第2話 母のくちぐせ2
シャッ——
勢いよくカーテンを開けて、部屋中に光を取り込んだ。
「そうちゃん、おはよう。今日も良い天気やでぇ」
夏空が風夏の言葉にふにゃりと笑みを浮かべた。
オムツを取り替え、夏空を背中に背負うと、家事を行う準備は万端である。最近になってよく動くようになった夏空は、目を離すと危なっかしい。質素な部屋だが、子どもに絶対という大丈夫はない。
——それにしても、最近また重くなってきたような…。
肩に食い込む仕様の抱っこ紐は、風夏のお下がりのため致し方あるまい。ベビー用品は如何せん費用がかさむ。使える物は勿体ない精神で使い回すべし。だがそれを抜きにしても夏空は確かに重くなっている。肩も背中も凝って仕方が無い。
離乳食が始まり今では一日二回食、ミルクはおまけのようなものだが、これまたいい飲みっぷり。いったいその小さな体のどこに入っていくの?と不思議で仕方が無い。
きっと今朝も難なくお腹に消えて行くに違いない。そんなことを思いながら、風夏は冷凍庫から製氷機を四つ取り出した。蓋付きタイプのそれから固形となった四角を一つずつカップに落とし入れて、レンジを回した。離乳食と普通食とで作り溜めしておいたスープとおかゆである。
一人で育児と仕事を回すには何かしらを犠牲にするしかなかったが、賢い暮らしぶりとして家事の手抜きを覚えたというわけだ。おかげさまで時短料理もアレンジを効かせることができるようになった。
——もしかして才能あるんかも。夏空から手が離れるようになったら、時短レシピ集とか出してみるのもいいなぁ…。
なんて考える始末である。レシピ集発刊には甚だ及ばないが、ストックの種類を見れば板についているのは確からしい。
そんな風夏の手抜きに役立つ製氷機は、百円均一でたまたま見つけたもので、耐熱・耐冷・蓋付きで、夏空用と風夏用と分けてストックを作るには持ってこいだった。
食事が解凍されるまでの間に、風夏の洗面と着替えを済まして洗濯機を回しておく。夏空の着替えは後だ。
ピー、ピー、ピー——
「あ、できた」
熱々のお皿をゆっくりと取り出し——
スープにふうふうと息を吹きかけながら、小さなスプーンで夏空の口に運んだ。上手にあーん、と大きく口を広げて、ぱくっとごっくん。飲み込みも上手になってきている。だが、
「そうちゃん、おかゆさんもはい、あーん」
あーんとしてぱくっとするまではよかった。が、
でろーん。
「あー、やったなぁ」
夏空の口から、あーんしたものが流れ出ている。口元をスプーンでちょいちょいと掬ってやるが、ぺちゃっと少量が服に落ちた。これが着替えを後にする理由だ。
「あー、やったなぁ」
風夏は眉を八の字にして笑った。夏空もそんな風夏を見ては、にたぁ、としている。可愛い奴め、風夏は夏空のえくぼを突いて笑った。
根気強くいたずら坊主の口へスプーンを運び、自身は滝の如く流し込んで食事を終えた。ちょうど洗濯が止まったらしい。夏空を片目に洗濯物を干し終えて、空いた洗濯機へ夏空の衣服を放り込んだ。
——これは帰ってきてから、と。
この部屋は二階の角部屋で日当たりも良く、室内干しでも十分に乾いてくれる。日中は働きにでることや、男っ気のない生活を晒すのは防犯上の不安もあり、この日照条件は大変助かっている。助かっているのは日照条件だけではない。
ワンルームだが十畳の広さがあり、使い勝手の良いキッチンに、バス・トイレは別、収納スペースも充分…という好条件——強いて言うならネット環境は整っていなかったがそれを割愛しても——家賃月々三万円という良心的なアパートなのだ。何より最寄り駅まで徒歩五分、駅を越えてもう三分歩けば、田んぼのど真ん中にショッピングモールが鎮座している。さらに、風夏の花屋は駅とショッピングモールまでの間にある。この界隈で生活が成り立つということだ。
「いい暮らししてんなぁ」
ぽつりと漏れ出た声に、夏空が、んま、と返した。思わず夏空をぎゅうと抱きしめた。
「そら、お姉ちゃん頑張るからな」
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