第5話
線香をあげて両手を合わせる。
お礼だけ告げて、逃げるように外に出た。
爺さんは何も聞いてはこなかった。
、、、
コートに手を突っ込みながら、寂れた商店街を歩いてゆく。マスク越しにでも息が白くなっているのがわかった。
僅かなお金を握りしめて、駅へと向かう。
凍りついたような世界で俺は独り歩き続けている。
汚れたスニーカーが音を立てている。腰を曲げて、電信柱の前で一休みをする。気持ちが悪い、冷や汗が出てきている。
親が死んで、本当に生きる意味を見失ってしまった。
最後の計画すら破綻した。
これからどうしていけばいいのか、わからなかった。
んんと喘ぐような声を出して、首を小刻みに振る。ポキポキと関節が鳴る。はぁとため息をついて、近くにあったたんぽぽを踏み潰す。あーあー!と叫ぶが、周囲には誰もいない。くそぅくそぅ!と喚き散らすが、誰もいない。
独りである。独りだ。もういい歳をした大人だ。
誰も助けてはくれないし、これからどうなっていくかもわからない。今更人生をやり直そうとも思わなかった。
シルバーカーを押しているおばあさんが前方からやってくる。不思議そうな目でこっちをみている。
殺してやろうか、そう思ったが、頭を下げられたのでやめた。寒さでなんの気力も出ない。
、、、
改札で切符を入れて、ベンチにうなだれる。フードをかぶって、地面を睨む。イヤホンを買うお金もない。
目が痛い。肩が凝っている。首が痛む。身体は健康なのに、心がブッ壊れている。熱はない。気怠いだけ。
田舎の寂れた駅には人は歩いていない。
電車は一時間に四本しかこない。
15分に一本。
俺はどこに帰ろうとしているのかもわからない。
バックを持ったおばさんが黄色い線の内側で電車を待っている。
電車がやってくる音が聞こえる。
突き落としてやろうかな?と思ったが、直前で躊躇した。
それをやったところでなんの意味もないのだから。
、、、
電車に乗り込む。角の席で肘をかけながら、前方の窓の外を眺めている。
何も考えていない。何かを考えようともしていない。
あるのは苛立ちだけ。根っこにあるのは破滅願望だけ。
殺してやりたい、殺してやりたい、自らの不幸を誰かに発散しようと感じている。
俺にあるのはそんな怒りだけ。
扉が空いて、大学生くらいのカップルが乗車してきた。私服姿だ。今は冬休みだろうか。
スマホを眺めながら会話をしている。
二人とも美男美女のカップルだ。
女が彼氏の肩に頭を預けている。
いいなぁ、いいなあ。お前らは。
辛い思いとか、悲しい思いとか、経験したことないんだろうなあ。
どんなことがあっても、二人で乗り越えてきたんだろうなあ。
羨ましいよお、ホントにさあ。
寒いんだよ。こっちはずっと寒いんだよ。寒くて仕方ないんだよ。寒くて、寒くて仕方ないんだよ。
お前らみたいにさ、心の穴を埋められる大切な人なんていないからさあ。
俺もさあ、お前らみたいに幸せになりたかったよ。
沸々と怒りが湧いてゆく。丁度いい、コイツらにしよう。計画は変更だ。
鞄にはナイフが入っている。
橘さんなんてどうだっていい。
あんな女は死んで当然だ。
思わせぶりなクソ女だからなあ。
もう顔も覚えちゃいない。
無関係のやつのほうが躊躇なく、八つ当たりすることができる。そうだ!そうだよ。最初から通り魔的な犯行にしとけばよかった。まさか電車の中で殺されるとは思わなかっただろうしなあ。
女のほうがマスクであまり顔は見えないが綺麗な造形をしている。犯して捨てようか。この車両には今は俺とコイツらしかいない。彼氏はひ弱そうだ。
なあ、彼氏よ。お前は守れんのか?
突然現れた強姦にさあ、てめぇは守れんのかよ?
そんなお前はとてもカッコいいんだろうなあ。
マスク越しにニヤニヤしながら、カップルのほうを睨む。
奴らは俺のほうには気付いていない。
鞄のほうに手をやる。ナイフで、どっちから刺してやろうか。別に殺さなくてもいい。ダメージを与えるだけでいい。
そうすればコイツらは不幸になる。
幸せの絶頂から不幸になる。
それでいい。それだけでいい。
そうなりゃ全部、俺の目的は達成される。
ふぅーと息を吐く。目やにをとって、動き出す。
くたばれクソカップル!!ひゃっひゃっひゃ!!
お前らなんて地獄に堕ちてしまえ!!!!(笑)
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
「少しずつだよ。少しずつ治していこう」
「……死んじゃいたい」
「治るよ。きっと治るから」
「……死んじゃいたい」
「君が死ぬと俺がかなしい」
「……どうでもいい」
「諦めたら終わりだよ」
「……関係ないじゃん、私が死んでもさ」
「なんで?」
「……世界になんの影響も与えない」
「そうかな」
「……私がこの世界に不必要だから」
「そうかな?」
「……そうだよ!」
「……無理してまで生きる意味なんてあるの?」
「生きてみないとわからないよ」
「……どうせ死ぬなら早く死にたい!」
「決断が早すぎるよ」
「……どうせ植物人間になってゆくのに」
「かもしれないね」
「……最後には独りで死んでゆくんだよ?」
「それもそうだけど、でも、せっかく産まれてきたんだから、幸せになったほうがお得だよ」
「……意味わかんない。理想論じゃん」
「うん、綺麗事だよ」
「……辛いの!辛すぎるの!」
「みんなそうだよ」
「……みんなって誰?私はそのみんなじゃない!」
「みんなだよ」
「……良いことなんて何もないじゃん!」
「わかんないじゃん」
「……わかるの!私は地獄に堕ちたいの!」
「地獄なんてないよ。また産まれ変わるだけ」
「……生まれ変わりたくない。幽霊になりたい」
「幽霊もいるかはわかんないけどね」
「……どうすりゃいいの!?」
「もがいて、もがいて、それでも生きるんだよ」
「……なんで?」
「それが人生だから」
、、、、、
「好きなだけ眠って、ボロボロになって、自分を憎んで、こんな社会なんて滅べばいい!消えてしまえ!って思いながら、必死に耐えて耐えて、そうやって生きるんだよ」
「自暴自棄になって、拗ねて、誰かに八つ当たりして、そんな己を殺したいと願っていたとしても、心臓も脳も生きたがっているから。自分を傷つけるのは自分が可哀想だよ」
「社会に居場所がなくたって、誰にも愛されなくたって、生きる希望が一ミリもなくて、絶望のどん底にいたとしても、ボロボロになりながら、足掻いて足掻いて足掻いて足掻き倒して、そうやって生きてゆくしかないんだよ」
「死んじゃったら終わりだから」
「ほら、今を生きてゆこう」
「明日を生きてゆこう」
「限りある命の時間に感謝をしながら」
「一日一日を歩んでいこう」
「そうやって、幸せになってゆこう」
、、、、、
「……ごめんねっ、死にたいなんて言って、ごめんねっ」
「気にしないで。ほら、美味しいものでも食べにいこー。そうだ!唐揚げでも食べにいく?笑」
「唐揚げ大好きw」
視界が真っ暗になる。
鼻息が荒くなっている。
気がつけば、俺は涙を流していた。
とりあえず人生に絶望したので自殺する前に学生時代好きだった女の子を強姦することにした。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune
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