Another World
かっぱ、のち、てぃーぬ。
母のくちぐせ
第1話 母のくちぐせ1
——夏のように輝き、人の背中を押していける風になりなさい。優しく誰かを愛し、包み込める、大きな器を持ちなさい。
それが
今年十九になる風夏は、卒業式を終えたこの春、両親から花屋を継いだ。つい先日この世から去った両親が、花好きで営んでいた私店である。花野という名前がよく似合う両親だった。両親が亡くなってから実際には四ヶ月が経つものの、この期間は怒濤の日々で、両親を見送ったあの日が昨日のように感じられた。
生活を営むことの大変さ、日本の制度のややこしさ。これだけでも怒濤とならざるを得なかった。加えて風夏は数日前まで高校生だったため、進路や学生生活の折り合いをつける必要があったのだ。
それでも今でも首が繋がったまま生活できているのは花野家の教育方針の賜物だ。いざという時に役立つようにと、両親はなんでも風夏に携わらせた。祖父母が他界したときも、例に漏れず積極的に携わらせた。おかげで、当面の生活費や葬儀代を確保した上で金融機関の手続や、面倒な諸々の書面手続を行うことができた。
それでもやはり、たったひとりで熟すには訳の分からないことも多く、高校の先生方や自治会の方々が懇意にしてくださることで、なんとかかんとか乗り越えられたというわけだ。
花も盛りの十八歳、大学進学を目指していた風夏の夢は、助産師だった。きっかけは、弟の出産に立ち会ったことだ。十八歳差の弟——
助産師について調べると、助産師になるには看護師資格がいるらしく、看護師も助産師も国家試験にパスする必要があって、学科必修項目をクリアした上でようやく国試受験資格を得られるらしかった。進路を定めるには人より遅かったが、やってみなくちゃ分からない。風夏は、勉強に本腰を入れ始めた。
両親もそんな風夏を快く応援してくれていた。早朝から夜中まで小さな花屋を切り盛りしながら、学生生活を支えてくれた両親。身体が弱く、なかなか子宝に恵まれずにいたのに、兄弟が欲しいと強請った幼少期の我が儘を叶えてくれた両親。そんな両親にようやく恩返しできる道がみえたと思った、そんな矢先——
十二月、珍しく雪の降る日の事故だった。田舎とも都会とも言えぬ中途半端な、そして日頃雪とは無縁な地域性から、道路の整備も雪への備えも不十分な環境なのは間違いなかった。だがそれだけではなかった。運転手が心不全を起こし、制御不能となった対向車による巻き込み事故だった。スリップした両車は、付近にあった川へと落下、誰も助かることはなかったのだった。
突然の訃報に衝撃を受けたものの、現実味を帯びないまま事務的な手続だけは着々と進んでいった。奇妙なぐらいの冷静さに、一度クラスメイトに言われたことがあった。「泣いてもいいんだよ」と。だが風夏にとっては、泣くことがどういうことなのかが分からなかった。いっそのこと、恨むことができたらいいのに、恨める相手ももういない。そうじゃなくても、故意ではなかった加害者を恨むことが憚られてしまった。
葬儀の日も雪が降っていた。ちらちらと落ちてくる雪を伝って、風夏は久しく空を見上げた。曇天の空には自分なんかはちっぽけで吸い込まれそうで、親を亡くして初めて頬に温もりが流れた。
保護者のいない、まだ未成年である風夏の後見人に、と自ら手を挙げる者はいなかった。駆け落ち同然で結ばれた両親は、親戚付き合いも疎遠で、簡素な結婚式も葬式も、集う者はみな彼らの友人ばかりだったからだ。中にはその友人内で引き取るかという話もあがっていたようだが、それぞれに家庭があったし、そのことは風夏もよく理解していたため、風夏自ら丁寧に断りをいれていた。両親が培い遺したものは財産だけでない、人望もあったのだと、風夏は安堵感にも通じる誇りを感じていた。
しかし断る一方で、風夏は漠然とした不安も抱えていた。自分に、幼い弟を育てていくことができるのか。自立するにはあまりに不安が大きすぎた。風夏は、独りではないという事実に安心と同様、責任も非常に強く感じていた。
そこで周囲に勧められ後見人制度について調べると、なにやら第三者の後見人を雇うことも可能であるようだった。だが、見ず知らずの存在に踏み込まれてもいい領域なのか。その実、成人年齢の引き下げにより、卒業後の四月から十八歳以降は後見人が不要となるらしい。丁度、以前の家を引き払う際、事情を知った不動産会社がアパートの大家に話を通してくれたこともある。建前だったとしても「いつでも頼ってくれていいのよ」と言ってくれた大人もいる。
——どのみち後見人が必要なのはあと数ヶ月の間だけ。大丈夫、頑張れる。
風夏は悩んだ挙げ句、後見人の申し立てを行わず、法律行為の施行においては名前のみ親権者として父の友人を頼ることとした。
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