第36話 侍らせなされ

 タケルが夏休みという事もあり、動画投稿のペースも早い。日常的で些細な一幕が、動画サイトに安定供給されていく。


 それらは一定のユーザーを呼び込み、過半数が定着化したのだが、全てが同じ反響とは限らない。



「なんだろ。この動画だけ妙に伸びてるな……」



 それは、旅行初日を収録したものだ。再生数やオシボタンも他の数倍を記録し、歴代2位を誇る成績だった。もちろんコメント数も桁違いである。



「いっぱい書き込まれてるな。黒髪の子可愛い、黒髪の子と付き合いたい、100年に1人クラスの美少女だってさ。安里さん、めちゃくちゃ褒められてるね」



 タケルは暴露したい衝動に駆られた。この子は「赤目の女」ですよと。もちろんトラブルを嫌う彼が、自発的に発信することは無いのだが。


 それはさておき、コメントの大半はイナを称賛するものだった。恵まれた容姿と、ひたむきな姿には人を惹きつける要素が多い。


 潮溜まりを造るタケルに飲み物を差し入れ、曇り無き笑顔で語りかける。それだけでも十分であるのに、太陽さえも眩ませる水着姿ときている。羨望とため息を収集するのも当然だった。



「いっぱい来てるなぁ。ほんと最高、付き合いたいナンバーワン、一生大事にしたいだってさ」


「カタタッ、ピピッ」


「うわぁ何これ。口説けよ絶対おちるぞ、とか。これは正統派パートナー、とか書いてある。僕らの事を知りもしないのに、よくもまぁそんな事を……」


「ガタタプスン、ピピぃガァーーッ! グガガガッ!」


「ニーナ、エラー吐いてる! いつもより重たそうなエラーが!」



 落ち着いて。再び両者は、冷静な顔で向き合う。ただし、あぐらをかいてリラックスするタケルとは対象的に、ニーナは正座で身を引き締めた。そして流れるような美しい所作で、頭を下げるのだ。



「タケル様に、生涯に一度のお願いがあります」



 うなじを見せたままで語りだす当たり、覚悟のほどが窺えるようだ。気迫に押されたタケルは、少し後ろのめりになる。



「あのさ、気持ちは分かったから、まずは頭を上げてよ」


「はい。上げます」


「そんでもって、何を頼みたいの?」


「私もタケル様の動画に登場したく。ですので、録画機材を別途、お買い求めいただけますでしょうか?」


「ビデオカメラとか、その辺のだよね? 別に買えるから良いけど、どうしたいの?」


「現状の設備では、私は撮影するばかりで、映る事が出来ません。決してお邪魔はしませんので、何卒、何卒……」



 普段の撮影は、彼女の瞳によって録画される。ようやく眼が赤く光る現象にも慣れてきた所だ。やりきれない部分はあるにせよ、彼女の意思を阻む程ではなかった。



「まぁ、良いよ。使えそうな機材を探してみようか」


「ありがとうございます! お礼になるかは分かりませんが、以後、どんなにドエロい装いをあてがわれても着こなしてみせます。ご期待ください」


「みくびらないでよ、僕のモラルを。あと財力を過大評価しないで」



 それからやって来たのは、最寄りのリサイクルショップ。地域最大級を謳うだけあって、品揃えや賑わいに申し分なかった。



「とりあえずパソコンコーナーに行こうよ。広いから、寄り道してたら陽が暮れちゃう」


「そうですね。あちこちに立派な商品が並んでいて、思わず目移りしそうになります」


「余計な物まで見てたら大変だよ」


「タケル様。あちらの仕切りに、18を○で囲んだ絵が描かれています。一体何を示すものでしょうか?」


「今1番余計な物だね」



 店内の通路を横切りつつ、お目当てのゾーンを目指す。展示される桐ダンスにテーブルセットを素通りし、最新の大型テレビに有名掃除機などを脇目に突き進む。すると、パソコン家電ゾーンへと到達した。



「さてと、この辺にありそうなんだけど」


「あぁっ……そんな、まさか……!」


「どうしたのニーナ? 気になるものでも……」


「ガラパゴス先輩! 何て変わり果てた姿に!」



 ニーナはジャンク品と書かれたワゴンに飛びついた。そして、海難救助隊が水面に飛び込むように、鋭く両手を潜らせた。乱雑に詰め込まれた商品の海に目掛けて。


 そうして救出されたのは、かつては当たり前に存在していた、折りたたみ式の携帯電話だった。



「どうしたのニーナ。急に大声出しちゃって」

 

「偉大なる先駆者ガラパゴス先輩が、こんな雑な扱いを! しかもシールとかベタベタ貼られちゃって……!」



 ニーナの手には、相当に使い込まれた品がある。傷に汚れで激しく損傷しており、充電部を覆うカバーも千切れてしまい、ホコリ塗れである。


 タケルは、相棒のいたたまれない顔を見つめながら、ため息をついた。その商品に値札はない。どれでも百円というパターンだ。



「良いよ、それも買ってあげるから。でも壊れてると思う。そこは覚悟しといてね」


「ありがとうございます、ありがとうございます! 私のワガママを何度も聞いていただいて!」


「大げさだよ。ワンコインで片がつく話だし」


「これまで以上に何なりとお申し付けください。たとえば『お風呂でウフフ』が実装された暁には、誠心誠意、務めさせていただきます」


「さっきも言ったけど、みくびらないで。あと過大評価もやめて」



 そんな一幕はありつつ、無事お望みの品をお買い上げ。購入したのはウェブカメラで、ニーナに接続する必要はあるものの、配信する為の機能は十分にある。特に、リーズナブルな値段だった事が決め手だった。


 それから待ち受けるのは収録だ。本日はライブ配信で、タケルとニーナが肩を並べる事になる。カメラは長いケーブルを伝い、ニーナのヘソ穴と繋がるが、その違和感はテーブルと衣服が覆い隠してくれる。



「動画をご覧のみなさん、こんばんわ。ハンバニル通信です」


「いつもご視聴いただき、ありがとうございます。アシスタントのニーナと申します。以後お見知りおきを」



 丁寧な挨拶に始まり、しなやかなお辞儀。それだけでコメント欄は騒然となる。可愛い可愛いのオンパレード。チャリンチャリンと鳴り続ける投げ銭のギミックもやかましい。


 そんなお祭り騒ぎの中、画面の異変に気付いた者は、比較的冷静だったと言える。



――どうしてガラケーが飾ってあんの?



 タケル達の傍にあるテーブルには、確かに懐かしい品が鎮座していた。ティッシュの空箱で台座を作り、脱脂綿でふんわりデコレーション。何故かつてのテクノロジーが、こうも丁重に扱われているのか、困惑するばかりだ。


 そこで視聴者達は想定する。今日の配信は、このガラケーを使って何かするのだろうと。一体何をやらかしてくれるのか。固唾を飲んで見守るばかりだ。


 そんな緊張感が生じる中で、ニーナは今日のお題を告げた。小首を傾げるという、少し媚びた気配とともに。



「今日は、簡単レシピで美味しい晩御飯を作ってみようと思います」



 ガラケー使わないんかい。そんな指摘(ツッコミ)で溢れかえるのだが、動画はマイペースにも進行していく。



「まずは下ごしらえから始めます。玉ねぎを切りますね」



 視点は台所に移動し、ニーナの手元を映し出す。撮影者はタケルが請け負った。



「今日は何を作ってくれるの?」


「うふふ。完成してからのお楽しみです」



 まな板には微塵切りの玉ねぎ、ニンジン。そして薄切りのマッシュルーム。最後に牛コマ肉を用意すると、オリーブ油で炒め、続け様に煮込んでいく。


 辺りが濃厚な香りで埋め尽くされた頃、タケル作のグラタン皿に盛り付け。ニーナ作のコップに麦茶を注いだら完成だ。ハートの見える側面の反対側を向けて、視聴者にお披露目した。



「お待たせしました、ビーフシチューです」



 一見して、ごく普通の仕上がりだ。見どころと言えば、妙にひしゃげた器くらいで、視聴者だけでなくタケルまでも困惑する。


 これをわざわざライブ配信した意味とは。それが読み取れずに戸惑うのだ。



「じゃあ、いただきます……」


「お待ちください。まだ最後の調味料が残ってますので」


「調味料? カレーに醤油みたいなの?」



 ニーナは問いかけに答えず、スプーンでご飯を掬い取った。それをルーに浸した後、口を近づけて吐息を吹きかけた。見るからに柔らかな唇が、見る者の正気を吹き飛ばし、激しく狂わせてしまう。


 平然としていたのはタケルくらいのものだ。



「えっと、調味料とは?」


「愛情は最高の調味料と聞きます。特盛りにしておきましたので、どうぞ」


「そういうパターンか。じゃあいただきま……」


「すみませんが、あーーん、してくださいます?」


「えっ? そういうのやるの!?」


「そこまで込みで愛情ですから」



 タケルは少し考えたものの、とりあえずは敷かれたレールに従う事にした。


 その瞬間、コメント欄は暴風が吹き荒れた。嫉妬と羨望の嵐だ。もはや言語の体をなしておらず、アァーーだの、ギャァァといった文字列が駆け抜けた。


 この頃になると、誰も黒髪の美少女イナの事を話題にも出さなかった。羨ましい。こんな彼女ほちい。その立場を代われと、荒っぽい祝福で満ちていくのだ。



「美味しいですか? たくさん食べてくださいね」


「それは良いけどさ、旨いし。でも普通に食べさせてよ。いちいちアーーンさせられたら、テンポが悪いと言うか」


「以後、誠心誠意、お仕えすると誓いました。これまで以上にご奉仕させてください」



 コメント欄、激しく荒れる。このイチャつきっぷりは、もはや暴力だった。



「確かにそんな話があったけども。今はやめてよね、配信中だよ?」


「ちなみに、お風呂をご一緒する件についても、少し補足がありまして。例の拡張パーツには別の用途にも使えます。具体的には夜の……」


「それでは皆さん、今日はここまでです! さようなら!」



 タケルはカメラの電源を切り、強引に配信を終了させた。しかしそれしきの事で加熱した視聴者が治まるはずもなく、コメント欄は凄まじい賑わいをみせるのだ。



「ニーナ、ほんと言葉には気をつけて。凄い騒ぎになってるよ」


「失礼しました。ですが、力は示せました」


「示したって、誰に対して?」


「それは秘密にしておきましょうか」



 寄せられたコメントは、どれもこれもニーナを称えるものばかり。可愛い美人気立てが良いと、熱狂したかのような言葉で埋め尽くされていく。


 一応、例の黒髪美少女を推す声もあったが、全体から見れば少数派だ。8割方がニーナに寄り添っており、軍配がどちらに上がるかは明らかだった。


 ちなみに後日。イナは安里家のバックアップを受けながら、お料理配信を開始した。イナの良いなお料理通信である。そちらは程々の反響があり、悪くない出だしを見せた。しかし、その波が飯場家にまで届くのには、夏休み明けを待つ事になる。


 

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