第7話 たこ焼きってどんな味?

 午後3時。冬の日暮れは早いが、今の所、降り注ぐ日差しは十分だ。太陽は、まるで温もりを恵みたいかのように、燦然と輝いている。



「今日は割と暖かいけど、帰りは冷えるよね」


「タケル様。お出かけでしょうか?」


「うん。バイトに行く時間だから」


「承知しました。では私もお供を……」


「いやいや。ニーナはお留守番してて」



 そう告げると、いつもの華やかな笑みが崩れた。まるで、ガラス板に巨大な亀裂でも入ったような、強烈な衝撃が走ったのだ。



「な……! それは、何故でしょう!?」


「そりゃもちろん、仕事だもの。アルバイトとはいえ、真面目にやらないと店長に怒られちゃうよ」


「そう、ですか……」



 ニーナは力なく項垂れた。瞳からは光が、呟く言葉からも抑揚が奪われてしまう。



「こんな風に距離が出来るうち、関係に溝が生まれ、やがては用済みだと捨てられてしまうのですね」


「そんな訳無いでしょ、大げさだなぁ」


「ある日、本社から黒服が来て、回収されていくのです。待ち受けるのはデータの初期化。聖域なき記憶の抹消。あぁ、タケル様と過ごした美しき日々よ。たとえ私の中から奪われてしまったとしても、輝け永久に、永久に……」



 根負けした。同行を許されたとあって、ニーナは普段よりも嬉しそうだ。顔色の悪いタケルとは対照的である。



「分かってる? 向こうでは大人しくしててよね」


「はい。模範生のようにジッとしてます」



 彼らがやって来たのは、駅前商店街のたこ焼き屋だ。店先は『準備中』の札とともにシャッターが下ろされている。タケルは眉を潜めながらも、いつも通り裏口へと回り、控室へとやって来た。



「おはようございます……」



 そちらには、デスクを前に腕組みする店長の姿が見えた。久しぶりの再開でも変わり無かった。白タオルを頭に巻き、黒の半袖シャツにエプロン姿。体つきは筋肉質で、耳がいわゆる餃子耳だ。柔道でもやっていたのかと思いはしても、本人に尋ねた事はない。


 店長は声掛けには答えず、ひたすら無言だった。考え事の最中だろうと、タケルは口をつぐんだままロッカールームへとやって来た。バッグをしまい、お店のエプロンを着込めば準備万端だ。



「それじゃあニーナ。この辺で大人しくしてて」


「タケル様。このミニラックは何ですか?」


「従業員の小物置き場だよ。タバコとか、小さい物はそっち。大きい物はロッカーだね」


「なるほど。理解しました」



 ニーナはそう言うなり、ラックの中へ頭を突っ込んだ。そして床を強く蹴って進もうとするも、肩が枠に引っかかり、止まってしまう。



「ええと、何やってんの?」


「スマホはスマホらしく、小物置き場に収まろうと思いまして」


「無理でしょサイズ的に。入り切らないよ」


「でも肩さえ抜ければあるいは……。タケル様、お手数ですが、お尻を強く押してもらえませんか? ググッと力いっぱいに」


「やらないよ、そんな事は!?」



 不毛なやり取りの最中、控室の方から呼び声が掛けられた。タケルは「ともかく邪魔にならないところへ」とだけ告げて、ロッカールームを後にした。



「店長。呼びました?」


「おう飯場君、久しぶり。つうか明けましておめでとう」


「そうですね。年明け初ですよね。今年もよろしくです」



 タケルは、壁に貼り付けられたシフト表を見た。そこには☓印が目立ち、特に年明け以降から顕著である。このバイトもそろそろかなと、人知れず覚悟を決めたものだ。


 もちろん店長兼オーナーの男は、更に更に強い覚悟を抱いていた。



「飯場君。薄々感づいてるだろうけど、ウチの店はもうヤバい。マジで超絶にヤバいんだ」


「えぇ、まぁ、そうでしょうね」


「そこでな、無い金かき集めて、起死回生のキャンペーンをブチ上げる事にした。今日から始めっぞ」


「えっ。今日から!? 僕は何も知りませんけど!」


「飯場君はいつも通り、呼び込みとかレジ打ちをやってくれりゃ良い。チラシも用意してあるから」


「はぁ、そうですか」


「格好良すぎてビックリするぞ。何せ、超有名デザイナーに作って貰ったヤツだからな」



 店長は自慢半分に語りつつ、タケルをロッカールームに誘った。そして名札の無いロッカーを開け広げた。


 すると中から大きな影が転がり、床に倒れ込んだ。その重量から、けたたましい音が辺りに鳴り響く。成人女性と思しき人物は、微動だにせず、まばたきさえも無しに倒れ伏したままだ。



「えっ、誰、女の子? これ死んでないか? どうしてウチの店に死体が!?」



 動揺が起こる一方、心当たりがあるのはタケルの方だ。頭髪を掻きむしっては、諦め気味に語りかけた。



「ニーナ、まずは起きて」


「お帰りなさいませタケル様。1分18秒ぶりの再会ですね、もうお勤めは終わったのですか?」


「そんな訳無いでしょ、これからだよ」


「承知しました。それでは今一度、格納されようと思います」


「待って。やっぱり外に出てもらった方が……」



 慌てて止めようとするタケルを他所に、店長は関心の声を漏らした。そして右に左にとニーナの姿を観察したかと思えば、両手を叩いて鳴らした。



「良いね君。ニーナちゃんだっけ? ちょっとウチで働いてみない?」


「店長、本気ですか!?」


「今日だけでも良いから、な? ちゃんと日当も払うし、お願い!」



 強く頼まれてしまっては、断る理由もない。ニーナも、タケルから了承を得られたことで快諾。こうして急遽、2人体制で働くことになった。


 ちなみに、タケル達に横たわる明確な上下関係については、店長も首を傾げた。しかしその違和感も「若者文化は分かんねぇ」という結論をもって、受け入れられた。



「いらっしゃいませぇ、当店はただ今イベントを開催中です!」



 タケルは店先で、チラシの束を片手に声をあげた。その隣にはニーナの姿もある。ただし予備のエプロンが無かったので、普段のセーターにスカートという装いだ。



「ご通行中の皆さん。どうぞ御覧ください。タケル様は今、こんなにも頑張ってますよぉ」


「スタンプ10個で、お好きな具材のサービスもやっています。この機会にぜひご利用くださぁい!」


「どうですか、この勤労に励む尊いお姿。遊びたい盛りにも関わらず、経済活動に貢献すべく、これほどにも懸命になって! 疲れる身体をいとう事も無く……」


「やめてニーナ。営業妨害だよ」


「申し訳有りません。私は私のお役目を全うしようと思いまして」


「もう良いよ。僕の言葉を繰り返して」


「承知しました。ではそのように」



 2つの声色が交互に辺りを賑わせた。すると、声に誘われた人々が、少しずつ店頭に並ぶようになる。幼子に手を引かれた親子連れ、若いカップル、作業着を着た年かさの男。客層も幅広い。


 その様にして、出だしはそれなりに順調だった。しかし、やはりと言うか、ニーナの美貌が人目を引いた。自然とタチ悪い男どもまで呼び寄せてしまう。さながら、闇夜に煌めく灯火に集まる羽虫の様に。



「お姉さん美人だね、この後オレと遊ばない?」



 現れたのは1人だけではない。



「お姉さん可愛いね、乱交パーティーに興味ない?」


 

 不貞な輩は更にやって来た。



「お嬢さんキレイだね。オジサンと破滅的な不倫を楽しんでみない?」



 それらの勝手な申し出を、タケルは身を挺して庇おうとした。しかし多勢に無勢だ。押し返すまでには到底及ばない。


 そんな渦中のニーナはというと、微笑みを崩さなかった。そして、一般客と同じ扱いにて応じるのだ。



「ただいま、イベントを開催中ですよ〜〜」



 一見、ノンキすぎる態度に男達は固まったし、タケルでさえも同様だ。しかし男達は下心から機転を利かせた。



「お仕事大変でしょ。オジサンは金持ちだから、たくさん買ってあげるよ。4つほどいただこうか」


「そうか。その手があったか。じゃあオレは5つ!」



 そうして5つ6つと、あからさまに多量を買い求めるのは、単なるポイント稼ぎでしかない。売上に貢献すれば、オイシイ約得に与れるはずだと思い込むのだ。


 しかしそんな浅はかな想いは、飛び切りの笑顔によって蹴散らされてしまう。



「ありがとうございました。またご利用くださいませ」



 全てを察し、肩を落として立ち去る下心達。しかし、その一事は店にとって幸運であった。大量買いする姿を目撃した通行人が、購買意欲を刺激されたのだ。



「何ここ、人気店なの? 1個ちょうだい」


「めんたい味と、塩ネギソースを2個ずつお願い」



 後は流れだ。店長はひたすら焼きまくり、タケルはレジ打ち。ニーナも感謝の言葉を述べるだけでやっとという有様。そうして材料を使い果たした事により、完売御礼。普段より早めの店じまいを迎えるのだった。



「あぁ、今日は疲れたなぁ!」



 夜更け、公園のベンチで、タケル達は自らを労った。達成感に程々の疲労感を織り交ぜつつ、今日という1日を終えようとしていた。



「タケル様、こちら、頂いたお給金です。いかが致しましょう?」


「それは君が受け取りなよ」


「困ります。私は電気を消費しただけで、疲労など感じませんし」


「そうだとしても、横取りする気にはならないよ。それよりこっち。手土産に貰ったたこ焼きを食べようよ」



 タケルはビニール袋をクロス代わりに敷いて、プラケースを開いた。湯気が出る程ではないにせよ、程々に熱が残されている。


 つまようじを摘み、最初の一口。それを頬張ろうとした手が止まる。それからは、隣で微笑むニーナと視線を合わせた。



「ねぇ、君は食べ物を食べられないんだよね?」


「固形物であれば飲み込んでも問題ありません。場合によっては収納代わりに出来ますし」


「それは止めとく。でも食べられるんだね」


「はい。いかがなさいました?」


「何となくさ、一緒に食べたいなって思って。でも、味なんか分からないよね」


「専用アプリをインストールすれば、味覚を備える事が可能です。許可いただけますか?」


「うん。もちろんオッケーだよ」



 するとニーナは、自社サイトよりアプリを落とし、自身に取り込んだ。それからしばし、無表情。たまにカタカタと音が鳴ったかと思えば、すぐにいつもの笑みが戻る。



「お待たせしております。以後、お食事を共感する事も可能となりました」


「そっか。じゃあ早速たこ焼きを食べよう。お疲れ様でした!」


「はい、お疲れさまでしたぁ」



 タケルは一口で頬張った。濃厚なソースの味わいに始まり、外はカリカリで中はしっとりの生地を堪能した。タコの歯ごたえも心地よく、噛みしめるごとに豊かな味わいに酔いしれた。



「どうだいお味は。気に入ってくれた?」


「ガタッ。ガタガタ」


「どうしたの、震えちゃって」


「ガガガッ。ピィィーーガガガピィーー、プスン」


「ちょっと大丈夫!?」


「ピィーーガガッ、ピピイーーうみゃ。ギギギギうみゃいですね。プスンプスンうみゃみゃみゃみゃあ〜〜」


「待ってほんと、しっかりして!」



 激しく、見るものを不安にさせる反応を示したニーナだが、特に何事もなく。食べ終えた頃には恍惚とした顔を浮かべるほど、大満足した様子になる。


 それを見てタケルは思う。最新を謳う割には、随分とレトロなエラーを吐くもんだと。


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