第7話 喪失

親が死んだ。


もっと、遠い未来の話だと思っていた出来事が、突然目の前に現れ、

あっという間に俺の脳内を真っ黒に染めた。


例えるなら、ある日突然家の四方八方に高層ビルが建って、陽の光を全て遮られたようなものだ。


「……事故ですか。」


「……………ええ。」



「そうですか」


そこからはあまりよく覚えていない。

記憶が無い……というよりも、自分に起こった出来事を淡々と受け取りすぎて、

記憶に残らなかった。


———

気づいたら警察の霊安室にいた。


「どうして父と母の顔を見せてくれないんですか。」


写真と仏壇しかない奇妙な空間だった。


「それは……。」


目の前の警官が気まずそうな顔で口籠もる。


「……骨も残らなかったって事ですか」


「いえ……!」


「じゃあどうして! どうして写真だけなんですか!」



俺が怒鳴った直後、無限にも感じるような長い沈黙が訪れる。


「…申し訳ありません。」


警官は何も言えない。

彼らにも事情があるのだと気づくのは、少し経った後だった。


「………すみません、こちらこそ」


「いいえ……。」


———

2日経って葬儀に参列した。

喪服の親類に僧侶。そして遺影にはたくさんの手向けの花がある。

一般的な葬儀と何も変わりは無い。


無いのは柩だけ。


不自然なほどぽっかりと空いたそのスペースは、まるで俺の心のようだ。


そんな事を考えていると、親類たちの中にある男を目にした。


笹原だ。よく見ると美杉もいる。


「……この度はご愁傷様。」


「恐れ入ります」


自分でも力がない声で返す。

と、同時に一つの疑問が浮かび上がる。


何故笹原がいるのだろうか?

室井ならともかく、何故?


「この間の話、また今度出来ないかな」


そう思っていると、彼はそう言った。

なんとも無い顔で。いけしゃあしゃあと。


親を殺したダンジョンのことなど考えたくもないのに。

怒りが恐ろしいほどに膨張する。行き場のない叫びが喉奥で焦げる。


どのツラ下げて来たんだこの野郎。


そう叫んで殴り飛ばしたくなる衝動を抑え、俺は冷静に返した。出来るだけ。

「すみません、無理です。喪中なんで。」


「そんなに嫌か、ダンジョンが。」



「自分のスキルが」


笹原のその言葉を聞いた刹那、頭よりも体が、拳が勝手に動いた。


「ちょっと! 笹原さん!」


甲高い美杉の声が響く中、俺は笹原の顔面に拳を叩き込んだ。


はずだった。


「やっぱり“能力”だけか……。身体能力の強化も全くなされてない。」


「失せろッ! 葬式荒らしが!」


「箕島くんやめて!」


拳は受け止められていた上にびくとも動かせない。


「……やっぱり分かんないね。君のスキルは。俄然興味が湧いてきた」


「分かんないのはお前の思考回路だよ……!」


「まあ、今日は帰るよ、失せろって言われたし。でも良いのかな。君が知りたいこと、俺知ってるのに。」


「ハァ……!?」


この男は何を言っているんだ? 知りたい事? まるで狂ってるぞこいつ。


。聞かされたのはそれだけだろ?」


「知りたくないか? どうしてあの二人が、亡くなったのかを」

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