらも難しいかと」
「そうだろうな。しかしここまで厳重に構えるとは。我々だけでなく、他の200系が暴れだすのを封殺する為なのか……」
「何を悠長な事を! 急がないとニーナが!」
「待ちたまえ。力押しでは万に1つも勝ち目が無い。ここはひとつ、奇策を講じようではないか」
「奇策って、どうするんですか?」
「時が惜しい。手短にするぞ」
その説明はひどくシンプルであった。そしてシンプルであるがゆえに、場違いすぎる提案は強烈な違和感を孕んでいた。
しかしグロリアは乗り気だ。難色を示したのはタケルのみである。
「私もそれが最善かと思います。急ぎ実行に移しましょう」
「えっ。2人ともマジで言ってる?」
「マジも何も大真面目だ。さぁ飯場君、準備したまえ」
「そんな急に言われても!」
仕方なく、通路柵の傍に立つタケル。そして通り一遍の台詞を口にするのだが、逼迫している分、要求も強烈だった。
「ダメです全然。そんなの、タンスの裏で事切れたナナホシテントウみたいじゃないですか」
「どういう意味だよそれ!」
「飯場君、顔も声色も酷いぞ。もっと洒脱というか、軽快にトークしたまえよ」
「こんな状況じゃ無理でしょう!?」
「四の五の言わずに。手遅れになるぞ」
「アッハッハもうどうにでもなれッ!」
吹っ切れたタケルは、腹の奥底まで息を吸い込み、力の限り叫んだ。顔は夕日よりも紅く、脳の血管へのダメージを案じる程である。
「どうも皆さんこんにちわ! バンバニル放送ですッ!!」
その声はとにかく響いた。天井で重たく反響。そして階下で滞り無く進んでいた処刑の儀式も、動揺と共に停止するのである。
それはまるで、時間が止められたかの様に。
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