2/1(火)運命の人(と書いてバイク)との物語

三年に一度くらいの頻度で無性にバイク乗りになりたくなる時がある。

が、免許は持っていない。


十代の頃、原田宗典の『黄色いドゥカと彼女の手』という小説に出会い「黄色のドゥカ」という響きに憧れた。


しかしドゥカは大型バイクで私にはとても操れそうにない。

バイクへの最初の失恋だった。

いつだって初恋は高嶺の花を夢見て、手が届かないものだ。


でも、一度募ったバイクへのあこがれはそうそう消えない。


私は自分の身の程に合うであろうバイクを探し始めた。

中型バイクでクラシックなものを探して「エストレア」に乗ろうと決めた矢先、近しい先輩が中型免許を取得してエストレアに乗り初めた。


寝取られた……。なぜかそう思った。

失恋よりも複雑な気持ちを味わった。


その後傷心の私は「250TR」というバイクに出会う。

ちょっと横顔があいつ(と書いてエストレア)に似ている気がする。

でも、あいつよりはライムグリーンでおきゃんな子。

同じ過ちは犯したくない、私は急いで教習所に通うことにした。


……忘れもしない、見学に行ったあの日。

桜の木の下で400ccのバイクを起こせと教習所の先生が言った。

これが起こせないと申し込みは認められないよ、と。


結果から言うと、私はバイクを起こすことが出来なかった。


新喜劇の池乃めだか師匠よろしく押したり引っ張ったり、横たわったバイクを周りをバタバタしながら藻掻いた。

もちろん、教習所の先生も起こすコツを丁寧に教えてくださった。

それでも、うんともすんとも動かない涅槃仏バイク。


全然身の程にあっていないじゃないか……。めちゃくちゃかっこ悪りぃ。

降ってくる桜の花びらがこんな私を覆い消してくれればいいのに。


そうして私は小型バイクのクラスに入所することになった。


正直、小型バイクにしておいて本当に良かった。

今なら言える。

中型のバイクだって私にしたら十分でかくて重いしロデオでカウボーイが乗る暴れ馬と何ら変わらなかった。


それに比べて小型バイクはよく訓練されたポニーだ。

小さくてかわいいのにぐんぐんスピードを出して私を風にしてくれる。


調子に乗った私は、いつでもS字クランクの角にある物置に突っ込んで行った。

そのせいで(?)何度受けても実技試験は通らなかった。

それでもバイクが好きだった。


そんなことをしていると、モチベーションは続いてもお金が続かなくなってくる。(試験ごとにお金がかかるもんね)

お財布と相談すると「キー!次の試験は絶対に取らないと家賃が無理よ!」と言ってくる。


うわー、やっべー!カンカンじゃーん!次は絶対に気合入れてかないとー!

……なんて思っている矢先、普通に歩いていて足を折り、ついでに心も折れてそれから教習所へ通わなくなった。


20万近くドブに捨てたことになる。こんなことならもう少し足して初めから車の免許にしておけばよかったのに。

足が治って冷静になった私は遠い目をしてそう思った。


それからも「バイク乗りたい期」が来ては自分を抑えやり過ごしてを繰り返し今に至るのだが、今はバイクには乗りたいが絶対に死にたくないということで「トリシティ」という三輪のバイクに恋をした。


先日、どうしても実物のトリニティ先輩にお会いしたくてバイク屋へ見に行ったら、小型のくせにめちゃくちゃデカくて、私はあの日の春のことを思い出した。


……これ、倒したら絶対起こせないわ。


こんなマッスルボティだとは思わなかった。写真だと細マッチョぐらいに見えたんだけどな……。


それでも諦めきれない私はバイク屋の店内をきょろきょろ見渡した。

そして、出会ったのだ。

出前やお坊さんが乗っているのをよく見るあのバイク「ホンダ ジャイロ」だ。


三輪だし、こいつなら原付で乗れるし、ぜっっったいにこけることはないし、後ろにでっかいBOXを付ければキャンプ道具も載せていける。


私の運命の人(と書いてバイク)は、お前だったのか……。


全然スタイリッシュじゃないし、かわいくない。

むしろ地味。タイプじゃない。

だけど……とっても私らしい。


命を運ぶと書いて運命だ。

ちゃんと道のどこかで出会うようになっている。そういうふうにできている。


私はジャイロとお付き合いをしたく、原付免許取得と購入を目指して500円玉貯金を始めたのでした。

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