第6話 お友達の紹介も大歓迎
ドンドンとドアを叩く音が、タケルの部屋を襲う。心煩わせる響きだ。それが朝日の昇りきらない、朝6時前であれば尚更だ。
「何だよ、こんな時間に……」
玄関に向かうタケルは、三角座りのままでソワソワ身動ぎするニーナに囁いた。僕が応対するからと。
不審者を疑う必要はない。外から伝わる声が、聞き慣れたものだったからだ。実際ドアスコープを覗き込めば、やはり見知った顔が映った。
「河瀬君。どうしたの朝っぱらから」
「おっすタケちゃん、家に帰るのがダルくって。昼くらいまで泊めてくんね?」
「困るよ、急にそんな事言われても」
特に今は本当に困る。室内には毛布を被った、お泊りした感の強烈な女子が控えているのだ。ここは穏便に追い返したい。しかし河瀬と言う男は、割と強引なタイプであった。
「冷てぇ事言うなって。ちょっと部屋の隅を借りるだけだ。宿代替わりに弁当買ってきたから、これで頼むわ」
「待って! 勝手にあがらないで!」
「それにしてもなぁ、マージャンは大勝ちだ、見せてやりたかったぜ? オーラスで4チャだったけどさ、配牌からめっちゃ暗刻ってよ。そしたらスーアン単騎のダブル役満! マジ激アツだったわ」
「いや、それよりもね、話を聞いて欲しいんだけど」
「弁当なら好きな方食っていいぜ。オレは余ったのを食う……」
カツトシは家主の言葉を聞き流しつつ、リビングに繋がるドアを開けた。するとその先で、三角座りしたままのニーナと視線が重なった。予期せぬ自体に凍りついた彼は、やがて仰け反っては絶叫した。
「うわぁ! タケちゃんが女連れ込んでるぅ! しかも超絶美少女をお持ち帰りしやがってるぅぅ!」
「ちょっと川瀬君、声が大きいって! まだ早朝だよ!?」
「どうりで最近付き合い悪いと思ったらぁ! こんな可愛い子とヤリまくってたのかぁぁ!」
「うるさいよ、とにかく座って!」
目を白黒させるカツトシをテーブル前に座らせ、ニーナも近くに呼び寄せると、説明会が開かれた。
「驚かせたかもしれないけど、違うから。訳あって一緒に暮らしてるだけで、変な関係じゃないから」
「嘘つけよお前。こんな可愛いカワイイ子とひとつ屋根の下でよ、何もしねぇ訳あるか!」
「してないよ、やましい事は何も」
「洗い物してる後ろから抱きしめたり、ご飯を食べさせっこしたり、スカート履かせて高いとこ登らせたり。いったいどんなオイシイ想いをしたんだ。言え、この野郎!」
「だから、してないってば!」
「なんだよ意気地なし。どうせ、嫌われるのが怖くて何も出来ねぇってとこか。こんな逸材を前にしといて。腹をくくれよ腹をぉ!!」
「タケル様。ご要望あればお気軽にどうぞ。あなたを慕うことはあっても、嫌うことなど決して有り得ませんから」
「やめてニーナ。話がこじれる」
「カァァ、しかも『様』呼びさせるとか! お前はモラハラ野郎かよ、善人の皮かぶったハラスメントの鬼!」
会話は混迷を極めた。カツトシは喚き散らし、ニーナも耳にした言葉をもとに提案を並べる始末。やがてタケルは伏し目がちになり、返事も曖昧な色味を帯びていく。
そうして騒がしくしていると、隣人から「朝は静かに」との苦情が入り、ようやく落ち着きを取り戻した。
「つうことは何かい。その子はタケちゃんのイトコで、新居が決まるまでの居候?」
「うん。そんな感じ」
「親戚にしては似てねぇな。どこから見ても違いすぎるんだが」
「えっと、この子は、イトコの叔父さんの妹の旦那さんが通うカフェの常連客の娘さんなんだ。遠縁だから似てないの」
「叔父さんの……えっ? えっ??」
「はいこの話題はお終い。詮索は止めてよね」
タケルにしては珍しく剛腕だ。今となっては、勘繰りたいなら好きにすれば良いという気持ちが強い。
幸運な事に、カツトシはそれ以上踏み込まなかった。カーペットに寝転がり、天井を見上げながら羨むばかりだ。
「良いなぁマジで。そんな子が傍に居たら、毎日が最ッッ高に楽しいんだろうなぁ」
「良いことばかりじゃないよ。苦労だって色々ある」
「そんなもん霞むくらい、素敵な子じゃねぇか。タケちゃんには勿体ねぇ。親御さんに返品しやがれ! イトコとはいえ若い男女が一緒に暮らすとか有りえねぇぞ」
「あぁ、タケル様。やはり私は返品される運命なのでしょうか……?」
「ニーナ。彼の言葉を真に受けないで」
どこか噛み合わない会話が続く。カツトシはビニール袋からおにぎりを取り出し、誰に断るでもなく頬張った。腹も膨れれば気分も紛れる、などということもなく、それからも未練がましい恨み言は続く。
「川瀬君、そろそろ機嫌直しなよ。ホラ、マージャンで大勝ちして気分良かったでしょ?」
「んなもん忘れたっつの、ハァァァ……。せめてなぁ、ニーナちゃんが可愛い女の子を紹介してくれたら、オレもニッコリ出来るんだがなぁ」
「図々しい事言わないでよ。急に言われても用意なんか……」
「マジリアルシリーズをご希望ですか? 恐らく紹介は可能だと思います」
「えっ、マジで? お願いできるの!?」
「まずは、申込み枠が余っているか確認させてください」
「も……申込み?」
ニーナはタケルにウェブ閲覧の許可を申し出て、許されるなり、作業を開始した。作業の為なので、何かを手のひらに表示したりはしない。ぼんやりとした瞳を虚空に向けて、時おり身体を震わせるだけだ。
その仕草は奇異にしか映らない。慣れきったタケルは良しとして、カツトシは呆然としてしまい、手元のおにぎりすら忘れてしまう。
「お待たせしました。枠は空いてますので、紹介が可能です」
「マジかよ! ゴネてみるもんだな、へへっ」
「早速ですが、好みについて教えください」
「それはつまり、何人か候補が居るって事?」
「ご要望に沿った個体をお届けします。詳細にお教えいただけたら、それだけ理想に近づくかと」
「何かスゲェ事になってきた。ちなみにオレは好みにウルサイからな?」
そんな言葉をキッカケに、理想の女性像が語られた。滑らかに、途切れず、まるで事前に用意していたかのように。
傍から聞き流すタケルは呆れる想いになる。よくもまぁそんなに注文出来るものだと。もはやメモ書き無しには、覚えきる事は不可能な量である。
しかしニーナは、静かな笑みを湛えたままで全てを汲み取った。そして登録完了したと報告
を寄越す。
「お待たせしました。手続きを終えましたので、近日中にご自宅へ届きます」
「マジかよ! ほんとに148センチ? 胸のサイズもオッケー?」
「恐らくはその通りになります」
「ヨッシャアーーッ! 人生最高の日だぁぁ!」
カツトシは深く考えもせず、握りこぶしを振り回しながら歓喜の声をあげた。それからは、下の住民に怒られるなどして、何となく時間が過ぎていく。
それから数日後。タケルは例の件など忘れており、スケジュール機能を眺めていた。明日はバイトだな、などと考えていると、玄関からけたたましい音が響くのを聞いた。まるでドアを蹴破って押し入ったかの様な騒ぎで、顔を向ければカツトシの姿があった。
その顔はまさに顔面蒼白である。
「ええと、何事……?」
「オレをかくまってくれ! 誰が来ても知らないって答えろよ!」
カツトシは靴を脱ぎ散らかしながら、室内へと駆け込んだ。何の話だよと、スニーカーを拾い上げる最中、ふと強烈な視線を感じた。
それは玄関先に立つ、1人の少女が向けたものだった。
「あのぉ、どちら様?」
「兄上はどこじゃ。隠し立てすると為にならんぞ」
「えぇ……?」
現れた少女は華奢な体つきだった。頭にヘッドドレス、全身はモノトーンのゴシックでロリータと、この近辺では珍しい装いだ。
整った顔立ちはキツめだが幼さを残している。への字に曲げた口が背伸びを感じさせた。茶髪のショートボブの頭頂からミョンと伸びる毛束も、寝癖のように見えてしまい、幼さに拍車をかけるようだ。
「ここに居るんじゃろう。邪魔するぞ」
家主の了承を得る前に、少女は堂々とあがりこんだ。そしてリビングまで進み、クローゼットを横に開いた。まるで事前に知っていたかの様な、無駄のない動きだった。
「やはりここに隠れておったか、この不埒者めが!」
「ヒィッ! 許してお願い!」
「さぁ吐け、先程すれ違った女を2.56秒も眼で追いかけた理由を! 今すぐ吐かんか!」
少女はカツトシに激しく詰め寄った。両者の体格差は、大人と子供程度の差があるにも関わらず、戦況は一方的である。
「ねぇニーナ。なんか凄い子が来ちゃったけど」
「ご要望どおりですね。嫉妬深くて執拗、グイグイ引っ張っていくタイプ」
「これは、一緒に暮らすのが大変そうだ」
儚げな外見に反して、少女はやたらと勝ち気だ。しかしそれも長くは続かず、今度は床の上に両手を着いて泣き崩れた。
「妾は、これ程にも妾は心を砕いているというのに……よその女なぞにうつつを抜かしおって……」
「ニーナ。これは?」
「強気だけど実は繊細。オーダー通りの振る舞いですね」
ちなみに騒ぎが落ち着いた頃、カツトシから改めて紹介があった。この子はシトラスという名前であると。
タケルはその件を頭の隅に追いやりつつ、ともかく静かにしてくれと釘を刺すのだった。
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