朝焼け、切ない気持ち
春嵐
第1話
左側から、ぶつかってきた。
任務の帰り。こことは違う場所で戦ってきた後で、つかれていて。それで、ぶつかってくる彼を避けられなかった。
「ごめんなさいっ」
そう言って、彼は去っていって。わたしはその場に横たわった。
立ち上がりたくなかったし、立ち上がれなかった。ここも、わたしの
そろそろ、わたしも終わり。がんばったほうだなとは思う。ここではない場所まで辿り着いて、そして、任務を完了した。街を救った。それだけでいいか。
「あ、あのっ」
声がしたので、しかたなく、そっちのほうに、頭を傾ける。
「ごめんなさい。さっきぶつかっちゃって」
男がいる。顔はいい。身体も筋肉がついている。しかし、弱そう。身体が強そうなのに、弱そう。
「いえ。気にしないでください」
無言。喋りたくなかったし、動きたくなかった。
「あ、あの」
答えなかった。答えるだけの言葉が、出てこなかった。身体から力が抜けていくのが、分かる。終わった。わたしは、ここで、しぬ。
「あ、目、覚めました?」
目が覚めた。
と、同時に。
何か身体に覆い被さっている毛布を、声の方向に投げる。
「あうわっ」
跳ね起きて。
毛布の先。
喉元を狙う。
蹴りで。
一撃で仕留められるか。
「うわあすごい元気っ」
その声で、蹴り込みそうな脚を、止めた。
「よいしょっ」
彼が毛布から出てくる。
「倒れて寝はじめたんで、どうしようかと思って」
彼の顔。そう。顔はいい。美形というより、好青年。
「ここは僕の家です。そしてこれは僕の毛布」
彼が、毛布をベッドに再設置する。その隙に、身体の状態を確認した。大丈夫。任務の消耗は残っているけど、ぎりぎり動けるところまで回復している。30分ぐらい寝た感じか。
「ちょっと寝ただけでこんなに元気になるなんて」
時計。任務の関係上、携帯端末は持っていない。周りに時計はない。窓の感じから見て、夜。19時半あたりか。
「あ、もう行くんですか」
しまった。窓に視線を外したせいで、彼がノーマークだった。
「ちょっと待ってくださいね」
と言われて待つばかはいない。窓に脚をかける。
「えっ窓から?」
あ。靴。
「ちょっと待ってください。いま靴を。いや靴じゃないや。ええと」
彼が、靴と一緒に。
「はい。これを」
包み。
「おにぎりです。どうぞ」
「おにぎり」
おにぎり。
「あっ喋った」
あっしまった。
「なぜわたしを」
ああもういいや。せっかくだから。
「いや、いいや。もう少し寝かせて」
「おおお。どうぞどうぞ」
彼がうながすままに、もういちどベッドにもぐりこむ。
眠らず、目を閉じて、ただひたすらに休んだ。
彼の物音が聞こえる。
15分くらい経った。
目を開ける。
さっき渡されたおにぎり。靴と一緒に、窓枠に置いてある。
包みを開いた。3つある。
ひとつとって、食べてみる。
「とりあえずお水です」
彼が来て、お水を置いていく。
そしてまた、物音。あれは、料理の音か。
おにぎりは美味しかった。気付いたら、3つ全部食べてしまっていた。まんぞく。
満足?
「んぐっ」
水を飲みほす。ちょっと甘い。
「おつかれのようだったので、少しだけ糖分を足しました」
彼が、何か湯気のあるものを持ってきながら、話しかけてくる。
「野菜多めのお粥です。僕の夜ごはん。食べます?」
「米に米か」
「あ」
「たべる」
おにぎりが美味しかった。たぶん、目の前のこれも、美味しいはず。
「おっ」
おいしい。
「あ、じゃあ、全部どうぞ。僕もうひとつ作ってきます」
「わるいな、なんか」
「いえいえ。ありがとうございます。しぬまえに人助けができた」
しぬまえ。いま、そう言ったか。
聞き返す前に、彼は、またどこかに立ち去っていった。目の前には、美味しいお粥だけ。まだ残っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます