潜降44m 斜陽

ここのところ自動車保険、火災保険の更新と今までうちが扱ったことがなかった企業総合賠償責任保険、工事保険などの新規の契約も増え、なかなか多忙な毎日。


しかし..


****


「まいっちゃうなー! またぶつけたの? 」

と相良さんの大きな声が聞こえた。


見てみるとフロントバンパーから左側のフェンダーまでベコベコ状態。


「ねぇ、お父さん、宮本さんこの前も後ろ側ぶつけてたよね」

「ああ、この前はコンビニで方向転換しようとして看板支柱にぶつけてたな」


「そう、そう。それで、その時、自動車保険使ったんだ」


「もう直しても直しても切りがないんだよな。ちょっとした手直ししかできないよ」

お父さんはため息交じりに言った。



そんな宮本さんは2月に自動車保険の更新が迫っていた。

保険をたびたび使うため保険料は高額となり、「事故有契約」として割増保険料となっている。


そして安井あおい損保の登里さんから連絡が来た。

「桃さん、あの、2月17日の自動車保険の宮本様なのですが、ちょっと当社で保険を付けるのが難しそうで.. 」


私は察した。

「難しいというのは、もう『付けることが出来ない』という意味ですよね? 」

「まぁ、平たく言うと、そういうことになります」


事故を頻繁に起こし保険を使うことも多かった。

保険会社からは要注意人物として目を付けられたのだろう。


さらに宮本さんにはもっと大きな問題があるのだ。

「あの~、宮本様のご年齢はここに書かれているとおりですよね」

「はい」


「もう91歳ですので、昨今の世の流れから見ても自動車にお乗りになられること自体をお考えになられたほうが良いと思うのですが」

「登里さん、それ、私に言えってことなの? 」


「はい、まぁご商売上でもそういう事をお客様に進言するのは『責任の一環』としてあるのではないかと.. 」

「え~嫌ですよ。言いづらいですもん。それって家族で相談することじゃないの? 」


「まぁ、どちらにしろ保険は難しいので、お客様に伝えてください。よろしくお願いします」


—ガチャ

(あっ、切った!)


こんなにも事故を頻繁に起こす宮本さん。

自動車保険に加入できないってことは、事実上自動車に乗ることを辞めさせなければならない。


(それって私の役目なの?? )


「ねぇ、お父さん、何て言えばいいのかな? 」

「まぁな、人を跳ねないうちに乗るのをやめた方がいいとは思ってたんだけどな。足が悪い奥さんを車に乗せて出かけてるんだよな」


「娘さんいなかったっけ? 」

「いたけど親父さんが偏屈だからケンカして『こんなところいられるかーっ』って出て行ったんだよ」


「それってますます言いづらいよ」

「まぁ、『保険には入れません』という事実と『自動車とのありかたをご家族で相談してください』って伝えればいいんじゃないかな」


(偏屈で娘さん出ていったんでしょ... 嫌だな~)


****


—ピンポン♪


「はい」

「あの柿沢自動車整備会社です。いつもお世話になっています」

「ああ、どうもね。いま行くよ」


カチャとドアが開くと、何も知らない笑顔の宮本さんがいた。

ますます言いづらい..


「こんにちは。いつもありがとうございます」

「はい、はい。で、どうしたの? そうそう、車の応急処置ありがとね。」


「あ、はい。あ、あの2月の自動車保険更新のことでご相談があるのですが.. 」

 




「なに? じゃ、俺は保険に入れないってこと? じゃ、女房の名前使えば入れるのか? 」

「いや、もし奥様のお名前でお申し込みしてもおそらくお断りされてしまいます」


「どういうことだ? お宅が邪魔して入らせないってことなのか? 」


(やばいなぁ。なんかヒートしてきてない?? )


「あの、おそらくどこの保険会社でももうご加入は難しいと思います。ですのでご家族でお車の在り方をお話し合いになられて... 」


「もういい! もういい! 余計なお世話だ! 帰ってくれ!ほら、帰れっ! 」


—バン!!


( ..ほら、やっぱりだ.. )


そして宮本さんの保険は更新することなく終了した。


****


あれから2週間、いつも宮本さんが工場の前を車で通る16時30分だ。

私は心配で時々通りを見ていた。


「ねぇ、お父さん、宮本さん車に乗ってないよね? 心配だな? 」


「ああ、桃、宮本さんなら最近、電動カートに乗って奥さんと一緒に買い物に出かけてるのを見かけるぞ」


「本当!? そっか」


私は、なんか凄くホッとした。

そして、たぶん、電動カートを勧めたのは、お父さんであろう。


「 ..お父さん、最近、坂の向こうの夕日が工場をちょっぴり照らすようになってきたね」


お父さんはうなずくとそのまま自動車の窓を拭きはじめた。

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