第4話 お仕事2
部屋へ戻ってきたアンナは自分の書いた半紙が乾くまで俺の部屋を色々と見ていた。
いや、見ているというより物色しているといった方が近い。
「コレはなんて書いてあるんですか?」
[えだまめ]と書かれた色紙を持って覗き込んでいる。
「それは「えだまめ」って書いてあるんだ。酒のつまみだな。近所の居酒屋から仕事を頼まれた時のだな」
「えだまめ、ということはメニューか何かですか?」
「そうそう。ちなみにこれが看板な」
スマホで撮影させてもらった居酒屋の看板をアンナに見せる。
「凄いですね! 躍動感があってとてもカッコいいです!」
「躍動感なんて日本語良く知ってるな……そう言ってもらえると嬉しいよ」
「他にも仕事してるんですか?」
「近所で俺を知ってくれている人とかはたまに仕事をくれるな。最近はくたびれてきてるけど商店街とかからは定期的に仕事をくれてる」
まぁほとんど身内みたいなもんだ。学生のときに良くしてくれたおじさんとか良く買い物に行く八百屋だったりだ。さっきの居酒屋だって親父の行きつけの店だったりする。
「そうなんですね……コレはまた雰囲気が違いますね」
そう言いながら出してきたのは今コンクール用に書いている作品だ。
「それは今度のコンクール用の練習したやつだな」
[清風明月]と書かれている。
明るい月夜の静かで清らかな様子の四文字熟語だ。今回のコンクールの課題で出された文字だがなかなか上手く書けていない。正直行き詰っている。
「あんまり見てくれるなよ。そこまで上手く書けてないからな」
「そんなことはないんじゃないですか? 私は好きですよ」
まじまじと半紙を興味深く見る。
「そんなんじゃ賞は取れないんだよ」
「仁は賞が欲しいんですか?」
「書道家にとっては賞を取って他人に認めてもらうのが一番大切なんだよ」
「他人?」
俺がまるで何を言っているのか分からないという感じで聞き返す。
その瞳には俺のような濁りは無く「純粋に楽しめばいいのに」と言わんばかりだ。
「そう、他人。結局評価すんのは他人だからな」
俺にもそんな風に純粋な時期はあった。だが、社会に出て現実を知って結局は偉い人が決めた評価に周りは流されてその流れはどこまで行っても変わらず、ついには自分でも自信を持って書いた作品がまったく良くないんじゃないかと考え出してしまう始末だ。
だから今の俺は他人にどう評価されるか、どう見られるかを一番に考えて書いている。
「そうなんですね、でも私はさっきの看板やメニューの字の方が好きでした」
「……っ」
たった一言、そのたった一言が俺の胸に強く刺さった。
ムカついた。まだ小学生のガキの言ったことにめちゃくちゃムカついた。大人げないことだとは分かっているがどうしようもなく胸がもやもやしてしまった。
「? どうかしましたか?」
「いや、ほら乾いたぞ。風呂はもう湧いてるから先に入っていいぞ」
「あ、ありがとうございます。それでは先に入りますね」
「おう」
乾いた半紙を手渡す。
半紙を大事そうに受け取ったアンナは1階へと降りて行った。
なんとも言えない感情が湧いてしまった俺はしばらく自室で頭を冷やすことにした。
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