第41話 宿題やったか?
陽射しの陰る日曜日。うだるような暑さは、いつの間にか遠のいている。そろそろ秋かと思わせる陽気の中、カツトシの部屋から漏れ伝わる熱は、相当に暑苦しいものだった。
「ここだ、真空張り手スペシャル!」
「甘ぇよタケちゃん! 超カウンターからの転倒脚だ!」
「うわっ、また負けたぁ!」
画面上に目映い演出が駆け巡り、勝負がついた。勝者のカツトシは、卓上のショコラを一欠片つまみして、もったいぶる様に頬張った。
「やったぜ、これで3連勝!」
「なんでだろうなぁ。ゲーセンだと良い勝負できるのに、コントローラーだと勝てないんだよね」
「ふふん。言い訳は格好悪いな。このドロショコラ、オレが全部いただいちゃうぞ?」
2人が語らう合う中、ニーナはアイスコーヒーの準備。まだ冷たいものが美味しい季節だ。そしてシトラスはカツトシの脇に座り、頭の毛束を誇らしげにブンブン振り回す。
「さすがニィニ、勝負事には強い。うちの所有者(マスター)が1番」
「タケル様は平和主義者ですから。そもそも創作事を好まれるお方です。殴り合いなど、空想の上でも不得意なのは当然です」
「ニィニって普段は全然ダメだけど、ここぞという場面ではキッチリ勝てる。そんな不完全さが主人公っぽい」
「タケル様も驚くくらい鈍感で、乙女心を全く理解されてません。しかし情にもろく所があり、凝り性な面も主人公らしい……」
「ねぇ2人とも。『うちの父ちゃんの方がすげぇ』になってるから。あと褒めるか貶すかハッキリして」
タケルがギャラリーに軽く釘刺すと、ゲーム画面が切り替わった。キャラ選択モードに移行したのだ。
「さてと、じゃあ次の対戦やっちまおうぜ!」
「河瀨君。もう良いよ、そろそろ切り上げよう」
「何だよ。じゃあさ、今からゲーセンに行こうぜ。そこで第2ラウンドって事に」
「あのさぁ、僕がここに来た理由を忘れてない? 今日は大学の……」
タケルがそこまで言い募った所で、振動音が遮った。ニーナが椅子の上でガタガタと震えたのである。
着信だ。お相手が安里伊奈であることは、ニーナの渋い表情だけで理解できた。
「タケル君、今電話して平気だった?」
そんな切り口から始まった話は、遊びへのお誘いだ。
「ちょうど今日ね、新しいゲームセンターがオープンしたの。一緒にどうかなと思って」
「そうだなぁ。ちょっとタイミングが……」
「ゲーセンのお誘い!? 行きます行きます! だよな、タケちゃん?」
「河瀬君、割り込んで来ないでよ!」
「じゃあ迎えを寄越すから、よろしくねぇ」
「待って安里さん……。切れちゃった」
すかさず河瀬のアパート前でクラクションが鳴る。イナが寄越した迎えだった。この手際の良さ。逃さないぞ、という意思が現れているようで、タケルは観念するしかなかった。
そして車で10分ほど市内を走る。すると駅前雑居ビル前で停車。歩道にイナの姿を見掛けた事で、タケル達は下車した。
「ようこそタケル君! よくゲームで遊んでるって聞いたから、奮発して建てちゃった!」
「建てたって何を?」
「何をって、ゲームセンターだよ」
「えっ……?」
見渡す限り、それらしい建物も看板もない。商社や銀行、他にはカフェがあるくらいで、アミューズメントを感じさせる施設は皆無だった。
「外からじゃわかんないよね、コチラへどうぞ」
「わ、分かったから。引っ張らないでよ」
タケルの腕に抱きついたイナは、そのままエスコート。白色光が照らす中、そして背後でニーナが眼を光らせる中、ビルの地下階段を降りていく。そして突き当りで、認証センサーに指をかざして自動ドアを開いた。
そうして辿り着いたのは、嘘偽り無くゲームセンターであった。ビデオゲームにUFOキャッチャー、体感ゲームや大型の筐体(きょうたい)と、首都圏のそれと遜色はない。そして奥の区画はフードコートとなっており、軽食や休憩も可能と、全く隙を見せなかった。
「うわぁ、凄いたくさんゲームがあるね。それに地下なのに狭苦しくない」
「ここは地下2階なんだけど、吹き抜けにしたんだぁ。だから天井が凄く高いでしょ」
「おぉいタケちゃん、すっげぇレアなゲームがあるぞ! MANACOが昔だしてたやつ!」
「古いのばかりじゃないね、スラムファイターズの最新版もあったよ」
「さっそく遊ぼうぜ。つうか、さっきの勝負の続きやろうぜ!」
「分かったよ。じゃあ小銭を崩さないと……」
財布に手を伸ばそうとした所で、イナの手が優しく触れた。
「タケル君。ここはお金なんて要らないよ。好きに遊べちゃうから」
「お金が要らないって、どういう事?」
「ここはね、私の口座から出して作ったお店で、ずっと貸し切りみたいなものなの。一般のお客さんも入れないし。お店と言うよりプレイルームみたいなものかな?」
「それ、大丈夫なの……。いったい何億円が動いちゃった?」
「あっ、気にしないで。タケル君が飽きた頃に、どっかの会社さんに売っちゃうから。だからその日まではお好きにどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて、少しだけ……」
「タケル君さえ良ければ、毎日だって来ても良いよ?」
「いや、毎日は遠慮するよ」
そんな話があると、カツトシが大きく手を振った。対戦格闘のエリアである。そこで勝負の続きをしようと言うのだ。
「おぉい、ここでやろうぜ! ゲーセンなら負けないって言葉を証明してくれよ!」
しかし、結論から言えば、勝負は持ち越しとなる。イナがカツトシの背後から優しく囁いたからだ。
「ねぇ河瀨君。向こうにキャロットレーサーズもあるんだけど」
「えっ、キャロサあんの? キャラカードとか使えたりする?」
「もちろんだよ。戦績もちゃんと残せるし、新カードも排出されるよ。しかも無料で遊べちゃうんだから!」
「最高かよ! そんじゃあ存分に出走(はしら)せてもらうぜぇーー!」
カツトシは店内を脇眼も振らず猛ダッシュ、大型ゲームの虜となった。最大10人で利用できる大画面を独占できる贅沢。しかもタダでプレイできるという。VIPのごとき上等な座席に腰を降ろし、体力の限界までしゃぶり尽くす気配だ。
ちなみに、先程は勝負感を褒められたカツトシだが、隣に座るシトラスの方が戦績は上だったりする。
「河瀨君が一人遊び始めちゃったよ。僕はどうしようかな……」
「タケル君。もし良かったら、あっちでダンスゲームやってみない?」
「ダンスかぁ。全然やったこと無いよ。下手な所を他人に見られるのが嫌で」
「でも、結構楽しいよ? どうせならやってみない?」
「うん。じゃあ1回くらいなら」
かかった! イナは内心で強く叫んだ。タケルをエスコートする彼女の顔が、どこか暗い笑顔に見えたのは、館内の薄暗さが原因だろうか。
「タケル君。これがダンス・ドール・リアリズム。通称DDRだよ」
「足の板がコントローラーになってるんだよね。難しそう」
「慣れれば簡単だって。じゃあ、まずはお手本を見せてあげるね」
そんな言葉とともに、ステージに上がるイナ。だがゲームを始める前に、聞えよがしな独り言を呟いた。
「こんな格好で踊ったら、見えちゃうもんね」
そんな言葉とともに、ミニスカートの高さを調節し、丈を少し下げた。その時、尻を僅かにタケルの方へ突き出す事も忘れない。
勝負(いくさ)なら既に始まっている。イナはこの日の為にモデルコーチを雇い、猛特訓を積み重ねてきたのだ。激しく舞い踊っても、決して『アレが見えない』という、絶妙な動きをマスターする為に。
血の滲むような努力は、今ようやく陽の目を浴びようとしていた。唯一の懸念であるセワスキンには、フードコートの管理を任せるという鉄壁の構え。
事前準備は万全だ。失敗を懸念するどころか、成功する未来しか見えない。全ては、タケルの情欲を揺さぶり、向こうから手を出すように仕向ける為である。
――このイタズラな子猫ちゃんめ。お仕置きされる覚悟は出来てるのかい?
そんな言葉とともに、果たして何をされてしまうのか。想像しただけでもイナの頬は緩み、口元をヨダレで濡らしてしまう。
「えへへ。タケル君って、意外と強引なトコあるよね……」
「安里さん。ゲームはやらないの?」
「ひゃい!? ごめんね、今すぐ始めるから。お仕置きはその後で!」
「一体何の話だよ……」
こうして1プレイが開始される。軽快に踊るイナは、足元だけでなく上半身の振り付けも加えていた。一見すると健康的で楽しげなダンス。しかし身振りの激しさから、センシティブな布が、敢えて明言すればパンツが見えそうになる。
だが絶対に見えない。極限ギリギリのラインで、スカートによって守られるのだ。その動きがどれほど煩悩を焚きつけるかは、筆舌に尽くしがたい。
「ふぅ、1ステージお終い。どうだったタケル君?」
「どうって聞かれても、何と言ったら良いか……」
難攻不落のタケルが揺らぐ。勝利の美酒は目前か。成功を確信したイナは、振り向きざまに微笑む。自身の八重歯を小悪魔的に光らせつつ。
(これは貰った。お仕置きしてもらう権利、頂戴します!)
だがその時だ。不意に『ライバル出現』という演出が聴こえてきた。イナの隣には、ワンピース1枚という薄着の女性が仁王立ちしていた。
「ニーナさん、それは何の真似?」
「このゲームには、対戦要素もあるそうです。是非ともタケル様にご覧いただきたく」
「良いじゃない。受けて立つから」
「ゲーム配信アプリを高速インストールします……完了」
こうして2回戦は幕を開けた。
付け焼き刃かと思われたニーナは、華麗なる動きを見せつける。互いのゲームポイントは接戦を繰り広げ、追い越しては抜かれる事を繰り返した。更にはワンピースのみという姿が、妖艶さを上乗せした。裾からはフトモモが露わになり、胸元からも深い谷間が演出される。
(やるじゃないニーナさん。こうなったら奥の手を……!)
対するイナはTシャツを脱ぎ捨てた。そして上はタンクトップという軽装になる。黒無地のため、濡れ透けという事態にはならない。彼女が狙ったのは汗だった。
首筋から垂れる雫、そして蒸れた衣服。その生々しさが新たなエッセンスとなり、煩悩を激しく刺激する。理性をアッサリと撃滅する程の破壊力が、そこには存在した。これは生身の人間のみが持てる強烈な必殺技なのだ。
この秘技には流石のニーナも分が悪い。水気と相性の悪いスマホが、何の準備もなしに対抗できる訳が無い。残された時間は、一方的な展開になったと言って良い。
そして挽回の機会は無く、ゲームが終わる。勝敗は2人の態度が鮮明に物語っていた。
「クッ……参りました。どうあがいても、私の負けです……!」
「ニーナさん、あなたは強かった。でも私の方が上だったわね。この日の為に準備を重ねた私との違いが、勝敗を分けたのよ!」
「事前、準備……」
「さぁて、お待たせタケルくぅん。そろそろやってみようか。どんなプレイで愉しんじゃう……」
イナが振り向けば、そこは無人だった。タケルはどこへ。視線を巡らせると、フードコートの座席でお茶をしているのが見えた。
「ちょぉいちょい! タケル君、さっきの見てなかったの!?」
「うん。何か眼のやり場に困ったし、2人とも楽しそうだったから、もう良いかなって」
「タケル君の為に頑張ってたのに……」
「それよりも、安里さんはレポートやった? 明日が提出日だけど」
「れ、れぽーと?」
「忘れてたんだね。あの教授は厳しい人だから、丸写しだと0点にされかねないよ?」
「あの、えっと、頑張りまぁす……」
こうしてダンス対決は想定外の結末に着地。色気のカケラもない事に、学業に精をだす羽目になってしまった。
真面目に集中するタケルを、慈愛の笑みで眺めるニーナ。そして、その2人を正面から睨むイナ。一応の勝敗はついたのだが、タケルの心をどちからが掴むのか、レースはまだまだ続いてゆく。
ちなみに今もゲームに熱中するカツトシは、単位の取得が極めて危うくなる。しかし彼にはトレーダーの才能があり、甘い脇をシトラスが固めてくれる。学生の本分を忘れてしまっても、大して問題ではないのだ。
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