潜降57m 初セルフと・・・
私はアドバンスを取得し、自分の気に入ったフィンを手に入れた。
そうなると、早く潜ってみたい気持ちでいっぱいだ。
でも少しお金を節約しないと..とも思っている。
そんな事を峰岸さんにつぶやいたら、ある提案をしてきた。
それは自分たちで潜る『セルフダイビング』だった。
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「はじめまして.. いや、前にお会いしたような.... 」
「はい。私、以前に大瀬崎でご一緒した
「いえ、あの、お会いしたことは覚えています。私は.. 」
「柿沢桃さんですよね。 存じ上げてます」
「あっ、覚えていてくれたんですね。ありがとうございます」
「いつも峰岸さんから柿沢さんのお話を聞かせてもらってるので.... 」
笹塚駅の甲州街道で私をピックアップした車には、峰岸さんと今日一緒にセルフダイビングをするメンバーが乗っていた。
メンバーといっても、峰岸さんとこの清水萌恵さんだけだったけど。
清水萌恵さん.. 年齢は私と一緒くらいかな?
メガネをかけている少し小柄なショートカットの女の子だ。
そう、確かに大瀬崎で一緒に潜ったことは覚えている。
「さぁ、自己紹介も終わったことだし、今日は予定通り富戸に行くよ! 」
峰岸さんの掛け声で車は東伊豆・富戸へ向かって出発した。
****
「あの、柿沢さんはおいくつですか? 」
「あ、私は21でもうすぐ22になります 」
「ふふん。そうなんですか。私は19歳です。まだ20にもなってません」
「柿沢さんは、大学生ですか? 」
「いえ.. 私はもう働いておりまして.... 」
「へぇ。そうなんですね。私は上信女子大です 」
(上信女子ってけっこうなお嬢様?? )
「柿沢さんは、いま何本くらい潜ってますか? 」
「そうですね.. 28本くらいかな.... 」
「ふ~ん。そうなんですね。私は43本になります 」
な、なんだろうこの質問地獄。
それに何かひとつひとつ..なんか....
質問はまだ続いた。
「ショップのツアーだといつも峰岸さんとバディなんですか? 」
「まぁ、自然にそういうふうになりまして.. 」
「そうなんですか.... まっ、別にいいですけど..」
そういうと清水さんは窓の外に視線を向けて黙ってしまった。
(あれ? これ、ひょっとして?? )
・・・・・・
・・
「会話、弾んでるみたいだね。俺が桃ちゃんとセルフに行く計画があるって話したら清水さんも行くって言ってね」
「峰岸さんと私はSNSのサークルで一緒なんですよ。いつも連絡とって情報交換しているんです 」
そう言う清水さんは少し得意そうな顔をしてみせた。
「はぁ.. そうなんですね」
そんな感じの会話も車が小田厚道路に入るとおさまり、ようやく落ち着いた。
しかし、今日は少し気疲れそうな気がする。
****
「じゃ、これから受付に行こう」
富戸に着くと、私たちはCカードを提示し各種書類にサインを終えた。
更衣室に入る、丁度、着替えを終えたダイバーが出ていった。今、この場には、清水さんと私2人きりだ。
「清水さんは、富戸に潜ったことあるの? 」
「はい。ショップツアーでも来ましたが、お金を節約するために最近は、よくセルフで潜ってます。富戸には3回くらい潜りました。柿沢さんはどうなんですか?」
「私はOW講習をここで受けて、そのあとツアーで1回来たことあるくらいで」
「そうですか..」
そのまま、会話が途切れ、もう会話は終わりかと思った矢先、清水さんが意を決したように質問してきた。
「 ..ところで、峰岸さんは『桃ちゃん』って呼んでますが、かなり親しそうですね。峰岸さんとはダイビング以外でも会ったりしてるんですか?」
「いや.. 峰岸さんには、いつの間にか『桃ちゃん』呼びをされまして.. 」
「私なんて『萌恵』なんて呼ばれたことないです.. 」
「で、でも、峰岸さんと外では—」
「あ、もういいです。今日はよろしくお願いします」
「は、はい。よろしく.. 」
なんか変な誤解を生んでしまったような..
****
「じゃ、器材も準備できたし、ブリーフィングしよう」
私たちは、まず『無理はしない』『「大丈夫だろう」の禁止』『余裕をもって行動する』を基本3原則とすることを約束した。
「じゃ、自分の残圧が120になったら教え合おう。それと、もしもはぐれたらゆっくり浮上して浮力確保して水面で合流ということにしようね。今日は波もないし」
私のバディは清水さん。峰岸さんは引率する役目を引き受けてくれた。
(なんかすごく緊張するなぁ.. 大丈夫かな.. 迷わないかな.. ちょっと怖いな)
ネガティブな思考に、エントリーへ向かう脚は緊張でこわばった。
前を歩く清水さんが立ち止まって、私に振り向くと
「柿沢さんはセルフ初めてなんですよね。最初は緊張すると思うけど、私も峰岸さんも少しだけどセルフ経験あるから.. あの.. 楽しみましょう!」
そう言って私の両手をギュッと握ってくれた。
1本目、ロープを辿って岩場に降りる。身体が安定する水深6m地点で確認のOKサインをだし合った。
浅い場所のイソギンチャクにいるクマノミとじゃれあっていると、清水さんがベルを鳴らした。イソギンチャクの間に綺麗な模様のエビが隠れていた。
海にも慣れた頃合いに、そのまま岩場の急斜面を移動する。
中層を進んでいくとイサキの子供、通称ウリ坊の大群が押し寄せてきた。
ウリ坊の隙間から手招きをする峰岸さんが見えた。
岩のちょっとした隙間にアナゴが顔を出している。
ニョロニョロの長い身体につく顔は意外にもお惚けな顔をしていて可愛い。
近くに咲く赤いコーラル周りには、黄色い小さな魚がいる。青い海にその赤と黄色というコントラストの美しさは写真にすれば映えるだろう。
私の残圧が120になったのを清水さんに知らせる。ダイビングは帰路コースへ切りかえられた。
水深が10mくらいになると、岩場から白い砂地を下にした。
この砂地をまっすぐ進めばエキジット口へたどり着くという予定だ。
残圧計は80を切り始めた。
(エキジット口まだかなぁ.. 大丈夫かな.. )
そんな気持ちが心をソワソワさせる。
そして自分の呼吸が少し荒くなるのを感じていた。
私の急いてる様子に、清水さんが再び手を握りしめ、OKサインをだしてくれた。
それだけで気持ちが落ち着いた。
水深6m、エキジットロープが見えると、緊張していた体から力が抜けていく。
恥ずかしながら後半は何を見たか覚えていなかった。
****
『楽しかった~』と感想を述べながら歩く峰岸さんの言葉に『 ..うん」と煮え切らないような返事しか返せない。
「桃さん、イソギンチャクに綺麗なエビがいましたね。それにアナゴも可愛かった~。桃さん、中性浮力上手だし、ぜんぜんセルフいけますね! 」
清水さんはそう言いながら私を元気づけてくれた。
「うん。萌恵ちゃん、ありがとう」
****
2本目は左側のゴロタ際をダイビングしてみた。
最大水深は20mに満たない砂地のコースだ
しばらくゴロタを進むとひとつポンと岩が目に付く。
峰岸さんはそれを目印として左折したようだ。
すっかり地形を覚えナチュラルナビゲーションをしているのだ。
すごい!
2本目になると、私は緊張がなくなりエアーの持ちがよくなった気がする。
もしかしたら、この時、既に萌恵ちゃんへの信頼を感じ始めていたのかもしれない。
白い砂地にいきなりバタバタと凄く大きな魚が飛び立った。
あっという間に追い付けないほど遠くに行ってしまったが、顔がスペードみたいな形をしていた。
そのまま砂地を移動していくと3つの岩が見えてきた。
と、同時にアジの大群が押し寄せてくる。
よく見るとイサキの群れも混ざり合っているようだ。
白い砂地を反射したアジはまるでガラスで作った身体のように透き通っているようだった。
3つ岩の陰には巨大なウツボが体を寄せている。
少し怖い顔をしているが、なぜかおとなしい。
良く見るとウツボの顔に何匹か透明なエビが登っていた。
どうやら、エビに身体を掃除してもらっているようだった。
あっちから近づいてくるのは! 大きな顔、脇から指がワサワサ!
こ、これは
に、苦手だ.. あのワサワサ感が..
帰りに砂地を移動していると流木のまわりに綺麗な魚の群れがいる。
南国リゾートにいそうな魚たちが透明な水色に泳ぎ回っている。
知ってる。ハタタテダイだ。
その魚たちを光のカーテンが照らす。
まさに癒しの空間。
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凄く楽しい2本目にご機嫌だった。
フィンを脱ぎ、スロープを歩き始めると、後ろでガチャンと音がした!
「痛っ.... 」
足を滑らして膝を着いた萌恵ちゃんが痛みに耐えている。
「み、峰岸さ~ん! 萌恵ちゃんが!! 大変です! 」
先に行く峰岸さんを呼び止めると、フィンをその場に置いて戻って来てくれた。
「大丈夫か?」
萌恵ちゃんに声をかける峰岸さん。
私は萌恵ちゃんのフィンを持つと、器材置き場まで先に進んだ。
萌恵ちゃんは峰岸さんに手を握りしめられながら戻って来た。
よしっ!!
****
「帰りどうする?」
と質問する峰岸さんにすかさず温泉を提案!
「私も賛成です! お肌の為にもいきましょー! ね、桃さん!」
「え~、俺は腹減ってるんだけどなぁ.. 」
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その翌日1通のメールが届いた。
~♪~
「桃さん、昨日はありがとうございました。すごく楽しかったです♪ 今度、また潜りにご一緒したいです。そしてまた温泉で美肌しましょう。 萌恵」
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