潜降71m 代えがたきもの
—5月9日 午後5時13分
カッカッカ...ホォオー...オー..ウォン! ウォン!
下で太郎丸が落ち着かない。
めずらしく散歩の催促をしているのだ。
(ちょっと待って..太郎丸)
私はドアの近くでソワソワしている。
まるで太郎丸と同じだ。
[カチャ]っとドアの開く音が聞こえた。
それに合わせて私もドアの外へ飛び出した!
「ああっ、これは、哲夫さん。今から帰るんですか? 」
「はい」
「今日は暑かったですよね。哲夫さん、部屋のエアコンは大丈夫? 壊れてない?」
「はい。大丈夫ですよ.. 快適に過ごしてます。じゃ、帰りますね」
「あ、あの、これから太郎丸の散歩に行くんですが、哲夫さんも一緒にいきませんか? あ、でも、忙しかったらいいんです。もうすぐ試験ですもんね。 そうですよね。すいません」
「いえ、ご一緒していいですか? 僕も部屋に籠りっきりなのでリフレッシュしたかったんです」
・・・・・・
・・
「もうすっかり桜の葉が青くなりましたね」
「そうですね.... 太郎丸の散歩はいつもこの緑道を散歩しているんですか?」
「はい。あっちいったり、こっちいったり、気分次第のところもありますけど」
「ははは。そうなんですね」
「あれ? こんな所に沖縄の飲み屋さんがあるんですね。知りませんでした」
「ほんとだ」
大きなシーサーが飾ってある居酒屋だった。
「沖縄の海はきっと綺麗なんでしょうね」
「はい。きっとそうでしょうね。実は、私もいつか潜りたいって思ってるんですよ」
「それは楽しみですね。潜った時は海の様子聞かせてくださいね」
「はい。楽しみにしていてください」
「 ....」
「.... 」
「太郎ま―」「あの!」
「あ、すいません。哲夫さんからどうぞ」
「あの.. 試験頑張ります。ってだけです。桃さん、どうぞ」
「太郎丸はだいぶ大きくなりましたって、それだけです」
「はははは」「フフッ」
・・
・・・・・・
「少し、涼しくなってきましたね。寒くはないですか? 」
「そうですね。あっ、あっ、私は大丈夫です」
哲夫さんは優しく微笑んだ。
「 ..あのっ! ....これなんですけど! 」
「はい?」
「あ、あの、私が作ったものなんですが、これ、あの..お守りです」
「僕にですか!?」
「でも、もう持ってますよね。お守りなんて」
(そうだ。受験間近なんだし.. お守りなんて、とっくに持ってるよね。それに、今更、神頼みなんて..)
「いえ! いただきます! これは、僕には何にも代えがたいものです」
「よかった!」
「よしっ! 絶対がんばるぞ。 がんばります! 」
「フフフッ」
哲夫さんは軽く拳を握りしめて気合いを入れていた。
グゥ... グゥ... カフッカフッ
「哲夫さん、太郎丸が帰ろうって言ってます」
「そうですか。なら、帰りましょう」
うす暗くなった玉川上水旧水路緑地道の時計に明かりが灯った。
「哲夫さん、そこのファミマにちょっと寄ってもいいですか」
「じゃ、僕、太郎丸と外で待ってますね」
なんか、今日はひと際、こんな普通の日常がうれしく感じた。
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