潜降56m 初めてのお迎え
「ほらほらほら! 見て、見て! めんきょしょー!! 」
私は事務所の中で免許証をかざして見せた。
「おお、桃ちゃん、良く取れたね。さすが! 」
「思ったより早く取れたんじゃねーの。もっとかかるかと思ってたけど 」
太刀さんと相良さんのリアクションは想定内のものだった。
「桃、これですぐにでも車検場にいけるな? 」
「え~、それはちょっと待って! 機械に突っ込んだら大変だから 」
やはり、最大の問題はそれなんだよなぁ~。
車検場.. 測定が全自動とはいえ、やっぱり怖いなぁ....
「なぁ、桃、あとで須田ちゃんと納車に行ってくれないか? 俺は商談、太刀君と相良君は車検だから」
「うん。それなら、任せておいて! 」
・・・・・・
・・
「じゃ、桃ちゃん、俺の後ろついてきてね」
「はい」
須田さんはうちの会社の工場長。
普段は完全に存在感を消している。
あまりおしゃべりもしない人なので、実は私の一番苦手な人。
「あっ、信号変わっちゃう。ああ、行っちゃった.. 」
須田さんは先の道でハザードを出して待っていてくれた。
そんな感じのが2回ほどあった。
きっと私の運転が未熟なせいなのだろう。
・・
・・・・・・
[ ありがとうございました。またのご利用お待ちしております ]
お客さんに納車をし終わると、須田さんが助手席に乗って来た。
「じゃ、帰ろうか。どうする? このまま、桃ちゃんが運転するかい? 」
「うん、私、運転します。須田さん、道教えてください」
「じゃ、まずこの道をまっすぐ行って2個目の信号を—— 」
・・
・・・・・・
今まで、須田さんと車で2人きりになったことはなかった。
それどころか、会社内でも2人きりになることはない。
..いや、訂正。
私がまだ小学生の頃、何度か須田さんの車に乗せてもらったことがあった。
その時の須田さんはもっと明るく陽気だったような気がする。
でも、いつの頃からか、須田さんは口数が減ってしまったんだ。
「どうだい? 桃ちゃんがここに来てもうすぐ2年になるけど? 」
「はい。1年研修でしたから実質1年て感じですけど、おと、社長も相良さんも太刀さんもいろいろ教えてくれるし。私、まだ未熟だけど、うまくやれてるとは思います」
「そっかあ。それはよかった。うん。安心した。がんばってね」
「はい」
会話はそれきりだった。
あとは『空が曇って来た』とかの言葉に相槌を打つ程度、会話と呼べるものでもなかった。
はっきりいって、私は須田さんのことを何もわかっていないのだ。
ただ、あの時、『会社でうまくやっている』と話した時、須田さんの笑顔には、安堵の他に寂しさも入り混じっていた気がした。
****
「どうだった? 須田ちゃん。こいつの運転は? 」
「大丈夫でしたよ。全然、落ち着いて運転していましたから」
「ほんとうかぁ? 」
「なによ! ちゃんと免許取れているんだから当然よ! 」
私が工場から事務所のドアを開けた時、須田さんとお父さんの会話が少しだけ聞こえた。
「あの社長、今晩、ちょっとお時間をいただけないでしょうか? 」
「あ? ああ。いいよ。なんで? 」
「いや、それはあとで.. 」
なんだろう....
私は須田さんの寂しそうな笑顔が頭から離れなかった。
****
◇LINE
七『もっちん、シュー、車GET完了! 来週、桜決行!! 』
朱『yes! ! can't wait!』
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