3

「それで、しにたかったのか」


「いや。理由なんてないんです。しにたいことに、理由なんて。ただ、しにたい。それだけです」


「こんなに料理がうまいのに?」


「供物繋がりです。しぬまえの人身御供が供物を作ったら、一石二鳥かな、って」


「その発想は新鮮だな」


「そうですか。うれしい」


「ほめてないよ」


「そうですか。残念」


「なんで、そうやってにこにこ笑ってるんだ?」


「こういう顔ですから、しかたないかなあ」


「違うな。違う」


「え?」


「しにたいことに理由がないと言ったのも違う」


「いやいや。僕は」


「しぬまえのやつが人を助けたりはしない」


「それはぶつかっちゃったから、ごめんなさいという気持ちで」


「助けてほしかったのか?」


「なにをっ」


「違うな。ころしてほしかったのか。いやそれも違う」


「あの。そろそろ」


「自分のことを知ってほしかったのか」


「もうやめろっ。やめてくれっ」


「当たりか。そうか。そうかそうか。やめる気はない」


 座り直す。


「おにぎりとお粥のお礼。知りたいな、あなたを」


「俺は知られたくない」


「じゃあ、わたしの話でもするか。先にな」


 水を、少し口に含む。


「生まれたときから、記憶がある。ついでに、ここではない場所との繋がりとか、人ではないものの姿とか、そういうのが見える。半分は体質で、半分は才能」


 ずっと、そう。


「だから、すぐに家を出た。幼稚園に上がる前だったかな。自分がここにいると、危ないと思った。親のことは正直覚えてない。人ならざるチックなものは生まれたときから覚えてるくせに、人らしいことは覚えられない」


「人ならざるチック」


「ここではない場所との繋がりとか、人ではないものの姿とか、そういうやつのことだよ。人ならざるチック」


「ロマンチックとかそういう語感か」


「まあそんな感じ。そして、ちょっと放浪して、街にたどりついた。その街は、星空と街のネオンが両方見えて、綺麗な街で。その街が好きになった」


 ちょっと座る体勢を変更。


「そこからは、街を守る正義の味方さ。放浪の原因になった人ならざるチックな体質と才能も、街を守るのに役立った。たのしかったよ、そこそこ」


 そして。


「そして。任務でここに来て、街を脅かすものと戦った。街は救ったけど、わたしは消耗で動けなくなった。人がぶつかってくるのを避けられないぐらいに」


「それが俺か」


「そう。そういう感じ」


 わたしの話は、そういう感じ。あまり深く考えたこともない。


「俺は」


 アクティブ自己開示成功。自分の話をすると、相手も自身の話をしやすくなる。


「いや、その話を聞いたから自分も話すってわけじゃない」


「そうか。それならそれでいい」


 無言。


 俺は。

 どうしたいのだろうか。


「やっぱり喋る」


「どうぞ」


 でも。

 心のなかが、まとまらない。


「お茶おかわり」


 うながされるままに、お茶を淹れる。そして、その間に心を落ち着けて、話すことを整理する。


「ありがと」


 彼女が、お茶を飲む。

 固い口調なのに、顔は、どこまでもかわいい。


「なんでかわいい系なんだ?」


 しまった。つい口を衝いて言葉が。


「顔か。いや、顔はどうしようもなくてな。さっき話したようなうえがら、人に寄ってこられると困るんだ。覚えられないし」


「それで、その口調か」


「でもかわいい系が好きだから、メイクはかわいい系になる」


「メイクしてんのか?」


「ばかにしてんのか?」


「いや。ここに連れてきたとき、タオルで顔拭いたぞ。暖かいタオルで」


「あ。そうか。あれは気持ちよかった」


「覚えてんのかよ」


「寝てるから覚えてはいない。気持ちよかったのは覚えてる。感覚だし」


「そのとき何もタオルに付かなかった」


「じゃあ任務中に取れたんだな。ノーメイクだわ」


「かわいいな」


「ほめてんのか。よくわからんけどありがとう」


「俺は。それが原因だった」


 俺は。


「顔がよかった。それだけだった、それだけで」


 鳩尾みぞおちに、脚。いたくはない。すこし、押されただけ。


「呼吸、多少楽になっただろ」


「ありがとう」


 たしかに、楽になった。


「顔だった。家どころか、人の集まる場所には、いられない。隠れるように生きてきた」


 そう。そして。


「心がおかしくなって、死のうと思った。死ぬためのオプションで、人身御供だから身体作っておこうと思って筋トレしたり、供え物繋がりだから料理してみたり。おかしいだろ」


「おかしいけど、笑い種にはできないな。そんな、つらそうな顔で話されると」


「そう。顔だよ」


「訂正するよ。表情。表情が、つらそう」


「どこまで行っても顔さ。しにたくなって、街を彷徨さまよい歩いた。それで」


「わたしとぶつかった」


「かわいい顔がいると思った。最初は無視したけど、倒れる音がして。もしかしたら、同じ、心なのかと、思っ、て」


 また、鳩尾をやさしく押される。


「でも、違ったな。ぜんぜん違った。いまだって、俺にやさしくしてくれる。強い人だった」


「いや。わたしは脚で蹴ってるだけ。そっちはおにぎりとお粥と、あとベッドとタオルだ。やさしいのはそっちだろ」


「かわいかったからかも。これも顔だな」


「やさしいからだろ。たぶんわたしじゃなくても、倒れてたらおまえはこうやって世話すると思うよ」


「いや。しない」


「なんでだ」


「似ていると、思いたかったから。顔がいい同士」


「残念ながら、わたしは自分の顔をそんなにいいと思ってないな」


「そうか。違うな、全然」


「やさしいんだな。やさしすぎる。やさしすぎて、つらい」


「同情すんなよ」


「いや、その話聞いて同情すんなってほうが無理だよ」


「俺は。しにたい」


「わかった。しに場所にふさわしいところを知ってる。そこまで行こう。この場所とは違うけど」


「違う世界か」


「世界じゃねえんだよな。全部同じで、違うのは場所なんだ。って説明しても分かんないか。まあいいや。行こうか」


「うん」


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