2.

『君さぁ、こんなんじゃ全っ然ダメなんだよね、わかんないかなぁ?』

『こんな仕事しかできないやつに払う給料なんてないんだよ』


 そんなセリフ、マンガやドラマの中だけのものかと思っていた。

 そしてまさか、俺自身が言われることになるなんて思いもしなかった。


 やっとの思いで就職した会社で待っていたのは、仕事に明け暮れる毎日と、次々に飛んでくる鋭利な言葉。

 いつかは乗り越えられる。そう言い聞かせて踏ん張って、耐えて。耐えて――

 とうとう耐えられなくなって。


 働き始めて2年半が過ぎたある日、俺は選んだ。

 逃げることを。


 できるだけ、東京ここから離れよう。あの空気から、少しでも遠い場所に行きたい。

 そう思って、飛行機に乗り、船に揺られて。


 気がつけば、名前も知らない南の島にたどりついていた。


 辺り一面、んだ空と海。東京の雑多な雰囲気などカケラも感じさせない。まさに俺が追い求めていた場所。

 この島になんの当てもないということを除けば、だが。


「……とりあえず、泊まれるところを探すか」


 とは言っても、この島に宿泊施設なんて存在するんだろうか。もっと観光地っぽい島なら間違いなくあるんだろうけど。ネットで検索してもぜんぜん出てこないし。


 誰か島の人に訊いてみるしかない、か。


 港から20分ほど歩くと、家が何軒かある場所にたどりつくことができた。どの家も特徴的な真っ赤のかわら屋根で、異国感を放っていて、俺の身体に緊張感をまとわせる。そんな感情をぐっと抑えて、俺は一番手前の家へと足を踏み入れて声を上げる。


「こ、こんにちはー」

「はいたーい」


 すると、なまりのある返事。テレビで聞いた記憶のある、島国特有の方言。

 出迎えてくれたのは、やわらかな笑みを浮かべたおばあさんだった。


「どうかしたさー?」

「えっと、すみません。このあたりで民宿とか、泊まれそうなところってありますか?」

「どうだったかねえ。昔はあったと思うけど、お客さんなんてほとんど来ないから、今はもうないと思うよー?」

「そ、そうですか」


 まじか。想定していた一番悪い事態だ。ううむ、どうしたものか。


「にいちゃん、もしかして泊まるところ探してるのー?」

「あ、はい。恥ずかしい話、勢いでここまで来てしまったもので……」

「それなら、うちに泊まっていったらいいさー」

「えっ?」


 そんな「今夜飲みに行かね?」みたいな軽いノリで。


「で、でもそんなの悪いですよ。いきなりご厄介やっかいになるわけには」

「なあにー、いちゃりばちょーでーよー。困ったときはお互い様さー」

「はあ……」


 ありがたい話に違いないのだが、自分の中では驚きの方が勝っている。だって東京だったら絶対あり得ない話だし。とはいえ、他に選択肢があるわけでもない。


「……あ、ありがとうございます。じゃあその、お言葉に甘えることにします」

「はいさー。ゆたしくよろしくねえ」


 遠慮せんと上がってー、とおばあさんは俺を家の中に招き入れる。


「もちろん泊めていただいた分、お金はお渡ししますので」

「そんなのいいよー。その代わり、ひとつお願いしたいことがあるさー」

「お願い、ですか?」

「そうさー。ミズキー」


 と、おばあさんは奥に向かって誰かを呼んだ。


「なーに、おばーちゃん」


 直後、そんな声とともにとたとたと軽い足音が聞こえてくる。


 そこにいたのは、日焼けした肌の子どもだった。

 短めの黒髪にTシャツ短パンという風貌は、まさに夏休みに外で遊ぶ少年。


「この子は私の孫娘、ミズキさー。今年で11歳になるんだけどねえ」

「はあ……」


 孫娘、ねえ。パッと見、男の子だけどな。


「……」


 すると、俺の気持ちが視線に現れていたのか、ミズキ「ちゃん」はこっちをじっとにらんでくる。

 しかし女将さんはそんな様子をまったく気にすることなく、彼女の頭を優しくなでると、こう言った。


「この子の勉強をみてやってほしいんさー」

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