第4話 入門

俺たちはダンジョンへと足を踏み入れた。


土の地面、岩の壁。教科書で見た通りだ。

違う点があるとすれば、ダンジョンを照らす小綺麗な蛍光灯だ。


本来は安価な照明が粗雑に吊り下げられているらしい。


蛍光灯は規則正しく並び光を発し、その光に虫が集っていた。

「汚れ」があるとするならばそれだけだ。


「おい、びびってんのかレベル5? 心配しなくても俺が守ってやるからな。ハハハ」

溝口が横から何か喋ってくる。やかましい。


もちろんメンバーは溝口以外にも居る。こいつと二人きりじゃないのがせめてもの救いだ。


「うっさいんだけど溝口。いちいちそいつに構ってないで進んで。」

俺を「そいつ」呼ばわりするのが、石川有栖イシカワアリス

やたらプライドが高く、自らを着飾ることが生き甲斐な女子生徒。

風の噂では体力を回復させるスキルを持っているらしい。


「まあまあ、落ち着いて行こうよ。まだ序盤の序盤だよ?」

妙に柔和なこの男は鈴原廉スズハラレン。こんなこと余裕そうな事を言っているが、

ダンジョンが怖すぎてトイレで嘔吐していた事を俺は知っている。

何故ならたまたま鉢合わせたからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

そういえばこいつはどんなスキルを持っているのだろう?



「おい、そろそろモンスターが出現する地帯だぞ。」

最後に引率の室井教師。彼を笑っているところを俺は見た事が無い。

感情は出さない無機質な教師だが、元探索者の経歴と実力は本物らしい。


「まあ、お前たちのスキルならすぐにでも倒せる程度のモンスターだから、余り気を張らず、この機会にスキルを発動させる練習をしておけ。」


「はぁい」


気の抜けたバラバラな返事がダンジョンに響いたその直後。


今迄聞いたことの無い“声”のような何かが聴こえた。

それは溶けた犬のような……腐った猫のような……とにかく言語化しにくい気持ちの悪い呻きと共に、暗い緑色で、小柄な人型の“何か”が現れた。


「来たか。こいつがゴブリンだ。スキルがあれば簡単に倒せるが、油断するな。

“虚侵灯”で弱体化してるとはいえ、それでも12歳程度の人間の身体能力と知性を持つモンスターだ。」


ゴブリンは醜悪かつ残忍な視線を向けた。俺たちに敵意を持っているようだ。


気を抜くと眼球を抉られるぞ。

警告とも脅しともつかない室井の言葉と同時に先陣を切ったのは、やはり溝口だった。


「来た来た来た来た来たあああああァーッ!」


絶叫と共に突進し、奴は聞き慣れない言葉を叫び、

「“鎌鼬カマイタチ”ッッッッ!!!」

同時に手刀のような動作で手を振り回した。


その瞬間、まるで何千枚もの紙を真っ二つにぶった斬ったような音が響き、

ゴブリンは綺麗に両断された。断末魔すら無く。


そしてその遺体は瞬時に粒子と化し、眼前には虚無が広がった。


これがスキルの力か。


驚嘆と共に恐怖が脳裏に浮かぶ。これが人に向けられたらどうなるのだろう。


考えたくもない。


「よくやった溝口。」


「あざっっっす!!」


「23点だ。」「え゛」


「まず魔力を無駄に使いすぎだ。それに…………」


鮮やかに見えた彼の戦闘も、どうやら室井にとっては赤点物らしい。

滔々と課題点等を指摘され続けれる溝口の背中が、やけに小さく見える。


そんな背中を見ながら、俺たちは第2階層へ到達した。

あまりにも呆気ない第1階層だ。

これじゃまるで……。


「お客様待遇だね」


ボソリと悪態をつく声がした。石川だ。


「碌にスキルも使った事がないだろう。当然だ。」

そんな呟きも室井は聞き逃さず、素早く返す。

いつのまにか溝口への説教は終わっていた。


第2階層は第1よりかは薄暗かった。

「モンスター」を弱体化させる“虚侵灯”を弱めて、微量ながら難易度を上げているのだろう。


「……箕島。」


拗ねた声で溝口が話しかける。


「お前のスキル、どういう奴だ?」


俺にもよくわからん……と言ったら、奴はヘソを曲げまくるだろうな。


「“災厄”だよ。発動したら体が光る。」


「なんじゃそりゃ!」


「詳しくは俺も分からない。」

カラスが落ちてきたことは言わないでおこう。たまたまかも知れないし。


「じゃあここで試したらどうだ。箕島。」


「えっ?」

「分からないスキルをそのままにはしておけないだろう。」


「見ろ。あそこにゴブリンがいる。試しに使ってみろ。殺傷性が無いなら俺が責任を持って奴を殺す。」


視線が俺に集中した。


『さっさとやれ』。そんな意味を含んだ視線が。


「……分かりました。」


深く息を吸い呼吸を整え、俺はスキルを発動した。


「———“災厄”」


出来るだけゴブリンに当てるイメージで、慎重にかつ注意深く発動させる。


すると昨日見た蒼い光が、指向性をもってゴブリンに発射されたように見えた。


……が。


「何にも起きやしねえじゃねえか。レベル5よ。」


本当に何も起きない。災厄では攻撃できないのか……?


スキルを止め、室井にゴブリンの殺害を依頼しようとしたその瞬間———。


「グボェェェェエエエェェエエッッ!」

ゴブリンが緑と赤茶が混ざった色の吐瀉物を口から撒き散らし、倒れた。




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