人質とカニ

~人質~


 第5次テロリスタン戦争中のこと。兄貴は北部政権の軍隊に捕らえられていた!

「お前を餌にして、ガリベンの先生トップを引きずり出してやるわあああっ!」

 そう宣言する北部政権の将校に向かって兄貴は「やるならやってみろ!」と挑発。



 それから数か月後、とっくの昔に兄貴の件をガリベン側に伝えたはず。

 それなのに、当のガリベン側からは何も音沙汰がない。


「……」

牢の中の兄貴は座ったまま動かず、涙を流している。

「泣くなよ、ナンバーツーなんだろ。あいつら、今頃お前の救出作戦練ってんだよ!」

 敵とは言え哀れに思ったのか、兄貴を励ます北部政権の将校。



 兄貴が捕まって半年後、とっくの昔から何度も兄貴の件をガリベン側に伝えたはず。

 それなのに、ガリベン側からは何も音沙汰がない。「拒否する!」という返答もない。

 まるでガリベン側が兄貴の存在を忘れたかのように……。


「……」

牢の中の兄貴は無表情のまま、自決用の縄を作ろうとしている。

「早まんなよ!俺の出世がお前にかかってんだよ!人生かかってんだよ!」

 焦りに焦って、兄貴を励ます北部政権の将校。先の作戦を完遂させるのが彼の任務。



 兄貴が捕まってちょうど一年後……。ガリベン側からは一度も返答が来ない!


「……」

 牢の中の兄貴が自決しようと断食して二日目。その目に希望なぞ――ない。

「おいいっ、ガリベン共、何してんだああっ!?俺もあいつも、ヤバいんだよおおっ!!」

 半ば発狂して泣き叫ぶ北部政権の将校。既に彼は任務失敗と評価される寸前である。

 その翌日に、ガリベンによって兄貴は救出され、その将校達もガリベンに寝返った。




~カニ~


 第5次テロリスタン戦争中のこと。ガリベンはある支援者から大量の蟹を頂いた。

 先生はこの大量の蟹を「今夜は蟹鍋だぞおおっ!」と門弟達に振る舞っていた。


「やったー!カニ、カニ、カニイイッ!」とはしゃぐアイ坊。

「大宇宙の恵みに感謝だ!」と無表情ながら喜びを言葉にするドースト。


 招待された商人も「ありがてえな!」と喜びを隠せない。

 この時に「金属人でもカニを食べるのか!?」とツッコむ者はこの星にいない。



 それから鍋で蟹を美味しく頂いて――満足した門弟達。

 そこへ先生が神妙な面持ちで「皆に問いたいことがある!」と声をかける。


「何か、我々は重大なことを忘れているような気がするのだが……分かるか?」

この先生の問いに「あっ!」と気づいたのはアイ坊。



「先生、雑炊がまだです!」

「ぬおおっ、でかしたぞ!危うく、我々は“しめ”を忘れるところであった!」

 アイ坊の言葉を受けた先生は、忘れていることが“しめ”のカニ雑炊だと確信!

 ドーストを含めた門弟達も「それだ!」と納得。



「皆の者、備蓄のアルファ化米を使え!卵も忘れるな!」

この先生の号令にアイ坊達は「おー!」と即座に“しめ”の準備にとりかかった!






 これが兄貴が北部政権の軍隊に捕まったと連絡を受けた当日のガリベンであった……。




~遺体の回収~


 ここは戦が絶えない星――テロリスタン。各国の地方自治体同士でも戦争している星。

 子供の無惨な遺体が転がっていても、誰もそれをおかしいと思えない都市も少なくない。


 第6次テロリスタン戦争中の北部政権では、前最高指導者であるウリヤノフの暗殺をきっかけに内戦が勃発。首都や主要都市、軍港がある都市は各軍閥の奪い合いの対象に。

 死傷者は老若男女問わず増えていき、それに慣れてしまった都市も増えていった……。



 そんな同政権のある港町に任務の為に潜入しているアイ坊とドースト。

 アイ坊はある幼い男の子の遺体を見ると「惨いよ~」と一言。弔ってあげたいようだ。

 しかしドーストからは「任務中だ。そんなのに構うな!」とハードボイルドな返答が!



 そんなやり取りがあった深夜――アイ坊は独りであの男の子の遺体を回収しようとしていた時。この都市の警察らしき男達に発見されてしまった!

 この時、アイ坊を不審に思って彼を尾行してきたドーストは「戯けが……」と呟いた。


「しかし、どうもおかしいな。あいつら逮捕をする気がないぞ……」

 またサポート要員として潜入し、ドーストと共にアイ坊を尾行してしてきた商人。

 この時の商人の呟きを聞いて、気になったドースト。

 二人が警察らしき男達に案内されていくアイ坊を、尾行していくと……。



「それじゃ、この中にある死体。全部回収しておいて下さい。百体ほど!」

「承りました……」




 そこには業者に間違われて、別の意味で絶望しているアイ坊の姿が……。

 場所はこの都市でも有名な死体置き場になっている倉庫。既に雰囲気は妙な領域に。

 結果、アイ坊はドーストと商人の手伝いもあって、全百二十六体の遺体を回収した……。




~ゲリスマ事件~


 生前のウリヤノフが最高指導者として君臨していた頃の北部政権。

 その頃から、同政権では動画投稿に関しての規制が厳しくなっていった……。


「何故、戯けたことをしでかした『ゲリスマ』という奴がのうのうと生きておる!

 しかも反省とは反対の言動しかしておらんぞ!

 おまけにこいつのことで、各国の大使に笑われたぞ!」

 執務室で猛り狂っているウリヤノフ。問題を起こす動画投稿者がいることが許せない!

 加えて、少しでも自国の脅威になりそうな人物もいることが許せない!


 そのことを察した側近は「直ちに処理いたします!」と即答、執行へ!



 それから、数時間後。側近がウリヤノフに報告してきた。

「同志ウリヤノフ!たった今、『ゲリスマ』という輩を家族ごと捕らえました!

 また『ゲリスマ』を支援していた経歴がある者達も全て捕らえております!」

「よくやった!後は分かるな……!」



 結果――ゲリスマという動画投稿者は「国家機密漏洩」等の様々な罪により死刑が確定。

 彼の家族、最後まで彼の支援者でいることを望んだ男達と共に凄惨な拷問を受けて死亡。


 後に「ゲリスマ事件」と名付けられたこの出来事。

 拷問を受けて死亡した者は合計で十人に上り、その中には小学生男児も含まれていた。

 なお彼の支援者でいることを望んだ女達は、国籍剝奪の上、他国に売られてしまった。



 それからゲリスマらの無惨な遺体は、北部政権内の各都市で晒された。

 こうして彼らは人民達への教育の道具に成り果ててしまった……。





 なお、この拷問に参加していた者達の殆どが――彼を支援していた者達だった。

 皆、各々の命のために、ゲリスマらを切り捨てた。これがテロリスタンでの処世術。

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