第2話

 右側から、ぶつかってきた。


「ごめんなさいっ」


 そう言うしかなかった。どうしようもない。限界だった。

 走りたくなかったし、人前に立ちたくもなかった。ここも、

 そろそろ、俺も終わり。がんばったほうだなとは思う。なんとかここまで生きてきた。それだけで、凄いことだと思えてしまう。


「あ、あのっ」


 しかたなく、ぶつかった相手に声をかける。


「ごめんなさい。さっきぶつかっちゃって」


 女。かわいい。身体も筋肉がついている。しかし、しにそう。強そうなのに、しにそう。


「いえ。気にしないでください」


 無言。これ、もしかしてこいつ。しぬのか。俺より先に。


「あ、あの」


 答えがない。

 ふざけるな。

 俺より先にしぬ。

 どうでもいいことなのに、無性にむしゃくしゃした。おかしい。俺が生きてて、この見知らぬかわいい女がしぬ。これじゃあおかしい。


「くそっ」


 女を背負った。身体はかなり重い。筋肉量が相当ある。しかし背中に感じるものには、しなやかさもあった。飾りみたいな筋トレをしている自分には、辿り着けないような身体のつくり。それすらも、どこか理不尽さを感じる。

 とりあえず、家まで運んだ。帰ってくるはずのない家。使う予定のないキッチン。

 とりあえず、彼女をベッドに潜り込ませる。


「飯か」


 キッチン。もう何も食べないと思っていた。米ぐらいしかない。そういえば、棚の奥に乾燥野菜があったかもしれない。

 彼女が、目を覚ました気配。


「あ、目、覚めました?」


 と、同時に。

 彼女の身体に覆い被さっている毛布が、こちらに飛んでくる。


「あうわっ」


 避けられず、ぶつかる。


「うわあすごい元気っ」


 じゃあなんでしにそうだったんだよ。ふざけんな。


「よいしょっ」


 毛布除去。


「倒れて寝はじめたんで、どうしようかと思って」


 彼女の顔。かわいい。それだけ。


「ここは僕の家です。そしてこれは僕の毛布」


 毛布をベッドに再設置する。どうせ彼女また寝るだろうという、なんとなくの予想がある。


「ちょっと寝ただけでこんなに元気になるなんて」


 時計。窓。夜。19時半。


「あ、もう行くんですか」


 しまった。ベッドに視線を外したせいで、彼女がノーマークだった。


「ちょっと待ってくださいね」


 と言われて待つばかはいない。窓に脚をかけられる。


「えっ窓から?」


 あ。靴。


「ちょっと待ってください。いま靴を。いや靴じゃないや。ええと」


 とりあえず靴を持ってきて、ついでにさっき作ったやつを。


「はい。これを」


 包み。


「おにぎりです。どうぞ」


「おにぎり」


 おにぎり。これでも食って生き延びてろ。


「あっ喋った」


 声は小さく、しっかりしている。


「なぜわたしを」


 ああもういいや。せっかくだから。


「いや、いいや。もう少し寝かせて」


「おおお。どうぞどうぞ」


 予想が当たった。

 しかたがない。

 キッチンに戻り、自分のぶんのお粥を作る。他に作るものがなかった。

 彼女が起き出しておにぎりを食べ出したので、少しだけ甘くした水を持っていった。


「とりあえずお水です」


「んぐっ」


 彼女が水を飲みほす。キッチンでお粥も完成。


「おつかれのようだったので、少しだけ糖分を足しました」


 とりあえずお粥を持っていきながら、彼女に話しかける。


「野菜多めのお粥です。僕の夜ごはん。食べます?」


「米に米か」


「あ」


「たべる」


 彼女がお粥を食べ始める。自分のぶんが、ない。また作らないと。


「おっ」


 おいしそうに食べている。


「あ、じゃあ、全部どうぞ。僕もうひとつ作ってきます」


「わるいな、なんか」


「いえいえ。ありがとうございます。しぬまえに人助けができた」


 なんか、よく分からないことになってきた。彼女が、ついてくる。お粥を手に持って食べながら。


「熱くないですか?」


「大丈夫」


「こっちもできたので、はい」


 お粥の追加。あと自分のぶん。


「ありがとう」


「さ、生きましょう」


「しにたいって」


 あ。

 しまった。


「気にしないでください。人生に区切りをつけたかったんですよ」







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