第5話 アンケートにご協力を

 窓の向こうを忙しなく歩く人々。そこに正月ムードは一切無く、足取りからも険しさが感じられた。タケルは自分のベッドに横たわりながら、そろそろ講義が始まるなと、休みの残りを指折り数えた。


 そんな時、ニーナが反応してプルプルと震えた。



「タケル様。メールを受信しました」


「うん。タイトルは何て書いてある?」


「読み上げますね。アンケートにご協力お願いします。新春キャンペーン擬人化スマホについて……あわわワわ」


「ちょっとちょっと、どうしたの!?」



 ニーナが笑顔を凍りつかせて、身体も激しく身震いさせた。吐き出す言葉もアワアワと要領を得ない。


 これにはタケルも判断に迷い、傍で声をかけ続けるしかなかった。まだよそよそしい間柄なのに、新たな一面を見せつけられても、と思わなくもない。



「し、失礼しました。担当者より、スマホの使用感についてのアンケートが届いております」


「スマホって、君の事で良いんだよね? 僕が評価しろと?」


「はい。どうぞ、心ゆくままに」


「それは良いけど、大丈夫? 何だか顔色が悪いけど」


「そんな事ないです。表情と声色はプリセット0114ですし、極めて自然な態度なのです」


「まぁ、君がそう言うなら、構わないけどさ」



 タケルはそう言いながらも、相手の瞳から光が失せているように見えて、同情を禁じえない。スマホとして誕生した少女にも、色々あるんだろうなと。


 アンケートは専用フォームから答える仕組みだ。ニーナに両手を開いてもらい、メール本文からリンクを踏むと、画面は速やかに遷移した。



「ええと、弊社の新製品をご利用いただきありがとうございます。下記の質問事項にお答えいただけますと、抽選で豪華景品が……」



 タケルは、ありきたりな冒頭文に眼を通し、画面をスクロールさせた。そこそこに質問量が多いので、最後まで辿り着くのでさえ時間を要した。



「これに全部答えるのか。面倒だなぁ」


「お客様のご意見は貴重ですから。そのため、抽選方式ですが、お礼もご用意しています」


「そっか。まぁ暇だし、協力してもいいかな……」



 その時タケルは手元を狂わせてしまい、意図せずアイコンに触れてしまった。たちまち電話機能が立ち上がり、コール音が聞こえてくる。



「やばっ。早く切らないと」


「お電話ありがとうございます! 夢モリモリ特盛の擬人化工房でございます!」



 相手はあまりにも素早かった。2コールが鳴り終わる前の対応は、タケルの想定を遥かに上回っており、虚を突かれた格好になる。



「あぁすみません。僕、アンケートに答えようとして、スマホをキャンペーンで貰ったんで。でも何か電話になっちゃって、すいません、切りますね」


「なるほどですね。ご連絡いただきありがとうございます。口頭によるご回答も受け付けておりますので、担当者にお繋ぎしますね!」


「あ、いや、それはちょっと……」



 タケルの意思が汲み取られる事はなく、状況は1歩進展してしまった。この利益に対して貪欲な姿勢が、決して逃がすかという固い意志が、タケルには受け入れがたく感じられた。


 そんなささやかな不快感も、待機中の電子音楽をペーポーポォと口ずさむニーナの顔を見て、和らぐのを感じた。そこまで再現してくれるのかと、感心の念すら抱く。


 それからは大して待つ事も無く、次の人物へと取り次がれた。



「お待たせしました。担当のミハルと申します」


「あの、ええと、スマホのアンケートに答えようとして。間違って通話にしちゃって」


「承知しました。早ければ10分前後で終わりますので、コチラでお聞かせいただけたら幸いです」



 電話口からは執念にも似た気配が伝わった。何としても聞き出してやる、という意思が濃い。



「まずは1問目。このキャンペーンをどちらで知りましたか?」


「英雄ショップです。お店の人に勧められて」


「店頭ですね、ありがとうございます」


「では2問目です。お住まいの地域は……」



 通話はガッツリ長々と続いた。これがフリーダイヤルでなければ、料金が気になってしまう程度には。


 しかし質問量の割に手早く進むのは、オペレーターが慣れているためだ。10問、20問と滞り無くこなしていく。そして何問目かも忘れた頃、少し気がかりな質問が投げかけられた。



「お手元に届いたマジリアルシリーズについて、5段階で評価お願いします。5が最良、1が最低です」


「うぅん、評価かぁ……」



 タケルはふと、これまでの出来事を振り返った。ニーナと名付けたスマホ少女は、とりあえず不快なタイプではない。無闇に喚くとか、ワガママを繰り返すなどもせず、むしろ自分の要望にはすぐ応じてくれる。


 しかし時々やらかす、破天荒さには困らされた。人前でやたら密着したり、服の裾を捲り上げる失態は、彼にとって無視できるものではない。



「ええと、評価ですけど、どう伝えたら良いかな」


「ちなみにですが、3以下の評価であった場合、速やかに回収いたします」


「回収って、その後はどうなるんですか?」


「こちらから改めて、同シリーズの製品をお送りします。数日後にはお客様のもとへ……」


「そうじゃなくて。ニーナ……この子はその後どうなっちゃうんですか?」


「再教育を施します。それはもう、口から半導体が飛び出る程に過酷なものを」



 それはもう壊れているのでは? タケルは指摘(ツッコミ)たくなるが、それよりも着目すべき事がある。


 視線を上げればニーナの顔が見えた。無表情に、電話口の声を発してくれているが、その身体は震えていた。触れずとも分かるくらいに、大きく激しく。


 心中を察したタケルは、ことさら明るい声色で告げた。



「評価はアレですよ、5点満点! もう最高!」


「本当でしょうか。無理をされていませんか?」


「いやいやいや。こんなに素敵なサービス、タダで良いのかなって不安になっちゃうくらいですよ。今さら金払えって言われても困るんですけど」


「左様ですか。お気に召していただけたようで安心しました」


「いやほんと、ずっと居て欲しいだなんて、考えてるくらいですよ」


「そのお言葉、ありがたく頂戴いたします。そして長々と申し訳ありませんでした、アンケートは以上となります」


「終わりですか。どうも……」



 タケルは肩の荷を降ろすと、疲労感に包まれた。拘束時間もそうだが、最後に緊張を強いられたのが大きい。しかし用件が済んだと聞けば、気分も明るくなるというものだ。



「お疲れさまでした。なお、景品の抽選結果ですが、当選者に限りましてメールにてお知らせします」


「そうですか、わかりました。それでは……」


「ちなみに景品は、マジリアルの別衣装やアクセサリーとなります。詳細は弊社HPにてご確認いただけます」


「そうなんですね。ではこの辺で……」


「最後となりますが、近々、新衣装がリリースされる予定でして。お客様にぜひ耳寄りな情報を……」



 ここから更に15分。求めてもいないセールストークを延々と聞かされた後、やっとの事で解放された。これには流石のタケルも悪態を溢してしまう。



「評価するなら、さっきの担当者にしてやりたいよ。それこそ1とか2って言ってやるのにさ」


「タケル様。よろしいのですか? アンケートの回答は……」


「もちろんだよ。君は君なりに頑張ってくれてる訳だし、高評価にさせてもらったよ」


「ずっと、ずっとお使いいただけると、そうおっしゃいました」


「僕としても、頻繁に交代されても困るからね。長い付き合いに出来たら嬉しいよ」


「ちなみに私は、定期的にメンテナンスを必要としますが、寿命は90年程度に設計されています」


「きゅーーじゅう!?」



 この時タケルは速やかに、かつ的確に、来たるべき未来を想起した。


 ニーナと見た目が釣り合う、若い内はまだ良い。これが60代70代となった頃には、かなり厳しくなるのではないか。杖つき老人と化したタケルが、その孫とも見える妙齢のニーナを連れ回す姿は、果たして世間からどう映るのか。


 そもそもタケルが、恋人なりパートナーを見つけた時、果たしてニーナの存在は認めてもらえるのか。



「ええと、いつまでお世話になるかは、その都度相談ということで……アハハ」



 タケルは早くも譲歩を願い出た。一生かけて添い遂げる覚悟など、まだ備わっていないのだ。

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