ベル ボトム ガールズ

Jack Torrance

ベル ボトム ガールズ

あたしの名はトリクシー ウェルズ。


現在31歳。


タルサ ストームって言うパッとしないショットバーで務めている。


かれこれ、もう2年半になる。


店のバーテンダーはみんな女性ばかり。


日本で言うところのガールズバーみたいなものね。


従業員はあたしの他に41歳になるジョアンナと37歳になるイーディスの二人だけ。


二人ともオールドミスだ。


この年齢層の高さで何処がガールズバーって言えた義理なの。


パッとしないって意味が理解出来たでしょ。


あたしには、バディ コックスって言う5つ年下の彼氏がいる。


この店で出会ってバディに口説かれて付き合いだしたの。


バディはバンドマンで現在ザ ベル ボトムズって言うスワンプロックのバンドのヴォーカル兼リードギター。


バディのヴォーカルは、ブラックベリー スモークのチャーリー スターのようにスモーキーヴォイスでギタープレイはマーカス キングのように滅茶イケてる。


ルックスは、ブラッドリー クーパーをワイルドにしたって感じ。


バンド名のザ ベル ボトムズってのもバディがデレク&ザ ドミノーズの大ファンで彼らが唯一リリースしたアルバム『いとしのレイラ』に収録されていた“ベル ボトム ブルーズ”って曲がバディの超お気に入りなの。


それで、バンド名をザ ベル ボトムズって名付けた訳なの。


“ベル ボトム ブルーズ”って曲には秘話があってね。


ビートルズのメンバーだったジョージ ハリスンの奥さんのパティ ボイドに恋したエリック クラプトンがヨーロッパにツアーに行ってお土産にパティにクラプトンがお揃いのベル ボトムをプレゼントしたって訳。


クラプトンってロマンティストよね。


そして、ジョージからパティを略奪しちゃうの。


バディは、インディーズでやってるけどお声が掛かればメジャーでもやっていけるとあたしは信じてる。


あたしはバディにぞっこん。


彼の容姿、ボーカルとギタープレイ、そして、ロマンティストなところ。


ここが一番大事。


彼は何よりもあたしの事を愛してくれている。


あっちの相性も勿論バッチリ。


挙げれば限が無いほど彼ってパーフェクトなの。


そんなバディがメジャーの階段を昇る為にアーカンソー、ニューメキシコ、テキサスをおんぼろワゴンで2ヶ月半かけてロードするツアーに出たの。


勿論あたしは寂しかったわ。


でも、これも全てバディの夢の為。


あたしは、ひたすらツアーの成功を祈りつつ我慢するのみ。


バディが発つ前日。


彼が店に来て暫しの別れをあたしに告げた。


「トリクシー、暫く会えないけど俺の事忘れないでくれよな。愛してるぜ、ハニー」


「あたしもよ、バディ、浮気なんかしたら殺しちゃうからね。愛してるわ、ダーリン」


あたしとバディは人目も憚らず熱烈なキスを交わした。


店の常連から「よお、姉ちゃん熱々じゃねえか。そのまんま押っ始めちまえよ」って冷やかされた。


あたしは舌を突き出し中指を立て「うっせー、バ~カ、てめえのナニでもしゃぶってろ」と言ってやった。


「おいおい、ハニー、そんなお下品な言葉は使っちゃ駄目だぜ」


あたしはバディに窘められた。


「それじゃ、俺行くよ」


バディが今生の別れかのように切なげに言った。


「もう、バディったら、ロマンティストなんだから。一日置きくらいで電話してね。あたし、待ってるから。あんまり飲み過ぎないでね」


バディは、ハードロードに旅立った。


ロードに出て彼はちゃんと一日置きに電話をくれた。


そして、ロード48日目の電話だった。


「やあ、ハニー、調子はどうだい?」


「バディ、今、何処なの?」


「ヒューストンだよ。それよりも昨日のギグは乗りに乗ってぶっ飛んだぜ。オーディエンスの反応は、このロードでピカイチだったな。俺もテンション上がっちまったぜ」


「えー、そうだったの。あたしも行きたかったなぁ」


「それでなサプライズにしとこーって思ってたんだけどな。昨日、昼間に街をぶらついててトリクシーに贈るプレゼントを買ったんだ」


「えー、それって、あたし、超嬉しいんだけど。何買ったの?」


「それは、お楽しみだぜ、ハニー!君が恋しいよ。また電話するよ。おやすみ、ハニー」


「おやすみ、ダーリン、愛してるわ」


2ヶ月半の過酷なロードを終えバディはタルサに戻って来た。


帰って来た彼のその表情からは確かな手応えを掴んだというような何かを成し遂げた男の面構えに思えた。


タルサに戻るなりバディは獲物を捕獲するハイエナのような勢いであたしのアパートに駆け付けた。


「会いたかったぜ、ハニー」


「あたしもよ、ダーリン」


アパートの扉を閉めるなり、あたしはバディに熱烈なキスをお見舞いしてやった。


バディがリヴィングに入るなり照れ臭そうに切り出してきた。


「トリクシー、これ、この前言っていた君へのプレゼント」


可愛くラッピングされリボンが掛かった包みをバディが紙袋から出して手渡してくれた。


あたしは、お預けを喰らっている飼い犬のように鼻息を荒くして食い気味に興奮し尋ねた。


「開けてもいい?」


バディが、そんなあたしを横断歩道で小学生の子らの通学をやさしく見守っているおじさんの眼差しで見守りやさしい声音で言った。


「どうぞ、開けてごらん」


あたしは上品且つ丁寧にラッピングを剥がし中を見た。


プレゼントはAGのベル ボトムだった。


色はブラックデニムでユーズド加工と軽いダメージが入ってた。


細身でスタイリッシュなラインで縫合はレッドステッチ。


バックポケットにはフラップが付けられていて、そのフラップは別生地のヒッコリーでアクセントになっていた。


まるで60年代のフラワーチルドレンなんかが履いていそうなお洒落な一本。


「キャァーーー!!!可愛い~。これなら、ブーツにもパンプスにも似合うわね」


あたしは、この瞬間ふと想った。


ベル ボトム?


クラプトン?


パティ ボイド?


こ、これってもしかして?


あたしは、バディのジーンズに目を走らせた。


ベル ボトム。


ブラックデニム。


ユーズド加工。


軽いダメージ。


レッドステッチ。


ヒッコリーのバックポケットのフラップ。


キャァーーー!!!!!お揃いだわ~。


な、何てロマンティストなの、ダーリンったら。


あたしは瞳の中に大事に仕舞ってある女のリーサル ウェポン、お星様を爛々と輝かせながら言った。


「ダーリン、これって、あのクラプトンがパティ ボイドに送ったエピソードと一緒じゃないの。もう、バディったら、ス テ キ」


この日の晩。


あたしとバディは燃え上がって3回戦までいった。


も~う、バディったら、絶倫なんだからー。


あたしは喜んでプレゼントしてもらったばかりのベル ボトムを履いて店に出た。


ジョアンナが言った。


「トリクシー、そのベル ボトム似合ってるじゃないの。買ったの?」


「バディからのプレゼントよ。彼とお揃いなの」


イーディスが冷やかした。


「へえ~、バディったら、可愛いじゃないの。それにロマンティストよね。お揃いのジーンズを買うなんて」


ジョアンナとイーディスにも似合うって言われてあたしは有頂天になった。


あたしは、よく店にバディから貰ったベル ボトムを履いて行った。


このベル ボトムを貰ってから2ヶ月が経とうとした時だった。


店がお休みの時だった。


あたしは近所のトレーダー ジョーズに買い出しに行った。


その時、偶然に店内でジョアンナと会った。


一目で分った。


ジーンズを見るとあたしがバディから貰ったお揃いのベル ボトムを履いていた。


あたしは怪訝そうにジョアンナに尋ねた。


「そのベル ボトムどうしたの?」


ジョアンナは動転して、しどろもどろになりながら答えた。


「あー、あ、あれ、あれよ。あなたが、いつも店に履いて来るじゃない。あたしも可愛いなーって思ってたら、この前にデパートに行った時に偶然、同じ物を見掛けたの。それで衝動買いしちゃったって訳なのよ」


あたしは、ほっぺをプーッと膨らませてジョアンナを睨んだ。


何もあたしとバディとの記念のベル ボトムを真似しなくてもいいじゃないの。


一応、あたしは大人の対応で「へえー、そうだったんだ。あなたもとても似合っているわよ」と言ってジョアンナと別れた。


その日を境にジョアンナもあたしとお揃いのベル ボトムを店に履いて来るようになった。


あたしは、イラッとしたが着る物は個人の自由なので文句なんて言える筈もなかった。


常連の客からは「姉ちゃん達、お揃いのベル ボトムなんか履いちゃって姉妹みたいだな。もしかして、レズだったりしちゃってな」って揶揄された。


あたしとバディとの深い絆のベル ボトムをそんな風に揶揄するなんて赦せなかった。


あたしはジョアンナの手前その憤怒を只管(ひたすら)押し隠し心中で中指を突き立てて「くたばりやがれ、このチンポヤロー」と毒づいた。


そんな、擦った揉んだがありながらもあたしは冷静に、そしてクレバーに徹して対処した。


あの日が来るまでは…


バディがロードから戻って5ヶ月が経とうとしていた。


以前にも増してあたしとバディは熱々だった。


店がお休みの時にデパートにショッピングに行った。


そこで、イーディスを見掛けた。


あたしは自分の目を疑った。


エーーー、マージーでーすーかー!!!!!!!


履いてる。


あたしとお揃いのベル ボトムを…


あたしは愕然とした。


何故、イーディスまでもがあたしと同じ格好を真似するの?


あたしは足りない脳味噌をフル回転させて考えた。


ジョアンナとイーディスはレズビアンで、きっと付き合ってるんだわ。


あたしのお気に入りのベル ボトムを気に入ったジョアンナがイーディスとペアで揃えたんだわ。


だから、41と37にもなって二人ともオールドミスなんだわ。


そして、二人はあたしもその関係に引き込もうとしているんだわ。


あたしにバディという存在があるのを知っていながらレズビアンという未知なる世界にあたしを引きずり込もうとしているんだわ。


そうだ、それで全て合点がいった。


ジョアンナとイーディスが店でたまに見せるあたしに投げ掛ける邪な視線。


あたしはパニックになって、その場を立ち去った。


店でジョアンナとイーディスに会うのが何だか気不味い雰囲気だった。


そして、次の週の店がお休みの時だった。


夜の10時を回った頃だった。


あたしは部屋でまったりしていた。


すると、呼び鈴が鳴った。


誰なのかしら?


こんな夜分に。


あたしはドアスコープを覗く前に玄関の扉の前で尋ねた。


「どちら様?」


すると声が聞こえた。


「俺だ、俺だよ。バディだよ」


あたしは嬉しさで天井を突き破るくらいの勢いで飛び上がり直ぐ様ロックを解除して彼を請じ入れようと扉を開いた。


す、すると其処にはバディの他にジョアンナとイーディスが彼の後に並んで立っていた。


し、しかも、みんなあのお揃いのベル ボトムを履いて。


?????


あたしは意味が解らなかった。


あたしは憮然としてバディに問い質した。


「バディ、これって質(たち)の悪いジョークか何かなの?」


バディが汗顔の至りで声を吐き出した。


「ここじゃ何なんで上がっていいかい?」


あたしは当惑しながら三人を部屋に請じ入れた。


リヴィングのソファーに三人を座らせてから、あたしはコーヒーをマグに淹れて三人に手渡した。


皆一様に笑顔を浮かべて「ありがとう、トリクシー」と言った。


バディを挟んでジョアンナとイーディスが腰掛けている。


どっかのワンマン社長が敏腕秘書を二人伴って強引に商談を纏めている感じだ。


そして、バディが切り出してきた。


「トリクシー、実は君にカミングアウトする事があるんだ。取り乱さずに聞いて欲しい。俺、実はセックス依存症なんだ。君と付き合う前から実はジョアンナとイーディスとは付き合っていたんだ。」


??????????


あたしは、ジム キャリーの『マスク』のように目玉が飛び出すくらい愕然とした。


あたしは聞いた。


「じゃあ、そのベル ボトムは?」


「俺がプレゼントした。バーゲンで現品限り50%Offになってたんだ」


あたしは宝くじが当たる確率で隕石が頭部に直撃したような更なるショックを受けた。


「あ、あなたがプレゼントしたの?しかもバーゲン品で50%Offのおまけ付き!」


バディが尚も続ける。


「他にもグルーピーの女の子二人にもプレゼントした」


あたしは雪国でホワイトアウトに見舞われたように目の前が真っ白になった。


「その子らとも付き合ってるの?肉体関係はあるの、そのグルーピーの子とも?」


バディはこくりと頷いた。


そして言った。


「その子らも実は外のワゴンで待ってるんだ。実は今日、君の家に来たのは俺とみんなでモーテルに一緒に行って欲しいからなんだ。一緒に6Pのスワッピングを楽しんで欲しいからなんだ。俺の性欲がそれを求めているんだ。頼むよ、トリクシー。一緒に行ってくれ」


バディが懇願した。


ジョアンナが助け船を出した。


「トリクシー、黙っててごめんね。でもね、バディのセックスプレイって彼のギタープレイ同様に最高なの。あたし、メロメロになっちゃうのよね。それに女同士で舐め合って弄り合うのも別の意味で感じちゃうのよね。レズビアンの気持ちが解るっていうか…」


イーディスが合いの手を入れてきた。


「そうそう、あたしもジョアンナの意見と同じなのよね。トリクシー、人生はチャレンジよ。絶対に損はさせないって。バディとあたしとジョアンナであなたが一度も味わった事の無いスリリングでデンジャラスな幾度となく押し寄せるオーガズムへと誘ってあげるわ」


バディが二人の助け船に乗って一度奪われた要塞を奪還すべく己を鼓舞する司令官のように攻勢を強めて来た。


「頼むよ、トリクシー。この通りだ。君無しでは俺の壮大なセックスライフはパーフェクトなものにはならないんだよ」


あたしの脳内は目まぐるしく迷走し結局はバディの申し入れに妥協した。


あたしは「ちょっと待ってて。着替えて来るわ」と言ってベッドルームに行った。


何故だか分らないけどバディから貰ったベル ボトムを自然と履いていた。


条件反射。


そう、それはパブロフの犬であった。


あたしの脳は外出=お気に入りのベル ボトムというようにプログラム処理されるように構成されていた。


パブロフの犬がベルが鳴れば唾液の分泌量が自然と増えたように、あたしは外出する時には自然とバディから貰ったお気に入りのベル ボトムに手が伸びていたのである。


今想えば何だかそうしないと申し訳ないって気持ちが何処かにあったのかも知れない。


部屋の鍵をロックして四人で駐車場に行った。


まるで強制収容所に習慣される政治犯のように周りを取り囲まれながら…


バディがこの前にロードで乗って行ったおんぼろワゴンが停まっていた。


ドアを開くと二人のグルーピーの女の子が乗っていた。


「ハーイ、初めまして、あなたがトリクシーね。あたしは、マリアンヌ。こっちの子はアンナよ。よろしくね。今夜はみんなで楽しみましょ」


マリアンヌって子が元気良く話し掛けてきた。


「あたしはアンナ、よろしくね。あなたも津波のように何度も襲ってくるオーガズムを体感したら蟻地獄のように抜けられなくなっちゃうわよ」


アンナって子もウィンクしながらあたしの手を握ってきた。


あたしも人の事を言えた義理じゃないが彼女らからは只管に快楽のみを追求し神に対しての背徳とか畏怖といった思想は一切感じさせなかった。


二人ともルームライトで薄明かりだったがバディがプレゼントしたベル ボトムを履いていた。


あたし達はサウス タルサにあるアーカンソー リバー サイド モーテルにチェックインした。


そして、あたし達は媾った。


そして、幾度となくオーガズムの波があたしを襲った。


それは、海から押し寄せる波のように…


あたしは新たな至福の瞬間をあたしの中で発掘した。


そう、それは既に掘り起こされた鉱山で最後のダイヤの原石を採掘したような気分だった。


60年代にヒッピー達がフリーセックスしまくって享楽していたのが今更ながら共感出来た。


バディは、あたし達五人をベル ボトム ガールズと呼んだ。


あたしとジョアンナ、そしてイーディスは今日も仲良くタルサ ストームのカウンターに立っている。


お揃いのベル ボトムを履いて…

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ベル ボトム ガールズ Jack Torrance @John-D

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