第3話 模擬

新しい朝が来た。


爽やかでも何でもない、新しい曇天の朝だった。


素早く食パンで朝食を取り、全ての支度を済ませドアを開ける。


「行ってきます」


誰もいない玄関。聞く者がいないその言葉を口にするのは何回目だろうか?


施錠を確認し、俺は学校へと向かう。


空は俺の気分と合致していた。憂鬱で退屈で、閉塞的な気分に。



その気分の根源は今日あるダンジョンの体験だ。


体験は全員参加。探索者になろうがなるまいが関係はない。ダンジョンそのものを知る学習であり、言うなれば社会見学に近い。


既に探索し尽くし、後はもうモンスターしか出て来ないダンジョンを改造し、インフラ等を整えた模擬ダンジョンである。


このダンジョン体験を修了しなければ一般ダンジョンに立ち入る事もできない。


入ったら最後、少年院行きだ。


さらに、ダンジョンには細かい区分があり、それらは難易度によって割り振られる。


体験修了後に入れるのは最も難易度が低いレベル1のみであり、それも監視員が付いていなければならない。


但し、実績を上げれば入れるダンジョンも増え、場合によっては単独で探索することも可能だ。


高校生の、探索向きのスキルを持つ者同士がパーティーを組んでバイト感覚で探索する事も少なくない。


それもレベルが高い人間であることが前提であるが。


兎にも角にも、俺たちは朝礼を終え、バスに乗った。


バスの道中、俺は一人のクラスメイトに話しかけられた。


「おい、箕島! お前そういやスキルなんだっけ?」


——————溝口ミゾグチ 秀太シュウタ

クラスでいつもムードメーカー的立ち位置の人間。


「てかレベルは?」


俺はこの男が苦手だった。他人のパーソナルスペースに土足でズカズカと入ってくるこの態度が気に食わなかった。


「レベルは……5。スキルが……災厄」


「災……厄?」


「ぶっ…ハハッ!ギャハハハハハ!! 5って!!お前低すぎだろ?!」


バスの中で視線が集まり、たくさんのクラスメイトに嘲笑の対象にされた。

これほど辱めを受けたことがあったろうか?


こういう嘲笑で、一番嫌いなのは「温度差」だ。

どう考えてもバカにされてると、自分の尊厳を破壊していると感じるが、


嘲笑する側の人間は、悪意を少し込め「本当に面白い」と思って笑っている。


この温度差だ。周りは楽しくなっているが、当の本人だけが惨めな気持ちなのだ。


俺への嘲笑により、クラス全員を乗せたバスの雰囲気は盛り上がっていった。

俺を着火剤に使うかのように。


———もう本当に燃えてしまいたかった。


そんな多数の「最高の雰囲気」と、たった一人の「最悪な気分」を乗せて、バスは走っていった。


みんな和気藹々としてる中、俺は惨めな気持ちを車窓に映る景色で中和することしかできなかった。


—————


「ここが、藤嶋ダンジョンだ。」

字面だけ見るとマンションのような名前のダンジョンに俺達はたどり着いて、教師、それと鑑定士の説明を受けていた。


鑑定士は文字通り鑑定のスキルを持つ者である。

彼らは他人のスキル最適化剤のステータスボードを視認することが出来るが、

鑑定士の仕事はスキルごとの適性を見たり、探索パーティーの割り振りなど、

部活の監督じみた事をやっている。公務員なので給料は低いらしい。


「———じゃあ、これから割り振りを行う。」


鑑定士の選定により4〜5人ごとにチームが完成する。

俺みたいな意味不明なスキルを持っている人間はどんなチームに入るのだろうか……。


苦虫を噛み潰したような顔で俺を一瞥した後、俺の入るチームが決まった。


「頑張れよレベル5! ハハッ」


…………最悪だ、まさか溝口と一緒になるなんて。

どうして俺の人生はこう、碌なことにならないのだろう。



だが、俺はこの後溝口と一緒になることなんて比べ物にならないレベルの体験をするなど、思いもしなかったのである。

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