第14話 都市伝説ジョイン
テストが終われば大学は春休み。タケルは年度明けまで自由の身である。
しかしそんな羨ましい身分であるにも関わらず、当の本人は、暗い面持ちで正座をしている。自室で、ニーナと正面から向き合いながら。視線は相手に向けず、妙にうつむきがちだ。
「ど、どうも。ハンバニル通信です……」
全くもって言い慣れないセリフ。当然声も消極的になるというものだ。その一方でニーナは普段どおり、芯の通った心地よい声を響かせた。
「はい、ありがとうございます。オープニングは十分です」
「あのさ、何で急に動画を撮る話になってるの?」
「それはタケル様のご希望です。試しにやってみたいと、テレビ撮影には心から憧れる、とも」
「僕がそんな事を?」
「はい。確かに記憶しております」
「そうかぁ。ニーナがそう言うんなら間違いないだろうけど。酔っ払って何か口走ったのかな……」
真相はニーナの誤りである。彼女は先日、CPUを限界突破レベルで酷使したため、記録領域にささやかな異常を起こしてしまったのだ。人間で言う所の勘違いや、記憶違いの類だ。
だがタケルも乗っかるあたり、満更ではない。動画作成そのものには興味があるのだ。そのため、受け身的ではありつつも、とうとう拒絶までには至らなかった。
「では続けて、冒頭の説明部分を撮りましょうか」
「それは良いんだけどさ、なんでニーナの眼が赤く光るの? それ怖いんだけど」
「すみません。録画時の仕様でして」
「まぁ、それなら仕方がないけども。不気味だよなぁ」
「やりにくいようでしたら、少し工夫しましょう。手始めに、ガヤの声を足してみますね」
「良くわからないけど、お願いしようかな」
話がまとまると撮影再開だ。ニーナの瞳が赤く煌めく。その異様さには、簡単に慣れる訳もなく、やはり直視は出来なかった。
「ええと、動画をご覧のみなさん。はじめまして」
「アハハ、ウフフフ」
「初投稿なので、色々下手な部分はあると思いますが、暖かい目で見て貰えたらなと」
「タケル様、素敵ですよぉ! 頑張ってくださぁい!」
「今日は外に出て、春の息吹を探しながら……」
「そうなんですね、楽しみぃぃーー!!」
「うんニーナ。それ止めて」
結局撮り直した。
場所は変わって、近辺でも取り分け大きな公園へとやって来た。電車をいくつか乗り継いだ先にある、それなりに知名度のある憩いの場だ。
「はい、到着しました。春はどこにあるんでしょうか」
子供から老人まで多様な人で賑わう中、タケルは噴水通りを歩いた。その後をニーナが追いつつも、右に左にと目まぐるしく位置を変え、ベストポジションを探った。
一言で言えば不審者である。
「ママ、あの人なんか変だよ」
「コラッ。見ちゃいけません」
「だってウロウロしてるし、目も真っ赤に光ってるんだよ」
「とにかく、あっち行って遊びましょ」
子供は正直だ。そして大人も口に出したりはしなくとも、態度が正直である。自然と遠巻きになり、結果的に、タケルの付近には妙なスペースが出来た。
「ここの皆さんは親切なのですね、タケル様。気を利かせてくださいましたよ」
「たぶん、そんな理由じゃないと思う」
ダミーでも良いからカメラを持たせるべきだったと、今更ながらに後悔した。眼を赤く煌めかせつつ、付近をうろつくだけでは、誰も動画撮影だとは思わない。
そして動画の撮れ高はイマイチ。まだ2月半ば、寒さの谷を抜けきらない時期に、次の季節を期待するのは性急というものだ。
仕方ないなと、タケルは企画倒れを理由に帰ろうとしたところ、にわかに辺りが騒がしくなった。何かをブチ撒ける音に眼を向ければ、そこに顔見知りの女性が見えた。
「あれは、安里さん?」
「きゃあぁ! やめて、誰か助けて!」
そう叫ぶのは安里伊奈(あさといな)である。ベンチに腰を降ろし、ポップコーンを食べようとしたのは良いが、袋の開封に失敗。中身を全てばら撒いてしまった。それ事態は仕方ないにせよ、問題は他にもある。
こいつはゴチソウだぞと、付近のハトが集結してしまったのだ。イナは周囲を完全に包囲され、足元も膝も、そして頭頂までも占拠されるという大ピンチに陥っていた。
「安里さん、大丈夫?」
「あぁぁタケルくぅん! ありがとう〜〜」
大量のハトは、タケルが駆け寄るだけで向こうへ飛び去っていった。後に残されたのは、服に無数の足跡を刻まれたイナと、地面に散らばるポップコーンばかりだ。
「災難だったね。拾うの手伝うよ」
「ごめんね。本当に優しいよね、タケル君は……」
「それにしても奇遇だなぁ。お散歩?」
「う、うん。もちろん偶然だよ、偶然! 行く先々で待ち受けるだなんて、不審者じゃないんだから」
「このポップコーン、無駄になっちゃったね。もったいないなぁ」
「そうだね。ベンチに座りながら、タケル君と一緒に食べようかなと思ってたんだけど」
「僕と? 会う予定なんか無かったのに?」
「あ、いや、そのね! きょっ、今日もお連れさんと一緒なんだね!」
イナは話題そらしにと、強引にニーナの方へ向いた。しかし、その顔は瞬く間に凍りつく。
「眼が赤い! 何事!?」
「あ、いや、そのね……。ちょっ、ちょっと今はこんな感じになってて。じきに戻るよ」
「タケル様。ご自宅に戻られるまでは現状ママの予定です。どこで面白イベントに出くわすか不明ですので」
「ニーナ、そこまで執着しなくても良いでしょ。そもそも、動画撮影もさ……」
タケルとニーナが話し込む間、イナは蚊帳の外となった。追い出されたというより、自分から抜け出した格好だ。会話を耳にしつつも、心ここにあらずになるのは、自身の魂と対話中である為だ。
(なんで、こんな眼が赤いの? 寝不足……いや違う。これはカラコン!?)
ニーナの正体を知らないイナは、そう結論づけた。まさか眼孔の奥深くから発光しているなどと、普通は考えるはずもない。
「ごめんねタケル君、ちょっと外すから!」
「えっ? うん、行ってらっしゃい……」
駆け去るイナの背中を、タケルは呆然と見送った。そして後片付けを進め、虎視眈々と辺りをうろつくハトに注意しつつ、ようやく全てのポップコーンを回収して廃棄。
それからは、なし崩し的に撮影が続行された。春の便りを探し、公園内の芝生や花壇を巡ってみる。しかし草花はいまだ眠り、蝶々の1羽さえも現れずと、何度も空振りが続いた。
そろそろ帰ろうか。タケルが言いかけた時、遠くから呼びかける声が鳴り響いた。
「タケルくーーん、お待たせぇーー!」
息を切らしながらやって来たのは、またしてもイナである。傍に寄るなり、両膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した。
「安里さん。どうしたの、そんな慌てて」
「えっと、待たせちゃ悪いかなって、思って」
タケルは、別にイナを待っていたつもりは無い。たまたま顔を合わせ、そして別れただけという解釈だ。その時点で認識が食い違っているのだが、イナの異変に比べれば些細なものである。
「お菓子なら捨てといたから……って、どうしたのその眼は!?」
「カラコンを入れてみたんだぁ。初めてなんだけど、似合うかな?」
持ち上げた顔に浮かぶ、真紅に染まる両の眼。潤んだ瞳からは、今にも赤い涙が零れ落ちそうに見えた。そこだけ切り取れば、ホラー映画そのものである。タケルは人目も憚らずに後ずさった。
そして振り返れば、同じく眼を赤く光らせる女。タケルは前後から赤目の美女に囲まれるという、かなり稀有な状況に追い込まれていた。
「タケル様。ここは場所が悪いようです。他所に移られては?」
「この色味どうかなぁ? 他にも暗い色合いがあったりして、結構悩んだんだよね」
「おや、あちら側から、蝶々が大挙して押し寄せる可能性が……。早速参りましょう」
「もっと濃い色の方が好みかな? これから一緒にお店まで行ってみない?」
じりじりと背後からタケルに詰め寄るニーナ、そして前から迫るイナ。隔てる距離は半歩ほど、吐息が当たる程に近い。
この頃になると、タケルも何が何やら。妙におっかないし、近寄られた理由も分からんしで、脳は大混乱だ。その結果、彼は瞳の光までも喪失してしまう。
「勘弁して、もう帰ろうよ……」
その言葉が契機となった。ニーナはタケルを担ぎ上げると全力疾走。猛追するイナを振り切り、駅の改札を駆け抜け、居合わせた電車に乗り込んだ。それもドアが閉まる数秒前の事。まさに間一髪だった。
電車は辛うじてタケル達を乗せ、追いすがるイナだけを置き去りにした。車窓の向こうで、赤目の女が恨みがましく睨んでいると、辺りは一時騒然としてしまう。とりあえず、タケル達は知らないフリを通すしかなかった。
「はぁ、ほんとコリゴリ。動画撮影なんて」
「巡り合わせが悪かっただけかと。次は、あの不審者の手が届かない場所を選びましょう」
「不審者って。一応は僕の友達だよ?」
「大変失礼しました。では、あのアブナイお友達の手が届かない場所を……」
「その言い回しもどうなの」
ちなみに今日撮影した動画は、ニーナの自動編集によって整い、その日のうちにアップロードされた。イナの登場シーンはことごとくカットされたので、酷く当たり障りのない仕上がりとなった。
その一方で赤目の人物について、ネットで物議を醸したのだが、それはまた別の話である。
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